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その29:「今後の成長戦略」(その4)

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「今後の成長戦略」(その4)

 第29回目のブログを掲載しました。今回のテーマも前回に引き続き「今後の成長戦略」です。 これから先、私たちは否応なくITと向き合ってサイバー空間を上手く利用しながら成長していくしかありません。そして世界には強敵がひしめいています。この競争を勝ち抜くためには日本の人柄や土地、気候・風土などすべての強みを最大限に活かしていかなければ勝ち目はありません。
 人口密度が高く、火山が多く自然災害も多い。すでに高齢化社会に突入し、団塊の世代が全員75歳以上になる2025問題もかかえています。人口は減少しはじめていて、GDPの成長率は低く2025年ごろにはインドにも抜かれそうな状況。こんな状況でも何とかしていかなければなりません。一体それはどんなものか、今後日本が成長していくために、私たちにはどのような選択肢があるか、それを実現するために何が必要か、何をしなければならないのか、改善すべき点は何かなどを探っていきたいと思います。
 前回(その28)までの3回にわたって、ITビジネス分野において今後も確実に成長が見込める、最も有望なビジネスとして「波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス」や、日本の課題や強みを活かしたいろいろな成長戦略などについてについてご説明してきました。そして前回は、今後日本でも成長が見込まれる、より具体的な分野である「シェアリングエコノミー」と「デジタルデータの活用」に関してご説明しました。
 今回は、「今後の成長戦略」シリーズの最後として、ひとつはIT人材を育てる「人材教育」、ソフトウェア技術者人口を増やす「ソフト産業強化」について、もうひとつは、2年前から続く新型コロナ流行でも話題となった「働き方改革」と「労働生産性UP」についてです。

(5)「人材教育」、「ソフト産業強化」:
 古今東西成長に一番大切なのが「人材」だと思います。いくら優秀な戦略があっても、いくら大きなチャンスがあっても、それを実践していく人材が無ければ何も起こりません。人材育成は成長戦略の前提となるものです。しかし、残念ながら現在の日本は人材育成において失速していると感じます。それを証明するデータがずらりと並んでいるのです。その一つは、学術論文数のランキングですが、文部科学省 科学技術・学術政策研究所の2017年の調査によれば、過去10年間で注目度の高い論文数の世界ランクが5位から10位へと後退しています。その数自体は12%の伸びを示していますが、他国はそれ以上の伸びを示しており、特に中国に至っては伸び率479%と猛烈な勢いであり、すでに論文数は2万6千件を超え、日本の約6千5百件を完全に引き離しています。中国の論文数ランキングは米国に続く2位であり、この10年でヨーロッパの各国も抜き去ってしまいました。さらに、最近の研究は国際共著が進んでいますが、ここでも日本の足踏みが目立っています。英国、ドイツ、フランスは国際共著率は約60%ですが、日本は約30%にとどまっており、日本の研究が内向き姿勢なことが分かります。さらに気になる点として、研究・開発でトップを走る米国の国際共著相手国として、日本は10年前の4位から6位の位置づけを5位から9位程度へと落としています。米国の共同研究相手として選ばれなくなってきているのです。その反面、近年米国の国際共著相手国としてほとんどの分野で1位になっているのが中国です。中国は人工知能(AI)などの計算機・数学分野だけではなく、化学、材料科学、工学、環境・地球科学、基礎生命科学などの分野でも米国の国際共著相手国1位になっています。それに対し、日本は計算機・数学分野において13位となるなど、ほとんど相手国としての存在感は失われている状況です。他国の研究者から選ばれない国になってしまっているのです。これはかなり深刻だと思います。また、その報告では日本の論文生産における部門・組織区分構造の変化に関しても報告しています。それによれば、論文数の減少が最も大きいのは国立大学であり、それに加え企業による論文数の減少は過去20年に及ぶとして、その影響は大きいと指摘しています。英国の高等教育情報誌 タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(Times Higher Education)が発表した「THE世界大学ランキング」によると、日本の大学で最も順位が高かったのは東京大学であり36位でした【図1】。この他に上位200校に入ったのは、京都大学の54位の1校だけでした。アジアで最高は中国の清華大学の20位であり、東京大学はアジアの各大学にも差をつけられています。


図1:世界大学ランキング(2021年版)
高校生新聞オンラインより
https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/6768

 このような状況に対し、日本の著名研究者から警鐘が鳴らされています。日本経済新聞のインタビューで、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した東京工業大学の大隅良典栄誉教授は、「かっての日本の大学は基礎的な研究活動を支える講座費という制度が充実し、みんなが好きなことをやれた時代があった。今では研究できるポジションも少なくなり、親が大学院進学を止めるほど研究職は将来が見通せない職業になった。このままでは将来、日本からノーベル賞学者が出なくなると思っている。」と述べています。また、国際化については「中国は海外経験がないと大学の先生になれず、みんな留学をする。米国でポジションを得た人が中国に帰る際はすごくいい条件を得ている。」と指摘されており、中国が米国の国際共著相手国1位になっているメカニズムも明らかにしています。
 これらの指摘は国内にとどまりません。日本経済新聞によると、英国の有力科学誌「ネイチャー」は2017年3月号の特集で「日本の科学研究はこの10年間で失速している」とし、その要因としては、「各国が研究開発投資を増やす中で日本は2001年以降は横ばいで、国立大学への交付金を削減したため若い研究者が就ける任期のないポストが少なくなった点をあげた」としています。これに対し、国内の研究機関や政策に関わる人たちはすでに問題を把握しており、いろいろな対策を講じていますが、諸外国の活動はさらに積極的であり、追いついていない実態があると報じています。いずれにしても、現状を真摯に受け止め、過去の栄光を振り返るのではなく、前を向いて一歩ずつ進んでいくしかない状況にあるのです。
 IT関係で今一番ホットな研究テーマは人工知能(AI)だと思います。すでにご説明したように、巨大IT企業は巨額の研究開発投資を行っています。これらの企業は、世界で数十万人規模で不足していると言われるAI人材の獲得競争をはじめています【図2】。資金力に勝るITのビッグ5はコンピューターサイエンスやデータ分析、プログラミング言語などを学んだ学生を中心に博士であれば初任給で20万ドル程度を用意して採用活動を激化させています。人工知能技術の一つである「機械学習」の世界的カンファレンスである「ニューラル・インフォメーション・プロセシング・システムズ(NIPS:Neural Information Processing Systems)」の会場では世界のAI研究者が集まるため、さながらIT企業が人材を獲得するためのリクルート会場の様相になっているといわれています。日本国内でもAI人材の獲得競争は始まっており、これまで国内IT企業がほぼ独占してきたAI技術者を、自動車メーカーをはじめとする他の業界の企業も入り混じって人材獲得合戦を繰り広げています。


図2:企業のDXを阻む「AI人材不足」
シーネットネットワークスジャパン ホームページより
https://japan.cnet.com/article/35174795/

 これだけニーズが高いAI人材市場に対し、人材を提供する側の大学をはじめとする研究体制の日本の状況はどうなっているのでしょうか。日本経済新聞と学術出版大手エルゼビアによる「人工知能(AI)に関する世界の論文動向」の分析結果によると、企業研究ではマイクロソフトやグーグルを抱える米国が強く、大学では中国、シンガポールなどのアジア勢が優勢な状況が分かりました。しかし、日本では東京大学の64位が最高位であり、東京工業大学が262位で続いている状況で、研究体制の出遅れが目立っています。この状況に対し、国も動き始めており、産業技術総合開発機構(NEDO)が東京大学と大阪大学で人工知能(AI)の講座を開設し、機械学習、自然言語処理、画像認識などの授業を行うことにしました。また、横浜市立大学が2018年度にデータサイエンス学部を開設しました。この学部の入試最高倍率は7倍を超えています。さらに経済産業省は2018年4月にIT分野の職業訓練を充実させるための新制度を設け、人工知能(AI)やビッグデータに精通した人材を育成する講座を積極的に認定しています。このように、官民を挙げて人材育成の努力は行われていますが、なかなか世界の趨勢には追い付いていない状況が続いています。
 優秀な日本人AI研究者を増やすには、どのような研究環境が要求されるのでしょうか。人工知能の研究をするには、専門分野のコンピューターサイエンスやデータ分析、プログラミング言語などの学問も必要ですが、実際には心理学、脳科学、言語学、メカトロニクス、生物学など多方面な知識が必要になります。つまり異分野の研究者との交流が欠かせないのです。これを実現するオープンなコミュニティーが備わっている必要があります。世界の研究者がそこに来たくなるような、ワクワクするような魅力が必要です。米国の西海岸のシリコンバレーは、情報産業の集積地となり、世界の技術者がそこで腕を磨くことを目指して集まってくる場所でした。日本のどこかに、そんなAIの聖地のような場所が生まれることが必要なのです。高齢化社会、自然災害多発国日本の特色を活かし、それに世界的に競争力のあるロボット技術を組み合わせた救難ロボット、介護ロボット+AIの聖地などはどうでしょうか。他の例を挙げるなら、日本で世界的な競争力を維持している自動車産業に人工知能を適用する聖地にするのはどうでしょうか。そうするためには「自動車を研究するなら日本だ。日本に行きたい。」と世界中の研究者が認めるようになる、それだけ圧倒的な技術水準を作り上げることが必要です。当然そこは日本人だけでなく、多様性を認め合える広く世界に開かれた場所・社会でなければならなりません。
 そして、初等教育にも踏み込む必要があるのではないでしょうか。日本の義務教育は「第二の波」の人材を育てるのにはとても有効でした。毎朝、通勤ラッシュに耐えながら決まった時間に出社し、細分化され専門化された業務をこなして、画一化されたタイムスケジュールによって帰宅する、といった「第二の波」の作業形態をそつなくこなす人材を作りだすにはうってつけでした。これらの教育を「第三の波」の著者アルビン・トフラーは「第二の波」の教育とし、大衆教育であり、①時間厳守、②社会ルールに対する服従、③反復作業を身に付けるためのものだった、と述べています。しかし「第三の波」では、画一化が失われ、個性化が進むのです。そこでは少し個性的な異才を生む教育システムが要求されるようになるのです。今の日本の若者で世界で活躍する人は出てきています。野球の大谷翔平選手、テニスの大阪なおみ選手やフィギュアスケートの羽生弓弦選手、日本では将棋の藤井聡太六段などです。すばらしい才能をいかんなく発揮していてまぶしい存在です。これらの若い人は小さい時からかなり特殊な環境でその分野に打ち込んできています。錦織圭選手も13歳の時にアメリカへ渡って世界の選手と競いあって成長しました。大谷翔平選手も早いうちに大リーグに移籍し、世界を舞台に自分の力試しをしています。若い一番の伸び盛りの時期をいかに過ごすかは、とても影響が大きいのです。日本の場合、義務教育制度によって進路が少し画一的になっていないでしょうか。もっと多様な学び方(別の言い方をすると、もっと多様な教え方)を認めることが必要になってきていると思われます。
 そんな中、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は、「高い志と異能を持つ若者を財団生として認定し、才能を開花し、未来を創る人材として羽ばたくための様々な支援を提供する」とし、2016年12月に「孫正義育英財団」を設立しました。すでに8歳から26歳までの志を持つ約100人程度が選別され、活動をはじめています。このような活動がさらに広がり、その中から世界で輝く人材を多く生むことが期待されます。


(6)「働き方改革」と「労働生産性UP」:

 社会全体に若々しい体力をつけなければ成長に向けた活力は生まれません。しかし、日本はこれから労働人口が減っていく高齢化社会です【図3】。それでも体力を維持し、元気をつけるためには、ITを活用することにより一人ひとりの生産性を上げることが必要です。


図3:我が国人口構成の推移
総務省 ホームページよりhttps://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc111110.html

 内閣府は、2017年度の「年次経済財政報告-技術革新と働き方改革がもたらす新たな成長-」を発表し、日本の一人当たりの労働生産性は1時間当たり39.5ドルであり、米国の62.9ドルの6割程度にとどまると発表しました。さらに、日本は非製造業の労働生産性が他の先進国に比べ低いと言われており、まずこの生産性を上げる必要があります。特に「農林水産業」「電力・ガス」「金融・保険」「卸売り・小売り」などの生産性が低いとされています。これらの業種では、コンピューターで機械化できる仕事は機械に任せ、人でなければできない世の中の常識に基づく判断や、人間同士の高度なコミュニケーションを必要とする仕事を人間が行うように改革する必要があります。人と機械でうまく役割分担するのです。その際の機械側の代表格は、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA:Robotic Process Automation)と呼ばれる技術であり、これまで人が行ってきたデータを繰り返し入力したり、転記したりする業務を人工知能(AI)などを使って自動化するものです。これにより、かなりの雑務から人間は解放され、人手不足解消にも貢献するとされています。現在この技術導入をはじめているのは「金融・保険」が中心ですが、次第に「卸売り・小売り」にも広がりを見せており、中小企業にも浸透しはじめています。
 生産性向上は非製造業のみならず、製造業に関しても必要です。製造業のホワイトカラーの作業は非製造業と共通の内容のものも多く、この仕事に関しては前述のロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)により効率向上が図れます。また、製造現場および生産管理、サプライチェーンの合理化に関しては、IoTを活用した「第四次産業革命」による生産方式の改革を導入し、革新的な生産効率の向上を図るべきです。このように、企業のいたるところに人工知能(AI)を応用した技術が導入されるようになると、どの業種の企業でも「データサイエンス」の素養を持つ人材を増やしておく必要がでてきます。
 そして生産性向上は、民間企業のみならず、行政など公共サービス分野にも必要です。昨今の新型コロナウィルスへの対応で、日本の行政サービスの真価が問われましたが、現実は厳しく、ここでも諸外国に後れをとっていることが明らかになりました。日本の行政サービスにはまだ「紙ベース」のものも多く、電子化は思うようには進んでおらず、他の多くの国に対し遅れをとっているのです。最近発生した日本年金機構による「過少支給問題」を巡っては、書面による申告書の記載内容をコンピューターに入力する際の記入ミスが原因となるなど、いまだに電子化されていないことの弊害が出てきています。また、コロナワクチン接種の際も、何度も同じ紙の問診表に同じことを手書きで記入しなければなりませんでした。同じことを何度も繰り返すムダが至ることろに存在し続けているのです。年金受給者の中にも、電子申請を苦も無くこなす「ディジタルシニア」は増えてきているのに、それを活用できていません。これには日本人特有の紙文化がありますが、今こそこれを打破していかなければならない状況になっています。しかし、行政の電子化を進めるために重要な「マイナンバー法」が施行されてから2年経った2017年時点で、「マイナンバー」の普及率は10%に満たない状況です。政府はマイナンバーカードと民間ポイントの連携などでインセンディブを与えていますが、なかなか一般国民にはアピールできていません。また、個人情報漏えいに対する根強い不安感も払しょくできていません。今、日本は、あらゆる施策を総動員し、電子化による行政サービスの生産性向上は成し遂げられなければならない状況にあります。そのためには、「マイナンバー」の普及が欠かせないと思われるため、何かうまいスローガンでも用意して、国民皆「マイナンバー」化し、いろいろな事務処理の効率を一気に向上するのがよいのではないでしょうか。また、その時のインセンティブは、金銭的なインセンティブよりも、国の財政改善などの社会的インセンティブの与え方の方が訴求するのではないでしょうか。財務省は2017年6月末時点の「国の借金」の残高が1053兆余りだったと発表しましたが、これを少しでも減らすためには電子化による行政の業務効率向上も大きく貢献できるのではないでしょうか。今年から本格的に活動を開始する「デジタル庁」が強力なリーダーシップを持って日本のデジタル化を推進することに大きな期待をしています【図4】。今度失敗したら後がない、という危機感の共有が必要です。


図4:デジタル庁発足式
首相官邸 ホームページより
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/actions/202109/01kunji.html

 さらにITを活用した働き方改革も生産性向上には貢献できると期待されています。日本特有の雇用形態である「終身雇用制」は「年功序列制」とペアにして、「第二の波」の産業でいろいろな企業で一般的に採用されてきました。雇用側としては人の入れ替わりが少ない為、採用や教育にかかる費用を少なくすることができ、労働者側も安定して働き収入を得ることができることで双方にメリットがありました。しかし、その反面、雇用の硬直化を生み、雇用の流動性が無くなるデメリットがありました。業務が目まぐるしく変化する「第三の波」の産業にあっては、むしろこのデメリットが大きくなってきます。そこでITを使った「クラウドソーシング」という新たな雇用形態が注目されています。「クラウドソーシング」はインターネット経由で仕事を受注し、単発的かつ短期的に作業を行う労働形態です。腕に自信のあるエンジニアの中には、特定の企業には属せず、自由に自分のやりたい仕事をする、という労働形態(ワークスタイル)も広がっています。この労働形態の生産性は非常に高くなります。
 繰り返しになりますが、日本は高齢化社会であり、老人大国になっていきます。その過程では、まだ働けるのにその場を失い、いったん仕事(生産活動)をリタイアし休眠状態になっているシニアも多い状況です。団塊の世代と呼ばれるシニアは70歳前後ですが、まだまだ元気な人が多く、ITだって使いこなすディジタルシニアも増殖中です。この力を眠らせておくのはもったいないのではないでしょうか。これらのシニア世代は働くことによる金銭的な欲求よりも、社会へ貢献したいという意識が強い傾向があります。前述したように「社会貢献」というインセンティブを与えれば、いったん仕事(生産活動)をリタイアし休眠状態になっていたシニアも、喜んで生産活動を再開する人は多いと思われます。日本には仕事好きな人が本当に多いのです。これを有効活用しない手はないと思います。



 以上、今回は「今後の成長戦略」シリーズの最後として、日本の今後の成長を実現するための前提条件のひとつであるIT人材を育てる「人材教育」とソフトウェア技術者人口を増やす「ソフト産業強化」について、もうひとつは、2年前から続く新型コロナ流行でも話題となった「働き方改革」と「労働生産性UP」に関してご説明しました。どちらも今後の成長を実現するために不可欠な内容です。現在の日本の立ち位置はこれらの状況において後進の状況であり、早急な挽回が必要です。デジタル庁を中心にこの後れを挽回し、日本の底力を見せたいものです。


 

 

2022年08月03日

その28:「今後の成長戦略」(その3)

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「今後の成長戦略」(その3)

 第28回目のブログを掲載しました。今回のテーマも前回に引き続き「今後の成長戦略」です。
 これから先、私たちは否応なくITと向き合ってサイバー空間を上手く利用しながら成長していくしかありません。そして世界には強敵がひしめいています。この競争を勝ち抜くためには日本の人柄や土地、気候・風土などすべての強みを最大限に活かしていかなければ勝ち目はありません。
 人口密度が高く、火山が多く自然災害も多い。すでに高齢化社会に突入し、団塊の世代が全員75歳以上になる2025問題もかかえています。人口は減少しはじめていて、GDPの成長率は低く2025年ごろにはインドにも抜かれそうな状況。こんな状況でも何とかしていかなければなりません。一体それはどんなものか、今後日本が成長していくために、私たちにはどのような選択肢があるか、それを実現するために何が必要か、何をしなければならないのか、改善すべき点は何かなどを探っていきたいと思います。
 前々回(その26)と前回(その27)で、ITビジネス分野において今後も確実に成長が見込める、最も有望なビジネスとして「波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス」や、日本の課題や強みを活かしたいろいろな成長戦略などについてについてご説明しました。今回は、今後日本でも成長が見込まれる、より具体的な分野について考えたいと思います。ひとつはいろいろなモノを所有するのではなく、メンバー間で共有する「シェアリングエコノミー」であり、もうひとつは「サイバー空間」に蓄積された膨大な「デジタルデータの活用」です。

(3)「シェアリングエコノミー」の活用:
 ITによる「ディジタル化」の波はトフラーが語る「第三の波」の原動力となって、この300年あまりで築いてきた「第二の波」の経済システムである「大量生産」「市場主義」「資本主義」を揺さぶっていることは本ブログ第17回ですでにご説明しました。そして「第三の波」の経済として今後拡大していくと見られているのが「シェアリングエコノミー」であることもご紹介しました。(アルビン・トフラ-のベストセラーである「第三の波」については、本ブログ第16回で少し紹介していますので、そちらもご参照ください。)ここではその「シェアリングエコノミー【図1】」をどのように活用していけばよいかについて、ご説明していきたいと思います。
 現在、「第二の波」と「第三の波」は激しくぶつかりあっています。この大きな波がぶつかりあっている今だからからこそ、そこに打って出ることが大切なのです。波のぶつかり合いが収まり、平穏な海になった段階では、すでにビジネスの決着はついてしまっています。ぶつかり合っている時は、波に飲まれて沈没するリスクもありますが、乗り越えればその後の海を制することができる可能性もあるのです。しかも、日本という国が「シェアリングエコノミー」を推進するのには良い条件がそろった国であると私は思っています。「シェアリングエコノミー」が成り立つ前提条件にあるのは、貸し手と借り手の間の「信頼関係」です。これをなくして「シェアリングエコノミー」の発展は見込めません。日本の状況はどうでしょうか。周りを海に囲まれた単一民族国家であり、言語もほとんど統一されており、日本人同士のコミュニケーションがとてもとりやすい環境です。教育レベルも義務教育のお陰で国民全体のレベルとしては高く、方針・法などに対する国民の理解力が高く、法令順守の意識(モラル)も高い状況です。一緒にモノをシェアする時に、相手はどんな人だろうか心配になりますが、日本でシェアする限り、相手は日本人か日本に住む外国人であり、そんなに「変な人」はいないという、安心・安全が売り物の国なのです。だから私は「シェアリングエコノミー」はこんな日本人の国民性に合った経済だと思うのです。東京オリンピックでは残念ながら世界からゲストを呼ぶことができず、シェアリングサービスを提供することはできませんでした。しかし、もしもゲストを呼ぶことができる環境であったなら、世界より一歩進んだ高度なおもてなしのシェアサービスを世界中へ見せることができたのではないでしょううか。


図1:シェアリングエコノミー
政府 CIOポータルサイト より
https://cio.go.jp/share-eco-center

 特に1990年以降に生まれた20代から30代前半ばの「ミレニアル世代」と呼ばれる若者は、生まれて物心がついた時にはすでに「第三の波」が到来しており、「第二の波」の世代のようにモノには固執せず、逆にモノを持たず、モノに縛られない自由という豊かさを満喫しています。「第二の波」の世代の最終目的は、マイホーム(一軒家)という究極のモノを持つことでしたが、それと引き換えに30年以上の長いローンを組み、その返済という義務に長年縛られて生きていくことになりました。一方、「ミレニアル世代」はそんな一つのモノに縛られることは早々と放棄し、賃貸やシェアで一時的なモノとのつながりを楽しんでいます。なので、昨今のシェアリングエコノミー商品にいち早く反応したのは、この「ミレニアル世代」です。家、部屋、クルマ、駐車場、高級ブランド品など、比較的金銭的価値の高いものから始まり、最近では自転車、普段着や傘などの低価格なモノにまでシェアの対象は広く及んでいます。さらにシェアの対象はモノのみならず、労働力や個人的なスキル(得意技)などの空き時間をシェアするなど、サービスにまで広がりを見せています。ありとあらゆる余り物がシェアの対象となり得る時代なのです。まず身の回りで余って困っているものを探す、これがこのビジネスに参入する第一歩なのです。
 日本政府もシェアリングを成長戦略と位置付けて、この動きをバックアップしています。「シェアリングエコノミー」が進展すれば、政府が掲げる「働き方改革」にもつながります。例えば、仕事場をシェアする「シェアオフィス」サービスが充実していけば、企業が推進するテレワークを実現するのに必要なセキュリティーの確保されたネットワーク環境が整備され、一層テレワークを推進しやすくなります。米国ではすでに16万人もの顧客を抱える「シェアオフィス」サービスが登場しています。この企業は、単純に作業スペースを提供するだけでなく、メンバー同士の交流を生む場としてもそのスペースを提供することにより、それがさらに価値を高めているといいます。このような異業種の人間との交流は、新しいビジネスを生む上でも貴重なものです。「シェアリングエコノミー」の現在の本命は、自動車をシェアする「ライドシェア」と、使っていない部屋を貸し借りできる「民泊」だと言わています。それぞれに政府も法整備を進め、これらの推進を支えています。「民泊」に対しては、「民泊」を条件付きで解禁する(認める)住宅宿泊事業法(通称、民泊法)を2018年6月に施行しています【図2】。その準備として、同年3月には業者の登録・届け出が始まりました。この動向が今後日本に「シェアリングエコノミー」が根付いていくかの試金石となると思われます。「第二の波」の既得権を持った業界や「民泊」を受け入れる一般市民とのぶつかり合いが予想されますが、その結果に注目したいと思います。ただ、単純に外国で成功したビジネスモデルを持ってくるのではなく、日本の社会にうまくマッチさせることが大切です。その結果、他国にはない日本らしい新たなシェアサービスが生まれるなら、こんなすばらしいことはないと思います。


図2:住宅宿泊事業法(通称、民泊法)
政府 民泊制度ポータルサイト より
https://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/overview/minpaku/law1.html

 実は「シェアリングエコノミー」は諸外国の方が日本より進んでいます。日本人は法令順守の意識(モラル)が高いですが、逆に言うとルール(法令)ができるまで二の足を踏んでしまうところがあります。国や自治体がルールを作ってくれるまで「待ち」の姿勢になってしまうのです。これに対し、諸外国では詳細のルールは決めず、何か問題が発生すれば裁判で正していく、という「判例重視」のスタンスで進めています。この意識の違いから、諸外国では「まず、やらせてみよう」というアプローチになっているのです。「第三の波」のビジネスのように新しい事業を行う場合には、この違いは大きく影響してきます。企業や経営者もここは少し意識を変えてリスクを取ることが必要ではないでしょうか。中国ではシェアビジネスが急拡大しています。シェア自転車ではすでに1500万台を超える自転車が配備されたと言われています。中国は政府の方針もあり、ITビジネスの強化は国の施策と一致しています。そして、ビジネスの中で何か問題が発生すれば、政府が強力なルールで制圧にかかるのです。そこでは度々問題や軋轢も生んでいますが、そのダイナミズムは日本が見習うべきところが大きいと思います。

(4)デジタルデータの活用、データ戦略:
 「第二の波」の社会では、エネルギー資源として、化石燃料(石炭、石油、天然ガス、・・)、鉱石資源として金、ウランなどが価値を持っていました。「第三の波」を迎えているこれからは、それにディジタルデータ(情報)が加わります。ディジタルデータは人工知能(AI)を動かす貴重な資源(「データ資源」)なのです。今後はこのデジタルデータを有効活用できるか否かが成功のカギを握っています。ディジタルデータは国境もルールもないサイバー空間に存在しています。貴重なこの資源を、どこかの国の無法者が無断で持っていってしまうかもしれません。中国のように「データ資源」を国土と同じように主権の及ぶ範囲と捉えている国もあります。これらに対して、国としては戦略をもって対応していくことが必要となっています。日本由来の「データ資源」をいかにして生み出し、それを無断で持っていかれないように適切な保護をして、今後も成長を続けていくにはどうしたらよいかを考えなければならないのです。
 まず、日本由来の「データ資源」とはどんなものでしょうか。代表的なものを挙げると、日本の国土や建築物に紐づいた地形や地図情報、日本の産業界が育んできた工場などの制御情報、ノウハウ情報、日本に暮らす国民の医療情報、個人情報などのローカルなデータです。これらは我々国民にとって貴重な情報であり、正しい目的のために適切に利用されなければなりません。高精度の三次元地図情報は、自動車の自動運転には欠かせない重要なデータであり、例えばこれを海外の巨大IT企業が独占するような事態になると、すべての自動車メーカーはその「データ資源」の提供を受けざるをえなくなってしまいます。その場合、恐らく「データ資源」の提供と引き換えに、膨大な要求を突きつけてくるようになるでしょう。例えば、車載のブラウザーの検索エンジンはそのデータを提供する会社のものを使えとか、アプリケーションのダウンロードはその会社のプラットフォームを使えとか、広告を表示させろとか支配を強めてくるはずです。そしてさらに重要なことは、我々が国内で運転したドライブデータは、その企業に中抜きされってしまうことです。自分のドライブデータを差し出すか、自動運転を使うのを諦めるか、どちらかを選ばなければならないのです。こうなってはいけないと、政府は将来的には国内の自動車メーカーが共通に利用する3次元地図データを目指して実際の高速道路を利用した実証実験を開始しました。道路事情は各国いろいろ違いがあり、日本のように狭く、民家が密集した地域でも安全な自動運転を実現させるには、他国とは違った工夫が必要であると考えられ、ここには日本独自の技術が必要になってくるはずです。そしてその地図データのフォーマット等は国際的にも標準化し、当然海外メーカーも利用できるようにしなければなりません。国際標準化は、ベータマックスとVHSのビデオ規格争いやディジタルテレビの方式など、場合によっては国を巻き込んでの争いになることがしばしば起こります。地図データにおいても、当然いろいろな国や企業の思惑によっていろいろな争いが起こると思われますが、ここで負けてはなりません。国は地図データ以外の「バイオ・素材」、「ものづくり」、「プラント」など産業関連のデータに対しても基準作りを始めています。データの内容を揃えることにより、より広範囲な企業で共有し、有活用できるようになります。これと並行し、集められた「ビッグデータ」を共有し、利活用するための「認定バンク制度」も創設しています。これにより、企業間でバラバラに収集されていたデータを纏めることができ、セキュリティーが強化された状態で保護され、他の企業の利用もしやすくなるメリットがあります。さらに、データの独占や囲い込みが発生しないよう、認定バンクのデータの利用契約を結ぶ場合のガイドラインも用意しています。


図3:情報銀行とは
総務省 令和2年版 情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd261250.html

 次に日本に暮らす国民の医療情報、個人情報などを利用するための対策ですが、ここでも国はすでに手を打っています。どうすればプライバシーを守りながら個人的な情報をビッグデータとして生かせるかが課題でしたが、2017年5月に施行された「改正個人情報保護法」ではIT企業側は個人の身元を特定する情報を隠せば自由に個人情報を扱えるようになりました。どのように情報を隠せばよいかなどの具体的な運用面ではまだ課題が残るものの、大枠として適切な運用のもとでは個人情報もビッグデータとして扱えるようになったのです。このようにビジネスに利用できる環境が整いつつあります。個人情報保護の面では、EUで2018年5月に施行した「一般データ保護規則(GDPR)」が認めている「データポータビリティ権【図4】」に関連して、個人情報を預けてその運用先を個人が選ぶ「情報銀行【図3】」や預けた個人情報の運用を任せる「情報信託」といったものが検討されています。情報を提供する側の個人も、自分の個人情報が正当にセキュリティー上も管理された状態で使われるならば、安心して情報提供することができる。そうなれば、個人情報を含むビッグデータを活用した新たなビジネスが見参な環境で成長していくものと思われます。
 ただし、これらの貴重なデータを脅威から守るセキュリティ対策はこれまで以上に重要になってきます。例えば高精度の三次元地図情報が他国のセキュリティハッカーに悪用されてしまうと、最悪の場合軍事利用され、遠くから正確に攻撃ターゲットにミサイルを命中させることが可能になってしまいます。こうなる軍事関係の施設や重要なインフラ施設などの情報は特に厳重な管理をする必要があります。今後は貴重なデータの管理基準やなどを急ぐ必要があります。


図4:データポータビリティ権
総務省 令和元年版 情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd113130.html

 以上、「今後の成長戦略」として、今後日本でも成長が見込まれる、より具体的な分野である「シェアリングエコノミー」と「デジタルデータの活用」に関してご説明しました。どちらも今注目されるビジネスですが、すでに国際的な競争状態に突入しており、何もしないで傍観しているとすぐに形勢が決まってしまいかねません。日本が今後の成長をつかみ取るためには、荒波に向かって突き進む覚悟が必要であり、今、その覚悟を問われています。


 

 

2022年02月23日

その27:「今後の成長戦略」(その2)

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「今後の成長戦略」(その2)

 今回のテーマは、前回に引き続き「今後の成長戦略」です。
 これから先、私たちは否応なくITと向き合ってサイバー空間を上手く利用しながら成長していくしかありません。そして世界には強敵がひしめいています。この競争を勝ち抜くためには日本の人柄や土地、気候・風土などすべての強みを最大限に活かしていかなければ勝ち目はありません。
 人口密度が高く、火山が多く自然災害も多い。すでに高齢化社会に突入し、団塊の世代が全員75歳以上になる2025問題もかかえています。人口は減少しはじめていて、GDPの成長率は低く2025年ごろにはインドにも抜かれそうな状況。こんな状況でも何とかしていかなければなりません。一体それはどんなものか、今後日本が成長していくために、私たちにはどのような選択肢があるか、それを実現するために何が必要か、何をしなければならないのか、改善すべき点は何かなどを探っていきたいと思います。
 前回(その26)では、ITビジネス分野において今後も確実に成長が見込める、最も有望なビジネスとして「波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス」についてご説明しました。今回は、日本の課題や強みを活かした、いろいろな成長戦略について考えたいと思います。

(2)日本の特徴を活かした成長戦略:
 日本は高齢化の2025問題を抱えるなど、課題先進国です。しかし「災い転じて福となす」ということわざがあるように、災いもうまく利用すれば幸福をもたらすこともあります。ここでは、何とかうまく災いを利用する方法を考えたいと思います。
 日本ではこれから65歳以上の高齢者人口が増え続け、逆に20歳から64歳までの生産人口は減っていきます(図1)。そのため、人手不足と高齢者を支える社会的コストが問題となってきます。現在、宅配業務や外食産業、コンビニなどの小売業、介護・医療など、人手不足が深刻な業界が多くなっています。いずれも人との接点を取り持つ業界です。しかし、これらの人手不足の対策には、人工知能(AI)やロボットはうってつけです。しかも日本には、全国に広がる道路網やコンビニエンスストアの販売網などのインフラが充実しており、サービスを展開する条件としては恵まれています。また、国土が広すぎないこともサービスを隅々まで広げるためにはメリットになると考えられます。これらの非製造業の労働生産性は、日本は他の先進国に比べ低く、これを上げることは、国としても推進する必要があると思われます。


図1:我が国人口構成の推移
総務省 ホームページより
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc111110.html

 人手不足の問題をかかえる業界では、先進的な取り組みをはじめている企業も出てきています。宅配業務大手のヤマトホールディングスは、自動運転やロボット、人工知能(AI)を活用して集配業務効率を上げ、人手不足解消を狙っています(図2)。まず、自動運転トラックを開発し、高速道路で先頭車だけを有人走行させ、そのトラックに無人自動運転車を追走させる計画です。日本の一般道路は、狭くまた路地などが多く、無人の完全自動運転を実現するにはまだ時間がかかると思われます。しかし、無人運転を高速道路に限れば、実用化の時期はぐっと近くなると思われます。配送業務も大都市などの配送拠点間を結ぶものと、配送拠点から各家庭までを結ぶものがありますが、前者においてはほとんど高速道路が開通している状況です。配送拠点を高速道路の近くに建設しておけば、恐らくこの方法での無人運転実用化にはほとんど問題はないと思われます。拠点間輸送の無人化ができれば、その効率向上は大きなものとなると考えられます。いっそのこと、自動運転専用の高速道路を作ってしまってはどうでしょうか。日本であれば、せいぜい東京から福岡と札幌を結ぶ自動運転専用道路を作れば、物流は飛躍的に省力化が進むはずです。そして、その専用道路の範囲内であれば無人の完全自動運転車も認めることにより、より省人化の効率向上は大きなものにできるはずです。リニア新幹線を通すよりは、この方が建設コストは低くてすむのではないでしょうか。国土が狭い日本ならではの戦略だと思いますが、いかがでしょうか。
 また、日本の宅配便は、時間指定ができるのが大きな利用者側のメリットになっています。このサービスを維持するのは大変ですが、日本の「おもてなし」とも言えるこういったサービスはぜひ残してもらいたいものです。このようなきめ細かいサービスの効率向上にもITや人工知能は活躍します。この時間指定サービスでは再配達が多くなってしまうという問題があります。利用者側の予定が変わり、受取指定日に不在になってしまったケースなどです。これに対し、例えば、宅配便端末や宅配便アプリを提供し、在宅か否かをリアルタイムで宅配便業者に伝えるシステムを構築すれば、この問題はかなり解決するだろうと思われます。自分が配達しなければならない荷物の配達先の在宅状況がリアルタイムで把握することができれば、人工知能(AI)を使って最適な配送ルートをリアルタイムで判断することもでき、効率的に配達することが可能となります。当然このサービスを実現するには、プライバシーやセキュリティーの問題に対して十分配慮する必要があります。国も2030年までには物流の完全無人化を達成するマイルストーンを掲げ、実用化に向けた規制緩和などを進めていく方針です。


図2:ヤマトの「無人宅配」実験
アイティメディア株式会社 ITmedia NEWS より
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1804/13/news080.html

 介護・医療分野も今後人工知能(AI)やロボットが活躍することが期待される業界です。日本は国民皆保険であり、医療データの膨大な蓄積があります。人工知能(AI)はデータが多ければ多いほど正確な判断ができるようになります。また介護の現場は体力的にも負荷の大きな現場ですが、AIロボットの導入により、その負担を軽減することができる可能性があります。国のロードマップでも2030年までには「汎用ロボットが家族の一員として日常生活の様々な場面で活用されて、介護等への不安が解消され、安心して暮らせる」としているのです。
 もう一つ、課題大国としてのテーマとして挙げるなら、「原子力発電所廃炉作業」を挙げたいと思います(図3)。東日本大震災で壊れた福島第一発電所の廃炉作業は、放射能との闘いで困難を極めています。日本にある作業現場としては最も過酷な現場と言えるでしょう。そんな人間にとって過酷な環境でも、AIロボットなら立ち向かって行けるのです。ロボットは、こうした環境で利用されるのが、最も我々にとって大きなメリットをもたらすと思われます。何とか高度な人工知能(AI)と優れたロボティクスを開発し、がれきの中を粛々と進み、燃料デブリや使用済み核燃料などの核のゴミを始末できないものでしょうか。この貴重なノウハウ・技術を得ることができれば、日本の核処理技術は世界に誇れるものになると思われます。


図3:福島第一原子力発電所3号機の状況
東京電力ホールディングス ホームページより
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/about/

(3)日本の得意分野を伸ばす成長戦略:
 次の戦略は「得意分野を伸ばす」という戦略です。日本が世界シェアでトップの製品品目を挙げると、炭素繊維、COMセンサー、リチウムイオン電池、リチウムイオン電池用セパレーター、中小型液晶パネル、タイヤ、マイコン、産業用ロボット、ディジタルカメラなどがあります。素材やセンサーなどの部品(デバイス、コンポーネント)に強みを持っていま。「スマートフォン」や「テレビ」で採用が相次いでいる「有機ELパネル」については日本企業はトップ争いができていませんが、「有機ELパネル」に使う素材や製造装置に関しては強みを持っており、トップ争いをしています。技術的には、要素技術(ハードウェア技術)、小型化・精密化技術、耐環境(タフネス)技術、高信頼・長寿命化技術、さらに最近は一部の企業で劣化が見られますが、伝統的には高品質な製品を作りだす生産技術や品質管理技術に強みを持っています。全般的にハードウェアに対する技術であり、「第二の波」の技術と言っていいと思います。これらの素材や部品は、最終製品としては世界の完成機メーカーやアップルなどの「プラットフォーマー」に購入され、製品化されています(図4)。これらの企業とうまくエコシステムを築いていくことと、常に次に求められる素材、部品を開発し続けることが生き残るために必要です。しかし、前述したように、部品(デバイス、コンポーネント)の場合、一発当ててもそれで終わってしまうことが多く、ビジネス安定しない傾向があります。液晶ディスプレイなどは、完成機メーカーの在庫状況や市場動向、技術動向に影響を受け、好不調の波が大きく、巨額の投資が裏目に出ることが多くありました。これを防ぐためには、自社の製品範囲を素材・部品レベルから最終製品・最終システムへと広げていく努力が必要です。素材・部品がハードウェアであるなら、それにソフトウェアを組み合わせたより上位のプラットフォームのビジネスを検討することです。ソフトウェアの候補としては、人工知能(AI)が有力です。無機質なハードウェアではなく、知能を持ったインテリジェントなハードウェアモジュールにして売り出す方法が考えられます。例えば、動くものを自律的に追いかける画像センサーなどはどうでしょうか。そして、このようなハードウェアモジュール(システム)が出来たら、次はその利用方法やそれを使ったサービスなどを考えていきます。これらを実現するのはほとんどソフトウェアです。Webアプリケーションなどを開発し、利用者に提供する方法が一般的です。これらが普及すれば、デバイスは変わっても、サービスは生き続け、次世代のデバイスを使ったサービスへとつないでくれる持続性が得られます。ビジネスが一過性のものでなくなるのです。


図4:情報サービス分野における各市場の規模(世界)と我が国のシェアの推移
総務省 令和3年版 情報白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd105120.html

 素材・部品などの得意分野の他にも、日本企業には小型化・精密化技術、耐環境(タフネス)技術、高信頼・長寿命化技術、生産技術や品質管理技術などの得意技術があります。とにかく美しく高品質のものを少量生産するのは得意です。生産者の内匠の技も活かせます。これは、誰でも持っている大量生産品ではなく、自分オリジナルの自分専用のモノを持つという最近の消費者ニーズに合っています。日本の乗用車は昔からいろいろ豊富できめ細やかなオプションを選択でき、自分オリジナルのクルマをカスタマイズできました。そんな豊富なバリエーションでも自動車生産工場の生産ラインは器用に、しかも効率的にカスタマイズされた乗用車を作ることができるのです。このオプションをさらに細分化し、個人個人のオーダーメイドを可能にした少量多品種の製品を生産することが「マスカスタマイゼーション(mass customization)」と呼ばれるものです。これを実現するためには、IoTを駆使した受注(オーダー)から製造、出荷まで行うシステムを構築することが必要となります。
 また、日本企業はモノを小さくすることが得意であり、しかも長寿命化や耐環境性を強化する技術なども得意です。これらの技術はIoTやロボットを開発していく上では欠かせない技術なのです。これらの技術は「ソフト屋」には決して作れません。ITのビッグ5も喉から手が出るほど欲しい技術なのです。こういった競争力のある得意な技術を伸ばし、磨き続けることがとても重要です。これらをM&Aなどで、安く売ってはならないのです。

(4)何かのきっかけを利用する成長戦略:
 次の戦略は「何かのきっかけを利用する」という戦略です。大きな出来事や技術の節目などを利用して一気にビジネスを広げる方法です。当面のきっかけとしては、第5世代無線移動通信(5G)のサービスが開始されたことが挙げられます。通信速度は10Gbps(ギガビット/秒:ギガは10の9乗)と高速で、大容量の通信が可能となり、IoT時代の通信の本命と言われています。これまでも、無線移動通信の世代交代のタイミングでは、提供されるサービス内容が進化したり、利用形態が変わるなどして、新たなビジネスチャンスが生まれました。動画配信サービスが一般的になったのは、第4世代無線移動通信(4G)が普及したことが大きな要因です。今回は、IoTの他にも自動運転、さらにはメタバースなどへの活用も見込まれ、従来よりもさらに大きなビジネスチャンスが生まれると期待されています。すでに有力企業は5Gへの対応を加速しはじめています。自動車メーカーはIT企業と連携して、人工知能(AI)と自動運転、音声操作、5G通信技術などを駆使したコネクテッドカーを開発中です。
 他にもきっかけはあります。今回はコロナウィルスのために盛り上がらなかったオリンピックですが、世界から注目を集める大イベントであることには変わりありません。この大イベントをきっかけにして、新たなサービスやコンテンツが生み出されるチャンスではないでしょうか。今後のオリンピックでは、人工知能(AI)を使ったロボットや自動運転を使った先進的な移動手段が、海外からのオリンピック観戦客を迎えることになるでしょう。安全を確保するため、セキュリティーシステムも重要です。このような大イベントのきっかけを利用しない手はないと思います。
 国がきっかけを作る手もあります。日本人は一度ベクトルが合うと、持ち前の結束力を発揮し、普段以上の力を発揮する国民だと思います。その掛け声(スローガン)を発するのは、やはり政治の役割ではないでしょうか。民間企業がいくら国民をあおっても限界があります。スローガンとしての例では「クールビズ」が挙げられます。地球温暖化を防止するための取り組みとして政府が呼びかけました。時の大臣が「クールビズ」ファッションを着用してパフォーマンスをするなど普及に努めた結果、今ではかなり国民に浸透した成功例です。スローガンで重要なことは、シンプル(簡潔)かつ具体的で分かりやすく、適切なインセンティブを与えることなどが重要です。「クールジャパン」のように、具体的に何をしたらよいかわからないものは効果が薄くなってしまいます。国民が簡単に具体的な行動に移せるものがよいのです。また、インセンティブは何とかポイントのような貨幣価値があるものでなくても、国に貢献するとか、社会環境(地球温暖化、エコなど)に貢献するなどでも動機づけをすることができます。

(5)次世代の技術へ計画的に投資する成長戦略:
 次の戦略は「次世代の技術へ計画的に投資する」という昔からあるとても基本的な戦略です。企業が独自に開発投資したり、民間や政府ファンドを使って開発したり、国が後押しして、国のプロジェクト体制を作って開発するなどいろいろな方法がありますが、現在の日本の投資額は世界的に見劣りします。現在の投資テーマとしては、IT関係では人工知能(AI)が中心的な存在であり、米中を中心に膨大な開発投資が行われています。人工知能(AI)を高速に処理するAI用のスーパーコンピューターや超並列処理を行える量子コンピューター、AI用のCPUチップ、人工知能(AI)の新しいロジック(アルゴリズム)、利用技術などの開発でしのぎを削っています。民間ファンドでは、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が10兆円規模の投資ファンドを立ち上げ、人工知能(AI)、ロボット、IoTやライドシェアなどを中心に積極的な投資を行っています(図5)。企業レベルでも開発投資は欠かせませんが、人工知能(AI)、ロボットに関する開発はまだルールが整備されていないとか、不確実な要素が多すぎて開発投資に踏み切れないなどの心理が働きやすい状況にあります。これらの不安要素を少しでも和らげるためには、国によるガイドラインの整備や規制緩和などが必要になってきます。その上で、企業のトップは勇気をもってチャレンジしなければなりません。今、経営者のリーダーシップが問われる時代になっています。そういう意味で、最近ではオーナー企業の方が、トップがリーダーシップを発揮しやすく、元気がよいという意見もあるほどです。また、開発は海外を目指したものでなければならなりません。開発組織には海外の人材も招き入れ、多様な意見を反映しながら進めることも重要な要素です。


図5:ソフトバンク・ビジョン・ファンド
ソフトバンク株式会社 ホームページより
https://www.softbank.jp/biz/future_stride/entry/technology/20190826/

 以上、「今後の成長戦略」として、日本の課題や強みを活かした、いろいろな成長戦略についてご説明しました。自分の強みや弱みをよく理解したうえで今後の成長戦略を練るのは、近代マーケティング手法の王道でもあります。そのためには現状を良く、正確に認識する必要があります。自分の弱みなどは薄々気が付いていてもなかなか認めたくない、という気持ちになってしまいがちです。そこで都合のよい情報を持ってきて弱みをごまかしてしまうことがあります。これでは、いつまでたっても成長は見込めません。現在の日本は、まだ過去の栄光にしがみついているように思います。一度真摯に自分の弱みに向かい合う必要があるように思います。

 

 

2022年01月26日

その26:「今後の成長戦略」(その1)

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「今後の成長戦略」(その1)

 今回のテーマは、「今後の成長戦略」です。
 これから先、私たちは否応なくITと向き合ってサイバー空間を上手く利用しながら成長していくしかありません。そして世界には強敵がひしめいています。この競争を勝ち抜くためには日本の人柄や土地、気候・風土などすべての強みを最大限に活かしていかなければ勝ち目はありません。
 人口密度が高く、火山が多く自然災害も多い。すでに高齢化社会に突入し、団塊の世代が全員75歳以上になる2025問題もかかえています。人口は減少しはじめていて、GDPの成長率は低く2025年ごろにはインドにも抜かれそうな状況。こんな状況でも何とかしていかなければなりません。一体それはどんなものか、今回から4回に分けて、今後日本が成長していくために、私たちにはどのような選択肢があるか、それを実現するために何が必要か、何をしなければならないのか、改善すべき点は何かなどを探っていきたいと思います。
 一市民である私にとって少し大きすぎるテーマですが、一個人の意見としてお読みいただき、何かのヒントにつなげていただければ幸いです。

(1)波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス:
 ITビジネス分野として、今後も確実に成長が見込めるのが「波際ビジネス」です。本ブログ その11「サイバー空間の内容と特徴」でご説明した「サイバー空間」にあるディジタル情報は、最終的に人間と接する時には復号化(デコード)され、人間が理解できる画像や音声、モノなどにする必要があり、この「ディジタル情報」が最後に人間と接する場所(ラスト・ワンインチ)を、「サイバー空間」と「実世界」の「波際」と呼ぶことはすでに説明しました。


