その18:ITが経済・ビジネスに与える影響(その2)

ITが経済・ビジネスに与える影響(その2)

 今回のテーマは前回に引き続き「ITが経済・ビジネスに与える影響」についてです。 前回はITが経済やビジネスに与える影響のうち、「ビジネスモデル」と「製品・商品」の2項目についてご説明しました。今回はそれ以外の「生産方式」、「雇用・ワークスタイル」に対する影響について「ITが経済・ビジネスに与える影響(その2)」として説明させていただきたいと思います。


 ITによる「ディジタル化」の波はトフラーが語る「第三の波」の原動力となって、この300年あまりで築いてきた「第二の波」の経済システムである「大量生産」「市場主義」「資本主義」を揺さぶっています。ここでは、「IT」がどのように経済システムやビジネスモデルを揺さぶっているのかをご説明していきたいと思います。アルビン・トフラ-のベストセラーである「第三の波」については、本ブログ第16回で少し紹介していますので、そちらもご参照ください。

(3)生産方式:
 日本は第二次世界大戦後「モノ作り大国」として、良質の工業製品を安く大量に提供することにより繁栄してきました。製造業が国を支える大きな柱となっていたのです。その製品は実世界で利用するモノ(工業製品)です。生産も消費も実世界の中でクローズしていました。しかし「ディジタル情報」という新しい情報体系ができあがり、その情報が徐々に巨大化し「サイバー空間」という新たな空間を作ると、実世界の生産や消費もその情報や情報空間を無視できなくなってきました。「サイバー空間」のディジタル情報とつながることにより、生産においても生産性を高めるなどのメリットが出ることが分かってきたからです。そして今、ITはこの生産に対しても大きな影響を与えています。もはや、過去に貯めてきた生産技術やノウハウだけでは、最新のITを駆使した他国の工場に太刀打ちできなくなってきています。このままでは「モノ作り大国」の看板を維持していくのは困難な状況にあるのです。
 そこで、「モノ作り大国」としてのリーダーシップを維持するために、ITを活用した新たな基本戦略を打ち出したのが、日本と同じように自動車産業を中心とした製造業を国の柱とするドイツです。ドイツは「インダストリ-4.0(Industry 4.0)」と呼ばれる新たな枠組みを生み出しました。「インダストリ-4.0(Industry 4.0)」つまり「第四次産業革命」と言っているのは、第一次産業革命が蒸気機関による工場の機械化、第二次産業革命が電力を活用した大量生産、第三次がエレクトロニクスを活用した自動化という過去3回の産業革命の次という意味です。「第四次産業革命」はITの中でも、すべてのモノをインターネットでつなぎ、そのディジタルデータを有効活用し、問題・課題を解決していくビジョンであるIoT(Internet of Things)と人工知能(AI)を活用し、製造業を中心として自律的で自動的かつ効率的な製造や品質管理を実現し、さらに省エネルギー化・脱炭素化なども行い、生産の高度化を目指すというものです。製品のモジュール化が進み、生産体制の「水平分業化」が進んでいくと、その間のインタフェースと情報のつなぎが重要になってきますが、そこにIoTをフルに活用しようという考え方であり、それを制度化することにより、実際の運用にこぎつけようとしています。日本もこの枠組みから外れてしまうと、世界のサプライチェーンから除外されてしまいかねない状況にあります。当初、この取り組みへの対応では日本は出遅れましたが、次第に本格化し始めてきています。ただし、この対応に関しても、自社の収益を支えるコア領域(クロ-ズ領域)を守りながら、つながるインタフェースはオープンにする「オープン&クローズ」戦略が必要となります。日本には「モノ作り」に関するノウハウがあり、その一部はすでにディジタルデータ(プロセスデータ)として活用されています。こういった収益の源であり、コアな領域を妥当な方法で保護し、守っていかないと元も子も無くなってしまうことになります。


図1:産業革命の特徴
総務省 ホームページより
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h29_03_houkoku.pdf

 「第四次産業革命」は高度に自動化された効率的な製造を実現するので、人が製造に関与する比率がとても低くなります。つまり人件費が製造原価に占める比率が低くなるのです。したがって、これまで人件費が低い地域を探して、そこに作られていた生産工場を日本国内に戻すことが可能となってきます。これまで生産地と消費地の距離が遠くなってしまい、その輸送コストや時間の損失が軽減されることになり、最新の製品を素早く提供することが可能となります。また、様々な注文(オーダー)に対し、生産ラインを切り替える指示もIoTにより柔軟に行えるため、オーダーメイド製品を自動生産することも可能になります。このメリットを活かし、顧客毎にカスタマイズされたオンリーワンの一品物(いっぴんもの)を少量生産する「マスカスタマイゼーション」を新たな価値として提供する衣料品企業が現れています。



図2:マスカスタマイゼーションに対応する「レイアウトフリー生産ライン」(イメージ)
総務省 情報通信白書 令和2年版より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd124340.html

