その7:広義の情報技術と狭義の情報技術

広義の情報技術と狭義の情報技術


 初回から3回目のブログでは、「IT(情報技術)って、何だ?」というタイトルでIT(情報技術についてご説明しました。その時の「IT(情報技術)」の説明としては、広辞苑の説明を引用し、
【情報技術】(information technology):コンピューターや通信など情報を扱う工学およびその社会的応用に関する技術の総称。IT ・・・岩波書店 広辞苑 第七版より、としました。

 その説明には、コンピューターや通信など、この100年ぐらいで実用化された技術が含まれています。実はこの説明は最近(19世紀以降)使われている「狭義の情報技術」の説明です。これに対し、昔から使われていた「広義の情報技術」というものがあります。今回は「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」の生い立ちや違いなどについてご説明したいと思います。


 「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」の違いは、それぞれが扱う「情報」の内容にあります。「情報とは何か」については、本ブログの第4回でご説明しました。そこでは「情報」の定義を三省堂国語辞典 第七版から引用し、①ものごとについて(新しいことを)知らせるもの、②ディジタル信号として処理される内容。文字・映像・命令。などとご説明しました。この説明の中の①の定義の情報を扱うのが「広義の情報技術」であり、②の定義の情報を扱うのが「狭義の情報技術」です。

 ①の定義の情報を扱う情報技術は、人類の長い歴史の中で数十万年ほど前から使われてきたものと考えられます。まず、この「広義の情報技術」について考えてみましょう。

 人類は「狭義の情報技術」が誕生する前から情報を他人に伝えたり保存するためのいろいろな技術を開発してきました。情報を伝えたり保存するために必要なものは「メディア(媒体)」です。人類が誕生した約700万年前は、「情報」を伝えてくれるメディアは原始的なものであったと考えられます。人間が備えている「五感」つまり、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を利用して「情報」は人間に入力されます。視覚はメディアとしては可視光線(電磁波)を使っています。聴覚は音波(空気の振動)、臭覚や味覚、触覚はいろいろな物質をメディアとして利用しています。しかしこれらのメディアは「情報」をそれほど遠くへ伝達することはできず(人の声が届くのはせいぜい数十メートルぐらいです)、保存することもできませんでした。

 それが数十万~数万年前になると、壁画を描いたり、「文字」を書くことができるようになります。すると、その情報を伝えるメディアとしては「土」「石」「骨」「木」「金属」などが使われるようになりました。これらのメディアは長期保存には比較的に向いていましたが、加工(記録)するのに手間がかかり、そのコピーをたくさん作ることはできず、また持ち運びも重たくて不便なものでした。したがって「情報」を遠くへ速く伝達したり、広く拡散するのには向いていませんでした。この頃「情報」を遠くへ速く伝える手段・技術としては、「のろし」を上げたり、物を叩いて音を出したりするしかありませんでした。この頃の情報技術では、ほんの少しの「情報」を、ほんの少し離れたところにしか伝えることはできなかったのです。

 メディアに大きな変革をもたらしたのが、古代エジプト(紀元前3,000年ごろ)に発明された「パピルス」と呼ばれる「紙」に似たメディアです。それまでの堅く重いメディアに比べ、各段に柔らかく丸めることができ軽いため、ポータビリティに優れており、「情報」の持ち運びを可能にしました。この頃になると、人間社会もだんだん大規模で組織的になってきたため、社会を維持するための重要な人類自らが作りだした「情報」が増えていきました。これらの価値の高い社会的な「情報」は、遠くの仲間に速く伝達する必要があったため、人や動物を使って生物的な方法で「情報」を届けました。「紙」は現在でも頻繁に使われている優れたメディアです。蛇足になりますが、ペーパレスが提唱されてから相当時間が経っている現代でも、未だに実現されないところをみると、「紙」というのは本当に人間にとって相性がよいメディアだと改めて思います。12世紀には、グーテンベルクにより「活版印刷」という情報技術が発明され、多くの情報が「紙」というメディアにより多くの人へ伝達されるようになりました。

 18世紀初頭には人類は「蒸気機関」を発明し、それまでの生物ではなく機械を使って、紙などに記録された「情報」を届けることができるようになりました。これによって、さらに遠くへ速く情報を伝達できるようになり、情報は国も超えて流通するようになりました。

 さらに20世紀になると、発明王トーマス・エジソンによる円筒式の「アナログレコード」などが発明され、音声(音楽)も蓄積し、伝えることができるようになりました。また、電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術をメディアとして利用することにより、「情報」を遠くへ瞬時に、ほぼリアルタイムに伝達することができるようになりました。当初の伝達は「情報」を送る側と受ける側が1対1(モールス信号、電話など)でしたが、時代が進むにつれ1対N(多数)(ラジオ、テレビなど)で行われるようになりました。マス・メディアの登場です。発明当初はまだ送る情報量はそれほど多くなく、伝達できる「情報」も文字情報などであったのがテレビの登場により、動画情報まで伝達されるようになったのです。