図1:実世界とサイバー空間

 そして、この「サイバー空間」と「実世界」の接点、出入口となるのが「波際ビジネス」です。「サイバー空間」にある「ディジタル情報」は、最終的に人間と接する時にはアナログ化され、人間が理解できる画像や音声、モノなどに「変換」する必要があります。アナログ化の方法や形態はいろいろで、ここのビジネスは無くなることはありません。今までもこの「変換」(「デジタル化」または「アナログ化」)を行うビジネスはずっと行われてきました。しかし、その変換の対象や精度、品質、性能などに関しては時代とともに移り変わり、多様化し向上してきました。
 商用汎用コンピューター(ホストコンピューター)の時代の波際ビジネスは、その変換の対象は数値データがメインであったので、プリンターやカードパンチャーと呼ばれるタイプライターのような機械が使われました。さらにホストコンピューターが銀行システムなどの社会インフラシステムに使われるようになると、その対象は「貨幣」や「切符」にも広がり、ATM(automatic teller machine)や券売機、自動改札などの機械が変換するために生まれました。
 パーソナル・コンピューターの時代になると、変換の対象がさらに増え、静止画像や動画や音声が加わりました。すると波際ビジネスとしてはキーボード、マウスに加え、画像スキャナー、ディジタルカメラ、液晶ディスプレイや音声スピーカー、ヘッドフォーンなどへと広がっていきました。インターネットとスマートフォンの時代になると、より実社会のモノに近い3次元的な構造や、より社会的な内容へと変換の対象は広がってきました。三次元構造を変換するものとしては、三次元プリンターやヴァーチャル・リアリティー(VR:Virtual Reality)、拡張現実(AR:Augmented Reality)などがあります。
 ITのビッグ5のような巨大IT企業も、ほとんどが波際ビジネスをメインにしています。グーグルは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」を経営理念として成長してきましたが、ビジネスの基盤となっている検索エンジンはサイバー空間の情報にアクセスするための出入口を提供しているものです。フェイスブックは人間界のコミュニティー(友だち関係)をサイバー空間のディジタル情報へ変換するためのプラットフォームを提供しました。アップルは「スマートフォン」という現在個人がサイバー空間にアクセスするには最も便利な装置(ツール)を提供していますし、アマゾンは実世界の「小売り」「流通」という消費行動をデジタル化しています。
 そして彼らは現在のこの瞬間も、これまで誰もディジタル情報へ変換していない実世界のモノ、動き、コミュニケーション、行動などをディジタル化の次の標的として模索しているのです。そして、人工知能(AI)を使うことにより、これまで変換できなかった高度な情報もディジタル化できないか考えています。そして「スマートフォン」に次ぐサイバー空間にアクセスする次世代の装置(ツール)として、アマゾン・ドット・コムとグーグルが「AIスピーカー」をすでに発売しています。日本企業では、LINEが「AIスピーカー」の販売を開始しています。人工知能(AI)はこれらの製品の優劣を決定する要因になるため、各社は人工知能開発と普及に力を入れています。グーグルは「グーグルアシスタント」、アマゾン・ドット・コムは「アレクサ」、アップルは「シリ」、マイクロソフトは「コルタナ」とそれぞれ独自にAIエンジンを開発し、縄張り争いを開始しています。これに対し、老舗のIBMも独自に開発した人工知能「ワトソン」をクラウドサービスの形で一部機能を無償で提供すると発表しました。このような中で、オンキョーは「アレクサ」を採用したAIスピーカーを開発し、ソニーやパナソニックは「グーグルアシスタント」を採用したスピーカーを開発しています。日本勢ではLINEが独自AIを開発していますが、ほとんどは米国勢の人工知能(AI)エンジンを採用しているのです。そして、この流れは家電製品にまで及んでおり、掃除機、洗濯機、空調機、テレビなど様々な家電製品でグーグルかアマゾン・ドット・コムの人工知能(AI)エンジンを搭載し始めています。これにより、これまでディジタル化されていなかった家の中での行動パターンや動きがディジタル化されることになります。そして、そのデータの恩恵はまたもやITのビッグ5の手に入る可能性が高いのです。また、付加価値の多くが人工知能(AI)エンジンだという評価になると、家電製品メーカーはグーグルかアマゾン・ドット・コムの下請け的な位置づけに甘んじることにもなりかねません。こうならないような人工知能導入に関する戦略を持ってビジネスに臨むことが重要と考えられます


図2:AIスピーカー
ビックカメラ.com ホームページより
https://www.biccamera.com/bc/i/topics/osusume_smart_speaker/index.jsp

 AIを搭載した「ロボット(robot)」も新たな有力な波際ビジネスと考えられます。「AIスピーカー」も人間と会話し、人間の要求を満たすという意味で、ロボットの一種と考えることもできます。「ロボット」にもいろいろな種類がありますが、人型のロボット(ヒューマノイド)であれば、人間との関係はさらに密接になり、高度なコミュニケーションを行えるようになるため、新たなサービスを生み、大きなビジネスになる可能性があります。また、介護ロボットも日本のような高齢化社会には欠かせないものであり、期待が大きい分野です。
 このように波際ビジネスは当たれば大きなビジネスになる可能性があります。特にその波際ビジネスがユーザー数を増やし、世界的なプラットフォームになれば、ネットワーク効果(ある人がネットワークに加入することで、他の加入者の効用も増加させる効果)により一人勝ちの状態になることも夢ではありません。
 また、ITのビッグ5ですらサイバー空間の情報にアクセスするための新たな出入口を模索している状況であり、日本企業にもチャンスはまだあります。サイバー空間と実世界の接点をよく観察し、新たな出入口を見つけるのです。もしもそれが見つかったら、自社がその「接点」の技術を持っているか、持っていれば世界市場における位置づけを見極め、行けると判断した場合にはM&Aなども含めて世界を制する体制を大急ぎで作ることです。この大胆な投資こそが初期ユーザー数を獲得し、ネットワーク効果を生む原動力となります。
 波際ビジネスを成功させるには、情報を実世界やサイバー空間のデータに変換する技術・装置・システムと、これを役に立つように利用・加工する技術・装置・システム、それからこれを普及させ収益を生むビジネスモデルが必要です。日本企業はこれまでデータを変換するセンサーや液晶ディスプレイなどの装置(デバイス)を開発するのは得意でしたが、その他の面で先を越されることがありました。装置の場合、一発当ててもそれで終わってしまうことが多いのです。ビジネスを長続きさせるビジネスモデルも同時に検討することが必要です。装置を売った後も、売り切りで終わるのではなく、継続してその装置を使ったサービスなどでビジネスを継続する「リカーリングモデル」などがそれです。
 アップルは「スマートフォン」に収益の多くを依存し、拡販してきましたが、その「スマートフォン」はすでに全世界に普及し、「スマートフォン」で提供されるサイバー空間との接点としての機能も飽和し、最新機種の「iPhone」の販売も低迷しています。「スマートフォン」はこれまでになかったいろいろな実世界のモノ、動き、コミュニケーション、行動などをディジタル化できるようにしましたが、すでに驚くような新しいサービスは生まれにくくなっています。次世代のデバイスとして、時計型の「ウェアラブル端末」なども発売しましたが、爆発的なヒットにはなっていません。「iPhone7」とともに発売された「AirPods」というイヤホン型のデバイス(「ヒアラブルデバイス」)がありますが、これの利点は他のウェアラブルデバイスよりも装着時の負担が軽いということであり、イヤホン型は音声で制御するため、手や目の負担がないという利点があり利用されやすいですが、現在のスマートフォンの代替策になるところには至っていません。
 フェイスブックもSNSに代わる新たな出入口を模索しています。現在、力を入れているのが、ヴァーチャル・リアリティー(VR:Virtual Reality)であり、VRにより人間社会全体をディジタル化しようとしています。これを「メタバース」と呼び、カンファレンスイベント「Facebook Connect 2021」においてフェイスブックが社名「Meta(メタ)」を変更したことがザッカーバーグ氏により発表されました。社名を替えるほどのかなりの力の入れようだと分かります。彼がこれだけ力を入れるのも理解できます。現在のSNSは人間社会の中の人と人のつながり、コミュニケーションの部分だけをデジタル化しているのに対し、「メタバース」は人間社会全体をデジタル化しようとしており、はるかにもたらされる利益は大きいのです。現在フェイスブックはほとんどをその広告収入で得ていますが、その広告はコミュニケーション部分にのみ提供されています。ところが、人間社会全体となれば土地があり、そこに道路や鉄道が敷かれ、いろいろなビルが立ち並び様々な人間活動が繰り広げられます。その土地を所有していれば、一等地には高額な価値が生まれるでしょうし、目抜き通りのビルには広告が出され、その広告料も場所によっては高額なものになるでしょう。今は限定的な広告収入が何倍にも広げりを持つことになるのです。このように人間社会に存在する様々な利権がサイバー空間に生まれるのです。現時点ではこの構想には懐疑的な意見が多いのですが、将来、世界中の多くの人々がこれを指示するかもしれません。何億、何十億もの人がこのユーザーになった時、以上のことが現実となるのです。
 これに使う装置はゴーグル型なので、装着時の負担は大きいのが現状の欠点だと思われます。マイクロソフトも「ホロレンズ(HoloLens)」と呼ばれるゴーグル型の装置を使った拡張現実(AR:Augmented Reality)システムを開発し提供しています。



図3:Facebook Connect 2021に登壇したマーク・ザッカーバーグ氏
東洋経済オンラインより
https://toyokeizai.net/articles/-/466305

 以上、「今後の成長戦略」として、一番基本となる「波際(ラスト・ワンインチ)ビジネス」についてご説明しました。現在のビッグ5のほとんどが、このビジネスで強力なプラットフォームを築き上げ、莫大な利益を上げるようになりました。サイバー空間」と「実世界」の接点、出入口となるのが「波際ビジネス」であり、ここに大きなビジネスチャンスがあるのです。
 まだ、「スマートフォン」に代わる次世代の「波際ビジネス」の主流が「AIスピーカー」になるのか「AIロボット」になるのか、はたまた「Meta(メタ)」になるのか、その他デバイスになるのか不明ですが、不明な今こそ「まだチャンスはそこにある」と言えるのです。もうこれ以上、ビッグ5の独走を許してはならないのです。

 

 

2021年12月16日

その25:「第三の波」と「IT」(その2)

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「第三の波」と「IT」(その2)

 今回のテーマは、前回に引き続き「第三の波」と「IT」です。  
 前回ブログにて、1980年にアルビン・トフラーにより出版された「第三の波」で語られている「第二の波」の時代を振り返りました。「IT」が全面的に登場する前の時代の話です。日本はこの時代に絶頂期を迎えました。そして、いよいよこの後に「第三の波」がやってきます。「第三の波」は今まさにその威力を見せています。その「第三の波」に「IT」がどのような影響を及ぼしているのか、また及ぼしつつあるのか、検証していきたいと思います。
 40年前のアルビン・トフラーの予測が果たしてどれだけ当たっているのだろうか、予測が外れてしまったのはどんなことだろうか。それらを知ることにより、私たちは今後「IT」によって引き起こされる社会的な変化を予測することができると思うのです。

(2)「第二の波」と「第三の波」のぶつかりあい:
 日本が製造業を中心とした「モノづくり大国」としての地位を固め、「第二の波」の社会で絶頂期を迎えていたのは1980年代ですが、ちょうどその頃にトフラーの「第三の波」は出版されました。トフラーは「第二の波」の社会が全盛の時に、すでに次の「第三の波」の存在をとらえていたのです。そして「第三の波」は「第二の波」を支えてきた国家、政治制度、社会福祉制度や学校制度、保険医療制度、都市体系、企業体系などいろいろな構造や制度などを攻撃しはじめ、崩壊へ導いていると述べています。「第三の波」を出版した時点では、「第三の波」の正体ははっきりしていない、とトフラーは述べています。しかし、その大きな変革の波は地球上のあちこちに押し寄せはじめており、その波に触れるものすべてを変質させているとしています。そして「第二の波」と「第三の波」はぶつかりあい、さまざまな場面で対立しはじめており、「第二の波」の既得権益を手放すまいとする人々と、新たな「第三の波」の世界を生きようとする人々との間で対決が起こっていると述べているのです。
 トフラーがこの著書を出版した段階では、「第三の波」の正体ははっきりしていなかったということですが、その後、約40年が経ち、今はっきりしてきた部分もあるように思います。また、その影響も40年前にはほとんど感じられなかったものが、特にこの20年ほどの間に、日本でもひしひしと感じられるようになってきました。いろいろな制度や仕組みが制度疲労を起こしはじめています。いろいろな法制度やルールの枠組みが変わってしまったことにより、役に立たなくなってきています。あちこちで改革を迫られてきているのです。その変革の波の推進役として「IT」の何が一番貢献しているかといえば、「情報」の「ディジタル化」により「サイバー空間」(本ブログ その11「サイバー空間の内容と特徴」を参照ください)を作り、「情報」のコミュニケーション能力を飛躍的に高めたことだと考えます。トフラーは「コンピューター」は「第二の波」の特徴である6原則も加速させたと述べています。それは特に初期の「コンピューター」による生産性の向上を指しているものと思われます。大量生産をする工場も「コンピューター」を導入することにより、さらにその生産能力を上げていきました。しかし、この時の使われ方は一つの工場や企業内の合理化ツールとして使われており、「コンピューター」の演算能力を使っていただけで「ディジタル情報」をコミュニケーションに使ったわけではありませんでした。「インターネット」が普及する前の技術が「第二の波」に貢献したのです。それに対し、「第三の波」では「ネットワーク」、「ディジタル情報化」、「サイバー空間」などが「第三の波」を推し進めていると考えます。
 これから「第三の波」が「第二の波」に攻撃を加え、「第二の波」を崩壊や衰退に追い込んだ場合、「第二の波」はどうなってしまうのでしょうか。絶滅してこの地球上から排除されてしまうのでしょうか。その答えは”「波」としての勢いを失う”、です。「第一の波」の社会構造や体制も現在も存在し続けています。それと同じように「第二の波」の社会構造や体制も今後も継続して存在し続けますが、現在ほどの「波」としての勢いは失われるということです。「第二の波」の社会は、画一化された大量の工業製品を生む社会です。実世界で生きる人間は、食料や工業製品を必要としており、ホモ・サピエンスが現在のように地球を支配し続けている間は、そのニーズは無くなることはありません。それを支える仕組みとして「第二の波」の社会構造や体制は維持され続けます。しかし、それを広げていくような勢いや力は無くなるということです。また、今後「第二の波」と「第三の波」がぶつかりあう中で、押したり引いたり、「第一の波」も混ざり合ったりしていくので、その結果がどうなるかは予想しづらいともトフラーは述べています。だから、これから先、必ず「第三の波の社会」が訪れるというわけではありません。ですので、大切なのは、現在現れている現象(変化)を「第三の波」による変化か、「第二の波」による変化か、またはこの二つがぶつかりあってできた変化かを見分けることであり、これをすることにより、変化を正しくとらえることが可能になるとしています。そして見分けるためには「第二の波」と「第三の波」の社会構造や体制を両方とも理解しておく必要があると指摘しています。

 トフラーは「第二の波」と「第三の波」がぶつかった結果、新たな文明を生むとし、どのような社会になるかを現実と近未来について著書の中で述べています。その範囲は広く、企業、社会体系、権力(政治)体系、情報体系などに及んでいます。その中から「IT」と特に関係が深いいくつかの例を引用し、現在の状況に照らし合わせて、検証していきたいと思います。
 まず、企業に対する「第三の波」の影響を考えてみましょう。トフラーは技術の移り変わりにより、主要産業が変わっていくだろうと予測しています。「第二の波」の時代においては、初期段階から化石燃料をエネルギー源として大型の機械などを加工・製造する産業が主流でした。「石炭事業」、「鉄道事業」、「鉄鋼産業」、「自動車産業」、「工作機械産業」などであり、比較的小型な家電製品も古典的産業と位置付けています。それに対し、「第三の波」の新しい産業は、「量子電子工学」、「情報理論」、「分子生物学」、「海洋学」、「原子核物理学」、「社会生態学」、「宇宙科学」といった新しい学問で開発された産業であり、主流となる産業は「コンピューター」、「エレクトロニクス」、「宇宙・海洋」、「遺伝子産業」の4つだと指摘しています。この指摘を現代の状況で検証してみると、確かに「石炭事業」などは地球温暖化の問題などから一部の国を除いてすでに衰退の時期を迎えていますが、「自動車産業」は現在も人類の移動手段を支える産業として君臨していますし、「鉄道事業」なども低炭素社会を実現するための公共移動手段として見直されるなど、まだまだ健在な産業が多いのも事実です。それに対し、「第三の波」の新しい産業としては、「コンピューター」や「エレクトロニクス」はすでに社会の主流となっていますが、「宇宙・海洋」、「遺伝子産業」はまだ主流とまでは至っておらず、これから伸びることが期待されている状況にあります。これから発展する産業としては間違いないので、もう少し時間がかかるのかもしれません。しかし、電気自動車(EV)メーカーテスラ社の創業者として知られるイーロン・マスクは、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ社(SpaceX)をすでに立ち上げ(図1)、ヴァージン・アトランティック航空を設立した著名起業家のリチャード・ブランソンは2004年に宇宙事業を立ち上げるなど、宇宙ビジネスへの参入を着々と進められています。こうしてみると、トフラーの予測はほぼ的中していると言えます。


図1:スペースXのロケット打ち上げ
日刊工業新聞オンラインより
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00521771?gnr_footer=0019282

 日本は「第二の波」で絶頂期を迎えたため、国内の企業も国もその成功体験を忘れられず、他国に比べて「第三の波」への乗り換えが遅くなったのではないかと感じています。その結果はいろいろな所で現れています。その一つが国内総生産(GDP)の成長率です。日本は1959年から10年間にわたり10%前後の成長を達成し、高度成長期を迎えました。ちょうど「第二の波」の産業が活発な設備投資と抱負な労働力のもとで拡大を続けていた時です。そして1980年代まではおよそ4%程度の成長率を維持していました。しかし、その後1990年代に入るとバブル崩壊もあり、成長率は1%台に低迷し、さらに2000年代には0.5%と諸外国と比べても低い水準に落ち込んでしまいました。1990年ごろにすでに潮目は「第三の波」へと変わっていたのです。そしてそれに気づかぬままに過ごした1980年初頭から2000年に至る20年間を「失われた20年」と呼ぶようになりました。また日本が「第三の波」への乗り換えが遅れていることは株価の時価総額の動向を見てもわかります。バブル末期の1989年には、東京株式市場の時価総額の合計は世界最大とされていました。その時の日本の時価総額上位企業は、NTTドコモ、トヨタ自動車、NTT、みずほフィナンシャルグループ(FG)、ソニーといったところでした(図2)。トヨタ自動車とみずほFGは第二の波の企業、NTTドコモ、NTTはITインフラを扱うため「第三の波」と「第二の波」の中間の企業、ソニーは「エレクトロニクス」を扱う「第三の波」の企業と分類できると思います。この時点での米国の上記企業を見ると、ゼネラル・エレクトリック(GE)、エクソン・モービル、ファイザー、シスコシステムズ、ウォルマートストアーズといった顔ぶれであり、シスコシステムズ以外は「第二の波」の企業と言ってよい状況でした。このように、この時点では日本は米国と同等の構成でした。しかし、それがこの失われた20年を含む30年後の現在で比較すると、全く変わってしまったことが分かります。現在の日本の上位企業を見てみると、トヨタ自動車、NTT、NTTドコモ、ソフトバンク、三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)などです。あまり30年前と変化はなく、いぜんとして「第二の波」の企業に依存していることが分かります。それに対し米国の最近の顔ぶれを見てみると、前にも紹介したITのビッグ5とも呼ばれるアップル、アルファベット(グーグル)、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、フェイスブックの5社であり、すべてが「第三の波」の企業です。そして、株式市場の時価総額の合計額においても、米国とは3倍近い差がついてしまいました。成長力の源になるのは「第三の波」の企業です。トヨタ自動車の時価総額合計は、世界で40位程度に低迷していますが、「第三の波」の企業の時価総額は上昇を続けており、中国IT2強と呼ばれる「アリババ集団」と「騰訊控股(テンセント)」の時価総額は、すでにトヨタ自動車の2倍程度になっています。日本の「失われた20年」は「第三の波」に乗れなかったことが大きく影響していると思われます。


図2:世界企業の時価総額一覧(1989年)
講談社 現代ビジネスホームページより
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64433?page=2

 もちろん、この間何もしなかった企業はなく、「第三の波」に乗ろうとする試みは国内外で行われてきました。しかし、それは簡単なものではなく、失敗例も多くあります。米国ゼネラル・エレクトリック(GE)はもともと世界を代表する製造業であり、「第二の波」の企業のトップランナーでした。しかも、選択と集中を繰り返し、新陳代謝が旺盛な企業であり、金融や放送事業などへの組み換えも実現させてきました。そして、「第三の波」の技術である「IoT(Internet of Things)」にも積極的に投資し、航空機エンジンの遠隔診断などの新しいIoTを基盤とするサービスも生んでいます。しかし、そのGEでもITのビッグ5ほどの勢いはありません。まだまだ「第三の波」への踏み込みが甘いと思われているからです。「第三の波」の企業でもIT産業を代表する米国IBMでさえ、「クラウドシステム」市場への乗り換えがうまくいっておらず、「第三の波」からこぼれ落ちそうになっている状況です。クラウド事業でも好調なのはアマゾン・ドット・コムであり、シェアを着々と伸ばしています。国内企業もなかなか「第三の波」に乗り換えられない状況が続いています。かって東芝は「ノート・パソコン」において世界のトップランナーであり、「第三の波」の頂きにいた時期もありました。しかし、それも長くは続かず、現在ではパソコン事業は売却されてしまいました。ITの新事業を立ち上げるのは難しいのです。特に大企業にとっては、当初は大きな利益を生みにくく、失敗のリスクも高い新事業にはあまり積極的になれない事情があります。「第二の波」の成功体験もあります。そこで成長はあまり期待できないが、確実な利益を生む「第二の波」の事業に依存しがちになってしまうのです。しかし、勢いを失った「第二の波」の事業の売り上げは基本的に下降傾向に陥り、これを補うために安値構成をかけることとなり、そのことは体力をじわじわと奪い、最終的には検査工程をないがしろにするなどの不正行為に至るケースも出てくるのです。最近、過去の日本を代表するような優良企業が不祥事を多く起こしているが、それもある意味当然の流れと言えます。
 また、ITのビジネスは、一度始めてしまうと「ムーアの法則」に支配され性能が向上し続けるため、全力で走り続ける「トタン屋根の上の猫」になる覚悟が必要です。トタン屋根は熱くなりやすく、少しでも足を止めると猫は焦げてしまうのです。さらに、大衆を対象としたビジネスがメインであるため、大衆を引き付けるセンスや発想力も必要となってきます。日本人はまじめで規律を守り、モラルが高いが、逆に新しいものへの抵抗感が強い(保守的)とも言われています。これも新事業を立ち上げるには障害となります。見たこともないモノやアイデアに対し、否定的になるのではなくポジティブに接し、成果をあせらず、トライアンドエラーを繰り返していくことが大きなビジネスを発掘するには欠かせません。経営者も懐を深くし、松下幸之助の「やってみなはれ」の精神を持つことが必要なのです。このように「第三の波」への乗り換えはとても難しいが、変わらないことは最大のリスクです。すべての企業は「第三の波」の影響を受けており、それに対応して変わっていかないといけません。現在、日本を代表する「自動車産業」にしても情報化という「第三の波」の影響は間違いなく受けています。今、いかに「自動車」と「IT」を結び付けていくかが、重要な課題になっています(図3)。この「第三の波」への乗り換えが、うまくできなければ、日本は虎の子の自動車産業をも失うことになりかねません。


図3:トヨタ自動車のコネクテッドカー
トヨタ自動車ニュースレターより
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/23157743.html

このように、トフラーが主張する「第二の波」と「第三の波」のぶつかりあいは、予想通り企業に様々な影響を与え、「IT」は「第三の波」を推し進める推進役として、大きな推進力を発揮しています。特にインターネットが普及した2000年以降は「IT」の力により「第三の波」が大きくなり、「第二の波」を飲み込む形になってきています。

 次に「情報体系」に対する「第三の波」の影響を考えたいと思います。トフラーは「第二の波」は人間の肉体的な力を拡大したが、「第三の波」は人間の精神(情報)の力を強化するとしています。そのことに貢献するのが、「第三の波」としての「IT」です。ITは実世界の「情報」の一部をディジタル化し、サイバー空間へ送り込むことにより、「情報」の検索を高速に行えるようにしたり、集めた「情報」をビッグデータとしていろいろに利用できるように強化しました。これにより、「第二の波」では行えなかったような「情報」利用を、「第三の波」の社会では行えるようになったのです。トフラーは「コンピューター(「IT」や「情報産業」)」は人間に知的情報に満ち溢れた社会を提供し、人間はそこからさらに深く思考することができるようになる、と指摘しました。この予測は見事に的中し、現在、我々はインターネットを使って様々な「情報」を簡単に得ることができるようになったのです。また、トフラーは「コンピューター(「IT」や「情報産業」)」は文明の因果関係をはっきりさせ、我々が物事の相関関係について理解を高めたり、身の回りの相互に無関係の「情報」を統合して、意味を持つ全体像にまとめる役割をするものと期待しているとも述べています。これについては現在「人工知能(AI)」が、かなりの部分を実現しています。人間では検出が難しかった別々の「情報」の因果関係、相関関係などを分析するのは「人工知能(AI)」の得意分野です。ビッグデータを解析し、その中から新たな因果関係、相関関係を見つけ出すことがトフラーの予想通り可能になっています。それらの因果関係を統合して新たな意味を持つ全体像にまとめる役割についても今後AIやビッグデータの進化により、解決されていくと思われます。囲碁や将棋で「人工知能(AI)」が新たな手を見つけ出したりできるようになってきているので、今後はより複雑な問題に対しても「人工知能(AI)」が新たな提案をしてくるようになると思われます。このように、「情報体系」に対する「第三の波」の影響は、「IT」の力によってすでに大きくなっており、「第二の波」の影より響力(郵便、電信・電話、マスメディアなどの影響)を上回っている状況にあります。トフラーの予測は驚くほど正確に当たっていると言えます。
 最後に社会体系、権力(政治)体系に対する「第三の波」の影響を考えたいと思います。トフラーは「第三の波」の社会・経済は、「シェア経済」、カスタマイズされた製品を大量生産製品と同じ程度の価格で提供する新しいビジネスモデル「マスカスタマイゼーション(mass customization)」、新しい社員の行動規範(「在宅勤務」、「兼業化」、「フレックスタイム」)、生産者が消費者にもなる「プロシューマー」の登場などを生むとしています。これらについては、本ブログ その17「ITが経済・ビジネスに与える影響」で詳細を説明したように、すでに現実のものとなっています。しかし、これらはまだ「第二の波」を越えるまでには至っておらず、まだしばらく「第二の波」と「第三の波」がぶつかりあい、せめぎ合うと思われます。中でもシェア経済や新しい社員の行動規範(働き方改革)については、関連するルールの見直しから行う必要があり、進めるためには時間がかかりそうです。シェア経済はライドシェアやルームシェアなど注目されるビジネスは多いですが、既得権を持つ業界をかかえており、そことの調整も必要になっています。
 トフラーは「第三の波」は国家や官僚組織に対しても攻撃を加えるとしています。組織の形態は、第二の波では中央集権型の一つを頂点とするピラミッド型の組織が効率的でしたが、「情報」が大量・高速に流通するようになり、より複雑な「ネットワーク構造」の組織になっていくと予想しています。問題を共有するさまざまな性質の組織を網の目状に整合させたような組織体系になるとしています。さらには、扱う問題が一国でクローズせず、もっと高い次元(地球レベル)で解決する組織が重要になると述べています。確かに、国境がないサイバー空間を利用したビジネスでは、これを取り締まったり、ルールを決めたりするには、一つの国レベルではコントロールすることはできず、多国間の協調によりコントロールするしかない状況になっています。また、「第三の波」の社会は、その波に乗れなかった人間を作りだし、中流を崩し格差社会も生むとされています。政府のこの格差社会という問題にも対応していかなければなりません。これらの権力体系については、「第三の波」の攻撃が増してきている状況であり、「第二の波」の権力は今、まさに対応を迫られているところです(図4)。


図4:菅政権の国会答弁の様子
東洋経済オンラインより
https://toyokeizai.net/articles/-/387965

 以上、「IT」が「第三の波」の推進役としてどのような影響を及ぼしているのかを検証してみました。その結果、特に2000年以降は「IT」を大きな推進力として「第三の波」のうねりが大きくなり、今「第二の波」とのせめぎ合いを繰り広げていることがわかります。そして、トフラーの予測の多くは、正しかったことも確認できました。まだ実現されていないこともありますが、それは時間的に実現が遅れているだけであり、今後実現される可能性が高いものだと思います。本当にトフラーの造詣の深さには感服させられます。
 「IT」の進化により、「情報」のコミュニケーション能力が飛躍的に高まり、人々は個性を大切にし、多様性を認め合う社会へと変わってきています。私の感覚としては、「第二の波」の勢いはすでに衰えており、「第三の波」の勢いが完全に上回っているように感じます。私たちはいよいよ本気でこの「第三の波」に乗っていかなければなりません。そのためには、トフラーが描いた「第三の波の社会」をよく理解し、備えるのもひとつの方法だと思います。

 

 

2021年11月22日

その24:「第三の波」と「IT」(その1)

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「第三の波」と「IT」(その1)

 今回のテーマは「第三の波」と「IT」です。  
 これから先、「IT」はどのように進化していくのでしょうか。また進化した「IT」によって社会はどう変化していくのでしょうか? すでにご説明したように「IT」は「ムーアの法則」に代表されるように指数関数的に性能がアップしていくため、10年もすれば以前とは全く違った形になったり、違ったアプリケーションが現れたりします。したがって10年後の「IT」を予測することはとても難しく、ITの影響を受け、社会がどのように変化していくか予想するのは難しいのです。
 しかし、今から約40年も前に、「IT」が社会の中心的な存在になり、「IT社会」の到来を大胆に予想したベストセラーがあります。その著作は1980年にアルビン・トフラー(図1)により出版された「第三の波」です。当時話題になったので読まれた方も多いのではないかと思います。
 今回はこの本に記載された内容を、現在の状況に照らし合わせて検証していきたいと思います。そのことが、現在「IT」の影響によって起こっている社会的変化を理解し、将来起こりえることを予測するために役立つと考えるからです。

(1)「第二の波」に乗り、絶頂期を迎えた日本:
 「第三の波」についてはすでに本ブログ その16「ITが社会・生活に与える影響(その2)」(4)ライフスタイルで簡単に紹介しました。まだ、その16をお読みで無い方は、大変お手数ですが、是非本ブログ その16を読んでから今回のブログをお読みいただきたいと考えます。当然、もう「第三の波」をご存じの方は不要です。
 トフラーは著書の中で、「第三の波」を動かすバックボーン、すなわち土台や推進役、エンジンになる産業として4つを挙げ、その内の一つに「コンピューター(「IT」や「情報産業」と同義と考えられる)」を入れています。今回と次回の二回で「コンピューター(「IT」や「情報産業」)」が「第三の波」の推進役としてどのような影響を及ぼしているのかを検証していきたいと思います。


図1:アルビン・トフラー
Yahoo!ニュースより
https://news.yahoo.co.jp/byline/kandatoshiaki/20160702-00059534

 まず、「第三の波」で語られている「第二の波」の時代を振り返りたいと思います。「第二の波」の時代は、17世紀松ごろからはじまった産業革命を起点としてやってきたとされています。18世紀ごろには蒸気機関が発明され、エネルギー源としては「石炭」が主役となり、そこから生まれる強大な動力は工業化社会の原動力となり、大量生産を可能にしました。その後、エネルギー源は石油、ガスなどに移り変わりましたが、いずれも化石燃料であり、有限な地球資産の食いつぶしが始まったのです。
 「第二の波」で最初に発達したのが、英国や欧米を中心とした石炭を動力源とした繊維産業、鉄道事業などです。船舶にも蒸気機関が持ち込まれ、列強国は海洋を支配し、植民地支配も増えていきました。交通機関の発展は、大量の製品を広い地域に運ぶことを可能にし、「流通」が生まれました。大工場で作られた大量の工業製品を、「流通」を使って大衆へ販売する「市場」が登場し、「市場主義」が「第二の波」の社会を支配しました。この「第二の波」の前半にあたる18世紀から19世紀の日本は、徳川幕府による鎖国中であり、まだこの「第二の波」も押し寄せておらず、農耕が主体の「第一の波」の社会でした。それが、嘉永6 (1853) 年にペリーが黒船で浦賀に来航し(図2)、翌年には日米通商が開始されて日本の鎖国時代は終りました。黒船は蒸気船で「第二の波」の技術で作られたものであり、日本の人々を驚かせ、この時はじめて日本は「第二の波」の影響を受けることになりました。


図2:黒船来航
NHKオンデマンド「歴史探偵」ホームページより
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020106384SA000/

 この時点では、日本は「第二の波」には完全に乗り遅れていましたが、1867年には大政奉還により徳川幕府が終焉し、翌年には明治元年を迎え、明治維新という近代化革命を経て急速にその波に乗り移っていきました。この頃の日本のダイナミズムには目を見張るこのがあります。新たな日本の運営を任された維新政府が行ったことは、まず欧米列強国に追いつくことでした。1871年からは岩倉使節団を送り出し、諸外国との差を目の当たりにし、その見分を活かし、次々と国内の改革を行っていきました。
 1871年には前島密が郵便制度を立ち上げ、1872年には新橋と横浜間の鉄道を開通させるなど、急速に第二の波の技術を取り入れていきました。そして産業面では富国強兵・殖産興業のもと、西洋式の工業技術が導入され、1872年には富岡製糸場(図3)が開業し、日本も「第二の波」の工業化社会へと歩みはじめたのです。日本がこれほど早く「第二の波」の社会に変われたことは、近代化を目指すアジア諸国において成功例として驚異の目で見られました。日本が成功した理由として、教育制度が整っていたこと、江戸時代からの「お上意識」が強く中央集権が進みやすかったこと、周りを海に囲まれた単一民族国家であり、言語もほとんど統一されており国内のコミュニケーションがとり易かったことなどが挙げられています。


図3:富製糸工場
NHK for Schoolホームページより
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005310125_00000

 第二次世界大戦後から1980年代まで、日本は「第二の波」の社会で絶頂期を迎えることになりました。「第二の波」の社会では、①規格化、②分業化、③同時化、④集中化、⑤最大化、⑥中央集権化という6つの原則が守られてきたことを、本ブログ その16「ITが社会・生活に与える影響(その2)」にてすでに説明しました。そして、日本の社会や国民は、このいずれの条件にも高度にマッチしていました。
 まず一つ目の「規格化」ですが、それは画一化されたもの、同じものを大量に作るということです。日本人はあまり個性を主張しない傾向があります。他人と同じことの方が安心できるという理由で、他人と同じことをあまり嫌がりません。服装もユニフォームを好み、学生は「学生服」を、社会人になっても会社から支給されるユニフォームを身につけています。学校教育も特に義務教育では指導要綱に従い、どの学校でも同じ規格化された内容が教えられるようになりました。そして、工場の作業で正確にモノを作ることができるように、読み書きなどのコミュニケーション能力や、規律ある生活をおくるためルールを守る精神など、個性を伸ばすというよりも画一的だが常識的でまじめな人間を育てることの方に教育の重点が置かれていたと思います。日本人の通勤風景で、駅のプラットフォームに規律良く並び、混雑した電車に整然と乗り降りする姿を見ると、外国人は皆びっくりします。明治義務教育以来の教育は、規格化という面で優れていました。さらに人生でさえ、父親は大企業に勤め、母は専業主婦として働き、二人の子供を育て、終身雇用制で定年まで勤めあげ、退職後は年金生活を送るというパターンに規格化されていきました。
 二つ目の「分業化」ですが、一つのモノを作るのに一人ですべてをやるのではなく、できるだけ製造プロセスを細かく分け(分業化し)、単純にすることでそのスピードや精度を上げることにより、優れた製品を速く(大量に)作ることを可能にするものです。したがって、一人の作業自体は単純な反復作業になり、非人間的な作業になります。しかしこのような過酷な作業形態も、日本の義務教育で育てられた画一的だが常識的でまじめな若者が良質な労働者となり、この作業を請け負うこととなりました。
 三つ目の「同期化」は時間を合わせることです。「分業化」によって細分化された作業プロセスをスムーズにつないでいくためには、次のプロセスへ渡すタイミングが合っていないといけません。そのために「同期化」が必要になるのです。工場の生産ラインのみならず、「第二の波」の社会では多くの人が同じタイミングで仕事をすることにより、作業効率を上げることを要求されます。会社へ出社するタイミングも皆同じ時刻に合わせます。会議は遅れないように、決められた時間に始めます。会議に遅れることは許されません。こうしていたる所で同期化が図られていくのが第二の波の社会です。日本は国土が狭いため、幸い標準時刻は一つだけであり、それに合わせて通勤する時間帯は日本国中でほとんど同時になります。そして通勤電車は猛烈なラッシュに見舞われています。そして、ここでも学校で時間厳守の精神を教育していることがとても役に立っていたのです。
 四つ目の「集中化」は、労働力や会社機能を集中させることです。日本はもともと平野部分が狭く、都市部に人口が集中しやすい国土の構造を持っています。現在も大都市への人口流入は続いているほどです。そして大企業は都市部に本社や支店を構え、労働力もそこへ吸収されていきました。都市への集中化は諸外国でも進んでいますが、人口密度が高い日本は特に集中化にはもってこいの状況を備えていました。
 五つ目の「極大化」は、企業の巨大化などですが、事業範囲を広げて電池から発電所まで作るようなフル・ラインアップの企業や複合企業(コングロマリット)となることです。戦後の大企業は旺盛な「モノ」に対する需要をバックに、企業の成長つまり売り上げ拡大を目指し、コングロマリット化を繰り返していきました。この方法は1980年代までは有効な企業戦略であり、企業も創業以来最高額の売り上げを更新していきました。
 六つ目の「中央集権化」は、主に政治システムに関わってきますが、日本特有の「お上意識」が政治家や官僚に対する階級意識がこれを後押しする形になりました。中央集権化に対し大きな異を唱えることもなく、受け入れられやすい土壌があったのです。
 このように、日本は第二の波の6原則をほぼ完ぺきに満たしていたため、「第二の波」を受け入れやすく、その波に乗ることが簡単にできました。そこへ戦後の復興需要という特需や、日本がこの時期に人口に対する労働力が豊富な状態となる人口ボーナス期を迎えたため、鉄鋼や自動車、電機・エレクトロニクス製品、化学製品などの製造業を中心に絶頂期を迎えることになりました、しかし、これは企業戦略が優れていたという要因よりも、「第二の波」と国の状況、市場の状況などの波が奇跡的に互いに波の力を高め合うタイミングで一致し、大きなうねりになり、この波に上手く乗っかれたのが大きかったと思います。エズラ・ヴォーゲルによる「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という著書が発行されたのもこの時期でした(図4)。



図4:エズラ・ヴォーゲル
DIAMOND on lineより
https://diamond.jp/articles/-/258032

 以上、今回は「IT」が「第三の波」の推進役としてどのような影響を及ぼしているのかを検証する準備として、「第三の波」で語られている「第二の波」の時代を振り返りました。「IT」が全面的に登場する前の時代の話です。日本はこの時代に絶頂期を迎えました。そして、いよいよこの後「第三の波」がやってきます。「第三の波」は今まさにその威力を見せています。その「第三の波」に「IT」がどのような影響を及ぼしているのか、また及ぼしつつあるのか、次回のブログで検証していきたいと思います。40年前のアルビン・トフラーの予測が、果たしてどれだけ当たっているのか、興味は尽きません。

 

 

2021年10月17日

その23:IT、ディジタル情報の限界(その2)

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IT、ディジタル情報の限界(その2)

 今回のテーマは前回に引き続き「IT」、「ディジタル情報」の限界についてです。
 前回は、「IT」、「ディジタル情報」の限界の中から、「ラスト・ワンマイルの問題」、「電気エネルギーの問題」、「寿命の問題」の3つについて説明しました。今回はこれに引き続き、「ロボット・人工知能(AI)の限界」、「シンギュラリティは到来するか」の2つについて解説したいと思います。

(1)ロボット・人工知能(AI)の限界:
 まず、人工知能(AI)が抱える課題として古くから有名な二つの問題を紹介しましょう。それは「フレーム問題」というものと「シンボルグラウンディング問題」と呼ばれているものです。
 「フレーム問題(frame problem)」とは、米国の計算機科学者であり、初期の人工知能研究の第一人者であるジョン・マッカーシーらの論文の中で1969年に述べられたのが最初であり、昔から知られているAIの古典的な問題です。「フレーム(frame)」とは、「人間が判断する時に、何を考えに入れ、何を考えに入れないかの範囲を決める枠組み(フレーム:frame)のこと」です。人間は無意識のうちに常にそのフレームを想定しながら行動しています。例えば、天気の良い日に犬と近所に散歩しに出かけたとしましょう。いつもの通り慣れた散歩ルートなので、どこの交差点が車の通行量が多くて危険だとか、狭い路地で自転車とすれ違う時に気をつけなければならないとか、いろいろなことを想定をして行動しています。しかし、いきなり空から今飛んでいる飛行機が落ちてくるかもしれないとか、誰かが遊びで落とし穴を掘っていてそこに落ちてしまうかもしれない、などということは恐らく想定していないでしょう。これらはフレームの外側、つまり「想定外」にしているのです。さらに、人間は、そのフレームを、いろいろな状況により、ダイナミックに変化させています。先ほどの例で、いつもの通りが今日は道路工事中だとか、風が急に強くなってきたなどの状況の変化があれば、工事で掘っている穴に落ちないようにしようとか、強風で木が倒れてぶつかったり、看板などの物が飛んでくるかもしれないといった想定を増やし、フレームの内側に入れて慎重に行動するでしょう。これらのフレームをどうするかの基準は、多くは経験や知識からその人の主観も含みながら決められます。地震が発生して大きな揺れを感じた時に、ある人はすぐに机の下に頭を隠して防備するでしょうし、別の人はまだ平気だと行動を起こさないかもしれません。このようにフレームには個人差もあります。フレーム問題とは、このように人間が無意識のうちに行っている、その時の状況にあったフレームをダイナミックに想定することを、人工知能(AI)ではできないという問題のことです。
 このフレーム問題を表すこんな逸話があります。ある時、ロボット科学者と彼に作られた人工知能(AI)を搭載したロボットがトンネルの前にいました。ロボットは電気エネルギーで動作するため、動くためにはバッテリーが必要です。ところが、そのバッテリーが不足してきたので、入手することにしました。やっと見つけたバッテリーは、あるトンネルの中にあり、さらにその上には時限爆弾が付けられていました。ロボット科学者はロボットに対し、「トンネルの中からバッテリーを持って来なさい」と指示をしました。その命令に従い、ロボットは、トンネルの中に入ってバッテリーを持ってきました。しかし、バッテリーに付けられた時限爆弾もいっしょに持ってきてしまったのです。結局、バッテリーを持ってきたものの、それに付いた時限爆弾が破裂し、そのバッテリーは使えなくなってしまいました。そこで、ロボット科学者はロボットに対し、今度は失敗をしないようにと考え、「バッテリーに付けられた時限爆弾の影響もよく考えて持って来なさい」と指示をしました。するとロボットは、時限爆弾の影響を考えましたが、適切なフレームを持たなかったため、時限爆弾の中に入っている火薬は何かとか、爆弾の破壊力はどれぐらいかなど、いろいろ考えているうちに時間がかかりタイムアップとなってしまい、トンネル内で爆弾が爆発して、バッテリーはやはり使えなかった、というお話です。
 置かれた状況によって影響をどこまで想定しなければならないか、その適切な判断をロボットができないために失敗を招いてしまった、ということを示唆しています。「フレーム」を広くすればより正確に判断できるかもしれませんが時間がかかり過ぎると何の役にも立ちません。また、「フレーム」をあまりに狭くしてしまうと、短時間で判断できますが、判断の妥当性は低くなってしまいます。「フレーム」を適切に想定することを完全に対策することは現在ではまだ難しく、現状では「限定的で固定的なフレームを決めて行動させる」などの方法でロボットを作っています。例えば、自動掃除機ロボット【図1】は、家庭室内をフレームの内側(想定の範囲)として設計されています。室内において使う分には動作は保証されていますが、いきなり室外である庭の掃除に使ったら誤動作してどこかへ居なくなってしまうかもしれません。


図1:自動掃除機ロボット
iRobot社 ホームページより
https://www.irobot-jp.com/product/e5/

 もう一つの「シンボルグランディング問題」を紹介しましょう。「シンボル(記号)」とは、「概念(concept)」に結びつけられた、「ことば」のことであり、「シンボルグランディング問題」とは、人工知能(AI)がその「概念」と「シンボル(ことば)」とを人間のように多面的に結びつける(グランディング)ことが困難なことです。例えば、「コップ」の概念を人工知能(AI)に教えようとした場合、形状や大きさなどのいくつかの特徴を教えることはできても、人間が常識として持っている「感触」、「強度」、「用途」などの幅広い知識まですべてを教えることはなかなか難しいのです。しかし、実際に生活する場合には、これらの幅広い知識を駆使して人間は生きています。前にも例を挙げたように、人間はガラスのコップを運ぶ時には壊したり、落とさないように気を付けてそっと、すべらないように包むように持ち、問題なく運ぶことができますが、ロボットはこれらの概念を完全に理解していないため、強く力を入れて握って割ってしまったり、すべって持てなかったり失敗をしてしまいます。人間であれば、生まれたばかりの赤ちゃんをそっと首を支えるようにして抱いてあげたり、けがをしている人に患部を保護するように抱いたりしますが、ロボットはまだそこまでに至っていません。人間と同等になるためには、人間の骨格の構造であるとか、どこをどのようにされたら痛いかなどを理解しなければなりません。人間はこれらの常識、知識の多くを五感を通した経験からも得ています。この「シンボルグランディング問題」を解決するのに最後の壁になるのが人間の五感をどうやってシミュレートし、ロボットや人工知能(AI)にインプットするか、ということになるのではないかと思います。この五感のシミュレートについては、視覚と聴覚についてはかなりの「情報」を入れられるようになってきています。しかも目と耳は二つしかないのでセンサーの数もそれほど多くは必要ありません。嗅覚も鼻は一つなので比較的やり易いかもしれません。しかし触覚と味覚はセンサーを沢山準備しなければそのすべての「情報」を正確には取り込めないのではないかと思われます。特に触覚は物質の温度・湿度や感触(質感)、強度などいろいろな種類のデータを指先、手、足、など全身で計測する必要があり、難しい技術だと考えられます。ここで得られた「情報」を他の器官で計測した「情報」と組み合わせて「経験」として記憶することが必要となるのです。味覚も難しい問題です。目をつぶって、しかも鼻をつまんで食べた時と、食材を目にし、香りを楽しみながら食べた時の味は別だと思われるため、これらの「情報」をすべて結びつけないといけないことになります。これはとても難しいと考えられます【図2】。


図2:細胞・分子センシングメカニズム(味覚、臭覚のセンシング)
情報通信研究機構(NICT)ホームページより
https://www.nict.go.jp/frontier/seitai/research_theme01.html

 この二つの問題以外にも、コンピューターの演算能力の問題もあります。人工知能(AI)の一つの実現方法として、人間の脳の動きを真似するアプローチがあります。人間の脳は、ニューロンと呼ばれるおよそ1,000億個の脳細胞でできています。ニューロンとニューロンは互いにつながっており、シナプスという組織を通して情報を伝達し、大きなネットワーク構造を持つ神経回路を作っています。この神経回路で情報が処理されているのです。この仕掛けをモデル化し、コンピューターで処理する方法が「ニューラルネットワーク」という方式であり、現在の人工知能(AI)の主流である「ディープディープラーニング」もこれを応用したものです。人間の脳細胞の一つ一つの演算能力はそれほど高くありませんが、それをネットワークでつなぎ、同時並列で処理を行うことにより、現在のスーパーコンピューターの能力に匹敵するほどの演算能力を発揮しているのです。また、人間の脳の記憶容量は、約1TB(テラバイト:テラは10の12乗))と現在のパーソナル・コンピューターに内蔵されているハードディスクドライブ(HDD:hard disc drive)程度と少ないですが、脳の仕組みがネットワーク構造のため、多くのデータから、必要なデータのみを瞬時に検索することができます。これに対し、現在主流のコンピューターの「アーキテクチャ」は前述のフォン・ノイマン型(本ブロク その9:コンピューターの構成(アーキテクチャ)についてをご参照ください)であり、基本的に逐次的であり、並列処理には向いていません。それでもCPU一つを一つの脳細胞に割り当て、CPUをネットワークで接続すれば並列に処理することができるようになるかもしれませんが、そうなると一人分の脳を作るためには1,000億台のCPUが必要になり、前述の電力の問題なども出てきて現実的ではありません。これを解決するために、一つ一つの演算能力を落とし、低電力で並列処理をできるCPUや、並列処理が得意な「量子コンピューター」といったものが研究・開発されています。何年後かはわかりませんが、、将来これらの技術によりコンピューターの演算能力の問題は解決されるかもしれません。

 以上、ご説明したように、現段階でロボット・人工知能(AI)にはいくつかの課題はありますが、人工知能(AI)を含むITは日進月歩で進化しており、そのうち解決されるだろうという意見は多くあります。「人工知能は人間を超えるか」の著者であり、日本を代表する人工知能研究者の松尾豊氏はその著書の中で2025年頃には人工知能は言語との紐づけ、すなわちシンボルグラウンディングをできるようになり、人間の言語の意味を理解するだろうと予測しています【図3】。また、2030年ごろにはいろいろな問題を人間のように自身が賢くなりながら解くことができる「汎用AI」が実用化されるという意見もあります。現在の人工知能(AI)は囲碁をするAIや画像を識別するAIなど、特定の目的別に問題を解決できるものが多いのですが、「汎用AI」の登場により、人間と同じように自分でいろいろな問題を解決していく、人間の脳のレベルに達すると予測されています。