(4)雇用・ワークスタイル:
 これまで述べてきたビジネスモデルへのITの影響や、製品・商品、生産方式のディジタル化の影響は雇用にはどのような影響を与えるのでしょうか。まず、「情報産業」が雇用環境にどのように貢献するかをご説明したいと思います。
 「サイバー空間」の「ディジタル情報」を、ITを使って生産、収集、加工、提供するなどといった形で業務を行っている産業である「情報産業」は、物理的なモノを生産、収集、加工、提供するわけではないので、大きな工場や労働力をもともと必要としていません。本ブログでは、ディジタル情報を生産、収集、加工、提供するツールである「IT機器」「ITシステム」を生産、提供する業務(製造業)も「情報産業」に含めており、この業務に関しては、他の製造業と同じように工場が必要であり、工場従業員も必要としていますが、それは一部分です。しかも、「IT機器」「ITシステム」の製造は国際的な水平分業の中で製造を外部委託するケースが多く、国内の雇用にはあまり貢献できていないのが現状です。したがって、他の実世界のモノを扱う産業に比べて雇用への貢献度が低い状況にあります。実世界でモノを作る、運ぶ、売るといった作業にはそれぞれの地域にその量に見合った人を必要とし、そこに雇用が生まれますが、「情報産業」の場合、作る、運ぶ、売るといった作業は「サイバー空間」で完結してしまうことが多いために人力はあまり必要ないのです。日本経済新聞によれば、ITビッグ5の米国外を含む従業員数の合計は現在66万人であり、スーパー最大手のウォルマートの従業員数は230万人とその3割にも満たないとのことです。時価総額では現在トップのIT企業が、雇用という面での貢献度は低い結果となっているのです。ちなみに2007年末のゼネラル・エレクトリック(GE)など時価総額トップ5社の従業員数合計は109万人と現在のITビッグ5の従業員数合計より40万人ほど多い状況でした。やはり、実世界のモノを扱う産業より、「情報産業」の雇用は減ってしまう可能性が高いのです。そして、より少ない従業員に富は集中する傾向となっています。これはIT企業に対し、不公平だとの批判を招くことになり、もっと雇用を増やせと圧力がかかっています。
 そこで、現在米国のITビッグ5をはじめ、IT企業は採用を増やし始めています。米国旧政権であったトランプ元大統領に気をつかっての発言が多かったとは言え、米アマゾン・ドット・コムは今後10万人以上を新たに雇用すると発表しました。これは他のIT企業よりダントツに多い採用人数です。なぜ、アマゾンがこれほどの大盤振る舞いができるかと言うと、アマゾンは自分のビジネスの中に物流という実世界のモノを運ぶビジネスを持っているからです。アマゾンは進出する世界各国に物流拠点を構築し、ここに多数の雇用を生み出しています。しかし、アマゾンのサービスは実世界のウォルマートのような流通ビジネスを脅かしており、こういったリアル店舗の撤退による失業者数を考慮すると、アマゾンの雇用創出数を相殺してしまう状況と考えられます。しかもアマゾンの物流倉庫はITを駆使した先進的なものに今後進化していくことが予想され、その雇用がそれほど長期的なものではないとする意見もあります。そのことはアマゾンのCEOであるベゾス氏も認めており、「物流拠点での仕事は他の分野でのキャリアのワンステップかもしれない」と語っています。そうなると、IT化による雇用の減少を受け止める受け皿はいったい何になるのかが問題となってきます。現在のところ、製造業の雇用者数が生産の国内回帰を反映して増えているなど、まだIT化による雇用減少の波とぶつかりあっている状況です。しかし、ディジタル化による影響は今後必ず大きくなっていくことが予想されるため、先を見据えた受け皿作りが必要と思われます。受け皿の一つとして、フィンランドでは「ベーシックインカム」構想を検討しています。「ベーシックインカム」構想とは、生活に必要な最低限の収入を国が無条件で補償する制度であり、支給期間に職業訓練などを受けるなどして、より付加価値の高い職業を目指す活動を支えるものであり、フェイスブックのザッカバーグCEOもこの制度を支持しています。このようにIT企業のトップは、ITによる影響で雇用にミスマッチが生じ、一時的に職を失う労働者(IT難民)が生まれることを認識しているのです。現在、税金や社会保障制度で低所得層などに所得を再配分後の世帯所得の格差を示す「ジニ係数」は世界の先進国でジリジリと上昇している事実があります。
 IT企業は現在人材不足に悩んでいます。しかし、必要としているのは人工知能(AI)やクラウドコンピューティング、ビッグデータといった高度なIT技術に長けた一握りの人材でしかありません。特に人工知能(AI)の人材は、IT企業のみならず、他の産業でも必要としており、業界や国を跨いだ争奪戦となっています。一方、これらの人材を供給する教育機関側の供給体制は、技術の移り変わりが早いことから需要に追い付いていない状況です。教える人材も不足しているという課題も抱えています。そこで、採用する企業側は自社教育を強化したり、専門学校でITの専門技術を習得した者も採用枠を広げたりして対応しています。ディープラーニングなどの人工知能(AI)技術者には数学の知識やソフトウェアのプログラミング知識が必要とされ、こうした技術者を生む教育体制や企業での給与体系が日本でも必要になっています。このような技術者には高級・高待遇を与えないと、どんどん国外へ出ていってしまいます。また逆に、外国人の人材活用も待遇改善するなどして本格的に行わなければなりません。