 このようにして、情報技術は飛躍的な進歩を遂げてきました。しかし、上記にご紹介した情報技術は、私は「広義の情報技術」と捉えています。その理由は、扱っている情報がアナログ信号(アナログ情報)で扱われているからです。「狭義の情報技術」は②の定義、つまりディジタル信号(ディジタル情報)として処理される内容の情報を扱うものとして私は捉えています。そして、現在巷で使われているIT(情報技術)という言葉は、ほとんどが「狭義の意味での情報技術」を指しています。このブログの初回から3回目でご紹介したIT(情報技術)も、全てディジタル信号またはディジタル情報を扱う技術ばかりです。現実世界で存在している情報のほとんどはアナログ信号またはアナログ情報として存在しています。人と人のコミュニケーションは言葉で行われます。言葉は口から音声として発せられます。音声は空気という媒体を使って空気の振動として伝達され、人の耳で感知されます。この間ずっと情報はアナログ信号として伝わっているのです。ですから、昔の人が情報を他人に伝えたり保存するため方法として、アナログ信号やアナログ情報のままメディアに移そうとしたのはとても自然な発想です。そして、人類が誕生してからずっとアナログ信号やアナログ情報を保存するメディアを研究し続けてきたのです。ところが、20世紀中ごろにディジタル信号またはディジタル情報を扱う新しい技術(情報理論)が生まれ、その後の情報技術を一変してしまったのです。これを「情報のディジタル化」と呼んでいます。ディジタル化された情報技術がこれまでの情報技術とあまりに違うため、私はこの二つを「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」に分けて捉えています。また、本ブログでは、特に断りがないかぎり、IT(情報技術)という記述は「狭義の情報技術」を意味するものとします。

 

 ここからは、情報技術が扱う情報をディジタル信号またはディジタル情報に変えてしまった「情報のディジタル化」についてご説明したいと思います。ITを適切に理解するためには、このディジタル化の内容についてよく理解しておくことが大切です。

 まず最初に「ディジタル情報(ディジタルデータ)」とは何かを説明します。

 そもそも「ディジタル」は“離散的な数”を意味します。離散的な数で表現する(数値化する)ことを「ディジタル化」と一般的に言っています。時計を例にとると、「ディジタル時計」は、時刻を針でではなく、数字で示す(数値化して表示した)ものを言います。したがって、「ディジタル情報」とは離散的な数で表現された(数値化された)「情報」ということになります。

 IT(情報技術)で扱われる「ディジタル情報」を生み出したのは、アメリカ合衆国の数学者であり、「情報理論」の父とも呼ばれるクロード・シャノンです。シャノンは1985年に日本の京都賞を基礎科学部門で受賞をしています。シャノンがいなければ、現在のIT社会は無かったかもしれないと言えるほど、近代の科学に大きな影響を残した偉大な科学者なのです。シャノンは「情報」を科学的に定義し、数値化できるようにしました。「情報」の最小単位を、本ブログ第5回でご説明した「ビット」(確率50%の事象を100%に確定させる「情報量」を1ビットという)と定義しました。このことにより、「情報」をディジタル化(数値化)できるようになり、その「ディジタル情報」の量の単位を「ビット」と呼ぶようになったのです。IT(情報技術)で使われる狭義の「ディジタル化」とは、通常この「ビット」を基本単位とする数値(ディジタルデータ)に変換(数値化する)することを言います。今後、本ブログでは「ディジタル化」をこちらの狭義の意味で使うこととします。

 

「情報理論」の父とも呼ばれるクロード・シャノン
京都賞ホームページより
(https://www.kyotoprize.org/laureates/claude_elwood_shannon/)

 さらに、シャノンは「ビット」は最も基本的な「情報」の単位であり、あらゆる「アナログ情報」は「ビット」の単位に数値化できることを証明しました。このことにより、音や映像などの「アナログ情報」も「ビット」の単位にディジタル化(数値化)できるようになりました。ここで「アナログ情報」とは、連続量で表された「情報」のことです。文字はもともと離散的であり「ディジタル情報」なので「ビット」の単位に変換することは簡単です。また、コンピューターのプログラム(命令)も同じくもともと「ディジタル情報」なので「ビット」の単位に変換することは可能です。こうして、コンピューターに必要なすべての「情報」が「ビット」の単位にディジタル化(変換)することができ、利用されるようになりました。