図3:人工知能の技術の発展と社会への影響
松尾豊 『人工知能は人間を超えるか』 P.217より

(2)「シンギュラリティ(技術的特異点)」は到来するか:
 アメリカ合衆国の未来学者レイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)【図4】は、人工知能(AI)が全人類の知性を超える転換点(シンギュラリティ)が、2045年にも訪れると予測しています。カーツワイルは具体的な根拠を示しながら、その到来を説明しています。現在のペースでコンピューターの演算能力が向上していくと、2030年には人間の脳と同等の演算能力を持つパーソナル・コンピューターが1,000ドル程度で購入できるようになるため、人類の脳の演算能力が1,000ドル程度のパーソナル・コンピューターと同等になり、2045年には人類は高度化された人工知能(AI)にかなわなくなる、というものです。また、その著書で「「シンギュラリティ」とは、私たち人類の生物としての思考と存在が、自ら作り出したテクノロジーと融合する臨界点である。」とも言っています。つまり、私たちが創り出したテクノロジーである「IT・AI」と生物としての人間との境界がなくなり、一体化するということです。サイバー空間とフィジカル空間が一体化するとも言えます。人間の脳とサイバー空間の間を取り持つインタフェースが開発され、脳の中の記憶や経験がサイバー空間の「ディジタル情報」となんの支障もなく行き来するようになると主張しています。人間の脳の記憶や経験をコンピューターにアップロードしたり、逆にハードディスクドライブ(HDD:hard disc drive)から人間の脳へダウンロードできるようになるということです。この段階で、人間の脳と体は「ソフトウェア(脳の中の情報)」と「ハードウェア(生物としての体)」として分離されることになります。「ソフトウェア」の脳は、自分が好きなハードウェアを選ぶことができるようになります。身長が高く体力的に強い体であるとか、走力に優れた体であるとか好み通りに選択することができるようになります。また、体が古くなったら新しい体に変えることもできるので、人間は不老不死という永遠の願望も手に入れることになるのです。しかも、自分が他人より優れていると感じた人は、優れた人間を地球上に増やしたいと考え、自分の脳をコピーし、自分と同じ考え方、知識をもったコピー人間を大量生産するかもしれません。かなり話が飛躍してしまいましたが、その出発点は「人間の脳の中身(脳の神経回路)」をディジタル化してコンピューターにアップロードしたり、逆にダウンロードしたりできてしまうか否かにかかっています。人間の脳の記憶や知識、経験の中には、体と一体となっていることにより生まれているものがあります。自分の身体的特徴であるとか、感触などの感覚であるとかそれらの情報と結びつけながら記憶されています。それを体と分離し、脳の情報だけを取り出して使うなどということができるのでしょうか。できたとして、それは正常に動作するのでしょうか。私にはにわかには信じがたいことです。


図4:レイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)
Yahoo!ニュースより
https://news.yahoo.co.jp/feature/571/

 しかし、コンピューターと人間の脳をつなごうとする試みはすでに始まっています。そのひとつが「BMI(Brain-machine Interface)【図5】」と呼ばれる脳とコンピューターをつなぐ技術です。米フェイスブックは脳で「言葉」を思い浮かべるだけで、その「言葉」をコンピューターに入力できる技術を開発中であり、日本経済新聞によると、「数年以内に脳から1分間に100単語の入力を可能にする」ことを目標としているそうです。1単語を6文字とすると、1分間に600文字、1秒間に10文字の入力が可能になるということです。コンピューターに文字情報を入力する一般的な方法は「キーボ-ド」ですが、かなり慣れた人の入力速度がちょうど1秒間に10文字程度と言われていますので、一般的な人がキーボードで入力する速度と同等の速さで入力することができることになります。利用目的としては、手に障害があり、キーボードやタッチパネルなどを使えない方のための医療目的とのことであり、この技術が実現されるよう期待したいと思います。この技術があれば、人間の脳からコンピューターへの「情報」移動が可能になります。人間の脳で考えた「言葉」が、ディジタル情報に変換され、コンピューターに入力されるのです。しかし、まだ伝えることができるのは「言葉」だけです。膨大な記憶や知識、経験からなる人間の脳の神経回路をそのままアップロードできるわけではありません。
 私は「シンギュラリティ」が到来するには、まだ時間がかかりそうだと考えています。仮に「シンギュラリティ」が到来してしまったら、その時が今の「ホモ・サピエンス」の終焉となるでしょう。そして、人類は次の世代の「新ホモ・サピエンス」の時代へと進化することになり、今の「ホモ・サピエンス」は人類進化上の過去に存在した4番目の世代(種類)として歴史にのみ残る存在になってしまうでしょう。


図5:BMI(Brain-machine Interface)の例
シーネットネットワークスジャパン ホームページより
https://japan.cnet.com/article/35170662/


 以上、今回はIT、ディジタル情報の限界として「ロボット・人工知能(AI)の限界」、「シンギュラリティは到来するか」について解説しました。ここでご説明した課題、問題点はあくまでも現時点(2021年)のものです。本ブログ内でもご説明しましたが、人工知能(AI)を含むITは日進月歩で進化しており、そのうち解決されるだろうという意見は多くあります。ある課題は驚くほどすぐに解決されてしまうかもしれません。また、ある課題はやはり難しく、20年~30年経っても解決できていないかもしれません。しかし、いろいろな研究がされることは間違いありません。その多くの研究中からブイレイスルーとなる技術が現れ、驚異的な進歩を遂げる可能性があります。私たちは、これらの多くの研究の中のどれが問題を解決する重要な技術なのか、残念ながらそうはならない技術なのかを、できるだけ早く見極め、その波に乗っていくことが大切です。

 

 

2021年09月03日

その22:IT、ディジタル情報の限界(その1)

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IT、ディジタル情報の限界(その1)

 今回のテーマは「IT」、「ディジタル情報」の限界についてです。
 現在、「IT(情報技術)」はものすごいスピードで高度化し進化を続けており、その結果生まれた「サイバー空間」には実世界の情報がどんどんマッピングされ、「ディジタル情報」が増え続け、とめどもなく「サイバー空間」が膨張を続けているということを説明しました(本ブログその11 サイバー空間の内容と特徴をご参照ください)。そうなると、これらの技術に限界が無いかの印象を持ってしまいますが、実際には現在見えているいくつかの限界(課題)があります。今回は、その限界についてご説明したいと思います。ただし、この限界が長い時間的レンジで存在し続けるかはわかりません。これらの限界を乗り越える新たなテクノロジーが開発される可能性は十分にあることは付け加えておきたいと思います。


(1)ラスト・ワンマイルの問題:
 実世界の情報の一部を「ディジタル情報」に変換(符号化)し、それを「サイバー空間」で情報処理する技術が「IT(情報技術)」です。扱う情報は「ディジタル情報」、つまり内容としては“0”と“1”だけの二つ数値(二値)の羅列で表現された「ディジタルデータ」です。残念なことに、今のところ人間はこの「ディジタルデータ」をそのままでは理解できません。つまり脳に直接インプットすることができないのです。2014年に公開された映画「トランセンデンス」では、主人公の科学者の脳をディジタルデータにしてコンピュータにアップロードしていましたが、残念ながら現時点では不可能です。「ディジタルデータ」を復号化(デコード)して、音として再現したり、映像として液晶ディスプレイに表示してくれれば、耳や目からその「情報」は人間にインプットされます。銀行のATM(automatic teller machine)もそうです。我々は実世界では「貨幣」を使って生活をしています。その「貨幣」を銀行のATMで機械の中に入れた瞬間、その「貨幣」は「ディジタルデータ」に変換(符号化)され、「サイバー空間」へ行ってしまいます。その状態で、自分が貯金した「貨幣」を「ディジタルデータ」に符号化された“0”と“1”だけの二つ数値で見せられても、何がなんだか全く分かりません。自分の「お金」がどうなっているのか、存在を確認することはできないのです。しかし、ATMで預金通帳を入れ記帳をしてみると、「サイバー空間」の「ディジタルデータ」は復号化(デコード)され、預金残高が我々の理解できる10進数の「数字」で印刷され、それを目で確認することが可能となります。また、ATMで出金すると、今度は通帳への印刷だけではなく、「貨幣」というモノになって戻ってきます。このように、「サイバー空間」にある「ディジタルデータ」は、最終的に人間と接する時には復号化(デコード)され、人間が理解できる画像や音声、モノなどにする必要があるのです【図1】。


図1:サイバー空間へのマッピング例(貨幣)

 私は、この「ディジタル情報」が最後に人間と接する場所を、「サイバー空間」と「実世界」の「波際」と呼んでいます。そして「情報」と「物質」および「エネルギー」で構成され、重力に支配された実世界へ戻ってきます。「サイバー空間」の中で、「ディジタルデータ」として存在しているだけでは、人間の役にほとんどたたないのです。これが限界の一つです。本章のタイトルでは顧客の近くという意味で「ラスト・ワンマイル」という表現を使いましたが、実際には顧客と接するところなので、ワンマイル(約1.6Km)も離れた時の問題ということではありません。液晶ディスプレイが見える範囲や音声が届く範囲であり、その意味では「ラスト・ワンインチ」と言った方が適当かもしれません。
 この限界が解決されない限り、いくら「情報」をディジタル化してサイバー空間上でものすごいスピードで処理できたとしても、最後の出口の所で時間がかかり、さらに出口から出てきた大量のモノを保存したり、運んだり、届けたりするロジスティクスの部分は以前にも増して大きな負担がかかることになってしまいます。現在発生している宅配便の慢性的な人手不足などはこれが原因です。最後の人に接する現場はどこも人手不足になり、ここがボトル・ネックになってしまうのです。この問題を解決するための対策としては、ロジスティクスの無人化が検討されています。アマゾン・ドット・コムは人工知能(AI)を持ったドローンによる配達サービスを検討しており、実証実験を続けていますし、完全自動運転車を使って宅配の無人化を検討しているところもあります。そもそも、モノを移動せずに「ディジタルデータ」を顧客の元に送付し、顧客の家の中、あるいは顧客の家の近くのコンビニエンスストアなどで復号化(デコード)しモノなどの形に変えようという試みもあります。例えば三次元プリンターと呼ばれる立体物を造形する装置を利用すれば、ある範囲のモノは「ディジタルデータ」で情報を送り、顧客先でモノに変えることが可能です。


図2:3Dプリンターの例
キーエンス ホームページより
https://www.keyence.co.jp/products/3d-printers/3d-printers/

 最後に、人間が「ディジタルデータ」をそのまま理解できるようになるのが、最も効果的なこの対策になります。これができれば、現在、人間に「サイバー空間」にある「ディジタルデータ」を復号化(デコード)し、人間が理解できる画像や音声などに変換してくれる最も便利で優れた装置(デバイス)である「スマートフォン」も持つ必要はなくなるでしょう。「歩きスマホ」や運転しながらスマートフォンを操作する「ながらスマホ」などの行為がなくなり、より安全に「サイバー空間」にある「ディジタル情報」にアクセスできるようになると思われます。しかし、残念ながらそうなる可能性は低く、望み薄です。現在、固定電話回線を利用したFAXがまだ使われているが、あの送信音を聞かれた経験を持つ人もいらっしゃることと思います。「ピー・ヒャラララ」という感じの音が聞こえますが、あれを聞いてFAXで送信された内容を頭に再現できる人間はこれからも出てこないと思われます。

(2)電気エネルギーの問題:
 「ディジタル情報」やサイバー空間を支えるサーバーやネットワーク装置などのITインフラの多くは電気エネルギーで動作しています。「ディジタル情報」と電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術はとても相性が良く、電気信号の特徴を利用してITは成り立っています。したがって、ITと電気エネルギーは切っても切れない関係と言えます。しかし、このことはしばしば問題を引き起こします。一つは、優れた人工知能(AI)を搭載したロボットでも、動作できるのはバッテリーが給電できている時間内に限られるということです。この問題は身近な「スマートフォン」でも起こるので、理解しやすいと思います。「スマートフォン」でも使っているうちに、バッテリーの残量が少なくなってきて慌てて充電できる場所を探したりしています。それと同じことは、これらのロボットでも当然起こりますし、ロボットは機械的なメカニズムも持っているため、いくら大容量のバッテリーをかついでいても稼働時間には限界があります。人間も一日8時間ぐらいの睡眠は必要ですが、時には無理をして24時間眠らずに何かを行うこともできます。しかし、電気エネルギーを利用したロボットには無理は効きません。バッテリーが20時間しかもたなければ、それ以上無理はできません。バッテリーをいくつか持っていって、不足してきたら交換し、その間に充電するなど面倒なことをしなければならないのです。
 この問題について、他の例を挙げましょう。現在「すべてのモノをインターネットでつなぎ、有効活用していく」IoT(Internet of Things)が注目されています。すべてのモノに「情報」を発信するセンサーを付けた装置(センサーデバイス)を取り付け、温度、湿度、心拍数、振動などの「情報」を計測し、インターネット経由でクラウド側のサーバーなどに送信するものです。そのセンサーデバイスは1年で何億台、何十億台という規模で増えていくと考えられています。ところが、そのセンサーデバイスも電気エネルギーがないと動作しないものが多いのです。今、一番手っ取り早い給電方法は「電池」で給電することです。幸いセンサーを付けた装置はとても小さいので、それほど大きな電力を必要としません。そのため、小さなボタン電池でも10年程度は給電し続けることが可能です。しかし、10年後にはそのデバイスは動作しなくなってしまいます。だとすると10年後からは毎年何億台、何十億台というセンサーデバイスの電池交換をしなければならなくなるということになるのです。こんな膨大な作業を本当にやっていけるのでしょうか。この問題を解決する一つの方法は、センサーデバイスが必要な電力を自家発電する方法です。太陽光発電や振動を利用して発電するもの、他のデバイスから発信された電磁波を利用して発電するものなど、いろいろ検討されているが、なかなかセンサーデバイスを駆動するために必要な電力を確保するのが難しい状況にあります。


図3:IoTの概要
KDDIホームページより
https://iot.kddi.com/iot/

 「情報システム」はすでに現代社会を支える重要な社会インフラとなっています。これが停止するなどの障害はあってはならない状況になっています。しかし、この電気エネルギーの問題は「情報システム」の弱点の一つでもあります。さすがにクラウド側の「サーバー」や「ストレージサーバー」、「データベースサーバー」などは強固な「データセンター」に設置され、自家発電装置も備えているため大きな問題にはなりにくいですが、「ネットワーク」は「データセンター」だけではなく、全国に設置された基地局やその間をつなぐケーブルなどで構成されており、電力エネルギー問題が発生します。東日本大震災の時にも、ケーブル断線や設備倒壊による通信不能(停波)が発生しましたが、基地局が商用電源の停電によりサービス停止となる事態も発生しました。このような災害時でも安定動作するようなインフラシステムが要求されており、その中で電源の確保は重要課題です。これを解決しておかないと大事な時に役に立たない可能性があります。大地震の際、帰宅するときに身内の安全確認、交通機関の運行情報、道路の損害状況など、すぐに知りたい情報は山ほどあり、それが生命を守る重要な情報となります。そんな時にこの電気エネルギー問題は、このライフラインとも呼べるネットワークを寸断してしまうリスクがあるのです。
 さらに人工知能(AI)のような高度なITでは別の問題もかかえています。それは、電源消費量の問題です。人工知能(AI)のように、膨大な演算をベースにした技術はスーパーコンピューターで行うような超高速の演算処理を要求します。超高速な演算処理をするためには、CPU(Central Processing Unit)を沢山用意するか、超高性能なCPUを使う必要がありますが、この性能に比例して消費する電力量は増えることになります。日本のスーパーコンピューター「富岳」の先代である「京」の消費電力は約12.7MWでした。これは普通の家の消費電力の約1万5千件に相当します。ちなみに「京」と同等の演算能力を持っているとされる人間の脳の消費電力は約20WとLED電球1個分です。これからの人工知能(AI)は高度になるにつれ、より多くの演算能力を要求するようになり、今後も消費電力の増大が続くのではないか、という見方がでています。この問題は「仮想通貨」の採掘(マイニング)という処理でも指摘されており、採掘で膨大な計算を必要とし、膨大な電力を使っていることが問題視されています。
 人間は動植物を食べることによりエネルギーを生み出し、生きることができます。そして、その活動は生態系(エコ・システム)として循環し、バランスが取れた状態においては資源を枯渇させることはないという優れたシステムの一環として行われています。しかし「情報システム」ではまだそのような生態系は実現されていません。「情報システム」に電力を生む仕組みはなく、消費するだけなのです。そこに「情報システム」の限界があるのです。
 電源の問題の他にもう一つ、ITが電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術はとても相性が良く、電気信号や電磁波(電波)の特徴を利用して成り立っていることに関係する限界について説明しておきたいと思います。IT機器が利用している電磁波(電波)ですが、これはほとんど目には見えません(一部の波長の電磁波は可視光線として目に見える)が、その周波数は無限にあるものではなく有限の資源です。したがって勝手に使うことは許されず、総務省の管轄により公共機関や民間企業で利用できる周波数帯やその利用用途を定め、これを割り当て許可し、管理しています。しかし、「スマートフォン」の普及やそこで流れるコンテンツの情報量が、動画が増えるなどの理由で増加し、周波数の受給は逼迫してきている。ITが進歩して、新たな周波数帯域を使った高性能な新たなサービスを開始しようとした場合に電波の空きがなく、新事業を始められないような事態もあり得ます。

(3)寿命の問題:
 人間にも平均で80年程度、時間にすると約70万時間の平均寿命があります。したがって、この限界はIT機器だけの問題ではありません。IT機器の寿命はどれぐらいでしょうか。IT機器は、いろいろなデータ処理(演算)を行うCPU、データを記憶するメモリやSSD(solid state disk)、補助記憶装置(ハードディスクドライブ(HDD))などで構成されており、これらの部品の寿命が影響しています。通常これらの半導体の寿命は長くても10年程度と言われています。したがって、IT機器の寿命も長くて10年程度となり、これは人間に比べかなり短いものです。IT機器が社会インフラに使われるようになったことを考えると、もっと長くもってもらわないと困る状況になっています。前にも挙げたIoTでは、1年で何億台、何十億台という規模で増えていくのです。それが10年で寿命になってしまったら、電池交換しても動かないことになってしまいます。こうなるとセンサーデバイスもただのゴミになってしまうのです。IT機器も水道や道路などと同じように、社会インフラとして将来にわたってメンテナンス(交換を含む)を続けていく予算や計画を立てておく必要があります。
 さらに使用する環境にも制限があります。最近の半導体チップは集積度が上がっており、とても精密なデバイスです。したがって、取り扱いには注意が必要で、高温・低温、多湿、振動、塵埃などは機器の故障につながります。一般的なパーソナル・コンピューターの使用できる温度範囲は、5℃から35℃程度のものです。地球温暖化の影響により、日本でも夏の最高気温が40℃近くになることも増えています。人間は汗をかきながらも何とかやっていけますが、IT機器はこのような厳しい環境で使い続けられるとそのうち故障したり、誤動作したりするようになります。冬も同じ話です。最低気温が氷点下になる日も多いですが、そんな状況で起動しようとしても動作しないか、エラーになるかもしれません。夏の暑い日や冬の寒い日は、AIを搭載したロボットはお休みしなければなりません。本来「IT機器」はエアコンが効いた過ごしやすい環境で使われないといけないデリケートなものなのです。エアコンもない部屋の外に置くなんで故障させるためにやっているようなものです。IT機器は人間より寿命は短く、デリケートで壊れやすいものだということを認識しておかなければなりません。映画のワンシーンで、戦闘ロボットが高熱で液体状にされるが、そこから元のサイボーグに復活して追いかけてくる、というものがありましたが、あのように高熱で溶かされてしまったら、現在のIT機器は確実に故障し、使い物にならなくなるのです。

以上、今回はIT、ディジタル情報の限界として「ラスト・ワンマイルの問題」、「電気エネルギーの問題」、「寿命の問題」の3つについて説明しました。 次回はこれに引き続き、「ロボット・人工知能(AI)の限界」、「シンギュラリティは到来するか」について解説したいと思います。


 

 

2021年08月02日

その21:ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その3)

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ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その3)

 今回のテーマは前回、前々回に引き続き「ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分」についてです。
 ITは便利で役立つ、強力な技術ですが、強力であるがゆえに使い方を誤ると人類の大きな脅威になり得ます。したがって、決して使い方を誤ってはならず、それを理解するためにあえて影の部分をご説明したいと思います。今回はその3回目で「追いつかない法制度」の問題、「兵器への応用」、「ロボットや人工知能職を奪われる」、「IT依存」の4つ問題について解説したいと思います。


(6)追いつかない法制度:
 実社会ではすでにいろいろな法律、ルールが作られ、この上で人間社会(立憲国家)は成り立っています。実世界は物理世界であり、多くの法律やルールは実世界のモノと結びつけて、物理的な裏付けのもとに定義されてきました。そもそも日本の法令は、属地主義を原則としており、日本の法令は原則的には日本にいる人や日本で行われる行為に対して適用されます。日本という物理的な場所がベースとなっているのです。しかし、サイバー空間は国境もない空間であり、現在の法令ではとらえきれないことが多い状況です。しかもサイバー空間には「ディジタル情報」という無形資産しかありません。しかし、そんなサイバー空間には現実世界の「情報」がマッピングされ、実世界との関係は深まるばかりです。実世界を取り締まるルールは、つながっているサイバー空間の「ディジタル情報」に対しても、その範囲を広げる必要性が高まっています。サイバー空間の無法化状態は、実世界にも悪影響を及ぼしはじめています。現在、サイバー空間の「ディジタル情報」を含めた法整備が進められていますが、根本的な考え方や定義から変える必要があり、整備には時間がかかることが多く、それに対しサイバー空間の膨張スピードが速いため、なかなか追いついていないのが現状なのです。
 現在、対応を迫られている問題として、課税制度の問題があります。本ブログその17「ITが経済・ビジネスに与える影響」として「シェアリングエコノミー」が台頭することを説明しましたが、この個人と個人の間を取り持つ新しい経済モデルは従来の税制の見直しを迫っています。「シェアリングエコノミー」は、もともと自宅で空き部屋があったり、自分の着ていた洋服のサイズが合わなくなったり、購入はしたものの、着る機会がなかったものなどを個人間で融通しあって無駄をなくそうといったコミュニティー活動の延長で生まれてきました。しかし、その個人間の結びつきが、限られた地域的なコミュニティーではなく、サイバー空間というとてつもなく広い空間に広がった瞬間に、それを互助の精神ではなく事業として営利目的で考える人が沢山出てきました。この二つの考え方に対し、税制も課税方法が当然変わってきますが、そこに少し混乱があるのと、この二つを悪用して税を軽くして租税回避する輩が存在しているのです。課税当局も「シェアリングエコノミー」下の所得を正確に把握することには苦労しており、日本経済新聞によると、フランスは2020年からシェア経済の仲介を手掛けるプラットフォーム事業者に取引情報の提出を義務づけると決めたと報じています。こういった網を張るような対策も、今後必要になってくるものと思われます。
 また、ITのビッグ5のような巨大な米IT企業に対する課税も頭の痛い問題です。これは日本だけでなく、世界各国共通の問題となっています。特に法人税は経済活動を行い、経済価値を創出した場所(国)で徴収することが国際的なルールとなっていますが、商品がサイバー空間にある「ディジタル情報」である場合その判断がとても難しいのです。経済協力開発機構(OECD:Organization for Economic Cooperation and Development)の租税条約では、企業が進出した先の国に営業支店、物流拠点(倉庫)や生産拠点(工場)などを持っている場合にしか法人税を課すことはできないことになっています。これに従えば、米国内にあるサーバー(生産拠点)から「ディジタル情報」を使った音楽配信サービスを日本国内の消費者に向けて行い、利益を上げたとしても、この企業に法人税を課税することはできません。これを改めるため、2019年1月からは、日本に大型の物流拠点があれば、アマゾンのように電子商取引(EC:electronic commerce)を使って日本で物を売る場合、法人税を課すことができるように経済協力開発機構(OECD)のルールを変更しています。しかし、これも流通するものが「ディジタル情報」の場合はモノではなく無形資産であるため、この対象にできません。このように、サイバー空間を利用するIT企業から法人税を課税するのは難しいため、消費地の課税方法としては消費税や個人所得税の重要性が増すものと思われます。


図1:日本における税収の推移
財務省 ホームページより
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a03.htm

 課税以外にも、実世界では法やルールが張り巡らされており、消費者を守るセイフティーネットも構築されていますが、サイバー空間ではそれがないものがあります。その代表例が「仮想通貨」です。金融庁も健全な取引環境を整え、利用者保護を図るため、改正資金決済法を2017年4月に世界に先駆けて施行し、仮想通貨取引所の登録制を導入しました。これにより、取引インフラの一定のレベルを維持してきました。しかし、この導入以前から仮想通貨取引所を展開していた事業者は「みなし事業者」とされ、4月以降も事業を行っており、大量の仮想通貨流出事件を起こした「コインチェック」は、この「みなし事業者」でした。登録制を採用しても、仮想通貨システムの障害を起したり、運用上のミスが発覚するなど、なかなかインフラの底上げは進んでいない状況です。さらに、その匿名性が高く取引履歴を追いにくいため、資金洗浄に使われやすいなどの懸念も根強くあり、市場の安定や定着には至っていません。そんな中で、中国は人民元の海外流出を懸念し、仮想通貨の取引所を閉鎖すると報道されました。また、世界のベンチャー企業で資金を低コストで短時間に調達できる方法として利用が増えている仮想通貨の仕組みを使って資金調達方法であるICO(イニシャル・コイン・オファリング)に対し、実体のない会社が紛れ込む危険性が高いとして、やはり中国当局は全面禁止しています。


(7)兵器への応用:
 ノーベル(A. B. Nobel)は自身が発明したダイナマイトが武器として多くの人々の殺戮に利用されたことを悔やみノーベル賞を作りましたが、いつの時代でも科学技術の軍事利用は影の部分の大きなテーマです。ITも軍事利用の影は迫っています。すでに「サイバー攻撃」を説明しましたが、もう一つ強力な武器としてITが利用されようとしています。そこで使われようとしている最も重要な技術は「人工知能(AI)」です。「人工知能(AI)」は脳の部分だけであり、実際に兵器にするならば、人間の手足や武器の役割をする機械部分が必要です。この組み合わせで「人工知能(AI)」の指示により精巧な機械を使って、人間に似た動作をするものを一般に「ロボット(robot)」と呼んでいます。さらにその外見や表情なども人間に似せて作ったロボットをヒューマノイド型(人間型)ロボットと呼び、前述したように手塚治虫の「鉄腕アトム」がその一例です。今、兵器への応用が最も危惧されるのが、この「ロボット」です。人を殺す目的で作られる「殺人ロボット」をこの実世界に送り出してはなりません。SF映画の中で留めておく必要があるのです。「殺人ロボット」が生産されるのを防ぐため、ロボット研究者、AI研究者、IT企業経営者などを中心に社会に対してメッセージを送り、啓蒙活動を続けています。
 ロボット工学における倫理の指針として有名なのが、米国の著作家であるアイザック・アシモフがその著書『われはロボット』で世に広めた「ロボット工学の三原則」があり、それは以下のようなものです。
第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない.またその危険を看過することによって,人間に危害を及ぼしてはならない。
第二法則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない.ただし,与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない。
第三法則:ロボットは前掲の第一法則,第二法則に反するおそれのない限り,自己を守らなければならない。
 第一法則においては、ロボットが直接人間に危害を加えることを禁ずる一方、人間が危険にされされている時にそれを見過ごすことも許しておらず、人間を強力に保護する内容となっています。ロボットは必ず人間の味方になるということです。この三原則には欠点もあることが知られていますが、これが守られれば、我々は安心してロボットを向かい入れることができるかもしれません。
 一方、人工知能(AI)を含めたIT関連技術者からも、自らの行動を律する倫理規定を定めたり、殺人ロボットに反対するキャンペーンを実施したりする動きがでています。非政府組織(NGO)の国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)は2013年から「武器:殺人ロボットに反対する(ストップ・キラーロボット)キャンペーン」を展開しています。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、そのホームページ上で「人間のいかなる指示もなしに、標的をねらって殺害することのできる致死力を備えた武装ロボットは、決して製造されるべきではない」と述べ、「戦場における意思決定には、常に人間が関わるべきである。殺人ロボットは道徳と法の一線を超えるものであり、故に公共の良心に対立するものとして拒絶されるべきである。」と訴えています。
 また、インターネット無料通話サービス「スカイプ(Skype)」の創業者の一人であるジャン・タリン(Jaan Tallinn)などが中心となり、非営利団体「ヒゥーチャー・オブ・ライフ・インスティテュート(Future of Life Institute)」を設立し、野放図な人工知能(AI)開発競争は殺人ロボットを生むリスクがあるとして、人工知能(AI)開発の暴走を止める「アシロマAI23原則」と呼ばれる指針を2017年に示しました。そこでは人工知能(AI)開発の開発における原則が示されており、それを守ることにより人工知能(AI)が人類にとって将来において豊かな暮らしをもたらすとしています。その宣言の中には、人工知能(AI)に対し、耐エラー性・堅牢性(ロバスト性)やエラーが発生した時に、その理由を確認できることなども求めており、人工知能(AI)の運用面での安全性も含め広範囲に要求しています。そして、当然「自律型致死兵器」の開発阻止を求めています。
 日本でも人工知能学会が研究者としての倫理規定を策定、公開するなど、人工知能(Ai)が人間社会の中で健全に使われていくよう、社会的議論を深めるための取り組みが行われています。しかし、この軍事に関する問題は、核兵器開発における軍縮がなかなか進まないように、国際的に協調していくことは非常に難しい課題です。特にどこかの国が殺人ロボット(自律型致死兵器)を先に手に入れてしまうと、その後の調整はほとんど不可能に近くなると思われます。国連などを中心とした国際的な協調が進むことを期待したいところです。


図2:アンドロイド ― 人間って、なんだ?
日本科学未来館(Miraikan) ホームページより
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/future/android/

(8)ロボットや人工知能(AI)に職を奪われる:
 日本経済新聞は、英フィナンシャル・タイムズ(FT)と実施した共同研究で、人が携わる820種類の職業を約2千種類の業務に分類・調査した結果、そのうち全体の約3割、710の業務はロボットへの置き換えが可能であり、さらに日本に関しては主要国で最大となる5割強の業務を自動化できることも明らかになった、というショッキングな調査結果を報じました。ただし、これは半分以上の職が直ちにロボットに奪われる、ということではありません。我々の職業はいろいろな複数の業務から成り立っており、その内のいくつかは「高度な人間とのコミュニケーションを要する」などの理由でロボットではまだ代替できない業務であり、これらの業務は今後も人間がやるものとして残るからです。業務の全てがロボットに代替可能な職業は、全体の僅か5%未満とのことです。残りの95%の職業には何らかの人間でしかできない業務が残されているのです。このように完全に職を奪われることは無いにしろ、確実に人間がやってきた業務の一部は賢い人工知能(AI)を持ったロボットで置き換えられていきます。
 今後、ロボットに置き換えられていく可能性が高い業務としては、ルーティン化(定型業務化)された事務作業業務やロボットでも作業できる組み立て業務などが挙げられています。具体的には顧客サービスを行う「電話オペレーター」や銀行などの「窓口サービス業務」などが挙げられています。これまで、比較的に知識集約型の職業とされていた、日本で一般に「士業」と呼ばれる「司法書士」、「行政書士」、「税理士」といった職業もかなりの業務を代替できるようになってきており、安泰ではなくなってきています。これらの職業は、法令の高度な理解が必要で、顧客と相談しながら提出資料を作成したり、官公署への登録を行うなどをするものですが、法令の理解といった所は人工知能(AI)でもかなりできるようになってきています。そもそも、人工知能(AI)は人間が明確にルール化している業務が得意です。チェスや将棋、囲碁が強いのも、人間がそれぞれのゲームのルールを明確にしているためです。このルールを人工知能(AI)に教え込むことができれば、過去の膨大な事例(法の場合は判例、ゲームの場合は対局棋譜など)を調査して、最も良いと思われる解を見つけ出すことは得意なのです。これと同じように、ルールに従って届け出文書(定型書類)を作成することなどは得意分野なのです。すでに米国などでは、弁護士業における訴訟の証拠収集や判例調査で人工知能(AI)が弁護士作業を補助する形で使われているとのことです。日本でも徐々にこのような取り組みは始められており、今後、ロボット化される業務は増え続けていくと思われます。そうなった場合にも、顧客とコミュニケーションし、顧客要望や意志を把握する場面などは人間が引き続きやっていく必要があります。
 人間の英知を集めた発明や研究を行う分野は、特に人工知能(AI)に代替されたくない分野です。このような知的な作業は、人間のために残しておいて欲しいと考える人は多いだろうと思います。しかし、現実はこのような最先端の研究分野でも人工知能(AI)に奪われるのではないか、との懸念が広がっています。人工知能(AI)は膨大なデータから細かな特徴を見つけ出すことが得意です。画像データの中の微細な変化や特徴を人間が目で見るより細かく、正確に行えます。この特徴は医療分野で患者の癌発見に役立てるなどの応用がされています。この能力を使うと、これまで人間ではとても発見できなかったような新しい惑星の存在を見つけるとか、素粒子分野で新たな物質を発見するといったノーベル賞クラスの研究が可能になるのです。また、すでに発表された多くの論文を人工知能(AI)に学習させ、まだ論じられていない分野を探したり、新たな仮説を作り上げるなどにも応用することができます。ここまでくると、単に「職を奪われる」ということだけでなく、人類の存在意義を考えざると得ないレベルに達していると言えます。
 さらに、人間的コミュニケーションを必要とされる「管理職」の業務を人工知能(AI)でやってしまおうという話もあります。人事査定は人間がやるとどうしても感情が入り込み、公正な評価ができない場合がありますが、人工知能(AI)はそのような感情は持たない分、常に客観的に評価をおこなうことができます。人間がロボットの上長に査定されることになりますが、そこには何のスキンシップもなく、飲みニケーションもない、とても手ごわい上長になります。
 こうして、どんどんロボットや人工知能(AI)が人間の業務を代替していくと、将来人間が行う仕事が無くなってしまい、人余りになってしまうのではないかという懸念があります。実際、日本経済新聞によると、2025年には完全失業率が最大5.8%まで上昇するというリクルートワークス研究所の調査結果を報じています。その時には失業者だけでなく、企業などが社内に抱える潜在的な余剰人員の数が最大497万人にも達するとしています。2015年時点の潜在的な余剰人員数である401万人から約100万人も増える見通しです。
 マクロに見ると、人類のモノ(工業製品)を作る効率は上がり続けています。現在、世界で最も高い建築物とされ、高さ828mを誇るアラブ首長国連邦のブルジュ・ハリファは約7年で建築されました。古代の高層建築といえば高さ146mのピラミッドが挙げられますが、この建築には20年以上、場合によっては数百年かかったと言われています。この数千年の間に人類は船や自動車などの輸送機関や巨大なクレーンなどの重機を生み、人力の効率を劇的に上げ、短時間で少ない人数で建築できるようになっています。このように、実社会で使うモノ(工業製品)を作る仕事は、作業効率の上昇とともに人間が行う仕事は少なくなっていきます。その分、どの仕事に代えれば良いかと言うと、工業製品以外のモノ(食物、芸術品など)を作るか、現在拡大を続けているサイバー空間の「ディジタル情報」に関わる仕事をするかだと思われます。しかし、人間はスキルを身に付けるのに時間がかかります。人間の脳や体はディジタル化されていないので、ロボットのように今日教えられたことを次の日からやることはなかなかできません。人間は経験を脳のメカニズムで試行錯誤しながらゆっくりとロジック化し、脳と体で覚えていくのです。新しい仕事を覚えるためには時間を与えることが必要です。これから「ディジタル情報」に関わる仕事に代えようとする人には、国や企業・業界による充実した職業訓練体制を整えることが必要です。


図3:人工知能(AI)導入で想定される雇用への影響
総務省 平成28年版情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc143330.html

(9)IT依存:
 私たち人間は「情報」がないと生きていけないとか、人間は驚くほど「情報」に対して貪欲であることは、すでに本ブログ その5、その6「情報の特徴」でご説明しました。私たちは常に新たな「情報」を探し求めています。その「情報」を得る方法は、約70年前にクロード・シャノンが情報理論を確立するまでは、「アナログ情報」によってのみ人間に伝わっていました。しかし、情報理論が確立し、「ディジタル情報」が生まれるとその便利さから実世界の「情報」はどんどんディジタル化されるようになりました。その結果、人間はその「ディジタル情報」を使うことが多くなりました。そして「ディジタル情報」はITを使って人間に伝えられるため、人間はITを毎日のように使うようになりました。こうして生まれたのが「IT依存」です。
 なぜ、人間は昔から使ってきた「アナログ情報」より「ディジタル情報」を好むのでしょうか。それは「ディジタル情報」の方が簡単にいろいろな「情報」を得ることができるからです。国内の「情報」だけでなく、世界中の国外の「情報」だって簡単に得ることができます。何か調べる場合にも、昔は重たい「辞書」を持ってきて、紙というアナログメディアに記録された「情報」をページをめくりながら一つずつ調べる必要がありましたが、「ディジタル情報」の場合はブラウザーを使ってサイバー空間にある「ディジタル情報」を検索すれば、いろいろな視点からの「情報」が瞬時に得ることができます。しかし、あまりに簡単に「情報」が手に入るので、だんだん「情報」を覚える努力をしなくなっています。「辞書」の場合はいつも持ち歩くわけにはいかないので、重要な「情報」については覚えていました。しかし、スマートフォンがあればいつでも「情報」にアクセスできるので、無理して「情報」を覚える必要が無くなってしまったのです。そして「情報」にアクセスするためにはスマートフォンが手放せなくなっているのです。このようにして「情報」に対して貪欲な人間は昼も夜もスマートフォンを手放さず、いろいろな「ディジタル情報」を追いかけるようになってしまいました。
 人間は社会的な動物なので、他人との「コミュニケーション」はとても大切な能力です。その「コミュニケーション」に関してもITは人間に影響を与えています。他人との「コミュニケーション」は、実際にその人に会って行うのが基本です。人間は「言葉」という高度なコミュニケーション手段を持っており、口を使って「言葉」を音声にして伝えます。さらにその時の表情、口調、スキンシップなども使って感情を合わせて伝えたりします。これが、人類が最も長く使ってきたコミュニケーションの方法であり、最も優れた方法と考えられます。この方法の欠点は、時間を合わせてその人と会わなければならないことです。この欠点を埋め合わせるために、いろいろな他の方法が使われてきました。「手紙」は古くから使われてきましたが、主に「文字」を使って「情報」を伝えるため、表情、口調などは伝えることができませんでした。また、遠く離れたところにいる人に伝える場合には、何日もかかってしまいました。その後「電話」が遠隔地のコミュニケーションにはよく使われるようになりました。これは「手紙」と違い、ほとんどリアルタイムで音声を伝えることができるようになりました。しかしこの方法では、口調は伝わりますが、表情やスキンシップまでは伝えることができませんでした。そして今最も多く使われているコミュニケーション手段の一つが、ITを使った「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」です。時間的にはリアルタイムで世界のどこでもコミュニケーションすることができます。しかし、その内容は「文字」や「画像」が中心で、感情は気持ちやメッセージをイラストで表した「いいね!」や「スタンプ」などで伝えています。正確な表情や口調、スキンシップなどは伝わりません。しかし、ほとんど指先の操作だけでメッセージのやり取りができるため、簡単で便利です。しかし、ITを使ったコミュニケーションばかり使っていると、だんだん実際にその人に会ってコミュニケーションすることが面倒になり、その能力も低下してくる恐れがあります。これはとても危険なことです。特に親子関係まで影響が出てきて、本来必要なスキンシップまで失われる事態は避けられなければなりません。パンダの親子の暖かいスキンシップを使ったコミュニケーション見ていると、やはりこれが本来の親子のコミュニケーションであることを再認識させてくれます。子供がスキンシップを求めてすり寄ってきた時には、愛情をこめてそれに応えてやらなければいけません。その時、母親がスマートフォンに夢中になって相手にしないようなことはあってはならないのです。このような経験は、子供が大きくなった時に親の行動を真似て、スマートフォン依存になる可能性も高めてしまうかもしれません。ITを使ったコミュニケーションは適当な範囲に抑えて行う必要があります。
 人間はいろいろな経験によって、さまざまな「情報」を、五感を通して得て学習しています。その大切なプロセスに対してもITは人間に影響を与えています。ITを通した経験は、主に「視覚」と「聴覚」に頼っており、五感をフル稼働させて身に付けているわけではありません。現在のところ「味覚」、「臭覚」、「触覚」は、ITではほとんど使われていません。とくに「触覚」は柔らかさ、温度、滑らかさ、痛みなどを感じ取り、相手の存在や特徴などを確認することができる重要な感覚ですが、現在の技術ではここのディジタル化はまだ難しく、手探りの状況です。例えば我々は「コップ」という概念を持っています。辞書で調べると、簡単な説明としては「飲料を飲むのに用いる、円筒形の容器」などですが、人間は経験によってもっと多くの情報を持っています。例えば、見たところガラスでできた「コップ」であれば、だいたい重さは100g程度で表面はツルツルしており、あまりに強く握ったり、落としたりすると壊れてしまうことを知っています。落として割れてしまうと、周辺に散乱し、そこを歩くと危険だし、片づけるのも骨が折れることも知っています。だからそれを持つ時には落とさないように気を付けて持ち、使えるのです。このように五感は人間の知識に大きな影響を与えますが、ITを通した経験は五感の一部を欠落させています。したがって、実世界で五感を通して経験することは実世界で生きていく限りこれからも必要なことなのです。面倒くさいからとか簡単だから、便利だからといった理由でITに依存し、ITを通した経験だけで済ませてはいけないのです。例えばITにはヴァーチャル・リアリティー(VR:Virtual Reality)という「コンピューター・グラフィクス(CG:computer graphics)」や「ヘッドマウントディスプレイ(Head Mount Display・HMD)」などを用いて、人間の視覚、聴覚を中心とした感覚を刺激し、あたかも現実かのように体感させる技術がありますが、ここで得た体験だけを信じて経験者だと思ってはいけません。ヴァーチャル・リアリティーは戦闘を行うようなゲームにも使われていますが、ここでの体験は痛みのないサイバー空間の中の経験です。相手の痛みもわからず、何のためらいもなく他人に危害を加えるようになってはいけないのです。湾岸戦争では、戦闘機からミサイルを発射しターゲットに命中させる映像が世界に流れました。まるで「コンピューターゲームのようだ」という兵士の言葉を忘れることはできません。



図4:ネット依存傾向(日本のスマートフォン保有別)
総務省 平成26年版情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc143110.html

 以上、今回はITの影の部分として「追いつかない法制度」の問題、「兵器への応用」、「ロボットや人工知能職を奪われる」、「IT依存」の4つについて説明しました。

 以上、主なITの影の部分について代表的な問題を9つの視点に分けて説明しました。これだけでも気が重くなるほど多いと感じられると思いますが、IT技術は日々進歩、変化を続けており、ITに関連する問題点は増えることはあっても無くなることはありません。かと言ってIT技術を放棄してしまうことは、あり得ません。常にこの問題と向き合い、時には制約(ルール)を用いるなどして人間社会とのバランスをうまく保ちながら利用することが大切です。



 

 

2021年06月21日

その20:ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その2)

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ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その2)

 今回のテーマは前回に引き続き「ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分」についてです。
 ITは便利で役立つ、強力な技術ですが、強力であるがゆえに使い方を誤ると人類の大きな脅威になり得ます。したがって、決して使い方を誤ってはならず、それを理解するためにあえて影の部分をご説明したいと思います。今回はその2回目で「フェイクニュース」、「ディジタル情報統制」、「サイバー攻撃」の3つ問題について解説したいと思います。


(3)フェイクニュース
 「ウソ」はITが生まれる前の実社会にも存在していました。たまには人をビックリさせてからかう方法として「ウソ」が使われることもありました。友達との会話でわざと「ウソ」の話をしてドキっとさせ、最後には「ウソ、ピョーン」などと言って白状してからかっていたものです。しかし、今世界のネット上で流行っている「ウソ」はそんな軽い冗談ではありません。時の米大統領が真顔で顔を真っ赤にして叫ぶ「ウソ」なのです。マスメディアが報道した真実かもしれないニュースを「あれは嘘だ」と決めつけ、「フェイクニュースだ」と罵る、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」はこのような事態を招く、大きな要因となってしまったのです。
 以前は「ウソ」を見破ることは今より簡単でした。得られた「情報」が「ウソ」か「本当」かを見分ける方法として一番一般的な方法は、いろいろなルートでその「情報」を確認することです。まず最初に、その「情報」を提供した人が「ウソ」を言ってないかを表情や声の状態、以前からの信頼関係などで確認します。人間は特に人の表情には敏感で、ちょっとした変化も見分けることができるのです。人間の脳は、これまで経験したいろいろな情報を複合的に判断し、「ウソ」を言ってないか見分けます。そこで判らなければ、信頼できる他の友人に確認します。それでも納得いかなければ、さらに他の友人・知人に確認するのです。社会的な内容であればテレビをつけてニュース速報をやってないか確認するかもしれません。このように、従来は比較的信頼できる情報ルートがあり、人と人のコミュニケーションという方法を活用することにより「ウソ」か「本当」かを見分けることができました。
 それが現代ではメインの情報源として使っているのが、インターネットの「ニュースサイト」や「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」になってきています。ある調査では、米国の成人の約40%がインターネットからニュース情報を得ており、テレビなどの従来型のマスメディアを使う人は減っています。本ブログ その15「ITが社会・生活に与える影響(その1)」ですでに説明したように、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」は共感のメディアと呼ばれ、共感する者同士がつながるメディアであり、自らの意見や主張に近い情報ばかり集める傾向に陥る「確証バイアス」がかかり易いメディアです。そうなると「情報」の中身が「ウソ」か「本当」かではなく、「共感できるか」「できないか」になってしまい、「共感」さえできてしまえば、「ウソ」は本当のことのように広まっていってしまうのです。さらに、ほとんどの「情報」は文字情報のみで伝達されていくので、発言者の表情などをうかがい知ることもできず、ただ「ディジタル情報」の拡散の勢いに任せるだけになってしまうのです。このように「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」は「フェイクニュース」を流したい人にとっては、とても便利なツールなのです。以前の拡声器(メガホン)のようなアナログなツールを使っても、声の届く範囲は限られ、しかも自分の意見に同調する人だけを聴衆として集めるのは大変でした。選挙演説でも、自分の支持者だけを集めることはできず、必ず反対する人が存在し、野次を飛ばしていたのです。しかし「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」は世界中の自分の都合のよい聴衆に対してのみ、直ぐに伝えることができるのです。そして「確証バイアス」がかかり易いため、分断(二極化)を生みやすくなるのです。


図1:新型コロナウイルスの日本国内での感染で心配な点
総務省 令和2年版 情報通信白書より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd123110.html

 現在、「フェイクニュース」を流す動機としては、Webページの閲覧回数で稼ぐ、政治利用、サイバー攻撃の手段、愉快犯などがあります。Webページの閲覧回数で稼ぐ人達の場合、「フェイクニュース」の閲覧数を増やすテクニックがあるそうです。それは、事実かどうかはともあれ、人々の感情に訴え感情的な状態にする「情報」を流し、「共感」につなげることだそうです。感情的になった人々はその人の意見に共感し易いということです。米国のトランプ元大統領はこのテクニックを使いこなす世界で最も有名な人間でしょう。閲覧回数で稼ぐ人々は閲覧数を増やすためには手段はあまり選びません。SNSに動画を投稿し、その閲覧回数で稼ぐユーチューバーと呼ばれる人たちもいますが、中には犯罪すれすれの過激な動画や、自分の命を危うくしかねないほどの危険な動画を提供する人もいて、こちらも問題となっています。Webページの閲覧回数で報酬を与え、一般人にコンテンツを制作させるというIT企業の創り出したこのモデル自体にも問題があると言わざるをえません。本ブログ その6「続・情報の特徴」でご説明したように、誰も知らない「情報」に価値があります。だからと言って、嘘の情報を流したり、法に触れるような手段を使ってこれまで見たことない映像や聞いたこともない情報を流すのは不健全であり、法やルールなどにより排除されなければなりません。
 これらの金銭目的や個人的優越感を得ることを目的とした愉快犯に対しては、法やルールの強化などの対策に効果がありますが、他の政治利用、サイバー攻撃の手段として作られる「フェイクニュース」に対しては、別の対策が必要となります。考えられる方法としては、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」利用者に対し、「フェイクニュース」の危険性を充分理解してもらい、自らニュースの真偽を見分けるスキルを向上させてもらう方法、ネットに流れるニュースの真偽を「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」運営事業者がチェックし、「ウソ」のニュースは削除するか、第三者機関で真偽をチェックするなどの方法が考えられます。
 まず、ニュースの真偽を見分ける個人のスキルを向上させることによる対策ですが、これは「フェイクニュース」の対策という面のみならず、「情報社会」と呼ばれる現代を生き抜く上でも大切であり、すべての人が考えるべきものです。「情報」を正しくとらえ、自分や社会に活かしていけるかどうかは我々個人の能力にかかっています。従来の、表情や声の状態、以前からの信頼関係などで確認する方法に加え、いくつか比較的信頼できる情報ルートを増やしておくことが大切です。社会的なニュースに関しては、伝統的なマスメディアの「情報」も有効です。普段からいろいろなマスメディアの報道、主張に耳を傾け、信頼できるマスメディアかを見極めておく必要があります。そして、決して感情的にならず、冷静にいろいろなメディアや情報ルートの意見・主張に耳を傾け、自分なりの判断をしていくことです。伝統的なマスメディアも、より信頼を得られるメディアとなるための改革をはじめています。日本経済新聞によれば、英BBCはこれまでのスクープ報道など速さを追求する姿勢を改め、データ分析やニュースの解説に力点を置く「スローニュース」と呼ぶ報道を強化していく戦略を取り、フランスの通信社APFやテレビのフランス24は仏大統領選を機にネット上の情報の真偽を確認するサイト「クロスチェック」を立ち上げたと報じています。日本でもしばしば政治的配慮から不公平に作られたデータに基づく政治家の答弁があったり、官僚の忖度による「そんな資料は廃棄したので記録がなく分からない」などの「ウソ」ぎりぎりと思われる発言があったりしますが、こういったニュースのクロスチェック機能が日本のメディアにも必要になってくると思われます。
 次に、ネットに流れるニュースの真偽を「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」運営事業者がチェックし、「ウソ」のニュースは削除する対策ですが、徐々に進みつつあります。フェイスブックは人工知能(AI)を使って、不適切な投稿をあぶり出し、千人以上のスタッフが確認するという手段で対応したり、コンテンツ表示の優先度を変え、ニュースや企業広告よりも友人、家族による投稿の表示を増やしたり、信頼できる報道機関(メディア)のニュースを優先して表示するなどの仕組みを取り入れようとしています。しかし、この対策は、これまでの土管の存在と言っていた企業(フェイスブック)としての位置付けを変え、その中身に踏み込み、メディアの信頼性の格付けを行うことを意味しており、これにはメディア側からの批判も出ています。また、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」がコンテンツの中身を評価・監視することに関し、その範囲をどこまでやるかの線引きも不明確な状況であり、表現や報道の自由を侵すのではないかと危惧する声も聴かれており、まだまだ課題が多い状況と言えます。