 (3)「生産方式」ですでにご説明した「第四次産業革命」による生産方式の改革は、これまでの大量生産や専門工程の反復作業といった、言わば「非人間的」で「労働集約的」な作業から工場従業員を開放します。そして求められる人材はよりクリエイティブな業務をこなす人材へとシフトしていくのです。そのため、従業員の業務シフトをスムーズに行うための人材再開発システムの構築を欠いてはなりません。2018年のダボス会議で世界経済フォーラムは、民間企業主導で「2020年までに世界の1000万人に新しい技能を習得できる機会を与える」と技能訓練革命に乗り出すことを表明しました。
 ITは「ワークスタイル(働き方)」にも影響を及ぼしています。戦後の大量生産の時代では、大企業の大きな工場へ毎朝定時に列をなして従業員が出勤する風景がどこでも見られましたが、「第四次産業革命」により、生産に関わらなくなった従業員は、フレックスタイム制でバラバラの時間帯に出勤するか、「テレワーク」で自宅勤務するかなどを選択するようになり、その「ワークスタイル(働き方)」にも変化が生まれるのです。特に昨年より続いている新型コロナウィルスによる影響は、日本のテレワーク化を大きく推進させました。
 ITを使って仕事環境を、自宅または自宅近くのシェアオフィスに準備し、デスクワークや会議を自宅またはシェアオフィスで行うのが「テレワーク」です。「テレワーク」の普及には政府も力を入れていて、2020年には30%以上にするという目標をたてています。しかし、2016年9月時点で「テレワーク」を導入している企業は13.3%と低く、目標達成には困難が予想されています。「テレワーク」のメリットは、自宅で仕事ができることにより、子育てをしながら仕事をしやすくなり、現在イタチごっご化している「待機児童問題」にも終止符が打てるかもしれないのです。親の介護もしながら仕事を続けることもできるでしょう。また、通勤をする必要がなくなり、特に都市部で問題となっている「通勤ラッシュ問題」も解決し、線路の複々線化などの膨大な投資が必要となる対策が必要なくなるメリットも考えられます。従業員も通勤に奪われる時間が無くなることにより、作業効率が上がるなど良い事ばかりに思えます。しかし思ったように普及が進まないのは、日本企業の従業員が、従来から大部屋で共同作業で業務をこなす習慣になってしまっている「意識」の問題があります。会社で仲間に会ってワイワイ議論しながら進める働き方が身に染みてしまっているのです。また、管理職も自分の部下の働きを目の前で見ながら評価するやり方に慣れてしまっており、これを崩すことに違和感が強い状況にあります。これに対し、欧米ではもともとビジネスは個人プレーが基本となっており、「テレワーク」にすることは管理職側、従業員側ともに違和感はないのです。今後、日本で「テレワーク」の普及を加速されるためには、人事評価制度の見直しや、管理職、従業員の意識改革といった対策が重要となります。
 「ワークスタイル(働き方)」の変化としては、「兼業」や「ギグ・エコノミー(日雇い経済)」の台頭も挙げられます。ITが社会・生活に与える影響として、生産者と消費者の関係を破壊し、生産者が消費者にもなる「プロシューマー」の登場を本ブログ第16回「ITが社会・生活に与える影響(その2)」(4)ライフスタイルでご説明しました。そして、このような「プロシューマー」の中には、その副業でも稼ぎたいと思う人が出てきて「兼業」を望む人も多くなってきています。経営側も働き方改革が叫ばれる中で「ワークスタイル(働き方)」の多様化を認める動きがあり、「兼業」を積極的に認める企業も増えています。また、腕に自信のあるエンジニアの中には、特定の企業には属せず、インターネット経由で仕事を受注し、単発的かつ短期的に作業を行う「ギグ・エコノミー(日雇い経済)」と呼ばれるワークスタイルも広がっています。このワークスタイルは現在人材不足が深刻なITエンジニアが中心ですが、デザイナーや翻訳などの専門性と創造性が高い業種において広がる可能性があると考えられています。もともと一匹オオカミ的で個人作業的な分野においては整合性が高いワークスタイルです。

図3:テレワーク
総務省 ホームページより
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/

以上、ITが経済やビジネスに与える影響についてご説明しました。ITが経済やビジネスに与える影響は決してIT業界にだけでなく、ほとんど全ての業種に対して影響を及ぼしています。そして、労働力の再配分、再教育、税金や社会保障制度などの国家的な課題にまで影響を及ぼしているのです。これらをよく理解した上で、企業経営のかじ取りをしていく必要があります。

 

2021年03月21日