 1ビットの「情報」は二つに一つの事象を確定する「情報量」を持っていることは本ブログ第5回でご説明しました。前述の親子の例では、今夜の夕食が「カレー」か「ハンバーグ」か二つに一つを決めるのが1ビットの「情報量」だとご説明しました。したがって「カレー」を数字の“0”、「ハンバーグ」を“1”とすると、この夕食の「情報」は“0”か“1”のどちらかの数値をとることになります。このように1ビットの「情報」は“0”か“1”の二つの値をとります。「ディジタル化」された「情報」は“0”と“1”のわずかに二つ数値(二値)の集合体になるわけです。どんな「情報」も“0”と“1”だけの羅列で表現されるのです。このように“0”と“1”だけの二つの値だけで構成されたデータを「二値数」と呼ぶことがあります。「二値数」に表現(数値化)された「情報」を「IT(情報技術)」上で使われる狭義の「ディジタル情報」または「ディジタルデータ」と呼びます。今後、本ブログでは「ディジタル情報」または「ディジタルデータ」を「二値数」に表現(数値化)された「情報」の意味で使うものとします。

 「ディジタル情報」、「ディジタルデータ」について理解できたところで、次にそのディジタル情報をコンピューターで利用するようになった歴史についてご説明します。

 少し年配の方ならご存じの方もおられると思いますが、昔「機械式計算機」というものがありました【下図参照】。計算機(「コンピューター」)というだけあって、その目的は「計算」のみであり、機械的な仕掛けで演算を行えるものでした。ちなみに、「コンピューター(computer)」の語源は、計算するという意味の“compute”からきています。第二次世界大戦中は、砲弾の軌跡の計算などにも使われていたようで立派な計算機だったわけです。しかし、機械的な仕掛けであったため、計算を行う動作は遅い(人が手でハンドルを回すなどの方法をとっていた)ものでした。その後、「真空管」や「トランジスタ」など、高速にスイッチングできるエレクトロニクスデバイスが発明され、これを計算機(「コンピューター」)に応用するようになりました。これが、「電子式計算機(電子計算機)」の始まりであり、「ディジタルコンピューター(または、「コンピューター」)」と呼ばれるようになったのです。開発された当初の「ディジタルコンピューター」はこのように科学計算のみを行うものでした。「ディジタルコンピューター」が扱うデータは「数値データ」のみであり、これを科学計算し、答えを出すものだったのです。そういう意味では、その頃の「ディジタルコンピューター」は計算のみを行う機械であり、まだ「そろばん」や「計算尺」の延長線上にあるものでした。

 

タイガー手廻し計算器資料館ホームページより
(https://www.tiger-inc.co.jp/temawashi/temawashi4.html)

 このような経緯で開発された当初の「電子式計算機(電子計算機)」の内部で扱うデータの形式は、「二値数」ではなく「十進数」を使う計算機もありました。しかし、電子式の計算機の処理は電気回路のオン・オフをそのまま利用し、二値の論理で行うのがとても効率が良かったため、しだいに「二値数」を内部データ形式とし、「二進法(バイナリ)」で演算を行うようになっていきました。そして、1942年にアイオワ州立大が初めて「二進法(バイナリ)」をコンピューター「ABC」に採用しました。このようにして、「ディジタルコンピューター」が扱うデータは「二値数」に表現(数値化)された「情報」になっていったのです。

 「ディジタルコンピューター」が「ディジタル情報」を処理するようになると、その目的も「計算」だけではなくなりました。「ディジタル情報」にすることにより、「数値データ」のみならず、音声や映像など、もともとは「アナログ情報」だった情報も処理できるようになったのです。もはや数値計算をするだけの計算機(「コンピューター」)ではなくなったのです。シャノンのおかげによって、計算機(「コンピューター」)はあらゆる「情報」を処理する機械(「IT機器」)へと変身したのです。そして今やだれもが持っているスマートフォン1台で、計算のみをするわけではなく、電話、音楽や映画などいろいろなコンテンツを楽しむマルチメディアプレーヤーになったわけです。

 このように「ディジタルコンピューター」がディジタルデータをどんどん処理し、いろいろ役にたつようになった背景には、そのディジタルデータを蓄積し伝えるための「ディジタルメディア」の存在もあります。“0”と“1”だけの二つの値だけで構成されたディジタルデータを保存するハードディスクドライブ(HDD:hard disc drive)などです。これらのメディアは、電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術を利用しており、「ディジタル情報」と大変相性が良かったため、「アナログ情報」より優れた点が多く、だんだん「ディジタル情報」が主流になったいったのです。そして「情報のディジタル化」は現在どんどん進んでいます。このような優れたディジタルメディアの登場により、それまで限られた範囲でしか流通しなかった「情報」も、地域を越え、国境を越え、世界中の人々に瞬く間に流通する時代になったのです。エレクトロニクス技術がそれを後押ししたのです。


以上、今回は、20世紀中ごろに生まれたディジタル信号またはディジタル情報を扱う新しい情報技術を狭義の情報技術と捉え、それが扱う「ディジタル情報」、「ディジタルデータ」や「情報のディジタル化」について説明し、「ディジタル情報」や「ディジタルデータ」がコンピューターで使われるようになった歴史などをご説明しました。



2020年04月26日