(4)ディジタル情報統制
 「ディジタル情報統制」という言葉はあまり使われていないと思います。これに対し、「言論統制」という言葉はこれまで使われることがありました。「言論統制」とは、一般的には、政治権力が検閲などの手段により、新聞、ラジオ、テレビなどのマスメディア報道や出版活動などの言論による思想の表現行為や流通を統制することとされています。日本でも第二次世界大戦前の旧体制下では、極めて厳しい「言論統制」が行われており、特に第二次世界大戦中では統制法規が次々と制定され、メディアへの検閲は厳しく、国民の言論の自由は奪われていました。これに対し「ディジタル情報統制」とは、インターネットなどのディジタルメディアに存在している「ディジタル情報」「ディジタルメディア」に対する「統制」を表しています。
 本来、サイバー空間には国境のような物理的な境界線はなく、そこに存在する「ディジタル情報」は自由に移動できるものです。しかし、その自由な行き来を阻止しようとしている国々があります。その一つはIT大国中国です。中国はサイバー空間上に大きな壁を築いています。これを「万里の長城」ならぬ「ネットの長城」とか、「グレート・ファイアウォール(Great Firewall)」と呼ぶ人もいます。中国国民はこの壁の内側に居て、外部との自由な往来はできない状況下に置かれています。中国当局から、適切ではないと判断された企業のURL(インターネット上にある情報の場所を特定する住所のようなもの)やWebページにアクセスしようとしても遮断され、見ることができない仕掛けになっています。さらに、見ることができても、その内容に「敏感詞」と呼ばれる検閲対象となる不適切なキーワードが含まれていた場合、その文章やページは遮断されてしまいます。中国当局にとって不適切な企業とは、治安に悪影響を与えかねない情報を流したり、そうした情報を見つけたら削除するといった当局の要求に従おうとしない企業です。米グーグルやフェイスブックはこれに該当するため、この壁によってそのサービスは遮断されています。そのため、中国国民は、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」として中国版のツイッターと呼ばれる「微博(ウェイボ)」とか対話アプリの「微信(ウィーチャット)」などを利用しています。中国当局はこれらの企業に対し、治安に悪影響を与えかねない情報を見つけたら削除することを義務付けており、そのチェックをする体制を整えています。そしてそのチェック者の数は500万人とも言われており、コスト負担も膨大なものになっています。中国のネット利用者も、これらの検閲を逃れるため、検閲にかからないよう「隠語」を使ってコミュニケーションをしています。しかしこの「隠語」もその内当局の知るところとなり、さらに新しい「隠語」が生み出されるというイタチごっこになっているのです。
 さらに2017年6月に、中国政府は「インターネット安全法」と呼ばれるネット上の「ディジタル情報」の管理や統制を強化する法律を施行しました。この法律では「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」への投稿者の実名や身分証の番号、電話番号の確認と、投稿内容を6カ月保存することを義務付けています。実名登録はサイバー空間の「ディジタル情報」を実世界と結びつける有力な手段であり、治安に悪影響を与えかねない情報を流したりする行為に対する抑止効果は大きいと思われます。
 中国当局が壁を作る目的はこのような自国民に対するものと、もう一つ他国に対するものがあります。その目的は自国の財産である「データ資源」を他の国に勝手に持っていかれないようにすることです。中国は「データ資源」を国土と同じように主権の及ぶ範囲と捉えています。主権の保護を強化するため「インターネット安全法」は、中国で収集、作成した個人情報や重要なデータは中国国内で保存することを義務づけました。もしも業務上必要となり、これらの「情報」を国外へ持ち出す場合には、中国側の審査を受ける必要があります。さらに、さまざまな状況下で中国当局の審査をうけなくてはならなくなりました。少なくとも年に1回はインターネットの安全性やリスクの存在について中国側の検査を受け、報告することを義務付けられています。また「インターネット安全法」は外国企業を含めたインターネット関連商品に対する、中国基準への適合義務を課しました。これにより、中国基準に合致させるための追加コストや、セキュリティー情報などが中国側へ流れることなどが懸念されています。
 この法律に基づき、さっそく規制強化がされています。これまで「グレート・ファイアウォール(Great Firewall)」の監視をかいくぐる方法として、VPN(Virtual Private Network)と呼ばれる壁に穴を開ける方法が使われていました。この方法で個人的な通信路を中国外と結ぶことにより、禁止されている米グーグルやフェイスブックのサービスも使うことができました。しかし、中国当局はこの方法を可能にするソフトウェアの販売を禁止するなど、この抜け穴も塞ごうとしています。中国へ進出する海外企業は、この手段を封じられることにより、社内の通信も滞るなどの問題が発生しています。中国当局の規制強化は海外企業のみならず、国内のIT企業へも向けられています。習金平国家主席は「ネットの安全がなければ国家の安全もない」と考えているとされています。この強い思いで中国IT大手の「微信(ウィーチャット)」を展開する騰訊(テンセント)や「微博(ウェイボ)」を展開する新浪(シナ)に対し、「インターネット安全法」に定められたネット空間の安全管理が不十分だとして安全法違反の疑いで調査をしました。このように当局の風当たりが強いため、中国ネット企業も当局の顔色をうかがいながらの事業運営を迫られています。騰訊(テンセント)はAIを利用した会話サービスもありますが、そのAIが不適切な発言をしてしまったことでも問題となっています。海外、特に米国のIT企業は中国という巨大市場を前に、さらに厳しい対応を迫られています。グーグルとフェイスブックは現在壁の外側に追いやられていますが、何とか中に入ろうと中国当局との距離感をいつも探っていますし、現在、内側に居るアップルやアマゾンは当局の反感を買わないよう、行儀よく、おとなしくしている必要があります。アップルは中国国内のデータを持ち出さずに済むように、中国国内にデータセンターを建設すると表明しています。
 国レベルでも、この「ネットのディジタル情報に対する管理・統制を国家主権の問題」と位置付ける中国の政策には対応を迫られています。特に自国にも巨大な「データ資源」を持つ米国とは攻防が繰り広げられています。中国企業による米国の国際送金大手のマネーグラム社の買収を個人データ流出を懸念し阻止したり、米国市民の機微な個人情報が外国企業に渡らないような厳しく審査するルールを作るなどしています。欧州連合(EU)も「一般データ保護規則(GDPR)」で個人情報を保護するルールを強化していますが、保護主義的な動きは阻止する方向でも動いています。日米欧のスタンスは、個人情報以外の商業データなどに関しては、自由な流通がされるべきだというものです。このようなデータの流通が阻害されると、健全な企業活動ができなくなり、産業の発展が妨げられると主張し、折に触れ中国へデータの開放を求めていく方針のようです。このようにサイバー空間の「ディジタル情報」を巡っては、国を挙げた獲得に向けたせめぎ合いが起こっています。


図2:アジア太平洋のインターネット上の自由度(高い値ほど自由)(2019年)
「Freedom on the Net 2019」から抜粋
https://freedomhouse.org/sites/default/files/2019-11/11042019_Report_FH_FOTN_2019_final_Public_Download.pdf

(5)サイバー攻撃
 サイバー攻撃は、サイバー空間の「ディジタル情報」やサイバー空間を支えるサーバーやネットワークなどのITインフラに対する攻撃です。実世界のさまざまな「情報」がサイバー空間へマッピングされるようになり、つながりを持つことにより、サイバー空間への攻撃が実世界へ与える影響も大きくなってきました。攻撃の目的も、当初は著名なWebサイトのホームページを改ざんしたり、サーバーの負荷を上げてつながりにくくして人を困らせるなどの愉快犯的な目的が多くを占めていましたが、その後、個人のアカウント情報(パスワード)とかクレジットカード番号などの個人情報を盗み、銀行口座からの引き落としやクレジットカードで高額商品を購入するなどの犯罪行為が多くなり、ついには、国家の社会インフラの破壊を狙った国レベルのテロ行為へと拡大しています。これは、実世界のディジタル化が進み、実世界に直接攻撃を仕掛けなくても、サイバー空間に攻撃を仕掛けることにより実世界へ攻撃することができるようになったためです。しかも、犯罪者はサイバー空間を上手く使って逃亡するため、姿を見ることができなかったり、すぐに姿が見えなくなってしまいます。またITを使った攻撃は、とても作業効率がよく、それほど人や金をかけなくても、大規模な攻撃を行うことができてしまうのです。
 サイバー攻撃を仕掛ける者は、いつも「セキュリティーホール」という安全性が欠けているセキュリティー上の抜け穴を狙ってきます。IT技術者は「セキュリティーホール」を作らないよう努力をしていますが、作っている論理が複雑すぎて、なかなか無くなりません。最近も、中央処理装置(CPU:Central Processing Unit)に欠陥が見つかり、本来アクセスできないパスワードや機密情報などが盗み取られる懸念が発覚しました。この「セキュリティーホール」はインテルやアドバンスド・マイクロ・デバイス(AMD)、アームホールディングス(ARM)の中央処理装置に共通する欠陥であるため、その影響は大きく、その対象チップの数は数十億個と言われています。今使われている「スマートフォン」にも影響があり、我々消費者も常にこのようなセキュリティー情報には気を付けておき、タイムリーにオペレーティングシステム(OS:operating system)をバージョンアップするなどの対策をする必要があります。
 「セキュリティーホール」は基本的に設計ミスです。サイバー攻撃者はこの他人のミスを見つけるのを楽しみにしています。そして、そのミスを発見した時、それを攻撃することにより、その設計者に打ち勝ったと優越感を持ち、自己満足しています。しかし、ITシステムにおいて最大のセキュリティーホールはいつでも「人間」です。いくら頑丈な「ドア」や優れた「鍵」を作っても、人間が「鍵」をどこかに忘れて置いてきてしまったり、「鍵」を開けっぱなしにしたりすれば、泥棒は簡単にその家に入ることができるのです。「人間」はときどき面倒くさいことをやらずにさぼってしまう、そんな時が最大の「セキュリティーホール」になってしまうのです。よく耳にする個人情報流出の原因は、ルールを守らず個人情報へのパスワードをかけていなかった、とか外部の不審メールを開けてしまった、などの人為的ミス(ヒューマンエラー)が多くを占めています。さらに、身内のものが犯罪者になる内部犯行になると防ぎようがありません。信頼する内部の人間が悪意をもって個人情報などを盗み取ろうとすれば、どんな頑丈な仕掛けを作っても破られてしまうでしょう。これは実世界のシステムも同じ話です。
 以前のサイバー攻撃は単発的で個人的でしたが、その攻撃によるメリットが増すにつれ、複合的かつ組織的になってきています。サイバー攻撃を裏で支える仕掛けとして「ダークウェブ」と呼ばれる闇サイトが暗躍しています。この闇サイトは特殊なブラウザーを使うなどしなければ接続できないようになっており、一般の人間が検索しても表示されず、アクセスできない仕組みになっています。そこでは、闇の情報提供者の匿名性が確保されており、サイバー攻撃を仕掛けるための「ウィルス」や「マルウェア」が販売されていたり、違法入手したカード情報なども簡単に手に入ると言われています。売っている物は、個人のものだけでなく、企業の設計図などの機密情報まで揃っていると言われています。これに対し、米連邦捜査局(FBI)や日本の警察庁も実態調査や摘発に乗り出していますが、IPアドレスを頻繁に変更するなどの方法で取り締まりから逃れており、摘発も困難な状況になっています。
 このような状況の中、サイバー攻撃によるネット犯罪も規模が大きくなるばかりです。特に金融資産を狙った犯罪は損害額が大きくなり、社会問題化しています。2017年に世界99カ国に一斉に広がった「ワナクライ」と呼ばれるサイバー攻撃は、世界中の国のユーザーを恐怖に落とし入れました。この「ワナクライ」は、これに感染すると、パーソナル・コンピューター内のデータが暗号化されて使えなくなり、それを使えるように復旧する代わりに金銭を要求してくる身代金型ウィルスです。しかも、この支払には「仮想通貨」の「ビットコイン」で行うよう指示され、その額は当時のレートで300ドル分を要求されました。そして今サイバー攻撃者が狙う一番のターゲットは「仮想通貨」です。2018年1月には日本の仮想通貨取引所である「コインチェック」から時価で約580億円もの仮想通貨が盗まれる事態となりました。この原因は「仮想通貨」を入れておくサイフの管理状態があまり厳しくなかったため、犯人に抜き取られてしまったものです。日本では長いサイフをズボンの後ろポケットに入れて歩く男性や、サイフが見える状態で口を開けたバッグに入れている女性などを見かけますが、あれと同じことをサイバー世界でやってしまったのです。悪意を持った人間からすれば、どうぞ盗んでくださいと言っているようなもので、これではたやすくサイフを盗まれてしまいます。そして、サイバー空間の巨額の資産があっと言う間に犯人の元へと移動されてしまいます。かなり古い話になってしまいますが、1968年12月10日に東京都府中市で発生した三億円強奪事件は、その金額の多さで社会的に大きな関心を呼びました。しかし、今回の事件はその200倍に近い金額が、ほんの20分の程度の間に持っていってしまっているのです。それも警察官に変装したり、偽の白バイを作ったり逃走用の車を用意したり、そんな面倒なことはせずにです。そのニュースを聞いた我々も、現金で3億円とか金塊で2億円分と聞くとすごい事件だと感じますが、仮想通貨560億円分と聞いても何かピンと来ません。実際のモノのイメージが湧かない。サイバー空間の「ディジタル情報」とはそんなものなのです。何か軽い感じがしてしまうのではないでしょうか。しかし、このようにして、事件のディジタル化により凶悪化した犯罪に対し、不感症になっていくのは恐ろしいことです。
 今回の「コインチェック」の事件の犯人は、個人的なものかもしれませんが、国家レベルで起こされている恐れもあります。サイバー攻撃は、その効果が大きくなることにより、国家レベルでもメリットがある攻撃になってきています。高額なミサイルや原子爆弾を開発するより、簡単に低コストで遠く離れた国を攻撃することができる。先進国の社会インフラシステムはディジタル化が進んでいます。電力網、水道システム、ガス配給網、鉄道、自動車、航空機などの交通網、テレビ・ラジオなどのマスメディア、電話網、金融・銀行ネットワークなどのシステムが高度にディジタル化されています。その一つでも動きが麻痺すれば、社会は混乱しパニックを起こし、機能停止に追い込まれてしまいます。ミサイル攻撃をするまでもなく、敵に大打撃を与えることが可能になっているのです。実際にそれは現実になってきており、2017年にウクライナは社会インフラへのサイバー攻撃により停電が発生したり、政府機関のITインフラが使えなくなったりする被害が出ています。米国も北朝鮮に対し、インターネットの遮断を仕掛けるなどの攻撃を行っているそうです。日本のように特に高度にディジタル化された社会では、このような国家レベルのサイバー攻撃に対する対策を急ぐ必要があります。しかし、日本企業のサーバー防御対策は一般的に遅れているとされ、特に中小企業の対策について強化される必要があります。サイバー攻撃者は「セキュリティーホール」を狙ってくると説明しましたが、中小企業の対策遅れが「セキュリティーホール」となり、そこを足場に侵入してくる可能性が高くなっています。国レベルの対策として、自衛隊にはすでに「サイバー防衛隊」を設け、110人規模でサーバー空間の専守防衛にあたっています。また社会インフラへの攻撃を想定し、攻撃を受けた時の対処方法を確認する訓練なども実施しています。その効果・実力については今年のオリンピックをサイバー攻撃による混乱なく乗り切ることが、その最初の試金石になるかもしれません。


図3:サイバーセキュリティ上の脅威の増大
総務省:「サイバー攻撃の最近の動向等について」より抜粋
https://www.soumu.go.jp/main_content/000722477.pdf

 以上、今回はITの影の部分として「フェイクニュース」、「ディジタル情報統制」、「サイバー攻撃」の3つについて説明しました。次回はこれに引き続き、「追いつかない法制度」の問題、「兵器への応用」、「ロボットや人工知能職を奪われる」、「IT依存」の問題について解説したいと思います。



 

 

2021年05月16日

その19:ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その1)

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ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その1)

 今回のテーマは「ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分」についてです。
 ITを含む科学技術は、うまく活用すれば人類を幸福にしますが、悪用すれば地球をも破壊し人類を滅亡させるような危機にも直面させるといった光と影の二面性を持っています。アルフレッド・ノーベル(A. B. Nobel)は自身が発明したダイナマイトがトンネルを貫通させる作業に大きく貢献した半面、武器として多くの人々の殺戮に利用されたことを悔やみ、技術の平和利用を願ってノーベル賞を作ったと言われています。ITも当然使い方次第で光にも影にもなり得ます。今回から3回にわたり、決して目を背けてはならないITの「影」の部分について説明したいと思います。


(1)IT化による不公平な競争:

 これは「情報格差(ディジタルデバイド)」と呼ばれるもので、ITに長けた人(熟知した人)とそうでない人との間に生まれる格差や、ITやディジタル情報を活用している人とそうでない人との間などに生まれる格差のことです。
 この問題は、地域的にITが普及していないことで発生する地域間格差や、ITの知識・技術がある人と得られなかった人、IT教育を受ける機会が無かったことなどで発生する個人間格差、ITを提供する企業側と消費者間の情報の非対称性により発生する企業側と消費者間の格差などがあります。この内、地域間格差については、国の施策で各国の対策が進んだことや(図1)、スマートフォンやITインフラの低価格化などにより、あまり問題にならなくなってきました。それはそれでよいことですが、従来日本はIT先進国だと思われていましたが、新型コロナウィルスでの行政の対応で、日本は他国に比べてIT化に関してかなり遅れていることが判明してしまいました。そのため、他国ではすぐに給付が受けられたのに対し、日本ではかなり時間がかかることになってしまいました。このような格差を受けるのが地域間格差です。今では日本が克服しなければならない大きな課題となっています。その他の個人間格差と企業側と消費者間の格差については現在も世界各国で問題として残っています。


図1:諸外国の情報通信分野における投資額(2009年)
総務省 ホームページ「平成23年版 情報通信白書」より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h23/html/nc222330.html

 ITの知識・技術がある人とない人、ITを活用している人とそうでない人との間で発生する個人間格差は、いろいろな所で発生しています。ITは部分的には人間を大きく超える能力を持っています。例えば数値演算能力がそれです。四則演算をはじめとする様々な計算をする速度は、人間はITに遠く及びません。以前のブログでもご説明したように、様々な計算をする速度は100円ショップの電卓にすら人間は負けてしまいます。そろばん塾で暗算を鍛えた人以外は電卓に挑戦すべきではないのです。チェスや将棋、囲碁のような高度な知識とスキルを必要とする知的ゲームでも人間は人工知能(AI)にかなわなくなっています。これらの人工知能は人間には不可能な高速演算で、人間では一生かかってもこなせない様な何万局もの対局を人工知能同士で行い、最善の手を見つけてしまうのです。
 また、ITは記憶力が人間に比べてとても優れています。インターネットには世界中の知識が保存・記憶されています。この記憶はネットワークに電力が供給されている限り、いつでも利用することができます。試験にスマートフォンを持ち込んでインターネットで検索すれば、正解を導くことは簡単にできます。スマートフォンを持ち込まず、自分の学習した記憶だけに頼って試験を受けた人はかないません。そんな不正を許してはいけません。人工知能(AI)の一種である「エキスパートシステム」のIBMの「ワトソン」は、インターネットのウィキペディアの情報をもとに知識ベース(ナリッジ)を作成し、テレビのクイズ番組で人間のクイズチャンピオンに勝利しました。コンピューターは故障しない限り記憶を失わないし、間違えないのです。
 ITは人間よりも動作や制御が早いです。人間が目で文字を読む速度は、日本語の場合で一秒に4文字程度と言われています。しかし、郵便番号を読み取る郵便区分機は1秒間に10枚以上(1枚7桁の数字なので、70文字以上)の郵便物の郵便番号を読み取ることができます。とても人間技ではできない目にも止まらぬスピードです。駅の自動改札も切符の情報を瞬時に読み取り、ドアの開閉を制御しています。これらの高速処理はいろいろな所で利用されおり、使われ方により不公平が生じてしまいます。例えば、簡単に勝ち負けを決める方法として使われている「じゃんけん」があります。人間同士が「じゃんけんポン」の掛け声でやる分にはそれほど問題はありません。しかし。人間対コンピューターでこれをやる場合、コンピューター処理の高速性を活かせば、絶対に人間に負けない「じゃんけんロボット」を作ることができてしまうのです。ロボットの目は人間より高速に相手が何を出すかを判断でき、それに対して負けない手を出すことは簡単にできてしまいます。人間に気づかれないようにコンピューターに「後出しじゃんけん」をさせるのです。同じような話が「株の取引き」や「チケットの購入」などでも起こっています。
 現在の株式売買は、コンピューターで1秒間に数千回もの売買を行う「高速取引(HFT:high-frequency trading)」という手法が東京証券取引所の注文件数の約7割を占めるようになっています(図2)。これを主導するのは個人投資家ではなく、ヘッジファンドなどのプロの機関投資家です。株式の人間では捉えられないような微妙な動きを見て、人間には到底追いつかない高速な売買を頻繁に繰り返すことにより、短期の利ざやを稼ぐ手法です。コンピューターは投資家の指示(アルゴリズム)に従って、疲れも知らず、ためらいもなくどんどん売買を続けます。このような取引はこれまでしばしば市場の混乱を招き、個人投資家の息の長い投資などに傷を負わせる場面もありました。「高速取引」は非常に敏感で、ちょっとした潮目の変化にも一斉に反応し、必要以上の売りを浴びせるなど株価変動率を上げると言われています。1987年の「ブラックマンデー」もこの取引が関連したと言われています。また、これらのコンピューターによる取引は、投資判断の意図が分かりにくく、中長期の視点で売買する投資家を困惑させています。これに対し、金融庁は法改正をするなどして健全な市場発展を目指した対策を行っています。


図2:東証が2010年に導入した新システム「アローヘッド」(超高速取引時代の幕開け)
会社四季報ONLINEより
https://shikiho.jp/news/0/102597

 「チケットの購入」の問題は、人気アーチストのチケットなどをインターネットで高額で転売する行為として発生しています。音楽やスポーツのチケットはインターネットや電話で販売されることが多くなっています。先着順で販売するチケットの場合、発売日の発売時刻に電話やインターネットで申し込もうと思っても、電話回線が混んでいたり、サーバーがアクセス数オーバーでなかなかつながらない経験をされた方も多いと思います。これらが起こる原因として、一部のプロの集団が、コンピューターなどITを使って機械的に申し込みをしているために発生しているケースがあるのです。コンピューターの操作スピードには人間の操作スピードはかなわないため、このコンピューターを使ったプロ集団が多くのチケットを手に入れることができてしまいます。彼らはこの公演を聞きに行く気はなく、ひたすら高く転売することが目的です。数千円のチケットが10万円以上で転売できるケースもある、うまい商売になってしまっているのです。警察も取り締まることを検討していますが、インターネット上で高額の転売を規制する法律がないのが現状です。
 企業側と消費者間の格差の例としては、アップルコンピューターが「iPhone」のオペレーティングシステム(OS:operating system)を更新した際に、旧機種の動作速度をユーザーに告知せず、意図的に抑えたという事例があります。アップルコンピューターの発表では電池が劣化した際に予期しないシャットダウンが発生するという不具合を対策するために動作速度を抑えた、ということですが、事前通告なしで意図的に性能を下げられ、購入時に適切な判断ができなかったと米国では一部の消費者に訴訟を起こされる事態となっています。フランスでは2015年に「計画的な老朽化」を取り締まる法律が制定されており、今回のこの事件がこれにあたるか捜査を開始したとのことです。旧機種の意図的な性能低下により、本来不必要だった新機種への買い替えを促すものと判断されれば、この法に触れることになります。「スマートフォン」をはじめとする最近のIT機器やソフトウェアは機能追加やセキュリティー強化などの名目で、インターネット経由で頻繁なバージョンアップを行っています。これらの中には消費者に十分な説明がされないままに企業側の都合で変更されるケースもあり、残念ながらここには情報格差が存在しています。フランスのようにこうした格差を是正する法の整備が必要と考えられます。


(2)巨大IT企業によるディジタルデータ独占:

 サイバー空間のディジタル情報の多くを、アップル、アルファベット(グーグル)、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、フェイスブックの5社からなる米国のITのビッグ5が支配しています。彼らは世界中で10億人を超すサービスを立ち上げ、それを通じて多くのディジタル情報を自ら生んできました。そしてその動きは留まるどころかますます加速し、新たな10億人サービスを求めてその豊富な資金力を活かして企業買収を繰り広げています。こうした新興企業を中心とする企業買収は、新たなビッグ5が誕生することを阻んでいるとの批判も出ています。グーグルはこれまでにもネット検索、地図情報(グーグルマップ)やGPSによる位置情報など、個人情報に近いところまでディジタル情報を集めてきました。アマゾン・ドット・コムはネット通販、フェイスブックはSNSを、アップルもスマートフォンやアプリケーション購入サイトなどを通して個人レベルのディジタル情報を集めてきました。今後はAIやクラウドコンピューティングサービス、AIスピーカーなどを使ってディジタル情報収集を拡大していく予定です。AIスピーカーでは、これまでディジタル化が遅れていた「音声データ」が大量にディジタル化されることになります。そして、これらの新しいディジタル情報が従来のディジタル情報と融合することにより、新たな付加価値を生むことになります。このようにネットワーク効果が働き、データ収集で先行するビッグ5とそれを追いかける他のIT企業との差は広がり、市場独占化が進んでいるのです。
 世界経済フォーラムが主催する2018年に開催された「ダボス会議」では、このサイバー空間に存在する「ディジタルデータ」の扱いに関して議論が行われました。ドイツのメルケル首相は「ディジタルデータ」は20世紀の経済の原材料であり、それが米国のIT企業に集中していることに異議を唱え、ディジタルデータは公平に共有されるべきだと主張しました。このように欧州ではとりわけこの問題に関する関心が高く、法制度の整備でも先頭に立っています。個人情報やプライバシー保護を人間個人の基本的な権利と位置付けているためです。このような情報が不公平にアクセスされ、情報を提供した対価としても不公平だと考えています。そこで、個人データのEU域外持ち出しや、処理に関する新たなルールである「一般データ保護規則(GDPR)」を2018年5月に施行しました。これにより、一方的に流出していた個人データに歯止めがかかると思われます。
 また、同規則では「データポータビリティ権」というものも認めています(図3)。インターネットの閲覧履歴やネットでの購入履歴などの個人データを生み出すのは個人です。その個人が自分の好みや興味に応じてマウスをクリックしたり、キーボードを叩いた結果です。IT企業側のサービスが生んだわけではありません。しかし、現状では個人が生み出したデータをIT企業側に取得され、しかもそれが何の目的でどのように処理され、どこに保管されているかわからず、そのデータを生み出した個人側に取り戻すことも、削除することもできません。IT企業のサービスを受ける際には、小さい文字で書かれた約款に同意することが求められます。よく読むと、その約款にはこのような個人のデータを企業側が利用することに同意することが求められており、企業側は法的な問題はないと主張します。しかし、サービス利用者はそのサービスを受けるためには同意するしかなく、この力関係においては企業側の主張を飲まざるを得ないのが現状です。公平とは必ずしも言い難い状況なのです。そこで「一般データ保護規則(GDPR)」では自分の個人データを提供したIT企業から扱いやすい形式で取り戻したり、技術的に可能であれば、別のIT企業へ移行させるなど、個人データをネット上で「コントロールする権利」をデータ提供者に認めました。ただし、取り戻せるのは原則として生データ(一次データ)のみであり、そのデータから二次的に作成したデータは含まれません。すでに解析が終わって、他のデータ形式に変わってしまっていれば、それを取り戻すことはできないなどの制約があります。
 さらに、同規則では「プロファイリング」に異議を唱えることができる権利も定めています。「プロファイリング」とは、個人データを集めたIT企業が購入履歴や閲覧履歴などを人工知能(AI)などを使って解析し、個人の行動パターンや趣味、嗜好などの属性を推測する手法であり、IT企業はこの結果を元に、その個人に対するおすすめ商品紹介広告をピンポイントで流すことにより、広告収入を得ています。最近の人工知能(AI)の技術は高度化し、解析性能があがったため、プライバシーの侵害にあたるような属性まで判定するようになってきました。日本経済新聞によると、米小売り大手のターゲット社が顧客の購買履歴から妊娠の可能性や出産予定日を予測し、その個人に関連する広告を送ったことが批判されたと報じています。この問題に対応するため、「一般データ保護規則(GDPR)」ではプロファイリングの透明性を確保するため、事業者側に分析する目的、方法などを明らかにする義務を負わせ、データ提供者にはプロファイリングに対して異議を唱える権利を認めています。「プロファイリング」は人事考課や銀行の融資判断、保険料の査定などで使用される可能性が議論されており、そうなった場合、コンピューター(機械)が決めた査定結果に人間が従い、処遇を受けることが考えられます。同法はこの問題への対応として、企業側にプロファイリングの過程で何らかの「人的な介入」をすること、機械だけに任せないことを求めています。
 このような動きに対し、日本でも個人データに関する議論が高まっており、2017年5月には「改正個人情報保護法」が施行され、IT企業側は個人の身元を特定する情報を隠せば自由に個人情報を扱えるようになりました。さらに日本では、2020年をめどに、個人情報を預けてその運用先を個人が選ぶ「情報銀行」や、預けた個人情報の運用を任せる「情報信託」といったものが検討され、データの取引市場の構想などが議論されています。これにより、現在IT企業に一方的に利用されてしまっている個人情報を資産として運用できるようになる予定です。
 このように、巨大IT企業によるディジタルデータの囲い込みは、さまざまな地域や国の法規制により制約を受けようとしています。それに対し、IT企業側の言い分として、アップルは「iPhoneで集めた個人情報を金(カネ)に換えることはしない」と宣言したり、グーグルは個人情報をいつでも利用者に返還できる機能を追加したと言っています。これらの巨大IT企業のおひざ元である米国も個人情報を扱うことへの規制に関しては欧州と別のスタンスをとっています。米国は消費者の利便性や自由を重要視しています。そして、消費者のこれらのメリットが確保される範囲では、そのサービスを提供する企業へ制約を増やすべきではないとの立場です。この立場からすると、欧州の「一般データ保護規則(GDPR)」はやりすぎであり、消費者のメリットを守るものではないという意見です。この規制により、企業の個人データ活用の気運はそがれ、IT市場の活性化が鈍り、その結果消費者が受けられるサービスも低下するとの主張です。現在、無料で提供されているインターネット上の様々なサービスが受けられなくなるか有償化されてしまうと危惧しているのです。そして個人情報を守るのは現在の企業努力で十分であり、規制を広げるべきではないと主張しています。


図3:GDPRにおけるデータポータビリティの権利
総務省(2019)「デジタル経済の将来像に関する調査研究」より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/r01_04_houkoku.pdf

 このように、現在ディジタル情報の囲い込みに関する問題や個人情報保護の問題はいろいろな角度からいろいろな組織で議論され、検討されている問題です。全体の風向きとしては、やや巨大IT企業への逆風が吹いている状況と思われます。それは、ディジタルデータの囲い込みの問題だけではなく、それによって引き起こされているITのビッグ5に集中する権力や富に対する反感です。米国IT業界は、どの業界よりも世間の反感を買うようになってしまっています。
 一つはこれだけ大きな権力を持つようになったのに、従来の企業が果たしてきたような責任を果たしていない、という指摘です。グーグルやフェイスブックはインターネットを「街の広場のようなもの」と位置づけできました。これらのIT企業は単なる「場」を提供しているだけであり、そこで繰り広げられるいろいろなイベントややり取りされる「情報」の内容については全く関与せず、土管の役割だというものです。グーグルの操業から一貫した使命は「世界中の情報を整理し、すべての人がアクセスできるようにすること」だと主張しています。整理するだけであり、情報を作ったり、編集したりはしないということなのです。「情報」に自分達の意見や意志を入れたりしないと説明しています。しかし、グーグルは提供した買い物検索サイトが不正に自社サービスに有利な情報を掲載したことでEU競争法に違反しているとし、欧州連合(EU)から3千億円を超える制裁金を課されています。また、フェイスブックはロシアの関与が疑われる「不正広告」を掲示したことにより、大統領選挙における民意をゆがめたとして、ネット広告に対する信頼感を失っています。その結果食品・日用品大手の英欄ユニリーバはネット広告の掲載を取りやめる可能性を示唆しています。また、フェイスブックにコンテンツとなるニュースを提供しているメディア界の大物であるルパート・マードックは、フェイスブックは「情報」にただ乗りするのではなく、ニュース掲載料を払うべきだと指摘しています。ブラジル大手紙は広告料の配分が少ないことに抗議し、記事の配信を中止することを発表しています。また、インターネットのインフラである、米通信業界からも反撃ののろしが上がっています。これまで、通信会社には「ネットの中立性」を維持するため、一部の特別なサービスだけに優先で高速のデータ通信を提供したりすることを禁止していましたが、これが廃止されることになりました。これにより、これまでIT企業が動画配信のようなネットワークの帯域を占有してしまうようなサービスにも追加費用を請求することができなかったが、今後は帯域に応じて通信料を変えて請求することが可能となります。これにより、通信会社のインフラ整備にかかる資金の回収もしやすくなると考えられています。

 以上、今回はITの影の部分として「IT化による不公平な競争」と「巨大IT企業によるディジタルデータ独占」の2つについて説明しました。次回はこれに引き続き、「フェイクニュース」、「ディジタル情報統制」、「サイバー攻撃」の問題について解説したいと思います。




 

2021年05月03日

その18:ITが経済・ビジネスに与える影響(その2)

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ITが経済・ビジネスに与える影響(その2)

 今回のテーマは前回に引き続き「ITが経済・ビジネスに与える影響」についてです。 前回はITが経済やビジネスに与える影響のうち、「ビジネスモデル」と「製品・商品」の2項目についてご説明しました。今回はそれ以外の「生産方式」、「雇用・ワークスタイル」に対する影響について「ITが経済・ビジネスに与える影響(その2)」として説明させていただきたいと思います。


 ITによる「ディジタル化」の波はトフラーが語る「第三の波」の原動力となって、この300年あまりで築いてきた「第二の波」の経済システムである「大量生産」「市場主義」「資本主義」を揺さぶっています。ここでは、「IT」がどのように経済システムやビジネスモデルを揺さぶっているのかをご説明していきたいと思います。アルビン・トフラ-のベストセラーである「第三の波」については、本ブログ第16回で少し紹介していますので、そちらもご参照ください。

(3)生産方式:
 日本は第二次世界大戦後「モノ作り大国」として、良質の工業製品を安く大量に提供することにより繁栄してきました。製造業が国を支える大きな柱となっていたのです。その製品は実世界で利用するモノ(工業製品)です。生産も消費も実世界の中でクローズしていました。しかし「ディジタル情報」という新しい情報体系ができあがり、その情報が徐々に巨大化し「サイバー空間」という新たな空間を作ると、実世界の生産や消費もその情報や情報空間を無視できなくなってきました。「サイバー空間」のディジタル情報とつながることにより、生産においても生産性を高めるなどのメリットが出ることが分かってきたからです。そして今、ITはこの生産に対しても大きな影響を与えています。もはや、過去に貯めてきた生産技術やノウハウだけでは、最新のITを駆使した他国の工場に太刀打ちできなくなってきています。このままでは「モノ作り大国」の看板を維持していくのは困難な状況にあるのです。
 そこで、「モノ作り大国」としてのリーダーシップを維持するために、ITを活用した新たな基本戦略を打ち出したのが、日本と同じように自動車産業を中心とした製造業を国の柱とするドイツです。ドイツは「インダストリ-4.0(Industry 4.0)」と呼ばれる新たな枠組みを生み出しました。「インダストリ-4.0(Industry 4.0)」つまり「第四次産業革命」と言っているのは、第一次産業革命が蒸気機関による工場の機械化、第二次産業革命が電力を活用した大量生産、第三次がエレクトロニクスを活用した自動化という過去3回の産業革命の次という意味です。「第四次産業革命」はITの中でも、すべてのモノをインターネットでつなぎ、そのディジタルデータを有効活用し、問題・課題を解決していくビジョンであるIoT(Internet of Things)と人工知能(AI)を活用し、製造業を中心として自律的で自動的かつ効率的な製造や品質管理を実現し、さらに省エネルギー化・脱炭素化なども行い、生産の高度化を目指すというものです。製品のモジュール化が進み、生産体制の「水平分業化」が進んでいくと、その間のインタフェースと情報のつなぎが重要になってきますが、そこにIoTをフルに活用しようという考え方であり、それを制度化することにより、実際の運用にこぎつけようとしています。日本もこの枠組みから外れてしまうと、世界のサプライチェーンから除外されてしまいかねない状況にあります。当初、この取り組みへの対応では日本は出遅れましたが、次第に本格化し始めてきています。ただし、この対応に関しても、自社の収益を支えるコア領域(クロ-ズ領域)を守りながら、つながるインタフェースはオープンにする「オープン&クローズ」戦略が必要となります。日本には「モノ作り」に関するノウハウがあり、その一部はすでにディジタルデータ(プロセスデータ)として活用されています。こういった収益の源であり、コアな領域を妥当な方法で保護し、守っていかないと元も子も無くなってしまうことになります。


図1:産業革命の特徴
総務省 ホームページより
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h29_03_houkoku.pdf

 「第四次産業革命」は高度に自動化された効率的な製造を実現するので、人が製造に関与する比率がとても低くなります。つまり人件費が製造原価に占める比率が低くなるのです。したがって、これまで人件費が低い地域を探して、そこに作られていた生産工場を日本国内に戻すことが可能となってきます。これまで生産地と消費地の距離が遠くなってしまい、その輸送コストや時間の損失が軽減されることになり、最新の製品を素早く提供することが可能となります。また、様々な注文(オーダー)に対し、生産ラインを切り替える指示もIoTにより柔軟に行えるため、オーダーメイド製品を自動生産することも可能になります。このメリットを活かし、顧客毎にカスタマイズされたオンリーワンの一品物(いっぴんもの)を少量生産する「マスカスタマイゼーション」を新たな価値として提供する衣料品企業が現れています。



図2:マスカスタマイゼーションに対応する「レイアウトフリー生産ライン」(イメージ)
総務省 情報通信白書 令和2年版より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd124340.html

(4)雇用・ワークスタイル:
 これまで述べてきたビジネスモデルへのITの影響や、製品・商品、生産方式のディジタル化の影響は雇用にはどのような影響を与えるのでしょうか。まず、「情報産業」が雇用環境にどのように貢献するかをご説明したいと思います。
 「サイバー空間」の「ディジタル情報」を、ITを使って生産、収集、加工、提供するなどといった形で業務を行っている産業である「情報産業」は、物理的なモノを生産、収集、加工、提供するわけではないので、大きな工場や労働力をもともと必要としていません。本ブログでは、ディジタル情報を生産、収集、加工、提供するツールである「IT機器」「ITシステム」を生産、提供する業務(製造業)も「情報産業」に含めており、この業務に関しては、他の製造業と同じように工場が必要であり、工場従業員も必要としていますが、それは一部分です。しかも、「IT機器」「ITシステム」の製造は国際的な水平分業の中で製造を外部委託するケースが多く、国内の雇用にはあまり貢献できていないのが現状です。したがって、他の実世界のモノを扱う産業に比べて雇用への貢献度が低い状況にあります。実世界でモノを作る、運ぶ、売るといった作業にはそれぞれの地域にその量に見合った人を必要とし、そこに雇用が生まれますが、「情報産業」の場合、作る、運ぶ、売るといった作業は「サイバー空間」で完結してしまうことが多いために人力はあまり必要ないのです。日本経済新聞によれば、ITビッグ5の米国外を含む従業員数の合計は現在66万人であり、スーパー最大手のウォルマートの従業員数は230万人とその3割にも満たないとのことです。時価総額では現在トップのIT企業が、雇用という面での貢献度は低い結果となっているのです。ちなみに2007年末のゼネラル・エレクトリック(GE)など時価総額トップ5社の従業員数合計は109万人と現在のITビッグ5の従業員数合計より40万人ほど多い状況でした。やはり、実世界のモノを扱う産業より、「情報産業」の雇用は減ってしまう可能性が高いのです。そして、より少ない従業員に富は集中する傾向となっています。これはIT企業に対し、不公平だとの批判を招くことになり、もっと雇用を増やせと圧力がかかっています。
 そこで、現在米国のITビッグ5をはじめ、IT企業は採用を増やし始めています。米国旧政権であったトランプ元大統領に気をつかっての発言が多かったとは言え、米アマゾン・ドット・コムは今後10万人以上を新たに雇用すると発表しました。これは他のIT企業よりダントツに多い採用人数です。なぜ、アマゾンがこれほどの大盤振る舞いができるかと言うと、アマゾンは自分のビジネスの中に物流という実世界のモノを運ぶビジネスを持っているからです。アマゾンは進出する世界各国に物流拠点を構築し、ここに多数の雇用を生み出しています。しかし、アマゾンのサービスは実世界のウォルマートのような流通ビジネスを脅かしており、こういったリアル店舗の撤退による失業者数を考慮すると、アマゾンの雇用創出数を相殺してしまう状況と考えられます。しかもアマゾンの物流倉庫はITを駆使した先進的なものに今後進化していくことが予想され、その雇用がそれほど長期的なものではないとする意見もあります。そのことはアマゾンのCEOであるベゾス氏も認めており、「物流拠点での仕事は他の分野でのキャリアのワンステップかもしれない」と語っています。そうなると、IT化による雇用の減少を受け止める受け皿はいったい何になるのかが問題となってきます。現在のところ、製造業の雇用者数が生産の国内回帰を反映して増えているなど、まだIT化による雇用減少の波とぶつかりあっている状況です。しかし、ディジタル化による影響は今後必ず大きくなっていくことが予想されるため、先を見据えた受け皿作りが必要と思われます。受け皿の一つとして、フィンランドでは「ベーシックインカム」構想を検討しています。「ベーシックインカム」構想とは、生活に必要な最低限の収入を国が無条件で補償する制度であり、支給期間に職業訓練などを受けるなどして、より付加価値の高い職業を目指す活動を支えるものであり、フェイスブックのザッカバーグCEOもこの制度を支持しています。このようにIT企業のトップは、ITによる影響で雇用にミスマッチが生じ、一時的に職を失う労働者(IT難民)が生まれることを認識しているのです。現在、税金や社会保障制度で低所得層などに所得を再配分後の世帯所得の格差を示す「ジニ係数」は世界の先進国でジリジリと上昇している事実があります。
 IT企業は現在人材不足に悩んでいます。しかし、必要としているのは人工知能(AI)やクラウドコンピューティング、ビッグデータといった高度なIT技術に長けた一握りの人材でしかありません。特に人工知能(AI)の人材は、IT企業のみならず、他の産業でも必要としており、業界や国を跨いだ争奪戦となっています。一方、これらの人材を供給する教育機関側の供給体制は、技術の移り変わりが早いことから需要に追い付いていない状況です。教える人材も不足しているという課題も抱えています。そこで、採用する企業側は自社教育を強化したり、専門学校でITの専門技術を習得した者も採用枠を広げたりして対応しています。ディープラーニングなどの人工知能(AI)技術者には数学の知識やソフトウェアのプログラミング知識が必要とされ、こうした技術者を生む教育体制や企業での給与体系が日本でも必要になっています。このような技術者には高級・高待遇を与えないと、どんどん国外へ出ていってしまいます。また逆に、外国人の人材活用も待遇改善するなどして本格的に行わなければなりません。
 (3)「生産方式」ですでにご説明した「第四次産業革命」による生産方式の改革は、これまでの大量生産や専門工程の反復作業といった、言わば「非人間的」で「労働集約的」な作業から工場従業員を開放します。そして求められる人材はよりクリエイティブな業務をこなす人材へとシフトしていくのです。そのため、従業員の業務シフトをスムーズに行うための人材再開発システムの構築を欠いてはなりません。2018年のダボス会議で世界経済フォーラムは、民間企業主導で「2020年までに世界の1000万人に新しい技能を習得できる機会を与える」と技能訓練革命に乗り出すことを表明しました。
 ITは「ワークスタイル(働き方)」にも影響を及ぼしています。戦後の大量生産の時代では、大企業の大きな工場へ毎朝定時に列をなして従業員が出勤する風景がどこでも見られましたが、「第四次産業革命」により、生産に関わらなくなった従業員は、フレックスタイム制でバラバラの時間帯に出勤するか、「テレワーク」で自宅勤務するかなどを選択するようになり、その「ワークスタイル(働き方)」にも変化が生まれるのです。特に昨年より続いている新型コロナウィルスによる影響は、日本のテレワーク化を大きく推進させました。
 ITを使って仕事環境を、自宅または自宅近くのシェアオフィスに準備し、デスクワークや会議を自宅またはシェアオフィスで行うのが「テレワーク」です。「テレワーク」の普及には政府も力を入れていて、2020年には30%以上にするという目標をたてています。しかし、2016年9月時点で「テレワーク」を導入している企業は13.3%と低く、目標達成には困難が予想されています。「テレワーク」のメリットは、自宅で仕事ができることにより、子育てをしながら仕事をしやすくなり、現在イタチごっご化している「待機児童問題」にも終止符が打てるかもしれないのです。親の介護もしながら仕事を続けることもできるでしょう。また、通勤をする必要がなくなり、特に都市部で問題となっている「通勤ラッシュ問題」も解決し、線路の複々線化などの膨大な投資が必要となる対策が必要なくなるメリットも考えられます。従業員も通勤に奪われる時間が無くなることにより、作業効率が上がるなど良い事ばかりに思えます。しかし思ったように普及が進まないのは、日本企業の従業員が、従来から大部屋で共同作業で業務をこなす習慣になってしまっている「意識」の問題があります。会社で仲間に会ってワイワイ議論しながら進める働き方が身に染みてしまっているのです。また、管理職も自分の部下の働きを目の前で見ながら評価するやり方に慣れてしまっており、これを崩すことに違和感が強い状況にあります。これに対し、欧米ではもともとビジネスは個人プレーが基本となっており、「テレワーク」にすることは管理職側、従業員側ともに違和感はないのです。今後、日本で「テレワーク」の普及を加速されるためには、人事評価制度の見直しや、管理職、従業員の意識改革といった対策が重要となります。
 「ワークスタイル(働き方)」の変化としては、「兼業」や「ギグ・エコノミー(日雇い経済)」の台頭も挙げられます。ITが社会・生活に与える影響として、生産者と消費者の関係を破壊し、生産者が消費者にもなる「プロシューマー」の登場を本ブログ第16回「ITが社会・生活に与える影響(その2)」(4)ライフスタイルでご説明しました。そして、このような「プロシューマー」の中には、その副業でも稼ぎたいと思う人が出てきて「兼業」を望む人も多くなってきています。経営側も働き方改革が叫ばれる中で「ワークスタイル(働き方)」の多様化を認める動きがあり、「兼業」を積極的に認める企業も増えています。また、腕に自信のあるエンジニアの中には、特定の企業には属せず、インターネット経由で仕事を受注し、単発的かつ短期的に作業を行う「ギグ・エコノミー(日雇い経済)」と呼ばれるワークスタイルも広がっています。このワークスタイルは現在人材不足が深刻なITエンジニアが中心ですが、デザイナーや翻訳などの専門性と創造性が高い業種において広がる可能性があると考えられています。もともと一匹オオカミ的で個人作業的な分野においては整合性が高いワークスタイルです。

図3:テレワーク
総務省 ホームページより
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/

以上、ITが経済やビジネスに与える影響についてご説明しました。ITが経済やビジネスに与える影響は決してIT業界にだけでなく、ほとんど全ての業種に対して影響を及ぼしています。そして、労働力の再配分、再教育、税金や社会保障制度などの国家的な課題にまで影響を及ぼしているのです。これらをよく理解した上で、企業経営のかじ取りをしていく必要があります。

 

2021年03月21日

その17:ITが経済・ビジネスに与える影響(その1)

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ITが経済・ビジネスに与える影響(その1)

 第15回と第16回の本ブログでは、ITが広く人間社会や生活に与える影響について説明させていただきました。今回は、特に人間社会の中核をなしている「経済とビジネス」にフォーカスし、これにITが与えている影響についてご説明したいと思います。「経済とビジネス」と一言で言っても、多面性がありなかなか全てを論ずるのは難しいことです。ここでは、経済やビジネスの一部になってしまうかもしれませんが、主なテーマについて、今回と次回の2回に分けてご説明したいと思います。


 ITによる「ディジタル化」の波はトフラーが語る「第三の波」の原動力となって、この300年あまりで築いてきた「第二の波」の経済システムである「大量生産」「市場主義」「資本主義」を揺さぶっています。ここでは、「IT」がどのように経済システムやビジネスモデルを揺さぶっているのかをご説明していきたいと思います。アルビン・トフラ-のベストセラーである「第三の波」については、本ブログ第16回で少し紹介していますので、そちらもご参照ください。

(1)ビジネスモデル:
 約300年前に発生した産業革命は、それまでの人力を越えた新たな動力源をもたらしました。このことにより、物理的な生産性は大きく伸び、多くのモノを生産することが可能となりました。そして、市場が求めるモノ(工業製品)を、他のどの企業よりも早くたくさん作った企業が勝者となったのです。これがトフラーの言う第二の波(3つの波の中の2番目の波)のビジネスモデルであり、これを支えたのが本ブログ第16回「ITが社会・生活に与える影響」の(4)「ライフスタイル」で説明した6つの原則(①規格化、②分業化、③同時化、④集中化、⑤最大化、⑥中央集権化)です。そして、このビジネスモデルを実現するため、企業は惜しみなく努力を重ねました。規格化された製品を、細かく分業化された生産ラインで生産し、複数ラインの生産タイミングを同時化することにより、滞留するという無駄を無くし、できるだけ大きな工場へ集中化を図り、生産能力を上げることによりコストダウンを実現し、それにより市場シェアを上げ、企業としても最大化(大企業化)を目指し、電池から発電所まで作るようなフル・ラインアップの企業や複合企業(コングロマリット)が生まれました。このような生産体系においてはビジネス範囲が広いことが生産効率を高めることに貢献しました。生産能力を上げるために企業は積極的な設備投資を行いました。このような大企業の代表格が、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)やゼネラル・モータース(GM)などの製造業大手です。これらの企業は長い間名門として産業界に君臨してきました。しかし、この大量にモノを作るというビジネスモデルは、市場規模が地球という大きさに制限を受けてしまいます。モノが地球上の全ての人間に行き渡れば、どこかで必ずその成長は止まってしまうのです。「スマートフォン」ですらすでに成熟市場となり、成長は減速しています。その後の市場は、製品を買い替える更新需要となり、成長はストップすることになります。新しい次の「モノ」を早く開発して製品化しなければ売り上げは伸びません。早く「スマートフォン」を超える新しい製品が必要ですが、残念ながら現在のところ「スマートフォン」を超える新しい「モノ」は出てきていません。このように、モノを売り物としたビジネスはそのうち必ず停滞する時期を迎えてしまいます。そこで、各企業はモノからサービスやソフトへと事業転換を進めてきました。内閣府の調査でも、1970年の日本の製造業が国内総生産(GDP)に占める割合が約40%だったものが、2000年には約20%と半減しています。


図1:名目GDPの産業別構成
内閣府発表資料より

 ITがビジネスに与える影響としては、まず「自社ビジネスが関係する市場の要求・ニーズに対する影響」が挙げられます。自社ビジネスが関係する市場の要求・ニーズは、前述のITの消費者の生活環境・ライフスタイルなどへの影響により変化しています。消費者は「スマートフォン」を持ち、ほとんどそこから「情報」を得ており、従来の画一化された製品より、多様化し脱画一化された製品に魅力を感じるようになっています。「モノ」を所有することへのこだわりは薄れ、ハードウェアからソフトウェアへ価値の重心は移動しているのです。
 消費者が画一化を好まなくなったことは「大量生産」というものに変革を迫っています。若者は少しでも人と違ったモノを見つけ出し、インスタグラム(Instagram)に投稿しています。インスタ映えしないモノには目もくれません。規格化された工業製品を大量に作ることはそれほど価値のあることではなくなってしまったのです。特に最近ではITによる工業の自動化により、その生産効率は飛躍的に向上し、工場のラインにいる人の数も少なくて済むようになりました。世界中の人に提供できるだけの数の規格化製品を作ることも、それほど難しいことではなくなり、世界規模でそれほど多くの企業が存続する必要がなくなってしまったのです。そうなると、このビジネスからは撤退せざるを得ない企業が生まれることになります。そのような企業の中には、規格化されておらず顧客毎にカスタマイズされたオンリーワンの一品物(いっぴんもの)を少量生産する「少量多品種」というビジネスモデルに転換したところもあります。今ではこのカスタマイズされた製品を、最新のITや「IoT(Internet of Things)」を使って大量生産製品と同じ程度の価格で提供する新しいビジネスモデル「マスカスタマイゼーション(mass customization)」が注目されています。
 「モノ」を所有することへのこだわりの薄れは「シェアリングエコノミー」というビジネス形態を発展させています。その市場規模は拡大を続けており、英国のプライスウォーターハウスクーパース(PricewaterhouseCoopers)の調査によると、2013年の世界市場規模は約1兆7千億円であり、2025年には30兆円に拡大すると予測しています。「シェアリングエコノミー」とは、基本的に個人同士でモノやサービスを有償でやり取りする個人主体のフラットな経済です。これに対し、従来(第二の波の時代)のレンタルビジネスは、レンタル事業を行う企業が、個人に対してレンタル商品を貸し出すものであり、レンタル事業者を中心とした「中央集権型」のビジネスです。「シェアリングエコノミー」の発想の原点は、個人が所有しているものを使っていない時間に別の人に貸すことで無駄をなくしていこう、という互助の精神です。そしてITはこれらの個人同士を結び付ける仲介役を担っています。現時点のサービスでは、使っていない部屋や空き家を貸し借りできる「エアビー・アンドビー(Airbnb)」や、自動車の配車サービスである「ウーバー(Uber)」などが有名です。「ウーバー(Uber)」はすでに約70か国でサービスを提供し、「エアビー・アンドビー(Airbnb)」も世界の約3万4千もの都市で合計300万件を超える部屋を提供しています。「シェアリングエコノミー」は個人が所有する、今まではむしろ邪魔者であった眠っている資産が、このサービスにより金の成る木に変わるということで、現在日本でも広がりを見せており、ブランドバッグのシェアであるとか、駐車場のシェアといったサービスが生まれています。これらの新しいサービスを生み出しているのは、平成生まれの若い世代です。彼らはモノだけでなく、家事・子育てなどの労働力までサービスとして提供しはじめています。仕事は会社でするもの、といった古い意識から解放された、新しい働き方を生んでいるのです。一方で、「シェアリングエコノミー」の急激な広がりに法律が追いついていない現状もあり、日本市場ではウーバーテクノロジーズは「白タク」扱いで違法になり、「エアビー・アンドビー(Airbnb)」に関しても住宅が短期貸し出しに転用されることによる家賃の高騰を招くなど課題もあります。また、宿泊者によるゴミの不法投棄など住民との摩擦も起きています。できるだけ早い消費者の保護や安全性の確保など、法整備を進めていく必要です。
 「情報産業」は業界内のみならず、他の業界や産業、特に従来型の価値基準で成長してきた産業などに対し、ディジタル化することによる「破壊的イノベーション(digital disruption)」をどんどん仕掛けていると説明しました(本ブログ第8回 ディジタル化のメリットをご参照ください)。その攻撃対象は従来型(第二の波の時代)のビジネスモデルです。そして、それに攻撃を仕掛ける「情報産業」のことをディジタル・ディスラプター(digital disruptor)と呼ぶことがあります。ディジタル・ディスラプターはサイバー空間からの使者です。彼らは実社会のあらゆる情報を、ディジタル空間のディジタル情報につなぎ、サイバー空間へ引きずりこもうとしています。そのディジタル・ディスラプターの代表格は「アマゾン・イフェクト」を起しているアマゾン・ドット・コム(アマゾン)です。ディジタル・ディスラプターは従来のビジネスモデルを超える新たな価値(これまで満たされていなかったニーズ)を顧客に提供するビジネスモデルを、ITを活用することにより提案し、従来型の企業を市場から退場させています。影響を受ける市場はこれまでアマゾン・ドット・コムが主戦場としていた小売り・流通市場だけにはとどまりません。金融市場やテレビ・新聞・雑誌のメディア市場などにもアマゾンの恐怖は広がっており、アマゾンは現代型の巨大な複合企業(コングロマリット)となっています。この流れに対抗するため、日本企業の中にもネット企業の楽天と小売業の西友が共同出資して新会社を設立し、新たなサービス「楽天西友ネットスーパー」を開始するなど動きがでてきています。
 第二の波の時代の勝者となった巨大複合企業(コングロマリット)であるゼネラル・エレクトリック(GE)やゼネラル・モータース(GM)などの製造業大手も、ディジタル・ディスラプター(digital disruptor)の対策に追われています。その戦法は、これまでのビジネスで培ってきた、まだ当面経営に貢献する航空機のエンジン製造、電力設備、鉄道設備などの蓄えを活かしつつ、本来の自社のビジネスではない事業を売却し選択と集中を進め、さらにディジタル・ディスラプター(digital disruptor)に対抗しうるディジタル市場での新たな戦略製品を育てることです。この波の乗り換えを上手くこなすことができなければゼネラル・エレクトリック(GE)のような世界に冠たる大企業であっても、その将来は保証されるものではありません。最近では、いろいろな事業が複合していることの方がむしろデメリットが多いと感ずる投資家が多く、複合企業(コングロマリット)であることを止め、事業をバラバラに切り離す動きも増えています。このように、ITの影響は企業の組織構成にまでおよび、名門複合企業の経営者は悩ましい状況に追い込まれています。
 仮に波の乗り換えを上手くできたとしても、その後の経営は以前の経営とはかなり違ったものになることを覚悟しなければなりません。新たに始めたディジタル市場での新製品は、従来の製品とは性質が異なるものだからです。企業であるからにはまず利益を上げなければなりません。例えば航空機のエンジンの利益は、売価と製造原価(設計費、原材料費、製造費など)の差額で単純な計算で求めることができます。しかし、提供する製品がハードウェア(モノ)ではなくソフトウェア(サービスを含む)になった場合、売価を決めることが難しく、また需要を予測することもモノに比べてとても難しくなってしまいます。特にビジネスを立ち上げた直後の利益を算出することが難しくなります。売り上げ高も不安定になる可能性が高くなります。特に「情報(コンテンツ)」をベースとしたサービスは、普遍的な欲求によるもの以外は無くても別に生活に支障はありません。あっても無くてもよいのです。また、「情報」の価値は主観的に決まるため、人により評価が分かれてしまいます。その「情報」を好まない人は買いません。このように、どうしても「当たるも八卦当たらぬも八卦」のところがあるのです。情報産業の世界的リーダー企業である「IBM」でさえ、新たにクラウド事業やAI提供ビジネスなどで新事業の発掘を試みていますが、なかなかビジネス的には成功していません。提供する製品がハードウェア(モノ)だったとしても、前述の通り、IT業界は「ムーアの法則」に支配されるビジネスであり(本ブログ第13回 情報産業の特徴(その1)をご参照ください)、コスト・パフォーマンスが上がり続けるため、なかなか売り上げが伸びません。せいぜい維持するのがやっとの状況に陥ってしまうのです。第二の波の時代のように、売り上げ高を伸ばすことが、優れた経営だと評価されるのであれば、売り上げを伸ばすことができない経営者にとっては受難の時代だと言えます。国から見ても、売り上げが伸びないことでGDPは上がらず税収も増えない事態となり、従来の政策の延長では立ち行かなくなる可能性があります。このように乗り換えても待ち受けるのはいばらの道ですが、これを乗り越えること以外に企業として、国として生き残る道はありません。

(2)製品・商品

 これまでITとはあまり縁の無かった製品やサービスにもディジタル化の波は押し寄せ、ディジタル化される部分の比率は上がる一方です。ITを考慮に入れていない製品の存在は、ほとんど無くなりつつあります。中でも劇的な変化が起こっているのが実社会のモノ(工業製品)の代表格で、日本の屋台骨を支える「自動車産業」です。それは、1967年から続く世界最大の家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」の出展状況を見ると良く分かります。「CES」は開始当初は家電製品の展示がメインでしたが、次第にその時代ごとの話題の技術や製品を展示するショーに変わってきました。そして、近年で目立つ展示はAI(自動運転を含む)やIoTそして電気自動車(EV:electric vehicle)などになっています。最近はIT企業と自動車産業の商談会の色合いが濃くなっています。出展者として「トヨタ自動車」、「フォルクスワーゲン」、「メルセデスベンツ」などの完成車メーカー、「グーグル」、「インテル」、「サムスン電子」などのIT企業などが名を連ねています。
今、「自動車産業」を襲っている4つのキーワードは、「つながる(connected)」、「自動運転(autonomous)」、「シェアリング(shering)」、「電動化(electric)」です。電動化はITと直接関係はありませんが、電気とITの相性は良く、関連性は強いと言えます。電動化以外の3つのキーワードは密接にITと関係しています。これらはIT企業の得意分野とも言え、この3つを推進すれば自動車におけるディジタル化の比率は間違いなく上がっていきます。
 最初のキーワードの「つながる」は、自動車がサイバー空間のディジタルデータとつながる(連携する)ということです。サイバー空間には地図情報や・道路情報、店舗・施設の情報、位置情報、ニュース、天気情報・自然災害情報、人とのコミュニケーション情報など、移動する際に必要な情報や自動運転を実現するために必要な情報が豊富に揃っています。これにつながることで、より豊かで楽しく、しかも安全な移動をすることが可能となるのです。「自動運転」は説明するまでもなく、人間より高度な運転をこなす「人工知能(AI)」が自動で運転してくれるため、人は行き先だけを指示すれば、現地に到着するまで運転に関わらなくてすむものです。これが実現すれば、我々が車で移動している時間の使い方も、かなり違ってくるはずです。仕事に使えば生産性がさらに上がると思われます。「シェアリング」は「シェアリングエコノミー」のことであり、これは本ブログですでに説明しました。自動車産業は、自動車を作って売る、という第二の波のビジネスモデルから脱皮し、第三の波のビジネスモデルと言える自動車のシェアリング事業を自ら行うことを視野に入れています。「電動化」はEVシフトのことであり、長い間自動車の動力源として使われてきたガソリンエンジンやディーゼルエンジンからモーターで走る「電気自動車」にすることです。自動運転で動力を制御しなければなりませんが、ガソリンエンジンよりモーターの方がより細かな制御が可能となるメリットがあります。小型化も可能で、米国のフォードが設計した「T型フォード」以来続いてきたクルマの原型が大きく変わるかもしれません。また機械的に複雑な構造がなくなり、部品としてはかなりコモディティー化(汎用品化)が進み、これまで自動車を製造してこなかった企業にも市場参入の機会が増えることになります。実際、米国のテスラ(Tesla, Inc)は、新興企業であるにもかかわらず、電気自動車市場においてトップの地位を築きつつあり、急成長を続けています。創業者のイーロン・マスクはそのの狙いとして、単に「電気自動車」を作るメーカーになることではなく、発電から電気自動車までのエネルギーインフラを提供することにある」と語っています。従来の自動車専業メーカーとは異なる戦略を持っているのです。米国、中国の2大自動車市場では、環境規制が強化され、ヨーロッパでも英国とフランス両政府が2040年までにガソリンエンジン車の販売を禁止するなどの動きがあり、電気自動車の開発競争は待ったなしの状況になっています。これまでエンジンは自動車の主要部品であり、心臓部とも呼べるものでした。優れたエンジンを提供することが、自動車メーカーの競争力を決める大きな要因の一つでした。しかし、それが無くなることで既存の自動車メーカーの差別化技術が一つ無くなってしまい、何を作るメーカーなのかの見直しを迫っています。この戦略を誤ると、これまで築いてきた自動車メーカーの立場が一気に逆転してしまう可能性があるのです。
 先に挙げた4つのキーワードの内、「電動化(electric)」を除く「つながる(connected)」、「自動運転(autonomous)」、「シェアリング(shering)」のキーワードはIT企業に密接に関係しており、その技術的蓄積は「自動運転」を除きIT企業の方が多いのが現状です。「自動運転」もレベル1と言われる「安全運転支援システム」の場合は、自動車に付けたセンサー情報をベースに実現することができるため、既存の自動車メーカーの技術だけで実現することができますが、それ以上のレベルの自動運転、特にレベル4と言われる「完全自動運転システム」となると、自動車に付けたセンサー情報のみでは完全に制御することができず、サイバー空間のディジタル情報とつなげ、自動運転の頭脳となるAIも人間の運転技術を代行できるほどの高度なものが要求されるため、既存の自動車メーカーの技術だけでは実現できず、これらの技術を持ったIT企業との連携が必要になってきます。そこで自動車メーカーはこれまで培ってきた強固なサプライチェーンの再構築を迫られ、これまで異業種であり、付き合ったことがほとんどないIT企業との連携を模索することになります。
 ガソリンエンジンがモーターになることで、主要部品がコモディティー化することを説明しましたが、コモディティー化が進むとモジュール化(標準化)も進むことになります。現在でも、自動車の部品はモジュール化が徐々に進んでおり、ユニット単位での入れ替えが可能となり、調達先の入れ替えも柔軟にできるようになってきています。しかし、自動車の構造の中で「ディジタル化」が進むと、さらにモジュール化が進むことになるのです。まず、最初にハードウェアとソフトウェアが分かれ始め、だんだんと主要部品単位にモジュール化され、ついにはほとんどの部品がモジュール化され、自動車を作るにはそのモジュールを組み合わせるだけのアセンブリのみで終わるようになると思われます。完成車メーカーの役割は、必要なモジュールを購入し、組み合わせ、全体のテスト・検査を行うだけになります。そうなった時に、完成自動車メーカーの付加価値とは何か、ということが問われるのです。
 高度なモジュール化のビジネスは、「情報産業」が一足先に経験しました。そこで生き残るには、二つの方法があります。一つ目は、主要モジュールの専業メーカーとなり、そのモジュールにおいて世界を圧倒するトップシェアを握ることです。「情報産業」においてOSとオフィスソフトを提供するマイクロソフト、CPUチップメーカーのインテル、半導体受託生産最大手である台湾のTSMC、スマートフォン向けのCPUや通信用のプロセッサのクアルコム、有機ELのサムスンディスプレイなどの戦略と同じであり、「水平分業型」のモデルです。自動車の主要モジュールはエンジンやボディ(車体)、シャーシ(足回り)、エンジンの出力を駆動輪に伝えるための駆動系部品であるドライブトレイン、今後は自動運転の司令塔となる車載通信制御装置(AI)などに分けられますが、それぞれのどれかに強みを集中し、世界中のこれらのモジュール供給を一手に引き受ける方法です。しかし、この方法では、技術的に支配できるのはそのモジュールの範囲のみであり、自動車全体を設計してきた既存の完成車メーカーにとってこの方法は屈辱的なものかもしれません。これまで自動車という完成された製品を供給してきた会社が、一つのモジュールのハードウェアベンダーになり、自動車メーカーとは言えなくなってしまうのです。もしも完成車メーカーとしての役割を残したいのであれば、アセンブリを専門に行う会社になるのもひとつの手です。しかし、個々のモジュールの技術はそれぞれのメーカーに握られており、発言権は現在より限定されたものになると考えられます。


図2:トヨタ自動車の歴史
トヨタ自動車 ホームページより 一部抜粋して掲示
https://global.toyota/jp/company/trajectory-of-toyota/history/

 もう一つの方法は、自社内で主要モジュールのいくつかは設計・開発し、部品自給率を上げることにより、自社ブランド色(独自色)を強く出していく方法であり、「垂直統合型」のモデルです。「情報産業」では、過去のIBMの「大型コンピューター(メインフレーム)」やアップルコンピューターのスマートフォンなどがこれにあたります。しかし、これには圧倒的なブランド力と広範囲にわたる技術力および資金力が必要となります。新製品が発売になる度に、販売店の入り口に熱狂的なファインが発売を待つ行列を作るようなブランド力がないと、このビジネスは成り立ちません。また、全面戦争になるので、豊富な資金力が必要であり、失敗した場合のリスクは高いものとなります。あのアップルコンピューターでも一時期経営的に苦しい時もありました。メリットとして挙げられるのは、これまでの完成車メーカーとしての位置づけをキープすることができ、サプライチェーン(系列)も維持しやすいことです。これまで、自動車産業を支え、牽引してきたのは、既存の自動車完成車メーカーです。現実世界で、人を運ぶという使命を担い、安全で便利な自動車の市場を育ててきた自負もあるでしょう。そんな自動車メーカーがこの二つのどちらを選択することになるのか、難しい課題となっています。
 いろいろな課題の中に「IT企業」との距離感が難しいという課題があります。本ブログ第13回「情報産業の特徴」でご説明したように、IT企業には「ハード屋」と「ソフト屋」という二つの人種がいます。自動車産業はマクロにはメカ(機械)を中心とした産業であるため、人種としては「ハード屋」に近い人が多いと考えられます。そのため、「ソフト屋」にはあまり慣れていないと思われます。しかし「AI」の話は「ソフト屋」としなければならないのです。サイバー空間のディジタル情報と「つなぐ」ところも「ソフト屋」と会話する必要があります。ジーパンを履き、長髪でひげ面の若者と、どうクルマと連携するかなどの議論をしていかないとなりません。現在、「AI」を高速に処理するためのプロセッサとして注目されているのが米国のエヌビディア社(NVIDIA Corporation)が開発したGPU(graphics processing unit)と呼ばれるプロセッサであり、元々はPCゲーム用のグラフィクスを高速表示するために使われていた技術です。このようなゲーム用の技術者とも話をしていかないとならなくなります。これまで、人の命を預かるとても厳格なルールに基づいてモノを作ってきた企業と、ゲームという仮想世界の情報を扱ってきた両極端にある企業が会話をしなければならないのです。これらIT企業の「ソフト屋」の基本ポリシーは「オープン」や「自由」であり、束縛されることを嫌います。したがって、このような技術者を自社で囲い込むことは難しいです。そうなると、1社ですべてを抱え込む「垂直統合型」のモデルの構築は困難であると言わざるをえません。
 「IT企業」と共創(コラボレーション)し、「水平分業型」のモデルを構築したらどうなるでしょうか。その場合、サイバー空間のディジタル情報をつなぐところは技術的な主導権も情報を利用することの主導権も「IT企業」、つまりディジタル・ディスラプター(digital disruptor)達に握られることになります。相対的に完成車メーカーの力は弱くなり、「情報産業」のパーソナル・コンピューターなどを作るハードウェアメーカーの一つの位置づけと同じになってしまうかもしれません。現在のパーソナル・コンピューターと同じように、消費者から見ると、どのメーカーの製品でもハードウェアにはそれほど差はなく、メーカーへのこだわりも無くなってしまうかもしれません。トヨタのハードウェアでもフォルクスワーゲンのハードウェアでもどちらでもよく、むしろどこの会社のAIエンジンにするかとか、どこの会社が提供する自動運転データ検索エンジン(サイバー空間の運転データ、地図データ、道路データなどとつなぎ、利用、管理する)にするかなどの方が消費者にとっては重要な決断になっているかもしれません。これらのソフトウェアは現在のスマートフォンアプリケーションと同じようにいつでもダウンロードし、いつでも変更できるようになっているかもしれません。自動車はパーソナル・コンピューターのような情報機器とは違い、単純なハードウェアにはならない、という反対意見もあると思います。確かに自動車はパーソナル・コンピューターとは違い生きた人間を乗せるものです。生命に関わる装置であり、安心・安全に関してはパーソナル・コンピューターとはけた違いの基準でモノづくりがされており、それぞれのメーカーで長い年月をかけて培ってきたものであり、メーカー毎に同じではありません。他のIT企業が持ってきた「ディジタル情報」を使って、他のIT企業が作った「AI」で制御された自動車の安全をどうやって実現するのかも含めて今後いろいろな議論がされ、解決されるべき課題です。「IT企業」の「ソフト屋」も自分達に安心・安全に対するノウハウが無いことはよく理解しており、安心・安全をどう実現するかの議論に関しては真摯に耳を傾けてくると考えられます。
 現在、製品や商品に対する影響が大きい業界としてもう一つ挙げるなら銀行業務を中心とした「金融業界」だと思います。この業界には「フィンテック」と呼ばれるディジタル化の波が押し寄せています。「フィンテック」とは、金融(financial)」と「技術(technology)」を組み合わせた米国発の造語であり、「人工知能(AI)」や「ブロックチェーン」などのITを駆使した金融サービスです。これらはITの進歩により、実用段階に入ったと言われています。銀行の扱う「通貨」がITとの相性が良く、ディジタル化しやすかったこともあり、「金融業界」は他の業界に比べてもディジタル化をその業務に積極的に受け入れてきた業界です。コンピューターの能力が上がり「情報システム」が登場した直後から「銀行オンラインシステム」を稼働させ、ATMを中心として預金や為替業務の効率化、高速化を図り、銀行側だけでなく消費者側の利便性を高めてきました。ネットバンキングサービスを利用すれば、口座振り込みをする際にわざわざ銀行の窓口やATMの前まで行かなくても、自宅のパソコンからログインし、ウェブページから指示をすれば簡単に終わってしまいます。ATMが無くても銀行窓口がなくても処理は完了してしまうのです。たまに現金が必要になった際にも、近くのコンビニのATMで十分です。
 「フィンテック」の具体例は銀行のいろいろな商品や業務に関連し、多岐にわたります。本ブログ第15回「ITが社会・生活に与える影響」の(1)「生活環境」で説明した「仮想通貨」を使った決済や送金、人工知能を使った融資判断、指紋認証によるATMでの現金引き出し、AIを搭載したロボットによるカスタマーサポートサービスなどです。これらの技術は、現在駅前の一等地に構えた多くの店舗で働いている銀行員の業務を効率アップさせます。このような技術を取り入れたディジタル化された店舗が増えれば、そこに必要となる店舗数も行員数も減らすことができます。銀行のトップも、「10年後には銀行の決済インフラや店舗網が新しい形に置き換わっている」と認識しています。まだ、これらの試みは始まったばかりで普及率はまだ低いですが、この10年程度で急激に上昇していくと思われます。
 銀行業務の内容に大きな影響を与えると思われるのが「仮想通貨」です。「仮想通貨」は2017年4月に施行された「改正資金決済法」で定義されました。この法律では「仮想通貨」の定義を、①電子的に記録され移動できる、②法定通貨、法定通貨建て資産(プリペイドカードなど)ではなく、③不特定多数への代金の支払いに使用でき、法定通貨と相互に交換できるもの、としています。この定義により、従来から存在するSuicaなどの「電子マネー(プリペイドカード)」や、一部の銀行が検討している外貨のように法定通貨と交換可能な「ディジタル通貨」、スウェーデン中央銀行が発行を検討中の「法定ディジタル通貨」などは「仮想通貨」ではないことになります。当初はそれほどの脅威にはならないと思われていた「仮想通貨」ですが、「ブロックチェーン」の仕組みの中で生まれた信用が広がり始め、一部では「法定通貨」並みの存在感を持ちつつあります。これまでの業務はほとんど「法定通貨」をベースに行われてきました。それがいきなりどの国にも属さず、どの中央銀行も関与しない通貨が流通しだしたのです。銀行はこれまでの「法定通貨」をベースとした事業を継続しつつ、この新たな通貨に対しても対応していかなければなりません。それは銀行だけでなく、各国の中央銀行も同じ課題をつきつけられています。これはまさにトフラーの言う、第二の波(過去の通貨制度)と第三の波(ディジタル化がもたらす新たな通貨制度)のぶつかり合いなのです。「仮想通貨」の定義はされましたが、その運用ルールなどはまだ整備が進んでおらず、「仮想通貨」を扱う取引所の運用などでしばしばトラブルが発生している状態です。現在は投資目的が中心で、送金手段としてはまだ活用されていない状況でもあります。また、中央のセンター組織を持たないガバナンスが全面的に認められたわけでもなく、不透明な状況にあります。それでも各金融機関は、ITが持つ大きなメリットを無視することはできず、対応を模索しています。その作業の中では自動車産業のケースと同じようにIT企業との連携や仲間づくりも必要になってきます。現在は「垂直統合型」のモデルを目指し、フィンテックのベンチャービジネスへ投資し買収するとか協業するといった展開をしていますが、その内サイバー空間を牛耳るITのビッグ5との関係を整理しなければならなくなります。なぜなら、彼らがサイバー空間の入り口で多くのディジタル情報を握っているからです。銀行側も口座を持つ顧客情報などのディジタル情報を持っていますがせいぜい数千万人分であり、ビッグ5などのIT企業が持っている顧客情報は数億人単位であり、桁が違うのです。ビッグ5を窓口とすることで、ビジネス対象の顧客数を大きく拡大することがで可能となります。そして彼らと協業する場合は当然「水平分業型」のモデルになります。窓口を利用するのは当然タダではなく利用料を取られます。さらに、いろいろな無理な要求を突き付けてくるかもしれません。ジーパンを履き、長髪でひげ面の「ソフト屋」とのタフな交渉が待っているのです。


図3:フィンテックの事例(みずほe-口座・みずほダイレクト通帳)
みずほ銀行 ホームページより
https://www.mizuhobank.co.jp/retail/products/direct/about/service/directpassbook/index.html

 

2021年02月20日

その16:ITが社会・生活に与える影響(その2)

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ITが社会・生活に与える影響(その2)

 前回はITが私たちの社会や生活に与える影響のうち、「生活環境」と「コミュニケーション」の2項目についてご説明しました。今回はそれ以外の「価値感」、「ライフスタイル」、「政治」に対する影響について「情報産業(ビジネス)の特徴(その2)」として説明させていただきたいと思います。 ここで取り上げた3つの項目は特に影響が大きいと感じているものとして取り上げました。ITが実社会に与えている影響はこれ以外にも多くあり、またその影響度も増しています。皆さんの身近に迫っている影響について、常に注意し、検討することが大切です。


(3)価値観:

 過去の日本社会の価値観としてよく引き合いに出されるのが、1950年代後半の白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の三つが『三種の神器』としてもてはやされたことではないでしょうか。まだ物質的にモノが不足しており、これらの製品は全家庭にいきわたっていませんでした。さらに、その後1960年代半ばの高度成長期と呼ばれる時代になると、カラーテレビ・クーラー・自動車の3種類の耐久消費財が、新・三種の神器(そのイニシャルの頭文字をとって「3C」とも呼ばれた)としてもてはやされました。これらの製品を所有することが一般的な日本人の共通の価値観でした。いずれも「モノ」であり、「モノ」を所有することが豊かさの証明でありました。しかし大企業による大量生産により、次第に「モノ」が街中に溢れはじめ、誰もが同じ「モノ」を持てるようになると、「モノ(ハードウェア)」の価値は低下していきました。そして、「モノ」への執着心の薄れは、「モノ」を売ってもうけてきた企業の売り上げを下げる要因となり、需要低下を低価格化が補おうとしたため、日本にはデフレ構造が根付いてしまったのです。その一方で、「情報(ソフトウェア)」に対する価値が相対的に高まり、現代は「情報化時代」とも呼ばれています。


図1:昭和の『三種の神器』(家電)
三菱電機株式会社のホームページより
https://www.mitsubishielectric.co.jp/club-me/washoku04/08.html

 ITはさらにそのモノの流通性を高め、ずっとそのモノを所有しなくても、必要な時に必要な時間だけ使うことができるようになってきました。その結果、複数の人でモノを共同で使いまわす「シェア」が新たな価値観として台頭してきています。そして、消費する対象は「モノ」ではなく「コト(サービス)」へと向かっているのです。かっては新・三種の神器の一角を占めていた「自動車」も、人を必要な時に必要な場所へ移動することが目的であり、必要のない時まで所有することの無駄が、社会や消費者に許容されなくなっているのです。
 価値観が変わった他の例としては、音楽を楽しむためのレコードやCDもあります。音を保存(録音)することはなかなか難しく、1877年にトーマス・エジソンが発明したアナログレコードが最初であり、まだ140年程度しか経っていません。それまでは音楽はリアルタイムで楽しむものであり、演奏家が演奏する場で聞くしか方法はありませんでした。中世後期に演奏されたクラシック音楽は、貴族や王族などごく限られた人がプライベートに楽しむものでした。それがアナログレコードの発明により、音を記録したレコードが大量に生産され、一般市民でも楽しめるものになったのです。そして、1960年代には日本でもレコードを所有し、視聴することが流行りました。レコードはレコードジャケットに入れられ、レコードジャケットにはミュージシャンの写真などがかっこよく印刷され、それを持ち、集める事自体が大きな楽しみであり、価値となっていきました。


図2:アナログレコードとレコードジャケット
株式会社ソニー・ミュージックソリューションズのホームページより
https://www.sonymusicsolutions.co.jp/s/sms/group/detail/0301?ima=0000&link=ROBO004

1980年代になると、メディアはアナログレコードからCD(Compact Disc)へと代わりましたが、CDが入ったパッケージを購入し、集めるという行動(「モノ」を所有するという行動)は変わりませんでした。しかし「スマートフォン」が普及し、音楽も「スマートフォン」経由でいつでもどこでも楽しめるようになると、中身(コンテンツ)を聞くことができれば、音楽を保存したモノ(ハードウェア)を所有することにはあまり価値を見出さなくなってしまいました。そして現在は「スマートフォン」のみを所有し、音楽を聞きたい時に再生して楽しむようになっています。それでも数年前までは音楽の情報(デジタルデータ)に関しては自分のスマートフォンに入れて所有していましたが、最近ではそのデータさえも持ち歩かず、音楽を聞く時にだけ、そのデジタルデータをインターネットで受け取って使うようになってしまいました(こ技術をストリーミングと言います)。アナログレコードやCD、さらにそのデジタルデータを所有するという価値観は無くなりつつあります。


(4)ライフスタイル:

 ITの影響は、生産者と消費者の境界を曖昧にしたり、人の価値観を「モノ」から「コト(サービス)」へシフトさせていることなどを説明してきました。そしてその影響は人々の生活の形態(ライフスタイル)までも変えようとしています。
 産業革命以後に築かれてきた大量生産の時代では、次の6つの原則が守られてきたと、米国の未来学者であるアルビン・トフラーは1980年に出版された彼のベストセラー「第三の波」の中で説明しています。6つの原則とは、①規格化、②分業化、③同時化、④集中化、⑤最大化、⑥中央集権化です。ここでトフラーが主張する「第三の波」の内容と、大量生産時代を支えてきた6つの原則について簡単に紹介したいと思います。


図3:未来学者のアルビン・トフラー氏
アイティメディア株式会社 ITmedia NEWS より
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1606/30/news115.html

 第三の波は現代社会を襲っている波です。これまで人類は、すでに二度にわたり波をかぶってきました。第一の波は、約1万5千年前に発生した農業化の波です。この波が全世界のホモ・サピエンスの社会に広がると、それまでの肉食は草食に変わり、計画的狩猟が可能となり定住化も進みました。この結果、まず家族の形として家長性が形成され、しだいに地域社会が生まれ、文明や国家も誕生していったのです。それを束ねるものとして、宗教活動や政治も行われるようになりました。しかし、基本的には自給自足の社会でした。
 第二の波は、約300年前に発生した産業革命の波としています。産業革命により工業化が進み、大量生産、市場主義、資本主義などを生み出しました。それを支えたのが6つの原則と呼ばれるものです。大量生産は生産者と消費者を明確に分離し、業務を細分化し、いろいろな分野毎に専門家が登場しました。第二の波では、家族の形として核家族を生み出し、あらゆる組織の中での階層化が進み、中央集権国家や官僚制も生まれました。国家は市場と資源を求め、他国への侵略を始め、帝国主義が幅を利かせました。そして、第二次世界大戦を経て現在到来しているのが「第三の波」だと言うのです。トフラーは第三の波を表す「キーワード」をあえて明言していません。書かれている内容から推測すると「情報化社会」とか「脱工業化社会」、「超産業化社会」などのキーワードが浮かびますが、いずれも第三の波を的確に表現するものではないと述べています。第三の波は複合的な波であり、一つの「キーワード」で表せるほど単純ではなく、また、この本が著作された1980年時点では、まだ全容がはっきりしていないと語っているのです。その波を動かすバックボーンとなる産業として、①コンピューター(「IT」や「情報産業」と同義と考えられる)、②エレクトロニクス、③宇宙・海洋、④遺伝子産業を挙げており、中でも「情報」は最も重要なビジネスであると述べています。「IT」や「情報産業」は第三の波を動かす原動力となっているのです。そして、第三の波は第二の波の6つの原則を攻撃している(影響を与えて破壊したり変えたりする)と述べています。
 6つの原則のうちの①規格化とは、規格化された「同じ物」を作ることを言っています。第二の波の社会では一般的だった、画一的で没個性的な側面を表しています。②分業化は、大量に早く物を作ることを効率的に行うために作り出された作業形態であり、作業を細分化することにより単純化し、作業速度を上げることを目的としています。分けることはいろいろな層で行われ、それまで自給自足で生産者=消費者の関係であったものを、生産者と消費者を明確に分離したのも分業化の一つの例であるとしています。③同時化は、これも大量生産を実現する手法の一つであり、分業化されたプロセス間を同時化(同期化)することにより、時間的ロスなくつなげていくことを言っています。トヨタ自動車のカンバン方式はこの一例です。④集中化と⑤最大化は大量に安価に物を作ろうとした時に、できるだけ大量の製品を大きな工場に集中させて一度に作った方が効率がよく、ビジネス単位を大きくすることを言っています。集中化した結果は労働力の都市集中を生みました。企業も自分の市場を拡大し、大企業になることを目指しました。「大きいことはいいことだ!」というテレビコマーシャルのキャッチフレーズが流行っていた時代です。⑥中央集権化は社会が分業化され複雑になっていくと、これを統制する組織は中央集権(ピラミッド型)が最も効率がよい形態であり、政治システムや行政システムも中央集権化が進むことを言っています。
 「IT」や「情報産業」はこれらの第二の波の6つの原則に影響を与え、変化を促そうとしていますが、ライフスタイルに対して与えている影響を考えると、この中の①規格化や②分業化、⑤最大化に対して特に大きな影響を与えていると思われます。第二の波の典型的で幸福な家庭像(ライフスタイル)は、核家族で両親とは別居しているが、父親は都市部の大企業に勤め、母は専業主婦として働き、二人の子供を育て、大量生産された画一化された製品(モノ)を所有して生活している。大企業は都市部に集中しているため、マイホームからは離れており、父親は通勤ラッシュに耐えて会社へ行き、細分化され専門化された業務をこなして給料を得る。そして、画一化されたタイムスケジュールによって帰宅する、といったものでしょう。しかし、第二の波の社会の「分業化」により分割されてしまった物の境界線を第三の波はあいまいにしつつあります。これまで製品は生産者から買うものだったのが、いくつかの製品は自分で作る社会になってきています。このように生産者が消費者にもなることをトフラーは「プロシューマー」と呼んでいます。このようなプロシューマーの中には、その分野のプロ顔負けの強者も出てきます。そうした人は、それを仕事にしたり、こずかい稼ぎをしたりするようになります。すると、仕事に対する考え方も変わってきて、大学卒業とともに入社した会社に定年まで働き続けるというこれまで主流であったあり方ではなく、転職に対するハードルも低くなり、兼業を考える人も多くなっていくのです。今、まさにこうした意識の転換が起きています。
 また、画一化され、没個性的な生き方に疑問を感じる人も多くなっています。ITによってもたらされる大量の情報は、人々に様々な生き方や、やり方があるという情報や選択肢を豊富に与えました。第二の波は主に「モノ」を主体に構築された社会であり、「モノ」を効率的かつ大量に生産するために最適化された社会でした。しかし、その結果、世界中に「モノ」は溢れ、地球という限られた土地の範囲で消費するには、それほど不足しなくなり、画一化された「モノ」を大量に生産する意義は薄れつつあります。むしろ、個性的で世界で自分だけのために作られた「モノ」に価値を見出すようになってきています。他人と「同じ」ということは批判され、「違う」ことが称賛されるようになってきています。それは生き方(ライフスタイル)にも同じことが言え、第二の波では主流であった他の人と同じような人生を送ることはむしろ批判の対象になってきています。現代は、より多様で、その多様性を認め合う社会になってきているのです。


(5)政治:

 民主政治において、メディアは常に世論形成の媒体として使われてきました。私たち大衆にニュースを伝えるという大切な役割は、これまで新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などのマスメディアが担ってきました。そして、そこでは「情報」に一定のフィルターがかかり、嘘の情報であるとか、偏見に満ちたニュースなどは、そのフィルターである程度除去するという役割も担っていました。政治家の主張などはメディアを通して大衆へ伝えられました。明治時代においては「新聞」が、大正時代になると中央公論などの「雑誌」がその役割を担ってきました。昭和に入るとそれまでの紙を媒体としたメディアから電波を媒体としたメディアに置き換わり、即時に多くの人々に対してメッセージを伝えれるようになりました。昭和初期には「ラジオ」で音声を伝えることができるようになり、第二次世界大戦後は「テレビ」が普及し、映像でメッセージを伝えることができるようになりました。ヒトラーはラジオを活用し、圧倒的な指示を獲得していったとされています。米国ではいち早くテレビ討論などが行われるようになり、世論は政治家の主張のみならず、そのルックスや人柄の印象などにも左右されるようになりました。ジョン・F・ケネディもテレビ討論会で、対抗馬でしかめっ面のニクソン氏に比べ若さとバイタリティをアピールし勝利したと言われています。日本でも1993年に誕生した細川内閣はテレビを上手く使って世論を味方につけて生まれたと言われています。このように、過去の政治において、政治リーダーはしばしばその時代のメディアを梃子(てこ)として使い、力を倍増することに成功してきました。そして、ITの代名詞ともなっているインターネットや「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」が新たなメディアとして登場すると、世論形成のメディアとしても使われるようになりました。しかし、これまでのメディアとは構造が異なるため、新たな問題も起こしています。従来利用されてきたマスメディアの情報は、情報発信者(政治家・新聞社・出版社)側から受信者(有権者・読者)側への一方通行でした。しかも、その情報発信者は素性を明らかにし、その発言(情報)には責任が発生していました。マスメディアも報道内容に誤りがあれば、その信用は失墜し読者から見放されることになっていました。しかし「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」は従来のメディアと異なり、情報の流れは一方向ではなく双方向です。一方的に情報発信者側が叫び続けるのではなく、情報を受けた有権者や読者も発信し、そこでも世論が生まれるようになりました。しかし、その情報を発信した有権者や読者は基本的に匿名であり、発言が激しく極論に陥りやすく、最悪の場合には嘘の話(フェイクニュース)まで飛び出す危険性があるのです。また「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」は共感のメディアと呼ばれ、共感する者同士がつながるメディアです。そうなると、共感が先にあるので同じ方向性の議論に陥りやすく、そのグループではかなり思想的にも偏った意見もまかり通ってしまう危険性があります。しかもその意見は実際に賛同する人間の数以上にネットの力でバイアスがかかってしまい、少数の意見が本流になってしまうことさえあります。欧米では政治の分断が進み「民主主義の危機」を招いているとの声も強くなっています。さらに、その有権者や読者は政治的に関係する自国の人間ではない可能性もあります。「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」の情報は国境も何もない「サイバー空間」で行き来するため、世界中の誰でも参加したり操作できてしまいます。また、「情報」の拡散速度が従来のメディアに比べて早くより広範囲であるため、いろいろな政治的な発言は他国へも拡散し、他国に政治利用される危険性もあります。米国ではトランプ元大統領が当選した大統領選挙において、ロシアが関与していたのではないかという疑惑が消えていません。フェイスブックも選挙影響を与えるための広告をロシア関係者が掲載したことを認め、対応策を検討しています。トランプ大統領はツイッターを使って発信していましたが、その発言内容が問題となり、ついにアカウントの永久凍結となってしまいました。


図4:ツイッターのアカウントを永久凍結されたトランプ氏
BBCニュース・ジャパン ホームページより
https://www.bbc.com/japanese/55583622

 以上、ITが社会や生活に与える影響について、主なものを思いついた範囲で2回にわたり説明しました。しかし、ここに記載した内容は多くの影響のうちのごく一部分です。例を挙げればきりがないほど、ITは現代社会に多くの影響をもたらしています。私が記載した例を参考に、皆さんの身の回りに起きているITによる影響を是非考えてみてください。そして、これから先、さらにどんな影響が起きるのか?先読みをすることがとても大切です。一歩先に行って波を食い止めるのか、またはその波に乗って大きく飛躍するのか、それとも波に飲みこまれてしまうのか、そこが分かれ目になります。



2021年01月24日

その15:ITが社会・生活に与える影響(その1)

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ITが社会・生活に与える影響(その1)

 今回のテーマは「ITが社会・生活に与える影響」についてです。これまでの内容は、客観的な事実に基づく内容が多かったので、一般論として捉えていただいてもそれほど問題はないと思います。しかし今回以降の内容は、現在進行形のまだ結論が出ていないような内容が多いため、私の主観的な意見となります。多くの異論や反論などおありになると思いますが、私の私見ということでご理解願いたいと思います。こんな意見もあるのかな、ということで読んでいただければ幸いです。できるだけブログの内容が正しいものになるよう、裏付け調査などを誠意をもって行っていきますが、中には私の知識不足による誤解や調査漏れなどがあるかもしれません。何卒、ご容赦いただきたいと思います。

 ここまでのブログで、「情報」とは何か、「IT(情報技術)」とは何か、またITに関わる産業として「情報産業」とは何かなどについて説明してきました。「IT」は現代社会を構成する要素の一つである「情報」に関わる技術であり、その技術を利用することは我々の生活のいたる所で影響を及ぼすことになります。そして決して抑えることができない押し寄せる「ディジタル化」の波によって、その影響は大きく、広範囲になるばかりになっています。ここでは、「IT」が我々人間社会に与える主な影響について考えたいと思います。

(1)生活環境:
 私たちが普段の生活環境のうち、ディジタル化されてしまったものがその影響を受け変化しています。私たちがこれまで普通にアナログ的に行っていた行動が、「ディジタル情報」に変換され、サイバー空間へ送られたとたんに変わってしまうのです。その例は挙げればきりがありませんが、代表的な例は「スマートフォン」で何をやっているかを考えるとすぐにわかります。「スマートフォン」はサイバー空間にある「ディジタル情報」を利用するうえで現在最も便利なツールです。サイバー空間内のディジタル情報は、ディジタルデータ(2進数)で表現されているため、そのままでは人間には理解できません。ディジタルデータをアナログデータ化し、目で見ることができたり耳で聞こえるようにしないと人間にはわからないのです。そこで「スマートフォン」は解像度の高いディスプレイを備え「ディジタル情報」を可視化し、イヤホンやスピーカーで音を作り人間に伝えてくれるのです。また逆に人間の方からサイバー空間へデータを送るために、タッチパネルによって文字情報を入れたりマイクロフォンから音声を入力したりすることができます。また、カメラからは画像情報も送ることができ、GPSにより「スマートフォン」が今どこで使われているか、位置情報まで送ることができます。これらが1台の小さくてポータブルなスマートフォンですべて行うことができてしまいます。さらにボディーを小さくしてメガネや時計、リストバンドなどの形状にして身に付ける(ウェアラブル)ことができる端末(ウェアラブル端末)も作られていますが、小さくりすぎると、どうしても表示する画面サイズが小さくなりすぎたり、入力するためのタッチパネルの操作がやりづらくなるなどのデメリットがでてきてしまい、あまり使い勝手はよくありません。また、常に身に付けることの「うっとおしさ」もあり、今のところ「スマートフォン」なみに普及するところまでは至っていません。現時点では「スマートフォン」がベストな端末の地位を築いており、年に全世界で15億台も生産されています。


図1:日本で人気があるスマートフォン iPhone
アップルのホームページ ニュースルームより
(https://www.apple.com/jp/newsroom/)

 それでは「スマートフォン」でできることを考えてみましょう。まず、何といっても一番大きいのはブラウザーからインターネットを快適に利用でき、これによりサイバー空間に存在するさまざまな「ディジタル情報」を検索し、簡単にアクセスできることでしょう。「スマートフォン」が2000年代前半に登場する前は、小型で軽量(といっても2Kg近い重さがあった)のパーソナル・コンピューター(ノート・パソコン)がその役割を担っていました。しかし、常に持ち歩くには重く、電車で立っている時は大きすぎて使えず、またインターネットとつなぐためのインフラである携帯電話網(モバイルネットワーク)も性能は遅く、しかも接続費用は高額であったため、一部のITに詳しい人(専門家)が使うものでした。これらの問題が一気に解消したのが「スマートフォン」であり、今では世界の三分の一の人が所有する、誰でも持てるサイバー空間にアクセスするツールになったのです。こうして、現在の特に若者の生活は「スマートフォン」中心の生活になっているのです。人間はさまざまな伝達方法でさまざまな「情報」を必要としますが、このわずか10年強の間にその多くを「スマートフォン」から得られる「ディジタル情報」に頼って生活するようになりました。これまで、本や雑誌などのアナログなメディアから得ていた情報を、今ではこれらのアナログメディアを持ち運ぶことは無くなり、「スマートフォン」1台で済ますようになったのです。
 「情報」にもいろいろありますが、「ニュース」はその代表的な分野です。ニュースを伝えるという大切な役割は、これまで新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などの「マスメディア」が担ってきました。そこにインターネットという新しいメディアが加わったのです。米国のある調査によれば、2017年の米国において、ニュースを主にテレビで見るという人は50%、新聞で見るという人は18%であり、前年比でも2%減少しています。これに対し、インターネットでニュースを見るという人は前年比5%増の43%にのぼったということです。勢いの差は歴然であり、従来型の新聞、テレビ、ラジオなどのマスメディアが主役の座を降りることになるのは時間の問題と思われます。この主役交代は、当然メディア企業の経営を揺さぶっています。1923年に創刊された米国を代表する雑誌出版社である「タイム」は雑誌のディジタル化を進める他のメディア企業に経営を任せました。米国ではこれまで多くの視聴者を獲得していたケーブルテレビ(CATV)も解約が増えています。従来型の企業はITによる自分達の市場の変化を常にウォッチし、タイムリーにディジタル化の波に乗っていかなければ生き残ることは不可能になっているのです。
 従来のマスメディアの多くは、情報の流れる方向は、情報を発信する側から受け取る側への一方通行でした。しかし、インターネットは誰もが参加できる双方向型のメディアです。そこで、ニュースを配信するだけの一方向のサービスだけではなく、「ソーシャルメディア」とも呼ばれる新たなメディアサービスが生まれました。世界中の多くの人がスマートフォンを利用するようになったことで、その市場価値は急速に高まり、さまざまなサービスが続々と提供されるようになりました。フェイスブックに代表されるSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)やYouTubeなどに代表される動画共有サイトなどが代表的な例です。これらのメディアでは、情報(コンテンツ)を消費者である一般人が作成するようになり、生産者と消費者の境界が曖昧になりました。今や、生み出される新しいコンテンツのかなりの部分は消費者自らが作り出すようになったのです。これは、これまでのコンテンツ生産の専門家である「クリエーター」の立場を危うくしています。
 「貨幣」も情報の一つです。これまで中央銀行(国)が発行する、紙や金属などのメディアに保存された「国がその価値を保証する」という情報が「貨幣」として使われてきました。その信用情報が無ければ、ただのきれいに印刷された紙や金属の価値しかありません。少し精巧に作られたおもちゃの紙幣と同じです。そして決済の手段として特に日本では現金で支払う(決済する)ことが多い状況にありました。日本では24時間引き出せるATM(automatic teller machine)が普及しており治安も良いことから、現金で支払うことに関する問題が少ないこともその理由とされています。しかし、現金を持ち歩くことが危険な海外では、まずクレジットカード(ICカードというITが使われている)やプリペイドカードが広まり、現在では「スマートフォン」が決済手段として広く使われています。従来、クレジットカードやプリペイドカードはサービス運営会社毎に別々に持つ必要があり、サイフはいろいろなカードでパンパンになっていました。その機能を「スマートフォン」1台に集約することにより、パンパンのサイフを持つ必要がなくなったのです。現在の若者は「スマートフォン」は持つが現金もサイフすら持たない人も増えてきています。このようなキャッシュレス化は、利用者だけでなく、店舗側にもメリットをもたらします。現金決済の場合、日々の売り上げを確認するためにはレジの中の現金とのつき合わせの作業が発生します。これは閉店してから30分以上かかることもあり、この効率の悪い作業はかなりの負担になっています。しかし、これがキャッシュレスになれば、瞬時に売り上げを確定させることができます。また、銀行業務におけるATMの管理作業も、膨大な人件費を必要としています。海外では日本よりキャッシュレス化が進んでおり、2015年の段階で韓国ではすでに約90%がカード決済であり、英国やシンガポールで約50%、米国では約40%がカード決済されています。それに対し、日本はまだ20%程度でしかありません。
 「通貨」としての役割もディジタル化が進んでいます。これを「仮想通貨」と呼び、利用者は「スマートフォン」経由で出し入れなどをしています。この「仮想通貨」がこれまでの円などの「法定通貨」と大きく異なるポイントは、「仮想通貨」は中央銀行を必要とせず民間が発行の主体となることです。したがって、その発行量は「法定通貨」の場合は、その時の経済情勢に合わせて中央銀行が決定するのに対し、「仮想通貨」は「ブロックチェーン」という中央集権的ではない仕組みの中で決まっていくのです。しかも、民間とはサイバー空間での民間であり、国籍はありません。現在その「仮想通貨」の勢いが増しています。「ブロックチェーン」という仕組みの中で生まれた信用が、国の信用に対抗しだし、国の信用の地位を揺らし始め、そのシェアを拡大しつつあります。これは産業革命以後に築かれてきた大量生産、大量消費、市場主義といった経済を動かしていくのに都合がよかった「中央集権制度」に対する挑戦のひとつです。このような「中央集権制度」の変化は「通貨」以外でもいたるところで起こっています。
 「仮想通貨」のメリットは何でしょうか。信用情報がディジタル化されているため、サイバー空間に存在する「ウォレット」と呼ばれるサイフの中に入れておくことができます。実物のサイフは必要ありません。送金はサイバー空間において実施されるため、国境はなく、瞬時におこなえます。しかも、送金の管理は民主的に行われているため、法令通貨の送金に比べ、安価になります。人間が実社会(物理社会)で築き上げてきた複雑なルールはなく、ほとんど自由にやり取りを行うことができます。この「仮想通貨」が通貨の一つの出口である消費に問題なくつながるようになる、つまり「仮想通貨」による店舗での支払いが一般的に広がってくると「法定通貨」に対する優位性がどんどん増してきて、相対的に中央銀行の機能が低下することになると思われます。これに危機感を覚えた海外の中央銀行や国の中には、「法定通貨」と同じように中央銀行や国が発行の主体となり、その信用情報を保存するメディアをディジタル化した「法定ディジタル通貨」によって対抗しようと検討しているところもあります。また、銀行も「仮想通貨」を使って銀行間で送金するサービスの検討をするなどの動きがあります。今後どうなっていくかの予測は難しいですが、「貨幣」や「通貨」に関わる生活習慣もITによる影響を受け、変わっていくことは間違いありません。今後は、いろいろな選択肢の中から「通貨」を選ぶ時代になると思われます。


図2:いろいろな仮想通貨  大手取引所 コインベースのホームページより
(https://www.coinbase.com/)

 ITによって影響を受ける「情報」を挙げればきりがありませんが、やはり情報の一つである「位置情報」のディジタル化が我々の生活に与える影響について説明しておきたいと思います。ITが生まれる前の我々個人の「位置情報」は管理・共有されることはあまりありませんでした。会社などで「位置情報」を管理する方法としては、「行き先明示版」と呼ばれるホワイトボードを使って自己申告の情報で管理するのが一般的でした。しかし、これを移動する度にメンテナンスするのは骨の折れる作業であり、ルーズな人は書かなかったり、古い情報をほったらかしにしたりしていて、正確性には少し問題がありました。ときどき行方不明になる社員がいて、問題になることもありました。しかし、ポケットベルや携帯電話が登場したことで、少しこの状況は改善され、急ぎの用事が発生した場合にはポケットベルや携帯電話を鳴らすことにより、どこにいても連絡はつくようになりました。そして、電話で「今、どこにいるの?」と確認すれば、その「位置情報」を得ることができるようになりました。しかしこの方法はイベント駆動型であり、常時把握するものではありませんでした。したがって、我々はあまり自分の「位置情報」を把握されることに慣れていませんでした。「どこで何をしようと」把握されることは少なく、勝手に生活してきました。しかし、ITの進化により、現在では「スマートフォン」を持っている一般人の「位置情報」を常時把握することが可能になってしまったのです。今や、「スマートフォン」の位置情報を「オン」にしてしまえば、その情報は広く共有される情報となってしまうようになりました。「位置情報」を提供することにより、これまでどこかはじめての場所へ行く場合ガイドブックや地図を手に目的地を探す必要があったものが、「スマートフォン」に目的地を登録するだけで、あとはスマードフォンのナビゲートするアプリケーションが画面上でルートを的確に指示してくれるようになるなど便利なものです。しかし、その裏で、その「位置情報」を利用すればその「スマートフォン」を持った人がいつどこに行ったか、つまり行動パターンを完全に把握できるようになるのです。その「スマートフォン」の持ち主が誰か、実世界の情報とサイバー空間の位置情報が結びついた時、その人の行動パターンは常時把握可能となってしまう可能性があります。これまで、「どこで何をしようと」勝手に生きてきた人が、「どこで何をしているか」常に監視されているような社会になってしまう恐れがあります。そのため、この「位置情報」の利用に関しては、今後もよく検討される必要があるのです。


(2) コミュニケーション:
 人間が社会を構成していくのに人と人との「コミュニケーション」は極めて重要です。他の動物に比べホモ・サピエンスはこのコミュニケーション能力が高かったため、多くの人間が協力しあって現在のホモ・サピエンス優位の社会を作ることに成功したのです。「コミュニケーション」は情報の交換です。しかもその情報を伝達する方法は多岐にわたります。声(音)という空気の振動を使って「言葉」で気持ちを伝えたり、紙を使って自分で手描きした「文字」で伝えたり、また表情のように目に見える形によって気持ちを伝えたり、場合によってはハグするなどで温もりを確かめ合うことで伝えたりしています。人間の脳はこれらのいろいろな手段によって伝えられたいろいろな情報を総合的に判断し、お互いの思いや考え方などを交換し、「コミュニケーション」をしてきました。少なくとも、人類がこの世界に誕生してから現在までの700万年はこのような方法で「コミュニケーション」をしてきたのです。上野動物園で生まれたパンダの赤ちゃんに対する母親が示す愛情表現を見ていると、人間だけでなく他の動物でもいろいろな表現で「コミュニケーション」していることが良く分かります。しかし、ITはこのような「コミュニケーション」にまで影響を及ぼしています。
 従来のコミュニケーションに使われていた情報を伝えるための媒体(メディア)は空気や紙など、長距離の伝達にはあまり向いていないものが主体でした。したがって、基本的にコミュニケーションはフェイス トゥー フェイス(face to face)で行われてきました。しかし、ITによってインターネットが媒体として使われるようになると、長距離の伝達も可能で、しかも瞬時に行うことができるようになり、直接会わなくてもすむようになりました。また、コニュニケーションに使われる「情報」もディジタル化され、サイバー空間にマッピングされると、国境も関係なくなり、世界中の人間同士が同じ土俵でコミュニケーションできるようになりました。その主役となっているコミュニケーショツールが「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」です。このコミュニケーションツールの力は大きく、時には国の勢力図まで書き換えてしまうほどになりました。2010年に中東から北アフリカにかけて発生した民主化運動「アラブの春」のきっかけは、チュニジアで失業中の若者が警察官に暴行を受け、これに抗議するため焼身自殺を図った事件がフェイスブックにより世界中に拡散し、その時の政権を崩壊させることにつながっただけでなく、近隣諸国にもその影響が広まったものと言われています。このように、人類は強大なコミュニケーションツールを手にいれることになりましたが、その強大さ故にそれをうまく使いこなすまでには至っておらず、SNS上の情報を管理・運営するフェイスブック、ツイッターなどの企業の責任も大きくなっています。


図3:日本における代表的SNSの利用率の推移(全体) 
総務省ホームページ|平成29年版 情報通信白書より
(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc111130.html)

 以上、今回はITが私たちの社会や生活に与える影響についてご説明してきました。2項目についてご説明しましたが、まだまだ影響を及ぼしている項目はありますので、今回はここまでとさせていただき、残りを次回(第16回)「情報産業(ビジネス)の特徴(その2)」として説明させていただきたいと思います。

2020年12月26日

その14:情報産業の特徴(その2)

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情報産業(ビジネス)の特徴(その2)

 今回のテーマは前回(第13回)に引き続き「情報産業(ビジネス)の特徴」についてです。本ブログ「その12 情報産業の種類と発展の歴史」でご説明したように、「情報産業」は「ITを使って主にディジタル情報を生産、収集、加工、提供するなどといった形で業務を行っている産業」です。情報産業はこのように「ディジタル情報」をコンピューターなどを利用して扱うことを業務・ビジネスとしており、主に物質的なものを扱うような他の産業(製造業など)と異なる部分が多いのです。そのため、はじめて情報産業の企業と関わる時は、その特徴を理解して取り掛かる必要があります。情報産業が他の産業とどんなところが違うのか、前回ご説明できなかった特徴についてご説明します。特徴の全ての項目をご理解いただくために、前回(第13回)のブログも是非ご覧ください。

(4)数少ないトップシェア企業が世界を牛耳るビジネス:
 コンポーネント(装置)ビジネスにおいては、出荷台数が多いことがビジネスに大きく影響します。シェアが高いことにより、その仕様がデファクトスタンダードとなれば多くのソフトウェアや周辺機器が自分のコンピューターに接続して使えることになり、ユーザーメリットも大きくなります。メーカーとしては、大量購買により部品を安く調達することが可能となり、価格競争で有利になり、利益も大きくすることが可能となります。こうして、シェアの集中化がさらに進み、メーカーの数もトップの数社に淘汰されていくことになるのです。現在、ITのトップ企業はスマートフォンは1社で数億台、CPUチップであれば数十~数百億個も売り上げています。
 「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」などのコミュニケーションツールを提供する情報プラットフォームビジネスとしては、ネットワーク効果(ある人がネットワークに加入することで、他の加入者の効用も増加させる効果)が高く、一度市場で独占化が進むと他社による回復は難しいビジネスになっています。「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」で現在ユーザー数が最も多いサービスは「フェイスブック」であり、20億人を超えています。世界総人口の約三分の一の人が「フェイスブック」を使っています。そしてフェイスブックはこのユーザー数を利用してビジネスを拡大しているのです。
 このように、情報産業では数の力が非常に重要なビジネス上のポイントになってきます。これらの競争に乗り遅れてしまった場合には、挽回は困難ですが、未開のディジタル情報を見つけ出すなどして新たな鉱脈を手に入れるか、14億人の人口を持つ中国のように、巨大な市場を自分のコントロール(クローズした環境にする)のもとで企業を育てるしか方法はありません。
 新たな鉱脈を手に入れることで成長を続けているのが、米国株式市場のトップ5の常連でありITのビッグ5とも呼ばれるアップル、アルファベット(グーグル)、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、フェイスブックの5社です【図1】。その時価総額の合計は2017年で400兆円を超えています。なぜ、これほどにも株価が上がっているのでしょうか。ひと言で言えば、これらの企業には将来性、さらなる成長が見込まれるからです。企業が売り上げを伸ばすには、通常は市場のシェアを伸ばすか、シェアは変わらずとも市場が拡大・成長するかどちらかです。ITのビッグ5が対象とする市場は、本ブログ「その11「サイバー空間の内容と特徴」で説明した「サイバー空間」です。サイバー空間は現在も脅威のスピードで膨張を続けています。つまり、彼らの市場は現在拡大・成長しているのです。しかも、サイバー空間は実世界のように物理的制約がないので、どこまで拡大・成長するのか、まだ限界は見えていません。実世界では、物質には量的な限界があり、地球という制約の上でしかビジネスはできない、つまり、市場の大きさは限られています。地球上で必要な自動車の数はほぼ決まっており、これが急に拡大することはありません。しかし、サイバー空間の市場はまだ開かれたばかりであり、これから急に出現する市場があり得るのです。まさにゴールド・ラッシュの様相であり、これらの企業は、サイバー空間の新たなディジタル情報、つまり新たな鉱脈を発掘しようと、AIなどに研究・開発費を惜しげもなく投入しています。だから、それに期待してこれほどの資金が集まるのです。従来型の資源エネルギー産業や自動車産業より資金が集まるのはこのためです。この結果、サイバー空間の宝の山である「ディジタル情報」は現在このITのビッグ5の独占状態に近い状況にあります。このことは、市場の公平な成長には影を落としているとの指摘も出て来ています。

図1:ITのビッグ5の株価指数(2017年=100)の伸び
楽天証券ホームページより
Bloombergをもとに楽天証券経済研究所作成(2017年1月1日~2020年1月15日)
(https://media.rakuten-sec.net/articles/print/25078)

 14億人の巨大な市場を推進力として成長しているのが中国のIT企業であり、最近では新たな鉱脈を手に入れる努力も惜しまず、その躍進はめざましいものがあります。日本経済新聞によると、中国のスマートフォンを使った決済、いわゆるスマホ決済の金額は巨大であり、2017年の第三四半期では日本円にして500兆円を超えたとされます。単純に年に換算すると2,000兆円もの巨額な決済額であり、これがスマートフォンで決済されているのです。そのスマホ決済サービスを手掛けているのが、中国IT2強と呼ばれる「アリババ集団」と「騰訊控股(テンセント)」であり、ほぼ市場を独占しています。スマホ決済は当初店舗での買い物やレストランでの食事の支払い、インターネット通販などでの決済が一般的でしたが、両社のサービス範囲は拡大を続け、地下鉄やバスの運賃の支払いや金融商品の販売まで手広く提供されています。これにより、スマホでほとんどのことができるようになり、外出時に財布を持たなくなった若者が増えているといわれています。両社の株価も上昇し続けており、2017年末時点での時価総額は、テンセントが4,933億ドル(約55兆円)でアジア企業のトップ、アリババ集団は4,407億ドル(49兆円)でアジアの2位となりました。過去、アジアでの時価総額のトップは韓国のサムスン電子でしたが、ついにこれを上回ってしまいました。日本の時価総額トップはトヨタ自動車の2,089億ドルであり、アジア企業では残念ながら7位の規模です。中国のIT企業の躍進は、中国IT市場はまだ伸びるという期待の表れと考えられます。中国のみならず、アジアは当面人口増により、成長する市場と見られており、日本、韓国、中国を除けば、他のアジア諸国の人口増が経済成長を加速する「人口ボーナス」は2045年ごろまで続くとみられています。したがって、この極めて有望と思われる市場を手に入れたプレーヤーがこれから躍進していくものと考えられます。

(5)製品寿命が短く、プレーヤーの入れ替わりが激しい市場:
 情報産業は「ムーアの法則」に支配され、翻弄されてきたと本ブログ「その13「情報産業の特徴(その1)」ですでに説明しました。製品寿命は短く、開発スピードをどんどん上げていかないと、その企業は敗者となり市場から退場することになってしまいます。開発のスピードを上げるための一つの方法は、開発チームを複数作る方法です。いくつかのチームの開発時期をずらし、次々と製品をリリースするやり方です。信長が篠の戦いで用いたと言われている、鉄砲隊の3段射ち戦法と同じです。しかし、これにはコストがかかり、それに相応する売り上げ規模がないとできません。また、生き残るためには経営判断におけるPDCAのスピードも問題になってきます。大企業では、大きくは年度単位での戦略見直しをしていますが、四半期単位での判断を求められるようになります。年度毎では判断が遅すぎて、大変危険なのです。経営者も管理職も意識を変える必要があります。経営判断の内容も問題となります。世界のIT市場と自社の技術を正当に評価し、真に勝てる強い技術について惜しみない投資を継続的にしていく必要があります。ここに関しては、決してぶれない骨太の判断が必要となります。GE(General Electric)や独シーメンス(Siemens)などの長期間にわたりビジネスを継続できている企業は、100年先を見越したビジョンを熟考し、秘伝のタレのように常にいろいろな議論を積み重ねることにより維持しています。自らの業務を徹底的に見直し、自社が何を提供する会社なのかを極限まで整理し続けている、このような長期的視野も欠かせません。また、世界的なパートナー戦略も重要です。従来、半導体は日本の誇る製品であり世界をリードしていました。しかし、日本の半導体事業は大手総合電機の一部門であったことから、社内向けが最優先の事業計画になってしまい、世界市場を見失い適切な開発投資をすることができず、世界的なパートナー作りも怠ったため、その地位を失ってしまったのです。日本だけでなく、米国でも情報産業に関わるIT企業の浮き沈みが激しくなっています。クアルコム(Qualcomm)はスマートフォン向けのCPUや通信用のプロセッサのトップ企業ですが、近年ではスマートフォンに偏りすぎた事業構成を不安視され、ついにブロードコム(Broadcom)による買収が報じられるようになり、株価も低迷しています。情報産業の世界的リーダー企業である「IBM」でさえ、近年ではクラウド事業への移行がうまくできていないという評価があり、勢いを失っています。長期間にわたりリーダーであり続けることは、とても難しい業界なのです。
 長期間存在を維持することが難しい反面、起業から短期間でグローバルな大企業になることができるという面もあります。いわゆる「ボーングローバル企業」です。情報産業においては、製品やサービスを提供するために装置産業のような大規模な投資は必ずしも必要ではなく、短期間でスタートすることができます。もしも、その製品やサービスがこの市場で受け入れられれば、瞬く間に事業を拡大することも可能です。フェイスブックも2004年に設立された会社です。これらの企業では、対象となる市場だけでなく、従業員や会社の所在地に関しても国籍・国境にこだわりはあまりありません。中国企業にも、この10年で躍進したIT企業が目立っています。その原動力は14億人の巨大市場を持っていることで、国内市場を足場に、その範囲を海外へ伸ばしています。
 特に株式評価額が10億ドル(約1,100億円)を超える未上場企業は「ユニコーン」と呼ばれ、2017年現在で世界で200社を超えていると言われています。これらの企業は、シェア社会を先取りした民泊やライドシェア、ビッグデータの解析などの新しい製品やサービスを生み出しています。これらの企業は「サイバー空間」を利用したり新たなデータを発掘したりすることにより、その評価を上げています。さらにこのユニコーンの中でも株式評価額が100億ドル(約11,000億円)を超えるデカコーンと呼ばれる企業が現れています。その上位には米国と中国の企業が並んでいますが、残念ながら日本企業の名前は現在見当たりません。しかしAIやIoTなどを中心に、ユニコーンを目指す日本のスタートアップも増えており、これらの日本企業の奮起を期待したいと思います。このデカコーンの中から世界を牛耳るトップシェア企業が生まれる可能性が高く、日本の将来に与える影響も大きいと思われます。
 これまでITを使ってこなかった企業が、扱う情報や製品がディジタル化されたり、業務がIT化されることにより、情報産業の業界に入らざるを得なくなることがあります。一度情報産業の業界に入ってしまうと、事業スピードを上げなければならなくなります。このケースで典型的なのが小売業です。テレビやインターネットが普及する前は、小売りの主役は小売店やデパートやスーパーマーケットなどの大型商業施設でした。大手企業は、大型投資を行い、全国に店舗を増やすことにより売り上げ規模を拡大することができた設備投資型の産業でした。そこへ、テレビという新しいメディアが現れると、これを利用したテレビショッピングという小売り形態が登場し、一定のシェアを握るようになりました。テレビショッピングでは必ずしも店舗を持つ必要はなく、設備投資が軽く済むようになりました。さらにインターネットが普及すると、これを利用し電子商取引(electronic commerce)、通称「Eコマース」、「ネットショッピング」が登場しました。その代表格がアマゾン・ドット・コム(アマゾン)です。アマゾンは当初、書籍の販売でスタートし、シェアを伸ばしました。確かに、本屋に行って目的の書籍が見つからず、がっかりして帰宅した経験は誰にもあるのではないでしょうか。また、少し厚い専門書などは持ち帰るのも重くて大変な思いをしたものです。そんなデメリットを解消してくれるのが、アマゾンのネットショッピングでした。買う書籍が決まっている場合、アマゾンで購入した方が書店まで行く時間も運賃も節約でき、在庫も豊富なので便利です。こうした製品に関しては、実際の店舗販売よりもネットショッピングの方が有利だと言われてきました。しかし、衣類や靴など、実際に着用しないと自分に合うかわからないとか、サイズが微妙に合わないなどの問題があるものに関しては、ネットショッピングはそれほど普及しないと思われてきました。さらに生鮮食品など、一つ一つの鮮度、色、形が違うものや消費期限が短いものなどはほとんど普及しないと思われてきました。しかし、大方の予想を裏切り、今やアマゾンの勢いはすさまじく、いろいろな産業を飲み込み、衣類や靴などのファッション業界や生鮮食品などを扱うスーパーマーケット業界まで揺るがす存在となってきた。これは「アマゾン・イフェクト」と呼ばれ、各業界は戦々恐々とした状況にあります。アマゾンのおひざ元である米国ではこの動きが最も激しく、これまでの著名な店舗型の小売業は苦戦を強いられています。メイシーズ(Macy's)やシアーズ(Sears)、JCペニー(JCPenney)といった老舗の店舗型小売業は軒並み閉店が相次いでいます。そして、これらのテナントを集めることによって成立していたモールも廃墟化が進んでおり、これを「デッド・モール」と呼んでいるといいます。衣料品大手のギャップ(GAP)も不振に陥り、閉店を加速しているのです【図2】。
 この動きは米国に留まりません。中国でも米国並みの新旧交代が起こっています。中国のネット通販トップのアリババ集団は、500兆円にも上る中国全体の消費の15%を占めるというネット通販取引の半分以上のシェアを握っており、「アリババ・イフェクト」とも呼ばれています。中国では年に一度の「独立の日」に大規模なセールがあり、そこでアリババ集団は1日で3兆円に迫る売り上げを実現しています。日本や米国は、店舗型の小売業が発展していたため、これらの従来型ビジネスとの競合がありましたが、中国では店舗網が整っていない地域も多く、逆にネット通販は一気に広まることとなったのです。このように従来型のインフラが整っていないことが要因となり、新しい情報産業型のビジネスが急速に広まるケースは多くあります。このため、中国のネット通販率の15%は、日米のネット通販率を上回っているのです。この急成長を見越して、アリババ集団は昨年一時的に米国のアマゾン・ドット・コムの時価総額を上回ったことがあり、話題となりました。
 小売業は店舗を持つような装置型のビジネスから、店舗を持たない情報産業型のビジネスに軸足が移っています。こうなると、この業界の性質にも情報産業の性質が入ってくることになります。つまり「数少ないトップシェア企業が全体を牛耳ることになり」、「プレーヤーの入れ替わりが激しい市場」になってしまうのです。過去、何十年もかかって築いてきた顧客との信頼関係やブランドが「アマゾン・イフェクト」により、あっという間に崩壊してしまう可能性もあります。この動きは日本においても他人事ではりません。それほど時間が経たないうちに、いろいろな産業が情報産業型のビジネスに軸足が移っていく可能性があります。

図2:アマゾン・イフェクトにより閉店する小売業
激しくウォルマートなアメリカ小売業ブログより
(http://blog.livedoor.jp/usretail/archives/cat_1379030.html?p=4)

(6)「モジュール化」がしやすい産業:
 まず「モジュール」とは、システムの一部を構成する、一つの機能的なまとまりのある部品やサブシステムであり、他の部品との間のインタフェース(接続部)の仕様が規格化されていたり、標準化されているもののことです。他の「モジュ-ル」との相互依存性を小さくすることにより、「モジュール」の交換や追加などが容易にできるようにしています。そして、この「モジュール」に要素を分割することを「モジュール化」と呼んでいます。「モジュール化」することにより、複雑で巨大なシステムの設計作業を効率的にかつ設計不良を少なくすることができます。また、そのインタフェースが公開されれば、第三者もそのモジュールを製造することが可能となり、モジュールメーカー(互換機メーカーと呼ばれることもある)の誕生と、市場競争原理が働き、モジュール単体としての機能や性能・価格を高めることが可能になるのです。このインタフェースを公開し、モジュールメーカーの競争を促す方法を、「オープンアーキテクチャ」と呼び、情報産業では一般的に用いられる戦略の一つです。
 情報産業の製品となる「情報機器(IT機器)」や「情報システム」はモジュール化をしやすい傾向があります。そして、情報産業が誕生して間もないころからモジュール化は進められてきました。まず、フォン・ノイマンが「コンピューター」を「ソフトウェア(プログラム)」と「ハードウェア」を分割したことが「モジュール化」の始まりでした。最初から2つの大きなモジュールに分けられ、それぞれの専門家が技術を磨くことになりました。さらに、商用汎用コンピューター(ホストコンピューター)で先頭を走っていたIBMの汎用コンピューターでもモジュール化は進化を続け、コンピューターをいくつかのユニットと呼ばれるモジュールに分割し、それぞれの機能を分けて製品を構成するようになりました。これにより、製品開発は各ユニット毎に進めることができ、開発効率が上がったのです。また、そのユニットをニーズに応じて組み合わせることにより、簡単に機能拡張ができるようになり、これを「スケーラビリティ」呼び、大きなメリットとなりました。しかし、当初はこのユニットのインタフェースは公開されていなかったため、「オープンアーキテクチャ」ではありませんでした。しかし、プリンターなどの外部装置に関するインタフェースは、規格化、標準化されたため、そのインタフェースに合致した装置を提供する互換機メーカーが生まれるようになりました。また、装置ユニットの入れ替えが可能になることにより、調達先の入れ替えも簡単にできるようになり、装置メーカーとシステムメーカー間の関係がドライになり、情報産業業界の構造変化を引き起こすことにもなりました。
 本格的に「オープンアーキテクチャ」が導入されたのが、パーソナル・コンピューターと言われており、本ブログ「その12「情報産業」の種類と発展の歴史」で説明した1984年にIBMから発表したモデル5170のアーキテクチャをデファクトスタンダードとした、一般的に「PC/AT互換機」と呼ばれるパーソナル・コンピューターです。この時、詳細のインタフェースが公開されたことにより、メーカー間の高度な互換性を実現し、ついに半導体チップレベルでも統一された仕様のものが採用されるようになりました。部品・完成品ともに多数の互換機メーカーが市場に参入し、瞬く間にPC市場はグローバル競争の場となりました。これらの互換機メーカーは機能や仕様は他社と同じものを作るため、製品のコモディティー化(汎用品化)が進み、競争は性能・価格・品質に絞られることになりました。ひたすらこの評価を上げるために、各メーカーは立ち止まることを許されない過酷な競争を強いられることになりました。その結果、ついにIBMもこの市場での支配力・技術統制力を失い、PC市場は長い間「Wintel」と呼ばれるマイクロソフトとインテルにコントロールされることになってしまったのです。
 なぜ、情報産業ではモジュール化がしやすいかと言うと、それは、他の業界の製品とに比べ、インタフェースが単純だからだと考えられます。ハードウェアは基板と呼ばれる比較的小さなボードの上にCPUなどのいくつかのチップや抵抗、コンデンサーなどの電子部品があり、それを信号線で結んでいます。物理的な形状のファクターはあるが、それほど複雑ではなく、また自動車のように動いたり、人を乗せる部品でもないのでそれほど厳密ではありません。あとは、ほとんどが電気的な信号レベルのインタフェースで成り立っています。ソフトウェアに至っては、そのインタフェースは「情報」であり、論理的な約束事を定義すれば終わってしまいます。物理的な制約はほとんどありません。ソフトウェア技術者がソフトウェアを開発するにあたって、まず、最初に行われる役割分担のすり合わせをする際によく使うのが「ソフトウェアスタック図」と呼ばれるソフトウェア全体を俯瞰する大まかなモジュールの構成図だです【図3】。そこには、モジュールの名前が書いてあるぐらいで、他に詳細なインタフェースがどうなっているかなどの記載はありません。こんなシンプルな図で、かなりの調整ができてしまうのがソフトウェアの世界なのです。

図3:Android (オペレーティングシステム)
Android アプリ デベロッパー向け公式サイトより
(https://developer.android.com/guide/platform?hl=ja)

 このようにモジュール化が進みやすい情報産業界では、モジュール毎に水平分業化が進んでいきました。これをお互いのメーカーが助け合いながら全体製品を作りあげていく「エコ・システム」と呼ぶこともあります。IBMのように、一つのメーカーが製品の企画から設計、開発、製造、検査、出荷までの全てのプロセスを行う形態を「垂直統合型」と呼びます。現在では、パーソナル・コンピューターの一モジュールであったCPUチップのメーカーであるインテルも、一つのCPUチップという製品を最初から最後のプロセスまで自社で行っていることから、「垂直統合型」の企業に分類されるようになっています。現在の経営面での評価は、「エコ・システム」を採用している企業の方が高く、元気がよい企業が多いように思います。株価の評価も「垂直統合型」のIBMやインテル、日本の大手電機メーカーなどより、GPU(graphics processing unit)と呼ばれるリアルタイムグラフィクス処理を高速に行うことができるプロセッサを専門としてきた米国のエヌビディア社(NVIDIA Corporation)や、半導体受託生産最大手である台湾のTSMCのような「水平分業型」の企業の方が高い評価を得ています。
 これら「水平分業型」の企業の戦略は、「オープンアーキテクチャ」または「オープン」です。オープンなインタフェース、規格、標準などに基づき製品を開発・製造するのです。しかし、その裏では選ばれるためにしたたかな戦略展開や仲間づくりを行っています。規格作りには力を入れ、少しでも自社に有利な仕様をインタフェースにしたり、企業グループ・コンソーシアムを作ったり、AIなどでは、自社のインタフェースを積極的に公開し、採用を促し、仲間づくりをおこなっています。また、自社の強みとなる技術を磨き続けることも同時に行っています。エヌビディア社はGPU技術で他社の追随を許さないですし、TSMCは常に製造技術の最先端をいっています。自社の収益を支えるコア領域(クロ-ズ領域)を守りながら、つながるインタフェースはオープンにする「オープン&クローズ」戦略が重要になっています。
 当面はこの「水平分業型」の優位が続くと思われますが、「水平分業型」にも当然弱点はあります。エコ・システムの循環がスムーズに行われ、全体がうまく機能していれば問題はありませんが、このサプライチェーンのどこか一カ所で流れが滞ってしまうと、システム全体に影響が出ることになります。例えば、スマートフォンを製造する場合に、基幹部品である液晶パネルの開発が遅れたり、製造量が確保できないなどで、製品の出荷が遅れるなどの事態が起こることがあります。これは「垂直統合型」の企業でも起こり得る話ですが、自社でクローズしているため問題の収束も早いのです。また、エコ・システム中のどこか一社が全体を支配するような動きがあった場合など、そこに参加している他の企業が従属的な立場に追い込まれる可能性があります。例えば、とても強力なAIモジュールを開発した企業が、その優位性を背景に全体を支配する(例えば、AIモジュールを提供する相手を選別したり制限したりする行為)ような動きをした場合、AIモジュールの対案を持たない企業は、そのエコ・システムの中に留まるしか打開策はなく、一企業の支配下に置かれてしまうリスクがあります。

 以上、情報産業の特徴についてご説明しました。今までの産業とはちょっと違った側面があるということをご理解いただけたでしょうか。情報産業以外の業種の方が、はじめて情報産業の企業と関わる時は少しハードルが高いかもしれません。しかし、この潮流は世界中で起こっていることであり、それを止めることはできません。情報産業をよく理解した上で、これと関わっていく必要があります。


2020年11月16日

その13:情報産業の特徴(その1)

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情報産業(ビジネス)の特徴(その1)

 今回のテーマは「情報産業(ビジネス)の特徴」についてです。本ブログ「その12 情報産業の種類と発展の歴史」でご説明したように、「情報産業」は「ITを使って主にディジタル情報を生産、収集、加工、提供するなどといった形で業務を行っている産業」です。情報産業はこのように「ディジタル情報」をコンピューターなどを利用して扱うことを業務・ビジネスとしており、主に物質的なものを扱うような他の産業(製造業など)と異なる部分が多いのです。そのため、はじめて情報産業の企業と関わる時は、その特徴を理解して取り掛かる必要があります。今回は情報産業が他の産業とどんなところが違うのか、その主な特徴を6項目に分けてご説明します。今回の内容は、かなり私の思い込みや主観が入っていることをご容赦ください。

(1)「ハード屋」と「ソフト屋」の存在:
 フォン・ノイマンが「ストアドプログラム(stored program)方式」を考案し、「プログラム」つまり「ソフトウェア」と、「ハードウェア」を分けておいてくれたおかげで、情報産業には「ハード屋」と「ソフト屋」という二つの人種がいます。ところが、私の経験では、この二つの人種はあまり仲がよくありません。設計に対する考え方や仕事に対する考え方、場合によってはライフスタイルまで違うことが多いのです。一つのコンピューターを開発する場合、「ハードウェア」と「ソフトウェア」の両方が必要なため、設計段階でよく打ち合わせが行われれます。しかし、どうゆう訳か対立することが多いのです。
 「ハード屋」とは、「ハードウェア」の設計者です。コンピューターのCPU(Central Processing Unit)や半導体メモリ、これらの電子部品を搭載した「電子回路基板」、ハードディスクドライブ(HDD)や液晶ディスプレイ、プリンターなどの「入出力装置」などを設計・開発し、製造します。「ハード屋」は物を製造するほかの製造業と共通点が多い仕事をしています。物理やエネルギーが支配する世界で格闘しているのです。私の個人的な見解としては「堅い人」が多いように思います。米国北東部のアイビー・リーグ(Ivy League)に属する大学の出身者で、きっちり整髪し、きちんとした服装をし、会社でもネクタイを着用しているような人のイメージです。会社で言えばインテルやIBMで、血液型で言えばA型タイプという感じです。
 これに対し「ソフト屋」は「ソフトウェア」の設計者です。「ソフトウェア」も「アプリケーションソフトウェア」と「基本ソフトウェア(OS:オペレーティングシステム)」の二つがあり、これらを設計・開発し、製造(プログラミング)します。「ソフト屋」は「ハード屋」と違って物理やエネルギーが支配する世界とは違った「情報」の世界で設計をします。性能や応答(レスポンス)時間を重視する「リアルタイムシステム用ソフトウェア」の開発以外では、「時間」をあまり意識することもなく、論理(ロジック・アルゴリズム)の世界で仕事をしています。私の個人的な見解としては「ハード屋」と違い、自由で柔らかい人が多いと思います。いつもラフな格好でジーパンを好み、頭も長髪でひげを伸ばしている。会社で言えばアップルコンピューターで、その創設者のひとりであるスティーブ・ジョブスは代表的な例です。血液型で言えばB型の天才・芸術家タイプです。
 今後、さまざまな製造業はIT化を進めたり、協業(コラボレーション)していく必要が出てきます。すると、今まで付き合ったことがないような異人種の「ソフト屋」とも、うまく付き合っていかなければならないのです。

(2)「ムーアの法則」に支配されるビジネス:
 「ムーアの法則」とは、インテルの設立者の一人である、ゴードン・ムーア(Gordon E. Moore)が提唱した半導体(「大規模集積回路、LSI(large-scale integration)」)の製造における長期的傾向の指標の一つであり、「半道体の集積密度は、18~24カ月で倍増する」というものです。有名な法則なので、ご存じの方も多いかもしれません。これまで、何度も限界説が唱えられてきましたが、現在に至るまで、ほぼその傾向は継続しています。仮にこれを低く見積もって、24カ月で倍増するとして計算すると、14年後には128倍集積密度が高くなります。つまり半導体の大きさ(面積)は128分の1になることになります。例えば、現在4cm四方の大きさがある半導体があったとすると、14年後には約4mm四方の大きさになってしまうことになります。さらに14年後(最初から28年後)には、約0.4mm四方の大きさになってしまう、一粒の砂のような大きさにまでなってしまうのです【図1】。「ムーアの法則」を年率で計算すると約40%となり、そんなに大きいと思われないかもしれません。しかし「ムーアの法則」は指数関数的法則なので、毎年約1.4倍の高密度化が継続されることになり、そのスピードは加速していくことになります。この法則のおかげで、私たちは従来の汎用コンピューター(ホストコンピューター)を凌ぐような高性能のスマートフォンを持ち歩くことができるようになったのです。


図1:ムーアの法則

 「ムーアの法則」は集積密度に関する法則ですが、集積密度が上がると、従来と同じ大きさのチップにより多くの半導体を載せることができるようになり、より高機能で高性能なチップが作れるようになります。そのため、パーソナル・コンピューターに使われるCPU(Central Processing Unit)チップも、ほぼ「ムーアの法則」と同じ速さで高性能化も進んでいきました。こうして、パーソナル・コンピューターメーカーの性能競争が始まったのです。ユーザーは少しでも性能の高い製品を選ぼうとします。そのため、メーカーは少なくとも出荷時点では最高性能の製品を出す必要があります。私もコンピューターの設計をしていた時は、当然この性能競争に巻き込まれました。新しい製品を出荷するまで、開発には1年半~2年を要したため、2年後にはトップになれる性能をまず予測し、その性能実現に向けて開発を行いました。まさに時間との闘いで、ミスは許されませんでした。うまく予定のスケジュール通りに予定の性能で出荷できれば、その時点での性能トップになれましたが、その優位性は半年ともちませんでした。したがって、一つの開発が終わると同時に次の開発に取り掛かる必要がありました。その頃のコンピューター設計者の間では、この仕事を「まるで逃げ水を追いかけているような仕事だ」と嘆いていたものです。このように、情報産業は「ムーアの法則」に支配され、翻弄されてきたのです。
 このように情報産業がその製品性能を飛躍的に高めることができた理由の一つは、製品が「情報」を扱うものだったからです。「情報」の世界では、重力や抵抗などの影響はほとんどありません。CPUの性能アップはそのまま「情報処理」の性能アップにつながります。これが例えば自動車産業であれば、エンジンをいくら高性能にしても、そのまま自動車の性能(最高速度)を上げることはできないと思われます。それは、実世界で人を乗せる自動車では、重力や抵抗の影響と安全性の制約を受けるためです。
 コンピューターの性能に関しては、絶対値で把握しておく必要があります。ハンス・モラベック(Hans Moravec)はコンピューターの性能トレンドを整理し、その性能が指数関数的に高速化していることを示しています【図2】。このグラフの縦軸は対数であり、グラフ上の直線はそのトレンドが指数関数的であることを示しています。そして彼は。2030年頃にはその性能が人類の脳と匹敵するほどになると予測しているのです。


図2コンピューターのパワー/コストの進化
When will computer hardware match the human brain?より
(Hans Moravec:Journal of Evolution and Technology.1998.Vol.1)

 今年(2020年)、スーパーコンピューターの性能ランキングで、日本の新型スーパーコンピューター「富岳」が世界一となりました。久々に胸がすっとするような明るい話題でした。しかし「ムーアの法則」に支配される情報産業においては、このランキングは一時的なものであり、いずれ他のスーパーコンピューターに抜かれます。しかし、そうなったらまた抜き返せばよいのです。世界最先端(世界一位)を目指すという気概が大切なのです。数年前の事業仕分けで「世界一になる理由は何があるのか」という議論がありました。私は、その気概を持ち続けることがとても大切で、これを失ってしまったら、日本のように国土も狭く資源も乏しい国はずるずると地盤沈下していくだけだと思います。常に挑戦し競争する心、打ち勝つ心が日本には必要です。明治維新の時には満ち溢れていたその精神が、現代は少し薄れているように思います。

(3)「破壊的イノベーション」を起こしやすいビジネス:
 近年、「破壊的技術(disruptive technology)」という言葉をお聞きになることが増えてきたのではないでしょうか。破壊的技術とは一般的に「従来の価値基準ではむしろ性能が低下するが、新しい価値基準のもとでは従来製品よりも優れた特長を持つ新技術」のことであり、例としては、ディジタルカメラやパーソナル・コンピューターなどが挙げられます。ディジタルカメラを例にして、もう少し詳しく説明しましょう。従来技術としては写真フィルムを使ったアナログ方式のカメラが大衆にも受け入れられ、広く普及していました。カメラの従来の価値基準とは「写真をきれいに撮ること」であり、写真フィルムの解像度は高く、美しい写真を撮ることができました。そこに登場したのがディジタルカメラですが、発売当初はその解像度は写真フィルム式のカメラに劣り、画質という意味では太刀打ちできませんでした。しかし、ディジタルカメラには、写真フィルムが不要であり、その代わりSDカードなどのディジタルメディアに撮影した写真データを保存することができました。これが新たな価値基準です。そのSDカードの写真データは、自分の思い通りに消すことができ、また、ディジタルメディアの空いている部分に追加で写真データを記録することもできるようになり、SDカードの使いまわしができるようになりました。その点、写真フィルムは一度使ってしまうと再利用ができず、家の机や押し入れの中には大量の使用済みの写真フィルムが積み重なることとなりました。さらに、インターネットの普及がディジタルカメラで写した写真データをコンテンツとして流通させることが簡単にできるようしたため、新たな価基準がさらに拡大することになりました。また、当初劣っていた解像度の問題も、ITの発展により写真フィルムにかなり近いレベルにまで改善し、現代では写真フィルム式のカメラに対して圧倒的シェアを握るに至ったのです。このように「破壊的技術(disruptive technology)」が業界や産業構造などにもたらす劇的な変化を「破壊的イノベーション」と呼んでいます。
 「情報産業」では、この「破壊的イノベーション」が度々起こる、または他の業界や産業に対し起こしています。その理由はなぜでしょうか。「情報産業」は、ITを使って主に「ディジタル情報」を生産、収集、加工、提供するなどといった形で業務を行っている産業です。扱う対象が「ディジタル情報」であることが主な原因です。「ディジタル情報」を生み出したのは、クロード・シャノンであり、「情報」の最小単位を「ビット」(確率50%の事象を100%に確定させる「情報量」を1ビットという)と定義し、このことにより、あらゆる「アナログ情報」はディジタル化(数値化)できるようになり、「ディジタル情報」が生み出されるようになりました。そして「ディジタル情報」は“0”と“1”のわずかに二つ数値(二値)の集合体です。この「ディジタル情報」および「ディジタル化(数値化)」こそが、近年で最大の「破壊的技術」であると言えます。
 “0”と“1”のわずかに二つ数値(二値)の集合体に変換する「ディジタル化(二値数値化)」はほとんどの場合従来の価値基準より性能は低下します。例えば音楽(音)の場合、音の発生源は楽器などからの物理的な連続量であり「アナログ量」です。これを「ディジタル化(二値数値化)」する際にはどうしても端数を切り上げたり、切り捨てたりして誤差(丸め誤差)が入り込み、情報は削られることになります。また、映像・画像などの場合もディジタルカメラの例で説明したように解像度の問題などにより情報は劣化します。しかし、ディジタル情報にしてディジタルメディアを使えるようになる新たな価値基準のもとでは、従来製品よりも優れた特長を持つことになるのです。このようにして「情報産業」は業界内のみならず、他の業界や産業、特に従来型の従来の価値基準で成長してきた産業などに対し、「ディジタル化」することによる「破壊的イノベーション」をどんどん仕掛けているのです。今後はどんな産業でも「ディジタル化」による「破壊的イノベーション」は避けられない事態となっていくと思われます。

 以上、今回は情報産業の主な特徴についてご説明してきました。3項目についてご説明しましたが、まだご説明したい特徴が3つほど残っているので、今回はここまでとさせていただき、のこりを次回(第14回)「情報産業(ビジネス)の特徴(その2)」として説明させていただきたいと思います。

次回も是非ご覧ください。

2020年10月19日

その12:情報産業の種類と発展の歴史

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情報産業(ビジネス)の種類と発展の歴史

 今回のテーマは「情報産業(ビジネス)の種類と発展の歴史」についてです。これまで技術的な話題が多かったですが、今回はITのビジネスについてご説明したいと思います。ITに関係するビジネスを情報産業と言います。当然、ITが生まれた後に育ってきた産業なので、歴史はそれほど長くありません。他の産業に比べれば、ごく最近生まれた産業と言ってもいいでしょう。しかし、その成長力は強く、現在の世界企業の株式の時価総額ランキング上位にはIT企業がずらりと並んでいます。そして日本の代表的な企業であるトヨタ自動車の時価総額の何倍もの資金を集めているのです。 今回は、情報産業のビジネス形態にはどんなものがあるか、どのような発展を遂げてきたのかについてご説明します。今後、ITがビジネスに与える影響がどんどん大きくなっていきます。すると、情報産業との付き合いもせざるを得ない状況になっていきます。そのための準備として、情報産業について理解を深めておくことが大切です。

「情報産業」のビジネス形態:

 「情報産業」は、ITを使って主に「ディジタル情報」を生産、収集、加工、提供するなどといった形で業務を行っている産業です。また、これらの業務を可能にする、ITツール(コンポーネント)を提供する事業や、これらの業務を可能にする基盤(プラットフォーム)を提供するサービスもこれに含まれる、かなり幅が広い産業です。
 日本標準産業分類上は「製造業」の一部や「情報通信業」と分類されていて、2017年の日本の実質GDPは「情報通信業」だけで46.3兆円であり、全産業の9.5%を占めている国内でも有数の産業となっています【図1】。


図1:全産業における実質GDP規模(総務省「平成30年度 ICTの経済分析に関する調査」)
総務省ホームページより
(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd231120.html)

「情報産業」のビジネス形態を、私は大きく次の4つに分けています。

(1) コンポーネント(装置)ビジネス:
 このビジネスは「製造業」に属します。「ディジタル情報」を処理(プロセス)するための「コンピューター」や「スマートフォン」、「ディジタル情報」を記憶・保存するための「HDD(hard disc drive)」や「SSD(solid state disk)」、USBメモリ、 CD、DVDなど、装置としては「ストレージサーバー」、「データベースサーバー」など、「ディジタル情報」を伝達するための、「ネットワーク装置」、「携帯電話通信装置」、「近距離通信(Bluetooth、電子ダグ、無線LANなど)装置」など、また、「情報」を入出力する(人間や実世界とのインタフェース)コンポーネントとして「キーボード」、「マウス」、「タッチパネル」、「センサー」など、装置としては「プリンター」、「ディスプレイ」、「ATM(automatic teller machine)」、「旅券発券機」などを製造し、販売するビジネスです。
 さらにこれらの装置に使われる電子部品もこの分類に属します。コンピューターに使われる「CPU(Central Processing Unit)」や「大規模集積回路:LSI(large-scale integration)」、「半導体メモリ」、液晶ディスプレイに使用される「液晶パネル」、スマートフォン、ディジタルカメラなどに使用される「イメージセンサー」、これらの電子部品を搭載した「電子回路基板」などです。
 一部のソフトウェアもビジネス的には、このコンポーネント(装置)ビジネスに属します。すなわち単品売りソフトウェアと呼ばれるもので、パーソナル・コンピューター用にも「日本語ワードプロセッサソフトウェア」とか個人事業主向けの「経理ソフトウェア」などがこれにあたります。日本企業におけるビジネス規模としては、「ゲームソフトウェア」の存在感が大きくなっています。これらのビジネスは、基本的に製造物の販売利益および保守サービスの利益を追求しています。

(2) システム構築(SI(System Integration))ビジネス:
 本ブログ「その10 情報システムの構成とその設計」で説明した「情報システム」を構築し、システムを提供するビジネスです。このビジネスの対象となる主な「情報システム」は、大規模で社会的インフラとして使われているような「情報システム」であり、銀行の預金・為替といった主要業務を担う「勘定系システム」や鉄道会社の「座席指定券類の予約・発券システム」などです。これらを顧客のニーズに完全にカスタマイズして設計・構築し、システムを販売するビジネスです。国内の大手情報システム企業がこれまで主軸にしてきたビジネスであり、SE(システム・エンジニア)と呼ばれる設計者がシステム構成の設計・構築や必要なアプリケーションソフトウェアの設計・製作を行うため、このSE作業が膨大にかかり、SE人件費がコストの多くを占めています。システム構成の種類としては、やはり本ブログ「その10 情報システムの構成とその設計」で説明した「大型コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)システム」か「クライアント・サーバーシステム」が過去の主流でした。
 近年になり、「クラウドシステム」が多く採用されてきていますが、特に「パブリッククラウドシステム」と呼ばれるシステムは、複数のユーザー企業でサーバーなどのハードウェア資源を共有するため、システム構築の費用を低く抑えることがメリットとなっています。そのため、「パブリッククラウドシステム」で情報システムを構築して納入する場合、従来のように大手情報システム企業の売り上げが伸びなくなってきており、日本市場におけるこのビジネス形態の勢いは衰えを見せ始めています。

(3) 情報プラットフォームビジネス:
 このビジネスは、第三者がITを活用したビジネスを行う場合の基盤(プラットフォーム)をツールなどで提供するサービスビジネスです。提供されるサービスはIT設備、Webアプリケーション・ツールなどです。
 IT設備提供サービスとして、「データセンターサービス」があります。これはITを活用したビジネスを行うために必要な「サーバー」や「HDD」などを多数搭載した「ストレージサーバー」、ネットワーク装置やソフトウェア(OS,アプリケーションソフトウェア))を顧客に代わって「データセンター」と呼ばれる強固な建物に準備し、これらのIT設備をレンタルするサービスです。顧客は個別に自前の設備を用意しなくても事業を開始することができますし、セキュリティー上も有利になることが多いです。IT設備提供サービスとしては、通信インフラを提供する「通信事業」もこれに入ります。
 「クラウドシステム」を構築するのをサポートしてくれるプラットフォームビジネスが「クラウドコンピューティングサービス」であり、次の3つのサービスモデルがあります。
①SaaS(Software as a Service):
 経理処理や販売管理などの業務アプリケーションソフトウェアをインターネット越しに提供するサービス。ユーザーは業務をすぐに開始することができる。
②PaaS(Platform as a Service):
 業務アプリケーションソフトウェアを開発し、実行する環境を提供する。データベースやAIなどの基本的な機能はライブラリとして準備されているため、比較的早く業務アプリケーションソウトウェアを開発し、業務を開始することができる。
③IaaS(Infrastructure as a Service):
 「サーバー」、「ストレージサーバー」「ネットワーク装置」などの資源を提供する。「データサンターサービス」と同等のサービスである。ユーザーは業務アプリケーションソフトウェアを自前で制作する必要がある。
 Webアプリケーション・ツールなどを提供サービスとしては、事業の基盤となりうる「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」などのコミュニケーションツールを提供するサービスもあります。フェイスブック、ツイッター、LINEなどはその代表例です。

(4) 情報・コンテンツビジネス:
 ディジタル情報・ディジタルコンテンツそのものを創造・提供するビジネスです。
 従来アナログ情報として提供されていたコンテンツとしては「新聞」、「テレビ(アナログ放送)」、「音楽(アナログレコード)」、「フィルム映画」などが代表格ですが、現在はそれぞれディジタル化されています。「新聞」においては、まだ電子版は日本ではそれほど普及していませんが、他のコンテンツはすでに「テレビ(ディジタル放送)」、「音楽(ディジタル音声)」、「ディジタルシネマ」などでディジタルコンテンツが主流になってきています。
 Web技術ができた後に登場したWebコンテンツとしても、地図情報や価格比較サイト、レシピサイトなどの新たなコンテンツが登場してきています。これらのコンテンツの中には、コンテンツの制作者が従来のようにクリエーター(プロフェッショナル)のみならず、利用者側の人間が制作するものもあり、UGC(user generated content)と呼ばれ、その数も増えています。
 最近話題の「ビッグデータ(Bid data)」もディジタルコンテンツの一つと言えます。AIが「ビッグデータ」を分析して、新たな「情報(コンテンツ)」を創り出すことができるようになってきました。AIやコンピューターが人間の手を借りずに、生みの苦しみを味わうことなく24時間休みなく絵画や小説などのコンテンツを創り出すことができます。このことは、サイバー空間の「ディジタル情報」の膨張を、さらに加速させています。

「情報産業」のビジネス誕生とその歴史:

 日本における「情報産業」、とくに「ディジタル情報」を使った「情報産業」は戦後に興りました。世界的には、米国IBM(International Business Machines Corp.)が会社初の商用計算機IBM701を発表したのが1952年であり、この後ほどなくして国内でも「情報産業」が芽吹きました。したがって、産業の歴史としては比較的浅く、限時点で60年強の歴史を持つ産業です。その60年を振り返ってみましょう。これまでに3度にわたり、ビジネスの主流が変化してきました。

(1)商用汎用コンピューター(ホストコンピューター)の時代(1960年~1980年ごろ):
 ITのビジネス(商用)としての幕開けは、汎用コンピューター(ホストコンピューター)と呼ばれる、大型計算機のビジネスから始まりました。それまで主に軍事用として開発されてきたコンピューターが、汎用の数値計算を行うためのツールとして商用化され、一つのビジネス分野になったのです。その時、世界の先頭を走っていたのはIBMであり、それを国内の富士通やNEC、日立などが追いつき追い越せとしのぎを削っていました。これらのメーカーは、CPUだけではなく、、不揮発性のメモリを使った主記憶装置(メインメモリ)と補助記憶装置(ハードディスクドライブ(HDD)など)、またカードリーダーやプリンターなどの入出力装置までほとんどのコンポーネントを自社開発し、銀行の「勘定系システム」などの目的を達成する情報システムとして構築し販売していました。ちょうど、この時期は日本の高度経済成長時期とも重なり、社会が必要とする「社会インフラシステム」が次々と情報化され、大規模な「情報システム」が構築されていきました。この時代のシステムは、まだコンピューターが希少であったこともあり、大変高価で各メーカーの売り上げも大きいものでした。このように、この時代のビジネスは、コンポーネント(装置)ビジネスとシステム構築(SI(System Integration)ビジネスが主流でした。
 コンピューターの仕様も各社オリジナルの物が多く、それぞれのメーカーで独自開発していました。そのため、メーカー依存性が高く、開発したソフトウェアも他のメーカーのマシンでは動作しないなどの制約があり、一度あるメーカーのシステムを導入してしまうと他のメーカーへ鞍替えすることが難しく、メーカーと顧客の関係が固定化しやすいビジネスでした。また、このような大規模な汎用コンピューター(ホストコンピューター)システムを維持・管理する作業も膨大で、システムを導入した大企業は、このシステムを維持・運用するための情報システム部隊を自前で持つところも多く、これらすべてをトータルすると、大きなコスト負担になっていました。


図2:NEC初のトランジスタ式コンピュータ「NEAC-2201」
NECホームページより
(https://jpn.nec.com/profile/corp/history02.html)

(2)パーソナル・コンピューター(サーバー、クライアント端末)の時代(1980年~2000年ごろ):
 汎用コンピューター(ホストコンピューター)は誰にでも使えるという代物ではありませんでしたが、コンピューターを導入することにより、業務効率やスピードが格段にアップするという評判は広まり、一般の人の間にも家電製品のように個人的に使えるコンピューターが欲しい、というニーズが生まれてきました。その頃には「電卓」や「家庭用ゲーム機」などが製品化され、専用の端末レベルでは個人がIT製品を使えるようになっていました。しかし、いろいろなソフトウェアを入れ換えて使うことができる便利な「コンピューター」は、個人で買うには高価すぎる状況であり、なかなか買えるものではありませんでした。
 しかし、IT製品の高性能化、低価格化、小型化のスピードは速く、米国IBMが会社初の商用計算機IBM701を発表してからわずか20数年後となる1976年にはアップルコンピューターが世界初の個人向けコンピューター「アップルⅡ」を発売しました。IT製品のコモディティー化のスピードはこれほど速く、それまで顧客を囲い込むことで比較的穏やかな市場環境を作ってこれた情報システム企業が、一気に自由競争の荒波にさらされるようになりました。
 そして1980年代に入ると、国内のメーカーも続々とパーソナル・コンピューターを販売するようになりました。汎用コンピューター(ホストコンピューター)で圧倒的な市場シェアを持っていた米国IBMは汎用コンピューター(ホストコンピューター)事業で大きな利益をあげていたので、当初このパーソナル・コンピューター事業には慎重でしたが、ついに1981年にIntelのCPUチップとマイクロソフトのオペレーティングシステム(OS(Operating System))であるMS-DOSを採用したモデル5150を発表し、このビジネスに参入しました。パーソナル・コンピューターのための個人向けの安価な入出力装置(キーボード、ディスプレイ、プリンター、通信用ボードなど)をすべて自社で提供するのには無理があったため、IBMは周辺機器やソフトウェアの普及のため「オープンアーキテクチャ」とし、機器の構成(アーキテクチャ)やインタフェース、回路図などを公開しました。これにより、IBMのパーソナル・コンピューターでは、豊富な周辺機器やソフトウェアを使えるようになり、人気が高まったのです。それと同時に、IBM以外の企業による、IBMパーソナル・コンピューターの互換機ビジネスが登場しました。そして、1984年にIBMから発表されたモデル5170のアーキテクチャをデファクトスタンダード(一般的に「PC/AT互換機」と呼ばれる)とすることで、メーカー間の互換性を実現し、CPUチップも統一された仕様のものが採用されるようになりました。
 こうしてパーソナル・コンピューター市場は、「PC/AT互換機」と非互換機の二つに分かれることになりました。当初は、大多数の情報システム企業が非互換機を製造・販売していましたが、この場合各メーカー間のソフトウェアや周辺機器の互換性が無くなることになり、ユーザーにとって不便なため不満をかっていました。このため、国内でもNECを除いた情報システム企業のほとんどが非互換機を止め、「PC/AT互換機」を販売するメーカーが増えていきました。世界的にも、アップルコンピューターを除き、ほとんどのメーカーが「PC/AT互換機」を販売するようになりました。その結果、「PC/AT互換機」が世界でも大きなシェアを占めることになり、その基本コンポーネントであるCPUチップを製造するインテル(Intel Corporation)と、OSを製造するマイクロソフト(Microsoft Corporation)がビジネス的に成功したため、この2社を指して「Wintel」と呼ばれ、パーソナル・コンピュータービジネスの勝者となりました。また、コンピューターの仕様が「PC/AT互換機」という形で統一されてしまったため、どのメーカーのパーソナル・コンピューターも機能差がほとんどなくなり、ユーザーが機種を選ぶ基準が、メーカーを選ぶというより、価格優先で選ぶ傾向が強くなっていきました。そうすると、安く作れるメーカー、つまり製造台数が多いメーカーが有利になり、もともとシェアが大きかったメーカーが、さらにシェアを伸ばしていくようになり、メーカーの淘汰が世界規模で進んでいったのです。


図3:富士通初のIBM/PC-AT互換機シリーズ FMV(デスクトップ)
富士通ホームページより
(https://www.fmworld.net/biz/fmv/concept/history/)

 この時代になると、コモディティー化は汎用コンピューター(ホストコンピューター)にも影響を与え始め、汎用コンピューターももっと安価にするよう顧客の要求が高まってきました。そのため、情報システム企業は独自仕様の汎用コンピューター(ホストコンピューター)を止め、パーソナル・コンピューターと同じ構造でできた、「サーバー」と呼ばれる製品を開発し、販売するようになりました。このハードウェアの低価格化は、それまで情報システム企業のビジネスを支えてきた、汎用コンピューター(ホストコンピューター)のコンポーネントビジネスの規模縮小を招きました。また、大規模な「社会インフラシステム」のIT化も一巡してしまい、新規のシステム構築案件が減ってきたことも影響して、システム構築(SI(System Integration)ビジネスも残ってはいるものの、縮小していきました。

(3)インターネットとスマートフォンの時代(2000年~2020年ごろ):
 「インターネット」の高速化と普及は、ワールドワイドで「情報」を共有できる「クラウドシステム」の採用を拡大させました。「クラウドシステム」では、前項で説明した「情報プラットフォームビジネス」がメインとなります。「情報プラットフォームビジネス」は、第三者がITを活用したビジネスを行う場合の基盤(プラットフォーム)をツールとして提供するサービスビジネスであり、従来の主流ビジネスであった「コンポーネント(装置)ビジネス」や「システム構築(SI(System Integration)ビジネス)とは異なります。従来のビジネスはユーザーが情報システム資源を所有する形が多かったのに対し、「情報プラットフォームビジネス」ではサービスとして提供されるため、ユーザー側はモノを持つ必要がなくなりました。「情報プラットフォームビジネス」もワールドワイドで均質なサービスを受けれた方がよいので、スケールメリットが働きやすく、シェアの高いいくつかの「情報プラットフォームビジネス」企業による独占化が進んでいます。
 また「クラウドシステム」のクライアントとして今最も多く使われているのが「スマートフォン」です。「スマートフォン」もコスト・パフォーマンスが重要であり、やはりスケールメリットが働きやすく、早くもメーカーの淘汰が進んでいます。このような状況下、従来大きなビジネス規模を誇ってきた大手「情報システム企業」は売る製品が少なくなってきており、その居場所は是幕なり、存在感は減少しています。一時は巨人と言われ、いち早くハード依存のビジネス体質から脱却してきた米国IBMでさえ、「クラウドシステム」市場では精彩を欠いています。国内を含めた大手「情報システム企業」は「クラウドシステム」の時代に売る製品として、「AI」や「ビックデータ」「IoT(Internet of Things)」などを活用したサービスなどを今一生懸命強化しています。
 「クラウドシステム」市場で圧倒的な存在感を誇るのは、「プラットフォーマー」と呼ばれる企業です。「プラットフォーマー」とは、機器やソフトウェア、ネットサービス、流通経路・決済手段(EC(e-commerce))などを構築・提供し、その分野で市場占有率が高い、有力あるいは支配的な企業を指します。従来であればCPUチップのインテルやオペレーティングシステムのマイクロソフトがそれに相当します。近年では、米国の株式市場で活況となった巨大ネット企業でソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)のフェイスブック(Facebook)、ネット通販のアマゾン・ドット・コム(Amazon.com)、動画配信のネットフリックス(Netflix)、検索エンジン・クラウド等の旧グーグル(現アルファベット:Google)の頭文字をつないで「FANG」と呼び、代表的な「プラットフォーマー」とされています。ゲーム機においては、任天堂、ソニー、マイクロソフトが「プラットフォーマー」であり、日本企業が強い分野です。
 情報ネットワークサービスを手掛ける「プラットフォーマー」は、サイバー空間へ様々な「情報」を吸い上げ「ビッグデータ」とし、それを役立つように処理し、顧客となる企業や個人へ提供して利益を得ています。これらの「プラットフォーマー」は、本ブログ「その11 サイバー空間の内容と特徴」で説明した実世界のさまざま「情報」をサイバー空間へマッピングするための強力なIT技術(「マッピング技術」)を提供しています。実世界との境界の部分を担っているのです。フェイスブックはコミュニケーションツールを、アマゾンは物流・販売を、グーグルはネット検索エンジンを、ネットフリックスは動画配信で実世界とサイバー空間を結んでいます。これらの企業は、実世界とサイバー空間を結ぶ、新たな境界線を探し続けているのです。実世界を便利にする、新たな境界線を作ることができれば、そこにビジネスチャンスが生まれます。だから、これらのネット企業はこれからも実世界のありとあらゆる物をサイバー空間へ結びつけようと狙っています。狙われるのは、従来サイバー空間とは対極にあった、物理的な商品を扱ってきた産業(製造業)です。特に市場規模の大きい自動車産業は代表例であり、ネット企業は自動車をパソコンのようなハードウェアの一つにし、それをソフトウェアでコントロールし、ビジネス自体も手に入れたいと考えています。今やいろいろな産業がサイバー空間へ吸い込まれようとしています。

 以上、今回は、情報産業のビジネス形態にはどんなものがあるか、どのような発展を遂げてきたのかについてご説明しました。情報産業のビジネスがどのような歴史をたどって現在まで発展してきたかを理解することにより、今後、これらの情報産業がどのように発展していくだろうか、そしてそれがその他の産業へどのよな影響を及ぼすのかを想像することができます。これにより今後の変化に対応できるよう、先手を打つことも可能になるのです。



2020年09月21日

その11:サイバー空間の内容と特徴

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サイバー空間の内容と特徴

 今回のテーマは「サイバー空間(サイバースペース)について」です。サイバー空間はIT(情報技術)の発展によって近年新しく生まれた情報空間(データ空間)です。100年以上前には存在しませんでした。本ブログ「その7「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」」で説明した、クロード・シャノンによって「ディジタル情報」が生み出されたことにより、存在することになりました。生まれた当初は、それほど注目されていなかったサイバー空間ですが、そこに存在するディジタル情報の量が増え、それに伴い価値も上昇することにより、現在では巨大なビジネスを生む宝の山になっています。今やどんな業種の企業でも、サイバー空間を無視してはビジネスをやっていけない状況になっています。サイバー空間を理解することにより、自分の事業の方向性、ビジネスチャンスなどを知ることができるのです。そこで、今回はサイバー空間とはどんなものか、またどんな特徴をもっているかについて、ご説明したいと思います。

「サイバー空間(サイバースペース)」とは:

 サイバー空間(サイバースペース)とは、コンピューターネットワーク上に広がり、多くの人がそこに記憶・保存された「ディジタル情報」を利用でき、人々が影響し合う場所です。それはネットワーク上やコンピューターの中につくられた仮想空間です【図1】。


図1:実世界とサイバー空間

 サイバー空間はコンピューターネットワークが出現する前はあまり注目されませんでした。コンピューターとコンピューターがネットワークでつながり、「ディジタル情報」を広域で多数が共有できるようになって存在感を増してきました。
 サイバー空間を構成している物理的な資源は、コンピューターネットワークにつながれた「ディジタル情報」を処理するための無数の「サーバー」、「ディジタル情報」を記憶・保存するための「HDD(hard disc drive)」などを多数搭載した「ストレージサーバー」、それらをつなぐ「インターネット」、「携帯電話通信網」、「近距離通信(Bluetooth、電子ダグ、無線LANなど)」などのネットワーク装置などです。これに加えて情報資源として、ソフトウェア(OS,アプリケーションソフトウェア(SNS、ブラウザー、AIなど))と大量の「ディジタル情報」が記憶・保存されています。
 このサイバー空間に記憶・保存された「ディジタル情報」の多くは、私たちが生活・生存している実世界のさまざまな「情報」をマッピング(写像)したものです。マッピングには、一度サイバー空間へマッピングしても完全に元の実世界の情報に戻せる「可逆型」のマッピングもあれば、マッピングした後は、完全には元の実世界の情報には戻せない「非可逆型」のマッピングもあります。サイバー空間にマッピングされた実世界の情報の多くは、サイバー空間で何らかの処理をされた後、また元の実世界へ戻されます。
 実世界のさまざま「情報」をサイバー空間へマッピングする際には、何等かのIT技術を使用します。そしてそこが実世界とサイバー空間の境界になっています。このマッピングする際のIT技術(「マッピング技術」)にはいろいろな種類があり、IT技術の発展に伴い、その種類は増え、高度化しています。「マッピング技術」が高度化するとは、今まで以上に正確に実世界の「情報」がマッピングできるようになったり、これまでマッピングできなかった「情報」がマッピングできるようになる、ということです。そのため、サイバー空間に存在するディジタル情報の量は、加速度的に増えているのです。今ではこれを「ディジタルツイン」と呼び、まるで双子のように実世界とサイバー空間は同等レベルの情報を持つようになりました。双子と言ってももともと存在していたのは実世界でありお兄さん的存在であり、サイバー空間は最近生まれた弟分です。

 それでは、サイバー空間へのマッピングの理解をもう少し深めるために、いくつかマッピングの例を挙げてみましょう。

① 貨幣【図2】:
 貨幣はコンピューターが開発されてから比較的早い時期からサイバー空間にマッピングされ、利用されてきました。「マッピング技術」としては、ATM(automatic teller machine)などが使われています。例えば1万円札はATMを通した瞬間にディジタル化され、1万円という数値情報になり、さらにディジタル情報へ変換されサイバー空間へ移され、保存されます。預金通帳には1万円が入金されたことがプリントされ、私たちは1万円を持っている、と思っています。そしてATMのある所へ行って出金すれば、1万円札がディジタル情報ではなく、元の紙幣の形で戻ってきます。このケースは、実世界の情報(1万円札)は完全に元の実世界の情報に戻せる「可逆型」になります。貨幣はもともとディジタル(離散的)な情報であるため、可逆にすることは簡単です。貨幣は厳密に可逆型でないと使いものになりません。1円でも間違っていれば大問題になってしまいます。


図2:サイバー空間へのマッピング例(貨幣)

② 音楽(音声):
 音声を記録することは、1877年に発明王トーマス・エジソンによる円筒式の「アナログレコード」により行えるようになりました。その後、メディアは「カセットテープ」などで持ち運びに便利になりました。しかし、録音の方式がアナログ方式であり、音声情報はメディアに物理的に書き込まれ、コピーは不便であったため音声情報はそのメディアに記録したまま持ち運ぶしかなく、音楽を別の場所で楽しむには何本も「カセットテープ」などのメディアを持ち運ぶ必要がありました。しかし「ICレコーダー(ディジタルレコーダー)」といった、音声情報をディジタルデータにマッピングできる技術が登場したことにより、音声情報はサイバー空間に保存され、活用されるようになりました。サイバー空間に保存することができるようになったため、従来のアナログ方式の時代のように、メディアを持ち運ぶ必要はなくなり、いつでも、どこでも好きな音楽が楽しめるようになったのです。

③ 物の存在(静止画・動画):
 物の存在を静止画として記録することは、ITが生まれるずっと前の1826年に写真が発明されてから行われてきました。人類はそれまで「絵」でしか物の存在を記録することができませんでしたが、それを遥かに短時間でしかも正確で緻密に記録できるようになりました。しかし「ディジタルカメラ」という静止画をサイバー空間へのマッピングする技術ができたことにより、それまで主流であったフィルムによる記録は縮小し、多くの静止画情報もディジタル情報にマッピングされ、サイバー空間に保存され、活用されるようになりました。さらに動画に関しても「ディジタルビデオ」というマッピング技術ができたことにより、サイバー空間に保存され、活用されるようになりました。これらのマッピング技術は「スマートフォン」にも標準機能として採用されるようになり、今やすべての「スマートフォン」ユーザーが膨大な量の静止画や動画をサイバー空間に移動し、保存し、活用しています。静止画や動画はそのマッピングの方法により「可逆型」であったり「非可逆型」であったりします。これらの情報は、利用の用途によって「可逆型」である必要があったり、「非可逆型」でも問題なかったりします。視覚的に再現するだけでよいなら「非可逆型」で問題はなく、現在採用されている方法も「非可逆型」が主流となっています。

④ 物や人の位置情報:
 物や人の位置情報は、これまであまり人間社会で使われきませんでした。理由はその位置情報を把握するのが難しかったためであり、ニーズが無かったわけではありません。位置情報を把握するのに手間がかかるため、よほど重要な物や人の位置情報しかリアルタムに把握されることはなかったのです。高価な資産(あまり動かない資産)が今どこにあるかなどは逐次人間が確認し、記録を付けるなどして管理していました。また、航空機などの位置は、高性能レーダーにより位置を把握し、管理していました。しかし、それはGPS(global positioning system)というマッピング技術ができたことにより、大きく変わりました。GPSを使えば、低コストでリアルタイムに正確な位置情報をサイバー空間へマッピングできるようになったのです。「スマートフォン」には標準機能としてGPSが採用されており、「スマートフォン」を持つ多くの普通の人間の位置情報もサイバー空間にマッピングし、保存できるようになりました。

⑤ 人の行動:
 人が何に興味を持ち、何を購入したか。いつ、どこにいっって何をしたかなどの行動も、Webの「ポータルサイト」や「検索サービス」、「購入サービス(EC(electronic commerce))」、「価格比較サービス」、「ルート検索サービス」などの多様なITサービスにより、どんどんサイバー空間にマッピングされ、保存・活用されるようになりました。また、最近のAI技術を活用すれば、静止画や動画から、「何が」写っているかを認識することも可能になってきました。個人情報である、個人の顔の写真を入手することができれば、その写真に写っている顔に近い画像が写っている静止画や動画を探し出すことができます。すると「誰が」どこで何をしていたかがサイバー空間上で判ってしまうことになってしまいます。使い方を誤ると、恐ろしい監視社会になっていってしまう危険性があります。

⑥ 人のつながり、意見、主張、人格【図3】:
 従来は、人の意見、主張などは、基本的にはフェイス トゥー フェイス(face to face)で交わすものであり、メディアを通した議論でも、新聞やテレビといった信頼のおけるマスメディアが主流でした。それが人と人のコミュニケーションの形でした。しかし、ツイッターやフェイスブックなどの「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」が登場すると、一気にこの新しいコミュニケーション方法が広がっていき、時には匿名で、時には実名でいろいろな人のつながり、意見、主張、時にはその発言内容からその人の人格までもがサイバー空間にマッピングされ、保存されるようになりました。従来の人と人のコミュニケーションに比べ、圧倒的にその情報拡散能力が高いため、実世界の意見形成にも影響を大きく与えるようになってきています。


図3:サイバー空間へのマッピング例(人のつながり)

 以上の例でわかるように、最近では実世界のさまざまな「情報」をマッピングできるようになってきており、この傾向は今後のIT技術の発展により、さらに増えていくと思われます。現在、IoT(Internet of Things)と呼ばれる「すべてのモノをインターネットでつなぎ、有効活用していく」というITの潮流があり、これがこの流れを加速しています。そして、そのうち実世界のあらゆる情報がサイバー空間にマッピングされ、保存・活用されるようになると思われます。


サイバー空間(サイバースペース)の特徴:

さて、次にサイバー空間の特徴はどんなものかについてご説明したいと思います。

① 実世界との関係【図1】:
 サイバー空間は「ディジタル情報」の世界であり、実世界は物理世界です。サイバー空間(サイバースペース)のディジタル情報は基本的には元の実世界(物理世界)へ戻されます。それはディジタル情報は私たち人間にフィードバックされてこそ、はじめて役に立つからです。また、人間はディジタル情報を直接理解することはできません。したがって実世界へ戻す際に、境界となるIT技術によって人間の理解できるアナログ情報へ変換されるのです。音楽などのディジタル音声情報は、空気の振動に変換され、人間に認識されます。静止画や動画などのディジタル画像情報は、可視光線に変換され、人間の視覚を通して認識されます。情報ではなく、物理的な物や現象に変換されるものもあります。前に説明した貨幣は「1万円札」などの実世界で通用する貨幣に変換されて戻されます。ネットで購入したものは、倉庫から出庫されて宅配便で購入者のところへ物として届けられます。このようにサイバー空間は最終的には実世界とつながっているのです。別々ではなく、密接な関係にあります。

② 実世界との違い:
 実世界は、「物質」、「エネルギー」および「情報」で構成されているのに対し、サイバー空間はほとんど「情報」で成り立っています。しかもその「情報」はすべて「ディジタル情報」であり、「二値数」に表現(数値化)されたデータ(バイナリデータ)であるため、“0”か“1”だけの世界です【図1】。サイバー空間は物理的なものとの結びつきがなく、重力もありません。実世界では、あらゆる物質は重力の影響や制約を受けますが、それが無いのです。今のところ生物も生存していません。物理的な距離もなく、世界中のデータに高速にアクセスすることができます。実世界では、長距離を移動し、時間をかけなければ得られないような世界の裏側の地域の情報が瞬時に得られます。そこには国境のような物理的な境界線はなく、自由に移動できる空間なのです。

③ サイバー空間のディジタル情報の統制:
 サイバー空間に展開されている「ディジタル情報」に関して、まだ明確な運用上のルールがあまりありません。さまざまな国の様々な人々、企業が入り乱れてこの空間になだれ込んでおり、統制の取りようがないのです。資金力の乏しい国にとっては、場合によって格好のテロ空間であったり、不正な資金調達などの犯罪の温床にもなり得ます。
 サイバー空間は現在もどんどん膨張を続けています。IDC(International Data Corporation)は、2020年の世界の全ディジタルデータ量は40ZB(ゼタバイト:ゼタは10の21乗)に到達すると予測しています。しかもサイバー空間の中を情報が拡散する速度が速いので、一度サイバー空間に広がった情報は元に戻したり、完全に消去することは難しいのです。したがって本来はサイバー空間に実世界の「情報」をマッピングする場合には、それなりに慎重さが必要です。しかし、実世界の「情報」をサイバー空間にマッピングするマッピング技術の進化により、従来は「情報」をマッピングしようと思えば、コンピューターやパーソナル・コンピューターを人間が意識的に使う必要がありましたが、現在は、無意識のままに防犯カメラやGPSで実世界の「情報」がサイバー空間にマッピングされるようになっています。無意識のままに実世界の「情報」がサイバー空間にさらされる危険性があるのです。さらに最近では人の行動や趣味、嗜好などのプライベートな情報までマッピングできるようになっています。そうなると、個人情報やプライバシーまで無意識のうちにサイバー空間にさらされる危険性が高くなってきます。そのため、現在個人情報保護やプライバシー保護の観点から国際的なルール作りが模索されています。また、現在ではグーグル、アマゾン、フェイスブックなど一部の巨大IT企業にこれらの「ディジタル情報」が集中する事態が発生しており、企業競争の公平性を維持するための議論もされています。

 以上、サイバー空間についてその内容や特徴についてご説明してきました。サイバー空間のディジタル情報は今もどんどん増え続けています。なぜ、これほどにいろいろな情報をサイバー空間にマッピングし、ディジタル情報化するかと言えば、本ブログ「その8 ディジタル化のメリット」でご説明したように、ディジタル情報にはアナログ情報にはないメリットが多くあるからです。さらにその情報の量が増えれば増えるほどメリットは大きくなります。そしてそこには大きなビジネスチャンスが埋もれているのです。


2020年08月27日

その10:情報システムの構成とその設計

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情報システムの構成とその設計

 今回のテーマは「情報システムの構成とその設計について」です。IT(情報技術)も人々の生活やビジネスの役に立ってこそはじめて存在意義があります。生活やビジネスの役に立つようにするためには、ある目的を達成するためにITを駆使した「システム」にする必要があります。これを「情報システム」と呼び、生活やビジネスの様々なシーンに活用されています。「情報システム」がどのような構成になっているか、どのようにして設計されているのかを知ることにより、これから「情報システム」をより上手く、高度に利用していくことが可能となります。そこで今回は「情報システム」の中身についての理解を深めることとし、その構成やシステム設計作業の内容、システム性能の基礎的な知識などを中心にご説明したいと思います。今回は少し専門敵な技術のお話しになります。

「情報(IT)システム」とは:
 「情報(IT)システム」と言ってもいろいろあります。1台の大型計算機(「コンピューター」)も、一つの「情報システム」と言えますし、家で表計算ソフトなどを入れて使っているパーソナル・コンピューターだって一つの「情報システム」と言えます。大型計算機もパーソナル・コンピューターも構成要素の一つになってしまうような、もっと大規模で社会的インフラとして使われているような「情報システム」も存在します。本ブログ「その9 コンピューターの構成(アーキテクチャ)」で説明したような「コンピューター」は、「情報システム」の中で一番基本となるコンポーネントですが、それでシステムのすべてではありません。システムとしてある目的を達成しようと思えば、他のいろいろなコンポーネントが必要になってきます。
 「スマートフォン」のような「情報機器」も一つの「情報システム」と言えるので、これを例にどんなコンポーネントでシステムが作られているか見てみましょう。まず、いろいろなデータ処理(演算)を行うCPU、データを記憶するメモリやSSD(solid state disk)、処理した結果を表示するディスプレイ、人間の操作内容を入力するタッチパネル、電源をON/OFFするための電源ボタン、画像を入力するための高精細な画像センサー、ネットワークとつなぐための通信回路とアンテナ、音を出すためのスピーカー、音を入力するためのマイク、音源を入出力するためのプラグのジャック、さまざまな外部機器と接続するためのインタフェースのポートなど、そして大切なのが電源(バッテリー)です。電源が無ければ「情報システム」は動くことができないのです。最近のスマートフォンでは、このバッテリーが大きさ的にも重量的にも一番大きな部分を占めています。このように、1つの「情報システム」として機能するためには、これらの多くのハードウェアが必要となります。さらに、忘れてならないのが「ソフトウェア」です。ソフトウェアは大きく分けて「アプリケーションソフトウェア(AP)」と「基本ソフトウェア(OS:オペレーティングシステム)」に分けられますが、その両方を必要とします。いろいろな目的に合った「アプリケーションソフトウェア」をスマートフォンに入れる(ダウンロードする)ことにより、1台のスマートフォン(スマホ)がいろいろな仕事をしてくれるようになります。「計算機(電卓)」にもなるし、メールやコミュニケーションツールにもなります。また、動画を見たり、音楽を聴いたり、ゲームをしたりと何でもやれるようになるのです。今では、道案内や相談相手(「音声アシスタンス」と言う)にもなってしまいます。
 もう少し大規模な「情報システム」についても見てみましょう。私は社会人になって「システム構築」という仕事もしました。この仕事は、まさに「情報システム」を構築する仕事です。私の担当したシステムの内のひとつは、浄水場のポンプの起動・停止を需要状況に応じて制御するシステムでした。このシステムの場合、制御専用のコンピューター(「ミニコン」)とポンプの起動・停止を指示する信号や浄水場の水位など、さまざまな設備の状態を知らせるセンサーからの信号線、ネットワークなどや、これらの状態を監視するための監視モニター(今の液晶ディスプレイのようなもの)、浄水場の操作員が手動で操作する時の操作スイッチなどで構成されていました。また、日報や月報などの運転記録を印刷するためのプリンターがあり、これらは分電盤から電力を供給されていました。
 このような、大小いろいろな構成を持つ「情報システム」を定義しようとすれば、「ある目的を達成するために、「コンピューター」、「ソフトウェア」、「周辺機器」、「ネットワーク」などの「IT(情報技術)」や「情報機器」を利用することにより、「情報」の収集、蓄積、伝達、利用などを行えるようにした仕組み」ということになると思います。

「情報システム」の機能要素:
 このように複雑な構成で成り立つ「情報システム」ですが、基本的な機能要素(コンポーネント)はシンプルであり、
① 「情報」を処理(プロセス)する要素
② 「情報」を記憶・保存する要素
③ 「情報」を伝達する要素
④ 「情報」を入出力する(人間や物理世界とのインタフェース)要素
の4つに分類されます。
 従って「情報システム」のシステム構築、システム設計を行う場合は、この4つの要素について検討を行うことになります。
 まず、①「情報」を処理(プロセス)する要素として例を挙げるならば、パーソナル・コンピューター内の部品レベルで言えば「CPU」であり、「情報機器」レベルで例を挙げれば「コンピューター」、「スマートフォン」などです。情報処理技術の目的は、「情報」を人間の役に立つように処理することであり、この要素は最も中心的な役割り果たします。この要素が無い「情報システム」はまず存在しないと言っていいでしょう。「情報システム」を構築する場合に、まず、最初に行うのがこの要素の検討・選定であることが多いです。そのシステムとしての目的を達成するのに、どのような「コンピューター」を採用すればよいのか、パーソナル・コンピューターの用途を満たすような性能を持つCPUはどれにすればよいのかなど、経済的な制約のもとで検討することが必要になります。
 次の②「情報」を記憶・保存する要素として例を挙げるならば、パーソナル・コンピューター内の部品レベルで言うと「HDD(hard disc drive)」や「SSD(solid state disk)」であり、用途によっては、USBメモリ、 CD、DVDなどもこれに含まれます。「情報機器」レベルで例を挙げるならば、「ストレージサーバー」、「データベースサーバー」などになります。「IT(情報技術)」を利用したこれらの要素は、「ディジタル情報」を蓄積するものです。従来は「情報」を蓄積するには、コストも時間もかかっていましたが、技術が発達したおかげでとても大量のデータをとても速く蓄積することができるようになりました。「情報」は蓄積することにより、その価値はどんどん大きくなります。最近のキーワードである「ビッグデータ」も蓄積するコストが下がったことが大きく貢献しており、多くの情報を安く蓄積することが可能になったお陰で実現できたのです。そして「情報システム」を構築する場合には、そのシステムとしての目的を達成するのに、どのような容量でどのような読み込み・書き込み性能の「HDD」や「SSD」にするかなどが検討課題となります。
 ③「情報」を伝達する要素として例を挙げるならば、パーソナル・コンピューター内の部品レベルで言うと「バス(bus)」であり「情報機器」レベルで例を挙げれば、「インターネット」、「携帯電話通信網」、「近距離通信(Bluetooth)、電子タグ(RFID)、無線LANなど)」などです。これらの要素は、建物と建物を結ぶ道路の役割に似ています。その「情報システム」で扱うデータ量が多い場合は、それに見合った方式の通信手段を採用する必要があります。運ぶ荷物の量が多いならば、それに見合った太さの道路を作る必要があるのと同じです。また、どれぐらい早く荷物を届けなければならないかも重要な検討ポイントです。ゆっくりでよいなら大型トラックで運べばよいし、データ量は少ないが早く届けないといけない場合には、高速道路を作って、そこをスポーツカーで運ぶ必要があります。従来は、それほど多くの選択肢が無かったこともあり、この要素の検討は後回しになってしまう傾向がありましたが、最近では、伝達手段の多様化とともに重要な検討課題となり、システム構築時の検討優先度があがっています。
 最後の④「情報」を入出力する(人間や物理世界とのインタフェース)要素について例を挙げるならば、パーソナル・コンピューター内の部品レベルで言うと「キーボード」、「マウス」、「タッチパネル」、「ディスプレイ」、「センサー」などであり「情報機器」レベルで例を挙げれば「プリンター」、「外部モニター」などです。この要素はアナログ世界との接点でもあるため、他の要素に比べて比較的に動作は遅いです。①から③の要素はすべて「ディジタル情報」で行われるのに対し、この要素だけ「アナログ情報」が混在しています。人間は「ディジタル情報」を元の「アナログ情報」に戻してもらうことで、多くの「情報」を認識できます。その意味で、この要素は重要です。この要素が無いと、「情報システム」で処理された情報はいつまでも人間に認識されることができず、「ディジタル情報」の世界(これを「サイバー空間」とも呼ぶ)を出てくることができないのです。したがって「情報システム」を構築する場合には、その「情報システム」と「実社会」とのインタフェースをどうするかをよく検討し、どの「情報機器」にするかなどを決定する必要があります。

「情報システム」の性能:
 ここで、「情報システム」の性能について考えたいと思います。なぜなら、その「情報システム」が使われるか否かは、その機能が私たちの役に立つか、ニーズに合っているかということと、もう一つはこの性能が私たちの使い心地を満たしているか、ということによって決まるからです。いくら良い機能を実現したとしても、その結果が得られるまでに何日もかかっていては、とても使う気にならなりません。つまり役に立たないのと同じものになってしまうのです。「情報システム」の設計者は、しばしばこの性能問題に悩まされます。基本的に「情報システム」の機能は、性能とコストに比例します。高度な機能を実現すると性能は遅くなり、コストは膨らんでしまうのです。多くの人に使ってもらえる(買ってもらえる)「情報システム」を作ろうと思ったとき、基本的には機能が豊富で役に立つものを提供すればよいのであるが、そうすると性能とコストが顧客ニーズに合わなくなってしまうのです。したがって、その機能と性能、コストを天稟(てんびん)にかけてバランスを見ながら設計することになります。
 情報システムの性能は、4つの機能の性能バランスで決まります。どれか一つだけが性能が良くても、システム全体としての性能はあまりよくなりません。CPUだけが速くなっても仕方ないのです。HDDやバスの性能アップも欠かせません。このバランスを理解する上で、次のように高速道路の例を考えると分かりやすいと思います。
 前に挙げた4つの機能を、それぞれ高速道路に例えると次のようになります。
① 「情報」を処理(プロセス)する要素 ⇒ 高速道路のサービスエリア(ドライブスルーのイメージ)
② 「情報」を記憶・保存する要素 ⇒ 高速道路のパーキングエリア(駐車場)
③ 「情報」を伝達する要素 ⇒ 高速道路
④ 「情報」を入出力する要素 ⇒ 高速道路の入口・出口
 ここで、高速道路を利用する車は、「情報システム」の「情報」に相当します。この高速道路システムで、車が渋滞せずにスムーズ(高速に)に流れるようにするためには、どうしたらよいでしょうか?
サービスエリアは高速道路にいくつ作ればよいか?1台あたりのサービスの時間はどれぐらいで済むようにし、何台ぐらいを同時にサービスできるようにすればサービスエリアでの渋滞が防げるだろうか?パーキングエリアの駐車スペースも、どれぐらいの時間間隔で何台ぐらいの車を置けるスペースを作ればよいのだろうか?高速道路は何車線にすればよいのだろうか?入口・出口のETC(Electronic Toll Collection System)のゲート数や、一般道路で出るところの車線数、信号の時間間隔などどうすればよいだろうか?これらのいろいろな要因を、高速道路の利用者数を推定してシステム全体として最適化を図る必要があります。高速道路の車線数を増やせばそれに応じてサービスエリアやパーキングエリアの処理能力を高めなければならない。かと言って、これらの設備を増やせば増やすほどコストは膨大なものになっていきます。これは最新のAIでも駆使しないと最適な解は導き出せないのではないでしょうか。
 この例で、「情報システム」の場合と「高速道路システム」で性質が少し異なる部分があります。それは、高速道路システムでは、「情報」に相当する車はほとんどが数時間内に一般道路に出ていってしまうことです。つまり、車は一時的にしか高速道路システムには滞留しません。しかし、「情報システム」における車、すなわち「情報」は多くの場合ほとんどが「情報システム」の中に滞留してしまい、「情報」を記憶・保存する「HDD(hard disc drive)」や「SSD(solid state disk)」には、もう使わなくなった「情報」も含めて溜まっていくことになります。定期的に大掃除をして、USBメモリ、 CD、DVDなどにバックアップをすればよいのですが、ほとんどの人はそのままにしてしまいます。一方、高速道路のパーキングエリアは、夜になれば空が多くなってきます。


図1:高速道路を管理する道路管制センター
NEXCO西日本 ホームページより
(https://corp.w-nexco.co.jp/activity/maint_bus/info_mgmt/)

 この検討で分かったように、高速道路システムの全体性能は、4つの機能要素の性能バランスによって決まってきます。これと同じように「情報システム」の全体性能も、4つの機能要素の性能バランスによって決まってきます。しばしば「情報システム」の性能の議論をする場合に、「情報」を処理(プロセス)する要素、つまり「CPU」や「コンピューター」、「スマートフォン」などに注目が集まりがちになります。これだけ性能がよい「CPU」を採用したパーソナル・コンピューターであれば、システム全体の性能もきっとよくなるに違いない、と思って購入して使ってみたら期待ほどではなかった、ということを経験した人も多いのではないでしょうか。また、最新の「スマートフォン」を購入しても、アプリケーションの性能としてはあまり変わらなかった、といったような話はよくあります。これらの性能は、その他の機能要素の性能とのバランスによって決まってくるのです。「HDD(hard disc drive)」や「バス(bus)」、「インターネット」、「携帯電話通信網」などの性能がそれに比例して性能UPしなければ速くならないのです。
 最近話題のAIシステムも「情報システム」の一つであり、この性能の考え方は共通です。「CPU」や「コンピューター」が今や人間の頭脳の処理能力を超える勢いではあっても、それだけでAIシステムが人間の脳の能力を超えるとは限らないのです。最近のAIはビッグデータの解析などに役立てられていますが、ビッグデータは大量の「HDD(hard disc drive)」や「SSD(solid state disk)」に蓄えられており、それにアクセスするには、ネットワーク越しにアクセスする場合もあります。こうなると、ネットワークの性能と、「HDD(hard disc drive)」や「SSD(solid state disk)」の性能が問題になってきます。

「情報システム」の構成:
 情報システムの構成として、よりよい性能を実現するいくつかの形態・構成が採用されてきましたが、主に「情報」を何に記憶し、その「情報」を処理(プロセス)する要素である「CPU」や「コンピューター」にどんな通信手段を使ってつなぐか、について検討され変更されてきました。なぜ、この検討が中心になるかというと、本ブログ「その9 コンピューターの構成(アーキテクチャ)について」で説明したように、現状最も多く使われているコンピューターアーキテクチャである「ノイマン型コンピューター」のボトルネックは、「情報」を処理(プロセス)する要素と記憶・保存する要素の間の「データ転送」であり、より性能のよい「情報システム」の構成を検討するにはここがキーポイントになるからです。
 「情報システム」の構成は、これまでに大きく三度変わってきました。
 最初の情報システム構成は「大型コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)システム」でした。このシステムでは、「情報」はコンピューターに隣接された記憶装置に記憶され、それを読みだして処理をしていました。この当時、まだコンピューター同士をつなぐネットワークは発達しておらず、それぞれの大型システムは、ほとんど独立した形で利用されていました。したがって、取り扱える「情報」をごく一部に限られ、利用時間も時間を区切って短時間しか使えませんでした。
 それをもう少しコンピューターを長く、多くの人が使えるように改善したのが「クライアント・サーバーシステム」と呼ばれるシステム構成です。大型コンピューターをサーバーとし、ここに「情報」を集中的に記憶・保存します。それをクライアントと呼ばれるパーソナル・コンピューターを近距離ネットワーク(LAN(local area network))でつなぎ、必要な「情報」をサーバーから伝送して利用するものです。この頃からネットワークが情報システムに利用されるようになるが、ごく限られたエリア(多くは一つの企業内)でのみ利用でき、共有できる「情報」もその企業内にもののみでした。
 現在は「クラウドシステム」、または「クラウドコンピューティングシステム」と呼ばれるシステム構成が採用されています。これは「クライアント・サーバーシステム」を発展させ、ネットワークとして「インターネット」を使用しています。従来「インターネット」を図で表現する時に、雲(クラウド(cloud))の形を描いたことから「クラウドシステム」と呼ばれるようになりました。「情報」を集中的に記憶・保存する「ストレージサーバー」、「データベースサーバー」とは「インターネット」でつながるため、ワールドワイドで「情報」を共有できるようになりました。「クラウドシステム」のクライアントとして今最も多く使われているのが「スマートフォン」です。「スマートフォン」は年に10億台以上も販売され、世界中の人々が利用し、「情報」を共有しています。また、「携帯電話通信網(モバイルネットワーク)」の性能が上がってきたこともあり、ほとんどの「情報」をクラウド側の「ストレージサーバー」、「データベースサーバー」に保存し、「スマートフォン」側にはほとんど「情報」を保存せずに処理することができるようになっています。


図2:クラウドコンピューティング
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「クラウドコンピューティング」より
(https://ja.wikipedia.org/)

 この「情報システム」構成の変更は、およそ10年~20年程度の間隔で行われてきました。このシステム構成の移り変わりにより、いろいろなビジネスが生まれては消えていきました。例えば、音楽や動画の視聴をするために、以前はCDやDVDを持ってきて再生する必要があったため、レンタルビデオ、レンタルCDやDVDというビジネスが流行りました。しかし、今やこれらのコンテンツ(情報)はクラウド側のサーバーに保存され、それをそのまま再生できます。そのため、CDやDVDは必要なくなり、レンタルビジネスも縮小しています。また、「クラウドシステム」の発展は、「情報」のクラウド側への集中を促し、「ビッグデータ」という新たなビジネスを生んでいます。今後の状況としては、2019年に一部地域で第五世代(5G)の「携帯電話通信網」がサービス開始され、現在の第四世代(4G)の10倍~100倍に性能が上がることが期待されており、これが「情報システム」の構成を変えていくものと思われ、これが当面一番大きなインパクトになる可能性が高いものとなります。通信性能がこれだけ高速になると、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)活用したサービスとか、AIをもっと身近に利用できるサービスなどが増える可能性があります。また、製造の形態も、もっと多くの詳細設計データをリアルタイムに共有することができるようになり、より柔軟な形へ変わっていくでしょう。ただし、あまりに「携帯電話通信網」を流れる情報量が増えると、それを支えている固定通信網が性能のボトルネックになり始めるという指摘もあり、やはりいろいろな性能バランスの上でいろいろな構造が生まれ、サービスが提供されていくものと思われます。最近、最も話題になっているのは、「エッジコンピューティング」という方式です。今後IoTの導入が進み、すべてのモノから「情報」をインターネット経由でクラウド側へ送るようになると、さすがに第五世代(5G)の「携帯電話通信網」でもその伝送能力の限界に達するため、できるだけモノのそばに置く「エッジコンピューター」でローカルに処理してしまおうという考え方です。マイクロソフト社(Microsoft Corporation)は2017年にスローガンを「インテリジェントクラウド、インテリジェントエッジ」とし、新たなサービスを展開するなど素早い対応を見せています。今後、どのような方式が主流になっていくかは、まだ分かりません。

2020年08月03日

その9:コンピューターの構成(アーキテクチャ)について

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コンピューターの構成(アーキテクチャ)について

 今回のテーマは「コンピューターの構成(アーキテクチャ)について」です。IT製品で最もポピュラーなのは「コンピューター」でしょう。現在、世界で20億台以上使われているスマートフォンも、コンピューターの一種であると言えます。そこで今回はこの「コンピューター」の中身についての理解を深めることとし、その構成(「アーキテクチャ」とも呼ばれています。)を中心に、その歴史や内容、問題点などについてご説明したいと思います。

 「ディジタル化」を行う理論の原型はクロード・シャノンによって作られ、その「情報」を扱う「コンピューター」の原型はフォン・ノイマンによって作られました。フォン・ノイマンはハンガリー出身の数学者ですが、30歳代にアメリカ合衆国へ渡り、以降アメリカで研究活動を行いました。そして、このノイマンが考案したコンピューターの基本的な構成(これを「ノイマン型アーキテクチャ」と呼びます)を使ったコンピューターを「ノイマン型コンピューター」と呼び、現代のコンピューターアーキテクチャの主流となっています。
 「ノイマン型コンピューター」が現れる前にも、いろいろな「コンピューター」が開発されていました。本ブログ「その7「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」でご紹介した「機械式計算機」もその一つです。当初の「機械式計算機」では、歯車やリレーなどの機械的動作を用いて演算を行っていましたが、1930年代に入るとその動作を「三極真空管」で行う「電子計算機」が開発されました。そして、世界初の「汎用電子計算機」はペンシルバニア大学で開発され、1946年に完成した「ENIAC」であるとされています【図1】。「ENIAC」の主な開発目的は、弾道計算用の数表作成という軍事目的でした。この「コンピューター」は重量が30t、床面積200㎡、使用した真空管の本数は18,000本にもおよび、消費電力は140kwでした。


図1:世界初の汎用電子計算機「ENIAC」
デンマーク工科大学 ホームページより
(http://www.imm.dtu.dk/~stassen/Edu/49260/Historie/Microprocessor.html)

 ちなみに、現在日本で一番高速に計算を行えるスーパーコンピューター「京」は、最大重量が1台あたり1.5tにもなる計算機筐体(ラック)が864台もあり、総重量は、最大約1,300tにもなります【図2】。計算機の置かれる床面積は、50m×60m=3,000㎡、消費電力は最大12.7MWと膨大です。日本の一世帯あたりでの電力消費量で換算すると、なんと約3万7千軒分の電力消費量に相当します。


図2:スーパーコンピューター「京」
独立行政法人 理化学研究所 計算科学研究センター ホームページより
(https://www.r-ccs.riken.jp/jp/k/)

 スーパーコンピューター「京」の方がサイズは一回り大きいですが、当時としては「ENIAC」はまさにスーパーコンピューターでした。しかし、その方式は、10進演算を採用し、演算手順を変更するためには(現在のプログラミングに相当する)、スイッチの設定や、ケーブルのつなぎ変えを多くの人が手動で行わなければならなりませんでした【図1】。つまり、この時点の「コンピューター」は、「プログラム」と「ハードウェア」が混然一体となっており、「プログラム」を変更しようと思うならば、「ハードウェア」を変更しなければならなかったのです。「ENIAC」の出現により、その演算速度は速くなりましたが、演算手順の変更に手間がかかりすぎることが問題となりました。ノイマンはこの「ENIAC」プロジェクトのコンサルタントをしており、この問題について早くから知ることとなり、その解決策を検討したのです。そして、その結果は「EDVAC」という新しい「コンピューター」の開発プロジェクトの検討の中で、新たな「アーキテクチャ」として提案されました。その解決方法は、演算手順(「プログラム」)をデータとともに記憶装置(メモリ)に記憶させ、データと同じように演算手順(「プログラム」)も自由に変更ができるようにすることでした。この方式は、「ストアドプログラム(stored program)方式」と呼ばれ、「プログラム」つまり「ソフトウェア」と「ハードウェア」を分離させるものでした。「ストアドプログラム方式」を採用した世界初の「コンピューター」は、1949年にイギリスのケンブリッジ大学で開発された「EDSAC」とされています。1952年には、IBM(International Business Machines Corporation)が企業として初の商用計算機「IBM701」を発表しました。そして、その後「コンピューター」は、ほとんどがこの「ストアドプログラム方式」を採用するようになったのです。

 次に、「ノイマン型コンピューター」の構成についてご説明します。「ノイマン型コンピューター」は、5つの構成要素(コンポーネント)で構成されています。その5つとは、「演算装置」、「制御装置」、「記憶装置」、「入力装置」、「出力装置」です【図3】。

図3:ノイマン型コンピューターの構成要素

 これらは「情報」や「コンピューターサイエンス」を学ぶ時には、すべての学生が「コンピューター」の基本構成として教わる基本的なものです。この図には出ていませんが、よく知られたコンピューター用語に中央処理装置(CPU:Central Processing Unit)があります。このCPUは一般的には、「ノイマン型コンピューター」の5つの構成要素のうちの「演算装置」と「制御装置」を合わせたものです。「演算装置」は四則演算や論理演算などのさまざまな演算を行います。「制御装置」は実行内容を指示します。「記憶装置」のこの場所のデータとツが鵜場所のデータを加算せよなどの「命令」を読み込んで「演算装置」に実行させたり、「記憶装置」に記憶されたデータを読み込んだりして「コンピューター」の動作やデータの流れを制御します。演算手順(「プログラム」)は「命令」を組み合わせて作られています。「記憶装置」は、演算を行うためのデータや「命令」を記憶させておくものですが、「記憶装置」にDRAM(Dynamic Random Access Memory)などの揮発性のメモリ(電源をオフにすると、記憶内容が消えてしまうメモリ)を使うようになってからは、揮発性のメモリを使った主記憶装置(メインメモリ)と不揮発性を持った補助記憶装置(ハードディスクドライブ(HDD)など)に分けるようになりました。「入力装置」はデータを「記憶装置」へ入力するものであり、「出力装置」はデータを「記憶装置」から出力するものです。これらの5つの構成要素は、それぞれデータや「命令」をやり取りできるように信号線で結ばれています。
 CPUは一般的には、「演算装置」と「制御装置」を合わせたものであるという説明をしましたが、最近では、Soc(System-on-a-Chip)と呼ばれ、5つの構成要素である「演算装置」、「制御装置」、「記憶装置」、「入力装置」、「出力装置」の機能のほとんどを一つにまとめて載せたチップがパーソナル・コンピューターやスマートフォン使われるようになりました。これによって、これらの構成要素のデバイスを別々に基板に載せる必要がなくなり、部品数を少なくすることが可能となりました。その結果、現在のスマートフォンのように、小さく、軽い製品が作れるようになったのです。

 次に、「ノイマン型アーキテクチャ」の大きな特徴である、「ハードウェア」と「ソフトウェア」についてご説明します。
 ノイマンが提案した「ストアドプログラム方式」がもたらした最も大きな功績は、「コンピューター」の「ソフトウェア(プログラム)」と「ハードウェア」を分離したことだと思われます。分離したことで、同じ一つの「ハードウェア」でも、それぞれ違う「ソフトウェア(プログラム)」を入れれば、処理手順が変わり、全く別のことを行えるようになりました。昔の「機械式計算機」が、一度購入したらあらかじめ決められた演算しかできなかったのに対し、一度購入した「コンピューター」の「ハードウェア」は、それに新たな「ソフトウェア」を入れ直すことにより、別の用途に使うことができるようになったのです。
 さらに、コンピューターの演算対象となるデータも、クロード・シャノンらの功績により、すべての「アナログ情報」を扱えるようになりました。この二つのことにより、当初「計算機」として考案された「コンピューター」は、1台の「ハードウェア」で、その用途を「科学計算」だけではなく、時には音楽を聴くための「音楽プレーヤー」に、時には映像を楽しむ「動画プレーヤー」に変身できるようになったのです。このようにして、計算を専用に行う当初の「コンピューター」は、あらゆる情報をマルチに楽しめる「情報メディア機器(IT機器)」へと変わっていったのです。現代において「スマートフォン」を「コンピューター」と呼ぶ人はいないでしょう。しかし、その中身は、間違いなく「ノイマン型コンピューター」なのです。
 そして、「ハードウェア」と「ソフトウェア」の分離は、それぞれに独立の研究・開発対象となり、ビジネスにおいても分離されるようになりました。商用汎用コンピューター(ホストコンピューター)で先頭を走ってきたIBMも、1969年に「ハードウェア」と「ソフトウェア」を分離(アンバンドリング)を発表しました。こうして「ソフトウェア(プログラム)」の位置づけは、当初の「ハードウェア」の付属品の位置づけから独自の価値を持つ、独立した技術・商品へと高まっていきました。このことは、「ソフトウェア」の開発を促進・加速することになり、ビジネスの重心も次第に「ハードウェア」から「ソフトウェア」へと移っていきました。IBMも近年ではハードウェアの売り上げ比率を下げ続けています。一方、「ソフトウェア」の進化はとどまる所を知らず、「人間の脳」の一部を代替する(人工知能と呼ばれるソフトウエァ)ようにまでなってきたのです。現在、米国株式市場のトップ5の常連であり、ITのビッグ5とも呼ばれるアップル、アルファベット(グーグル)、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、フェイスブックの5社のうち、「ハードウェア」ビジネスの比率が高いのは、iPhoneを販売するアップルのみです。

 現在、広く使われるようになった「ノイマン型コンピューター」ですが、実は欠点や問題点もあります。その一つとされるのが、「フォンノイマンボトルネック(Von Neumann bottleneck)」と呼ばれる「バスのボトルネック」です。
 「ノイマン型コンピューター」の動作を整理してみると【図3】、「命令」を組み合わせて作られてた演算手順(「プログラム」)をデータとともに「記憶装置(メモリ)」に記憶させ、その「命令」を「記憶装置(メモリ)」から読み出し、その命令内容によっては、演算対象の「データ」を「記憶装置(メモリ)」から読み出し、「演算装置」で四則演算や論理演算などのさまざまな演算を行い、その結果を「記憶装置(メモリ)」に記憶させる、という流れを「命令」の順番にしたがい、逐次処理していきます。この動作の中で、一つの「命令」を実行するためには、「命令」の読み出しと「データ」の読み出し、そしてその結果の「記憶装置(メモリ)」への書き込みと、ほとんどの「命令」で3回のメモリアクセスを必要とします。「命令」の内容によっては、「データ」の読み出しなどがさらに増え、3回以上となる「命令」もあります。このように、「ノイマン型コンピューター」では、「演算装置」と「記憶装置(メモリ)」間のデータ転送が頻繁に行われることになり、しかも、この転送は逐次的であり転送路の幅は狭く、ここ(「バス」)がボトルネックとなってしまうのです。
 もちろん、このボトルネックを解消するためのいろいろな対策がされてきました。ひとつは「バス」の性能を高速にすることです。「バス」は信号線ですから、信号線の本数を増やして、並列(パラレル)に送信すれば性能は上がります。また、信号そのものの転送スピードを上げたり、「データ」を受ける側である「記憶装置(メモリ)」の読み出しや書き込み性能を上げるキャッシュメモリなどの対策もされました。当然、演算処理をするCPUの性能も上げてきました。また、CPUの数を増やす(マルチコア)などの対策も取られるようになりました。しかし、こうした素子(デバイス)側の性能向上は、いつか限界が来ると予測されています。
 したがって、「ノイマン型コンピューター」の素子による性能向上の限界を越えた超高速性能を実現するためには、ノイマン型の逐次処理ではなく、別の方式(並列処理)に頼らざるを得ません。ひとつの解決方法と言われる「データフローマシン」は、データの流れに従って処理が行われ、必要なデータが揃ったところで命令が実行されるというアーキテクチャに基づいており、並列性を発揮できるアーキテクチャとして期待されています。このように「ノイマン型コンピューター」とは異なるアーキテクチャをもったコンピューターを「非ノイマン型コンピューター」と呼んでいます。「非ノイマン型コンピューター」は「データフローマシン」以外にも多く研究されており、新たな技術革新を生むブレイクスルーとして期待されています。最近では、「量子コンピューター」と呼ばれる、これまでと全く異なる量子力学的な現象を用いて実現するコンピューターなどが注目されています。

 そうは言っても、現時点では地球上で生活する人類の総人口の何倍にもなる、何百億個という膨大な数の「ノイマン型アーキテクチャ」に従った「情報機器」が毎年生産され、世界中に拡散しています。今のところ、この流れを止める新たなコンピューターアーキテクチャはまだ生まれていないのです。ITテクノロジーは、日進月歩で発展・変化を続けています。しかし、この「ノイマン型アーキテクチャ」は、誕生した1950年ごろからずっと変わらず使われ続けています。


2020年06月22日

その8:ディジタル化のメリット

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ディジタル化のメリット

 

 現在、いろいろな「情報(アナログ情報)」はどんどん「ディジタル化」されています。レコードもアナログレコードや音楽カセットテープが姿を消し、CDやDVDなどのディジタルメディアに入れ替わってしまいました。地上波テレビ放送もアナログ放送からディジタル放送にあっと言う間に切り替わってしまいました。「アナログ情報」がどんどん浸食されているのです。それはなぜでしょうか。その理由は「ディジタル化」には大きなメリットがあるからです。今回は、この「ディジタル化」のメリットについてご説明したいと思います。

 

 まず、「アナログ情報」と「ディジタル情報」の2つの違いについてご説明します。

 「アナログ情報」とは、長さや時間のように、目盛りと目盛りの間に無限に値が存在するような「連続量」で表された情報です。長さを表そうとすると、無限に細かくすることができます。「アナログ情報」の場合、図1の長さの例のように、矢印の位置を正確に表そうとすると、その数値データは無限に長くなってしまいます。音も空気の連続した圧力の変動で表された情報なので長さと同じように「アナログ情報」です。

 図1:アナログ情報の例(長さ)

 
 それに対し、「ディジタル情報」とは、数値情報のように、目盛りと目盛りの間には値が存在しない「離散量」で表された情報です。整数のように“0(ゼロ)”の次は“1(いち)”、“1(いち)” の次は“2(に)”と次の値へ飛び飛びの値をとっていくものです。文字情報も“あ”、“い”、“う”・・というように飛び飛びの値をとるので、広い意味で「ディジタル情報」であると言えます。

 「ディジタル情報」の場合、図2のディジタル時計の例のように、現在表示している12時37分の次は12時38分に一気に1分間も値は飛んでしまいます。そのため、その間の12時37分何秒かは読み取れないのです。これは「離散量」の持つ一つのデメリットです。

図2:ディジタル情報の例(ディジタル時計の表示)

 「アナログ情報」と「ディジタル情報」の違いは、図3のように「連続量」で表されているか、「離散量」で表されているかの違いです。つながっているか、離れているか、たったそれだけの違いですが、実はそれが大きな違いなのです。「ディジタル情報」は「離散量」で表されているので、情報の内容を数値データ化することができます。そのデータ量も有限です。しかし、「アナログ情報」は「連続量」で表されているため、数値データも無限となってしまい、そのままでは数値データ化が難しいのです。そのデータ量は無限とも言えます。

図3:アナログとディジタルの違い

 それに対し、「ディジタル情報」は“0(ゼロ)”の次は“1(いち)”のような離散量で表現されますから、それをメディアに記録することはとても簡単に行えます。特に現在の「ディジタル情報」で使われているのは、ほとんどが二値数(“0”と“1”の二つの値だけで構成されたデータを「二値数」、または「バイナリデータ」、「ディジタルデータ」と呼ぶ。)なので、“0(ゼロ)”または“1(いち)”だけを時系列にディジタルメディアに記録していけばよいのです。

 「ディジタル化」とは「アナログ情報」を「二値数」(または「バイナリデータ」、「ディジタルデータ」と呼ぶ。)に変換することを言います。情報はメディアに入れないと利用できないので、変換された「二値数(ディジタルデータ)」を「ディジタルメディア」に入れることまでを含めて「ディジタル化」と呼ぶことがあります。

 毎日新聞のホームページに音というアナログ情報をディジタル化するプロセスが解説されており、とても要領よくまとめられた内容だったので以下に紹介します。連続量であるアナログ信号を時間で区切り(ここで情報はかなりカットされます)、それを数値に表し(量子化)、さらに二進数に変換(符号化)することによりディジタル化が完了します。ここで、大切なのはディジタル化の標本化(サンプリング)プロセスにおいて、アナログ情報はカットされるということです。情報がカットされれば、当然クオリティ(品質)も劣化します。きれいな絵をFAXで送った時に、送られた絵の線がギザギザになっていたりして品質が劣化していたことはありませんか 昔のディジタルカメラで撮影した写真を家のプリンターで印刷したら、画像の品質が劣化してがっかりしたことはありませんか? このようにディジタル化では本質的に情報は劣化するものなのです。えっ、ちょっと待って!?家の4Kテレビは昔のアナログテレビとはくらべものにならないほど綺麗だぞ、ディジタル化すれば綺麗に品質は上がるんじゃないの?と思う方も多いと思います。

図4:ディジタル化のプロセス
毎日新聞ホームページより
(https://mainichi.jp/articles/20160216/mul/00m/300/00700sc)

 ディジタル化した結果、アナログ情報の時より品質が良くなるのは、ディジタル化という方式のせいではなく、「ITに関連する技術の性能向上のスピードが指数関数的に速い」という「IT」が持つ一つの大きな特徴(性質)のせいなののです。ディジタル化の標本化(サンプリング)プロセスにおいて、品質を維持するのに充分な細かさでサンプリングをすれば、ディジタル化をしても従来のアナログ情報の時より品質が劣化したとは思えないようになります。しかしサンプリングを細かくするためには、それを可能にするコンピューターの処理性能や画像センサー、出力装置の高精細化、情報量が増えるためそれを入れることができる高性能で大容量のディジタルメディアなどが必要になります。これらはどれも簡単なことではありません。これらのいろいろなIT技術の劇的進歩があって初めて高品質なディジタル情報が可能になったのです。
 IT技術がまだアナログ品質を凌駕できない程度であった1990年ごろ、カメラも銀塩方式というアナログ方式が主流でした。その頃ディジタルカメラが登場しましたが、写真の品質が銀塩方式に遠く及ばず、すぐに定着するようにはなりませんでした。しかし、その後IT技術がどんどん日進月歩で進歩していき、ディジタルカメラの品質はどんどん上がり、価格はどんどん下がっていきました。そしてついにはディジタルカメラが市場の主流を握り、アナログカメラではトップ集団にいたコダック社も2012年には倒産してしまいました。このように、製品のディジタル化が進んだ結果、伝統的なアナログ製品が市場から追い出されてしまう現象は「ディジタル・ディスラプション」と呼んでいます。IT技術を応用した製品は、しばしばこの「ディジタル・ディスラプション」を起しています。

 さて、ディジタル化について、本質的なところはご理解いただけたと思うので、ここからは「ディジタル化」のメリットについて、具体的にご説明していきたいと思います。ここに挙げるメリットは、ここまでご説明した「ディジタル情報」の特徴(アナログ情報との違い)によってもたらされるものです。

① 「ディジタル情報」は「情報」が失われにくい:

 「アナログ情報」はそれを伝送したり(テレビ放送する)、再生したり(レコードを再生する)、記録したり(音楽カセットテープに録音したり、ダビングしたりする)する度に、すこしずつ「情報」が失われたり、雑音が入ったりして、元の「情報」は劣化(失われる)していきます。テレビを見ていると、画像が乱れたり、雨のようなノイズが入ることがありました。また、何度も繰り返し再生したレコードは、そのうち耳障りな雑音の方が大きくなり、音楽に集中できなくなることもありました。しかし、「ディジタル情報」では、伝達するデータが「二値数」に表現(数値化)された離散化情報であるため、信号は“0”か“1”のどちらかかを伝えるだけであり、ノイズにも強くなります。このため「情報」が失われにくく、同じCDを何度も繰り返し再生しても、雑音なく聞けるのです。


② 「ディジタル情報」はいろいろな種類の「情報」を一元的に扱える:

 「ディジタル情報」は、文字や画像、音や映像(動画)などのいろいろな種類の「情報」を表すことができます。しかも、それはすべて同じ「二値数」で表現されているため、それを処理するのに同じ仕掛けを使うことができます。スマートフォンでいろいろな「情報」を1台で楽しむことができるのはこのためなのです。また、このように「情報」を一元的に扱えるため、マルチメディアであるとか、ウェブのハイパーテキストといった、いろいろな「情報」を混在して使うような用途も生まれました。
 「アナログ情報」の場合は、それぞれの「情報」の種類ごとに、異なるフォーマットで表現されるため、「情報」の種類の違いに応じ、別々にそれを処理する仕掛けを用意する必要があります。アナログレコードにはレコードプレーヤーを、地上波アナログ放送にはアナログデレビをそれぞれ準備する必要があります。ソニーのウォークマンは1980年代に大流行し、音楽を外に持ち出せるようにしたことにより、若者のライフスタイルを変えました。しかし、これも「アナログ情報」であったため、「音楽」という情報しか持ち出せませんでした。また、今にして思えば少し大きな「音楽カセットテープ」を、いくつか持ち歩かなければならなかったのです。


③ 「ディジタル情報」はいろいろな「ディジタルメディア」を使える:

 「ディジタル情報」を入れたり、保存したり、運んだり(伝送)するための、エレクトロニクス技術をベースに利用したメディアを「ディジタルメディア」と呼びます。HDD(hard disc drive)、SSD(solid state disk)、USBメモリ、 CD、DVD、インターネットなどがそれです。「ディジタル情報」はこのいろいろな「ディジタルメディア」の間を、ほぼ自由に行ったりきたりできます。「情報」と「メディア」の独立性がとても高いのです。パーソナル・コンピューターのHDDにある「ディジタル情報」(画像データ)をUSBメモリにコピーしたり、CDに記録された「ディジタル情報」(音楽データ)をSSDに保存したり、どんな種類の「情報」でも、いろいろな「ディジタルメディア」に簡単に移すことができます。アナログレコードの音楽を、音楽カセットテープへダビング(複製)しようと思ったら、レコードプレーヤーとカセットデッキ(例えばウォークマン)の両方を用意し、音声信号のケーブルをつないで録音するか、実際にスピーカーで音を鳴らし、それをマイクロフォンで録音する必要がありました。ましてや、テレビの動画画像を音楽カセットテープに録画しようとしてもできない相談であった。「アナログ情報」では「情報」の種類と「メディア」の種類は密接に関係しているのです。


④ 「ディジタルメディア」は持ち運びが楽であり、遠くへ速く運ぶことができる:

 エレクトロニクス技術をベースに利用した「ディジタルメディア」は、情報記録容量の高密度化や情報伝達速度の高速化を行うことができます。このことで、持ち運びが楽(小型軽量化)になり、遠くへ速く運ぶことが可能となります。紙は現在でもとても優れたメディアですが、記憶容量という面では「ディジタルメディア」にかないません。ちなみに新聞の朝刊一部(約30ページ)の文字の「ディジタル情報量」は500~600キロバイト(1バイトは8ビット)ですが、一つの小さなUSBメモリに1万部以上の新聞の「情報」を入れることができます。
 また、インターネットという「ディジタルメディア」を使えば、この程度の容量の「情報」であれば、数秒もあれば全国どこでも送ることができます。「紙」の新聞の場合、同じ家に居た時ぐらいしか、数秒で渡すことはできません。このように、「ディジタルメディア」は従来のメディアより圧倒的に速く、遠くへ「情報」を伝達することを可能としました。


⑤ 「ディジタルメディア」をコピー(複製)するのが簡単:

 光学式のコピー機ができて「紙」のメディアの情報をコピーする作業はとても楽に、またきれい(雑音が入ること少なく)にコピーすることができるようになりました。それでも、100部もコピーするとなればそれなりに時間がかかりますし、製本されたものをコピーしようと思えば、一ページずつページをめくってコピーするなどしなければならず、それなりに大変です。ところが、一度「ディジタルメディア」に「ディジタル情報」で記録された情報は、コピーするのはそれ以上に簡単です。また、コピーにかかるコストが非常に安くなります。「ディジタルメディア」の種類にもよりますが、そのメディア代はコピーによって生まれる「情報」の価値よりかなり安く、コピーの作業はほとんど人手を介さずに自動的に行えます。しかし、このことと、①で説明した「情報」が失われにくいことが、「ディジタルメディア」の「不正コピー」が無くならない大きな原因となっています。それを防ぐためのコピーガードや法的なルールで「不正コピー」の対策が行われています。



【ここで、ひといき】人類と「アナログ情報」の長い付き合い:
 ふだん、私たちが音や光など自然界から得る情報の多くは「アナログ情報」であり、人類は700万年にもおよぶほとんどの時間を「アナログ情報」を中心として得ることにより、生活し進化してきました。それに対し、人類が「ディジタル情報」に接し始めたのは、大きく見積もっても文字を発明した1万年ほど前からと考えられます。
 このように人類は「ディジタル情報」に接してきた時間よりも、「アナログ情報」に接してきた時間の方がはるかに長いのです。それだけ私たちの頭脳には「アナログ情報」がたくさん入り込み、記憶されていると思われます。現在、私たちの周りには、「ディジタル情報」があふれています。しかし、ときどき自然の風景を眺めたり(図5)、鳥のさえずりを聞きたくなったり、また古いアナログレコードを聴きたくなったりするのは、それだけ「アナログ情報」が私たちのDNAに深く刻まれているからかもしれません。すぐにディジタル化せず、「アナログ情報」のまま残しておくべき情報もたくさんあるのです。人と人のつながりも、「アナログ情報」のまま残しておくべき情報だと思います。


図5:アナログ情報の例(自然の風景)
山梨県 ホームページより
(https://www.pref.yamanashi.jp/miryoku/fujisan/index.html)



2020年05月08日

その7:広義の情報技術と狭義の情報技術

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広義の情報技術と狭義の情報技術


 初回から3回目のブログでは、「IT(情報技術)って、何だ?」というタイトルでIT(情報技術についてご説明しました。その時の「IT(情報技術)」の説明としては、広辞苑の説明を引用し、
【情報技術】(information technology):コンピューターや通信など情報を扱う工学およびその社会的応用に関する技術の総称。IT ・・・岩波書店 広辞苑 第七版より、としました。

 その説明には、コンピューターや通信など、この100年ぐらいで実用化された技術が含まれています。実はこの説明は最近(19世紀以降)使われている「狭義の情報技術」の説明です。これに対し、昔から使われていた「広義の情報技術」というものがあります。今回は「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」の生い立ちや違いなどについてご説明したいと思います。


 「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」の違いは、それぞれが扱う「情報」の内容にあります。「情報とは何か」については、本ブログの第4回でご説明しました。そこでは「情報」の定義を三省堂国語辞典 第七版から引用し、①ものごとについて(新しいことを)知らせるもの、②ディジタル信号として処理される内容。文字・映像・命令。などとご説明しました。この説明の中の①の定義の情報を扱うのが「広義の情報技術」であり、②の定義の情報を扱うのが「狭義の情報技術」です。

 ①の定義の情報を扱う情報技術は、人類の長い歴史の中で数十万年ほど前から使われてきたものと考えられます。まず、この「広義の情報技術」について考えてみましょう。

 人類は「狭義の情報技術」が誕生する前から情報を他人に伝えたり保存するためのいろいろな技術を開発してきました。情報を伝えたり保存するために必要なものは「メディア(媒体)」です。人類が誕生した約700万年前は、「情報」を伝えてくれるメディアは原始的なものであったと考えられます。人間が備えている「五感」つまり、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を利用して「情報」は人間に入力されます。視覚はメディアとしては可視光線(電磁波)を使っています。聴覚は音波(空気の振動)、臭覚や味覚、触覚はいろいろな物質をメディアとして利用しています。しかしこれらのメディアは「情報」をそれほど遠くへ伝達することはできず(人の声が届くのはせいぜい数十メートルぐらいです)、保存することもできませんでした。

 それが数十万~数万年前になると、壁画を描いたり、「文字」を書くことができるようになります。すると、その情報を伝えるメディアとしては「土」「石」「骨」「木」「金属」などが使われるようになりました。これらのメディアは長期保存には比較的に向いていましたが、加工(記録)するのに手間がかかり、そのコピーをたくさん作ることはできず、また持ち運びも重たくて不便なものでした。したがって「情報」を遠くへ速く伝達したり、広く拡散するのには向いていませんでした。この頃「情報」を遠くへ速く伝える手段・技術としては、「のろし」を上げたり、物を叩いて音を出したりするしかありませんでした。この頃の情報技術では、ほんの少しの「情報」を、ほんの少し離れたところにしか伝えることはできなかったのです。

 メディアに大きな変革をもたらしたのが、古代エジプト(紀元前3,000年ごろ)に発明された「パピルス」と呼ばれる「紙」に似たメディアです。それまでの堅く重いメディアに比べ、各段に柔らかく丸めることができ軽いため、ポータビリティに優れており、「情報」の持ち運びを可能にしました。この頃になると、人間社会もだんだん大規模で組織的になってきたため、社会を維持するための重要な人類自らが作りだした「情報」が増えていきました。これらの価値の高い社会的な「情報」は、遠くの仲間に速く伝達する必要があったため、人や動物を使って生物的な方法で「情報」を届けました。「紙」は現在でも頻繁に使われている優れたメディアです。蛇足になりますが、ペーパレスが提唱されてから相当時間が経っている現代でも、未だに実現されないところをみると、「紙」というのは本当に人間にとって相性がよいメディアだと改めて思います。12世紀には、グーテンベルクにより「活版印刷」という情報技術が発明され、多くの情報が「紙」というメディアにより多くの人へ伝達されるようになりました。

 18世紀初頭には人類は「蒸気機関」を発明し、それまでの生物ではなく機械を使って、紙などに記録された「情報」を届けることができるようになりました。これによって、さらに遠くへ速く情報を伝達できるようになり、情報は国も超えて流通するようになりました。

 さらに20世紀になると、発明王トーマス・エジソンによる円筒式の「アナログレコード」などが発明され、音声(音楽)も蓄積し、伝えることができるようになりました。また、電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術をメディアとして利用することにより、「情報」を遠くへ瞬時に、ほぼリアルタイムに伝達することができるようになりました。当初の伝達は「情報」を送る側と受ける側が1対1(モールス信号、電話など)でしたが、時代が進むにつれ1対N(多数)(ラジオ、テレビなど)で行われるようになりました。マス・メディアの登場です。発明当初はまだ送る情報量はそれほど多くなく、伝達できる「情報」も文字情報などであったのがテレビの登場により、動画情報まで伝達されるようになったのです。

 このようにして、情報技術は飛躍的な進歩を遂げてきました。しかし、上記にご紹介した情報技術は、私は「広義の情報技術」と捉えています。その理由は、扱っている情報がアナログ信号(アナログ情報)で扱われているからです。「狭義の情報技術」は②の定義、つまりディジタル信号(ディジタル情報)として処理される内容の情報を扱うものとして私は捉えています。そして、現在巷で使われているIT(情報技術)という言葉は、ほとんどが「狭義の意味での情報技術」を指しています。このブログの初回から3回目でご紹介したIT(情報技術)も、全てディジタル信号またはディジタル情報を扱う技術ばかりです。現実世界で存在している情報のほとんどはアナログ信号またはアナログ情報として存在しています。人と人のコミュニケーションは言葉で行われます。言葉は口から音声として発せられます。音声は空気という媒体を使って空気の振動として伝達され、人の耳で感知されます。この間ずっと情報はアナログ信号として伝わっているのです。ですから、昔の人が情報を他人に伝えたり保存するため方法として、アナログ信号やアナログ情報のままメディアに移そうとしたのはとても自然な発想です。そして、人類が誕生してからずっとアナログ信号やアナログ情報を保存するメディアを研究し続けてきたのです。ところが、20世紀中ごろにディジタル信号またはディジタル情報を扱う新しい技術(情報理論)が生まれ、その後の情報技術を一変してしまったのです。これを「情報のディジタル化」と呼んでいます。ディジタル化された情報技術がこれまでの情報技術とあまりに違うため、私はこの二つを「広義の情報技術」と「狭義の情報技術」に分けて捉えています。また、本ブログでは、特に断りがないかぎり、IT(情報技術)という記述は「狭義の情報技術」を意味するものとします。

 

 ここからは、情報技術が扱う情報をディジタル信号またはディジタル情報に変えてしまった「情報のディジタル化」についてご説明したいと思います。ITを適切に理解するためには、このディジタル化の内容についてよく理解しておくことが大切です。

 まず最初に「ディジタル情報(ディジタルデータ)」とは何かを説明します。

 そもそも「ディジタル」は“離散的な数”を意味します。離散的な数で表現する(数値化する)ことを「ディジタル化」と一般的に言っています。時計を例にとると、「ディジタル時計」は、時刻を針でではなく、数字で示す(数値化して表示した)ものを言います。したがって、「ディジタル情報」とは離散的な数で表現された(数値化された)「情報」ということになります。

 IT(情報技術)で扱われる「ディジタル情報」を生み出したのは、アメリカ合衆国の数学者であり、「情報理論」の父とも呼ばれるクロード・シャノンです。シャノンは1985年に日本の京都賞を基礎科学部門で受賞をしています。シャノンがいなければ、現在のIT社会は無かったかもしれないと言えるほど、近代の科学に大きな影響を残した偉大な科学者なのです。シャノンは「情報」を科学的に定義し、数値化できるようにしました。「情報」の最小単位を、本ブログ第5回でご説明した「ビット」(確率50%の事象を100%に確定させる「情報量」を1ビットという)と定義しました。このことにより、「情報」をディジタル化(数値化)できるようになり、その「ディジタル情報」の量の単位を「ビット」と呼ぶようになったのです。IT(情報技術)で使われる狭義の「ディジタル化」とは、通常この「ビット」を基本単位とする数値(ディジタルデータ)に変換(数値化する)することを言います。今後、本ブログでは「ディジタル化」をこちらの狭義の意味で使うこととします。

 

「情報理論」の父とも呼ばれるクロード・シャノン
京都賞ホームページより
(https://www.kyotoprize.org/laureates/claude_elwood_shannon/)

 さらに、シャノンは「ビット」は最も基本的な「情報」の単位であり、あらゆる「アナログ情報」は「ビット」の単位に数値化できることを証明しました。このことにより、音や映像などの「アナログ情報」も「ビット」の単位にディジタル化(数値化)できるようになりました。ここで「アナログ情報」とは、連続量で表された「情報」のことです。文字はもともと離散的であり「ディジタル情報」なので「ビット」の単位に変換することは簡単です。また、コンピューターのプログラム(命令)も同じくもともと「ディジタル情報」なので「ビット」の単位に変換することは可能です。こうして、コンピューターに必要なすべての「情報」が「ビット」の単位にディジタル化(変換)することができ、利用されるようになりました。

 1ビットの「情報」は二つに一つの事象を確定する「情報量」を持っていることは本ブログ第5回でご説明しました。前述の親子の例では、今夜の夕食が「カレー」か「ハンバーグ」か二つに一つを決めるのが1ビットの「情報量」だとご説明しました。したがって「カレー」を数字の“0”、「ハンバーグ」を“1”とすると、この夕食の「情報」は“0”か“1”のどちらかの数値をとることになります。このように1ビットの「情報」は“0”か“1”の二つの値をとります。「ディジタル化」された「情報」は“0”と“1”のわずかに二つ数値(二値)の集合体になるわけです。どんな「情報」も“0”と“1”だけの羅列で表現されるのです。このように“0”と“1”だけの二つの値だけで構成されたデータを「二値数」と呼ぶことがあります。「二値数」に表現(数値化)された「情報」を「IT(情報技術)」上で使われる狭義の「ディジタル情報」または「ディジタルデータ」と呼びます。今後、本ブログでは「ディジタル情報」または「ディジタルデータ」を「二値数」に表現(数値化)された「情報」の意味で使うものとします。

 「ディジタル情報」、「ディジタルデータ」について理解できたところで、次にそのディジタル情報をコンピューターで利用するようになった歴史についてご説明します。

 少し年配の方ならご存じの方もおられると思いますが、昔「機械式計算機」というものがありました【下図参照】。計算機(「コンピューター」)というだけあって、その目的は「計算」のみであり、機械的な仕掛けで演算を行えるものでした。ちなみに、「コンピューター(computer)」の語源は、計算するという意味の“compute”からきています。第二次世界大戦中は、砲弾の軌跡の計算などにも使われていたようで立派な計算機だったわけです。しかし、機械的な仕掛けであったため、計算を行う動作は遅い(人が手でハンドルを回すなどの方法をとっていた)ものでした。その後、「真空管」や「トランジスタ」など、高速にスイッチングできるエレクトロニクスデバイスが発明され、これを計算機(「コンピューター」)に応用するようになりました。これが、「電子式計算機(電子計算機)」の始まりであり、「ディジタルコンピューター(または、「コンピューター」)」と呼ばれるようになったのです。開発された当初の「ディジタルコンピューター」はこのように科学計算のみを行うものでした。「ディジタルコンピューター」が扱うデータは「数値データ」のみであり、これを科学計算し、答えを出すものだったのです。そういう意味では、その頃の「ディジタルコンピューター」は計算のみを行う機械であり、まだ「そろばん」や「計算尺」の延長線上にあるものでした。

 

タイガー手廻し計算器資料館ホームページより
(https://www.tiger-inc.co.jp/temawashi/temawashi4.html)

 このような経緯で開発された当初の「電子式計算機(電子計算機)」の内部で扱うデータの形式は、「二値数」ではなく「十進数」を使う計算機もありました。しかし、電子式の計算機の処理は電気回路のオン・オフをそのまま利用し、二値の論理で行うのがとても効率が良かったため、しだいに「二値数」を内部データ形式とし、「二進法(バイナリ)」で演算を行うようになっていきました。そして、1942年にアイオワ州立大が初めて「二進法(バイナリ)」をコンピューター「ABC」に採用しました。このようにして、「ディジタルコンピューター」が扱うデータは「二値数」に表現(数値化)された「情報」になっていったのです。

 「ディジタルコンピューター」が「ディジタル情報」を処理するようになると、その目的も「計算」だけではなくなりました。「ディジタル情報」にすることにより、「数値データ」のみならず、音声や映像など、もともとは「アナログ情報」だった情報も処理できるようになったのです。もはや数値計算をするだけの計算機(「コンピューター」)ではなくなったのです。シャノンのおかげによって、計算機(「コンピューター」)はあらゆる「情報」を処理する機械(「IT機器」)へと変身したのです。そして今やだれもが持っているスマートフォン1台で、計算のみをするわけではなく、電話、音楽や映画などいろいろなコンテンツを楽しむマルチメディアプレーヤーになったわけです。

 このように「ディジタルコンピューター」がディジタルデータをどんどん処理し、いろいろ役にたつようになった背景には、そのディジタルデータを蓄積し伝えるための「ディジタルメディア」の存在もあります。“0”と“1”だけの二つの値だけで構成されたディジタルデータを保存するハードディスクドライブ(HDD:hard disc drive)などです。これらのメディアは、電気信号や電磁波(電波)などのエレクトロニクス技術を利用しており、「ディジタル情報」と大変相性が良かったため、「アナログ情報」より優れた点が多く、だんだん「ディジタル情報」が主流になったいったのです。そして「情報のディジタル化」は現在どんどん進んでいます。このような優れたディジタルメディアの登場により、それまで限られた範囲でしか流通しなかった「情報」も、地域を越え、国境を越え、世界中の人々に瞬く間に流通する時代になったのです。エレクトロニクス技術がそれを後押ししたのです。


以上、今回は、20世紀中ごろに生まれたディジタル信号またはディジタル情報を扱う新しい情報技術を狭義の情報技術と捉え、それが扱う「ディジタル情報」、「ディジタルデータ」や「情報のディジタル化」について説明し、「ディジタル情報」や「ディジタルデータ」がコンピューターで使われるようになった歴史などをご説明しました。



2020年04月26日

その6:続・情報の特徴

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続・「情報」の特徴

 前回に引き続き、「情報」の様々な性質や特徴についてご説明したいと思います。

 復習のために、本ブログ「その5 情報の特徴」でご紹介した四つの特徴について記載しておきます。これらの詳細内容については、前回のブログをご参照ください。
①「情報」は、「物質」、「エネルギー」とならび、現代社会を構成する要素のひとつである:
② 人間は「情報」がないと生きていけない:
③「情報」は私達の人体(人間の脳)に大きな影響を与える:
④「情報」には形はないが、量(「情報量」)がある:

 それでは、これ以外の性質や特徴について引き続きご説明します。

⑤「情報量」は、受け取る側(人)の状態によって量の大小が変わる(個人差がある):
 前回ご説明したように、できるだけ「情報」を受取る側の状態を大きく変化させるものが「情報量」が多い「情報」となります。したがって、同じ一つの「情報」でも、受け取る側(人)の状態により「情報量」が多くなったり、少なくなったり(場合によっては、ゼロになったり)することになるのです。前回のブログで紹介した親子の例で、そのケースを説明しましょう。実は、息子が姉から『母親がさっき「カレー」を作っていたから、今夜の夕食は「カレー」だよ』という「情報」を事前に得ていたとします。すると、この母親の『今夜の夕食は「カレー」にする』という「情報」は、息子の状態(今夜の夕食は「カレー」だということをすでに知っている状態)を何ら変えることはなく、「情報量」は「ゼロ」ということになります。息子にすれば、そんな事はとっくに知っているよ、ということだったのです。このように、全く同じ「情報」でも、受け取る側(人)の状態により「情報量」が多くなったり少なくなったり、場合によってはゼロになったりするのです。また、この事前情報はいつもたらされるかわからないので、時間経過によっても状態は変化することになります。2時間前であれば有効な「情報」だったものが、1時間前に受け取ったら「情報」として役に立たない、つまり情報量=ゼロになってしまうこともあるのです。時は金なりですね。
 このように「情報量」はその情報を受ける人によって個人差がでるのです。私達人間は各々の生活の中で様々な経験をし、知識を得てきています。その知識は当然一様ではなく、人それぞれのものです。「情報量」はそれを受け取る人の経験や知識の内容によっても、変化しているのです。

⑥誰も知らない「情報」に価値がある:
 一般的に「情報量」が大きい情報の方が多くの人に大きな影響を与えることができる価値のある「情報」になります。「情報量」がゼロの情報の価値はゼロに等しいのです。例えば、自分のパーソナル・コンピューターに同じ内容のファイル(コピーしたファイルなど)が複数あったとしたら、2個目以上のファイルの「情報量」はゼロでありハードディスクドライブ(HDD)の記憶容量を無駄に消費しているだけなので、直ちに削除した方がよいでしょう。
 「情報量」の大きい価値ある「情報」を与えようと思うならば、まだ、誰も知らない未知の「情報」を提供することです。誰も知らなければ、誰にとっても新しい「情報」となり、「情報量」も大きくなります。しかし、現代ではインターネットの普及により「情報」の流通が速くなり、その量も格段に増えてしまっているため、誰も知らない「情報」が極端に少なくなってしまっていて、ほとんどの「情報」は誰かがどこかですでに知ってしまった古新聞の「情報」になっています。このように「情報」の流通量が増えると、個々の「情報」の情報量は減ってしまうことが多くなります。現在、インターネットを検索すると、怒涛のように「情報」が流れてきますが、どこかで見たか聞いたような「情報」が多くなり、新鮮味が無くなっていると感じるのはそのためなのです。
 多くの人に大きな影響を与える、つまり「情報量の総量」が大きい誰も知らない未知の「情報」とはどんなものでしょうか。それを見つけ出すことができれば大きな価値とともに大きな利益を得られる可能性があります。まず、多くの人に影響を与えるためには、多くの人が関係する「情報」である必要があり、その関係が深いほどよいのです。その人に関係の無い、または興味のない「情報」を提供されても、その「情報」がその人に影響を与えることはありません。また、多くの人が未知であることも必要です。この二つの条件を満たすものが「情報量の総量」が大きい「情報」と言えます。
 一つの例は「大地震」の「情報」です。我々は、大地震がいつ、どこに、どれぐらいの大きさで到来するかなど、誰にも確定情報を持っておらず、未知の「情報」です。しかもその「情報」は身の安全を守るために、ほとんど全員に関わる大切な「情報」です。それが『あと何分後に、震度いくつの大きな地震が、どこどこの地方で発生する』といった「情報」を得られれば、とても「情報量」の総量が大きい「情報」となります。このような私達全員に関連する重要な情報は、分け隔てなく、速やかに伝達される必要があるので、公共性の高い「放送」などのメディアで伝えられることが妥当と考えられます。
 他の例としては、学術・研究分野の「情報」があります。学術・研究分野では、まだまだ未知の法則であるとか、未知の物質などが存在する未知の「情報」宝庫です。研究内容はいろいろありますが、その内容が人間にとってより根本的であり、原理的であればあるほど、多くの人に影響を与えることになります。遺伝子などの研究がそれにあたるでしょう。昔から人類共通の「謎」とされてきたような内容は、誰にとっても魅力的な「情報」です。
 誰も知らない「情報」の中には、秘密にしている「情報」があります。秘密にも、誰が何のために秘密にしているかで、その内容も影響範囲も変わってきますが、一番身近な秘密にしている「情報」は個人の「プライバシー情報」です。この影響は、前述の「大地震」の「情報」に比べ一つ一つは小さいですが、私達全員が共通に持っている、という意味でその影響は大きいのです。プライバシー情報はいろいろな意味で他人に知られたくない情報です。自分の容姿、病歴、趣味・嗜好、資産情報などは特に大切な「プライバシー情報」です。一方、住所、氏名などは場合によってはオープンにして使われることもある個人に関する情報(「個人情報」)です。購入履歴、行動履歴(位置情報、閲覧履歴)などは、こちらに入ることもあります。いずれにしても、これらの「プライバシー情報」や「個人情報」は一般的には知ることのできない「情報」なので、企業にとって価値のある(「情報量」のある)「情報」となります。だから企業はそれを狙ってあの手この手で取りにやってくるのです。
 しかし、「プライバシー情報」は完全に守られなければなりません。この秘密が漏れてオープンになってしまっては、その人の人生をも狂わせかねない状況となってしまいます。今後、DNAやゲノムといった、個人の生体情報も医療のために活用されるようになるかもしれませんが、よほど慎重に扱われる必要があります。インターネットにつながった世界中の悪意を持った人間がこの貴重な「情報」を狙って不正アクセスを仕掛けてくるからです。この「情報」をどうするかを個人がちゃんと選択できるようにし、その上で強固なセキュリティーをかけて守る必要があります。
 Webサービスでは、そのサイトやアプリを無料で使えることと引き換えに、こうした「個人情報」を取得してビジネスに活用しています。当然、無断で「個人情報」を取得しているわけではないので、こういったサイトを利用する際には、よく約款を確認し、内容を理解・納得してから参加する必要があります。「個人情報」を使われたくなければ、それに対応した設定にするとか、約款に同意せず、利用しないといった対応が必要となります。こういった「個人情報」を守るのは基本的に個人の判断であり、最終的には個人の責任なのです。

総務省ホームページ 平成30年版情報通信白書 本編第2部第2節より
(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd252130.html)


⑦人間は驚くほど「情報」に対して貪欲である:
 人間は驚くほど「情報」に対して貪欲です。「情報」には価値があるため、すなわち富をもたらし、それを得るがために頑張ることは一つの動機でしょう。だからゴールド・ラッシュの時代のように、新たな「情報」を求め世界中を探し回っています。しかし、人間は、そのような金銭的な欲を越えて「情報」を探し求めることもあります。学術・研究の分野では、よりよい人間社会の到来を目指して、新たな技術や物質、法則などの「情報」の発見に貪欲に立ち向かっています。このように、私達が行う新たな「情報」を探し求める行動は、自らの身を守る行動、つまり本能的行動であるとも言えます。前述したように、私達人間は「情報」がないと生きていけません。生きていくために、常に新しい「情報」を探し求めているのかもしれないのです。そして、この「情報」を求める行動力こそが、「イノベーション」を起し、進化を続ける推進力でもあります。そして、ホモ・サピエンスが現在地球上でもっとも優勢な生物になれたことの要因だと思うのです。
 アメリカ合衆国の未来学者、レイ・カーツワイルはその著書『ポスト・ヒューマン誕生 コンピューターが人類の知性を超えるとき』において、「シンギュラリティ(技術的特異点)」を2045年頃に迎えると予測しています。そもそも「シンギュラリティ」とは「テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうような、来るべき未来」のことであり、これを迎えると、私達人類がこれまで構築してきた、死をも含めた人間のライフサイクルといったいろいろな概念が変容してしまうと主張しています。人間にとっての「死」そのものの意味が変わってしまうのです。この「シンギュラリティ」という概念を持つにいたった根本的な考え方には、著者が「収穫加速の法則」と命名した考え方があります。その「収穫加速の法則」というものは、「人間が生み出したテクノロジーの変化の速度は加速していて、その威力は、指数関数的な速度で拡大している」というものです。人間の「情報」に対する貪欲さは、この「収穫加速の法則」を支える大きな原動力に違いありません。
 私達人間には、何か分からなかったもの、謎だったものがクリアになった時に、すっきりした心地よい感覚を覚えます。たとえば、「手品のネタ」やミステリー小説の犯人など、その謎が解けた時にすっきりするのは何故でしょうか。本当に人間は新しい「情報」が好きな生き物なんだと思います。いったいいつ頃から人間は何のために、この感覚を身に付けてしまったのでしょうか。この感覚は、何故人間のみに備わったのでしょうか。そして今人間は「シンギュラリティ」に向けて新たな「情報」を求め、休むことなくひたすら突き進んでいってしまっているのでしょうか。
 最近の社会問題の一つとして、若者のゲーム依存やスマホ依存が挙げられることがあります。しかし、あの行動は、人間が驚くほど「情報」に貪欲であることによるものであるとも言えます。ゲームによって得られる情報が人間にとってどれだけ役に立つかは分かりませんが、ゲームをクリアすることによってもたらされる新たな情報(例えば、ロールプレイングゲームであるステージの最後に出てくるラスボスの情報など)を求めて夢中になっているのです。その情報を握れば、それがまだクラスの誰も知らない情報であれば翌日のクラスのヒーローになれるのです。このような行動は若者だけではありません。60歳以上の方でも1日中新聞を読んだりテレビを点けっぱなしにしてる方もおられるのではないでしょうか? 私達人間は、老いも若きも「情報」に対して貪欲なのです。

⑧「情報」には社会を動かす力がある:
 この特徴は、情報理論で扱う「情報」とは異なる側面のものです。つまり、「情報」の質とか中身に関わる話です。
 イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ナラハリはその著書『サピエンス全史』の中で、人類(ホモ・サピエンス)が世界を征服できたのは、何よりもその比類なき「言語」を得たことだと主張しています。そして、人類は7万年前にこの「言語」をベースに、優れた「認知能力」を身に付けた、これを著者は「認知革命」と呼んでいます。人類は、優れた「言語」により膨大な量の「情報」を収集し、保管し、伝えることができるようになった。そのおかげで、優れた学習能力、コミュニケーション能力、記憶力(これらを纏めて「認知能力」と呼ぶ)を得た。さらに、この認知革命により、「虚構(実際にはない話、作り話)」まで作りだすようになり、この「虚構」という「情報」の力を利用して、他の動物では実現できないような大規模で高度な集団社会を形成して、動かすことができるようになったと主張しています【下図参照】。つまり、「情報」には社会を動かす力があるのです。
 確かに、私達人類(ホモ・サピエンス)は「情報」を頼りにして、集団行動をとったり、重要な判断をしてきました。「情報」は唯一の判断材料であり、「情報」によって我々の行動は支配されていると言っても過言ではありません。社会を動かすほどの力がある大切な「情報」があります。このような「情報」は安全保障上、完全に守られなければなりません。
 また、「情報」の伝達・コミュニケーションは、文明発展の原動力です。したがって、「情報」の伝達量が増えると、文明の変化は加速する。昔は数100年かかった文明の変化も、「情報」の伝達量が爆発的に増えた現代では、数10年で変わるようになっています。

ユヴァル・ノア・ナラハリ 『サピエンス全史』より


⑨その「情報」の質を見分けるのは難しい:
 その「情報」が子供の教育によい「情報」か悪い「情報」かとか、良心的な「情報」か、悪意を持った「情報」かなどを見分けるのは難しいです。何が良いことなのか、悪いことなのかすら意見が分かれることも多いです。このような「情報」の質を見分ける作業は人間がやるしかないのです。ITとは別次元のやっかいな問題です。さきほど若者のゲーム依存やスマホ依存の問題を挙げましたが、これが問題なのは、ゲームによって得られる情報の質が必ずしも良いものばかりではないところにあります。人間は特に若い時に良質の情報に触れることが大変重要です。
 さらに、その「情報」が真実であるのか、嘘であるのかなどはもっとやっかいです。真実かどうかを確認する手段としては、その「情報」をできるだけ多くの人に確認し、同じであればおそらく真実だと判断するやり方がありました。しかし、ITが発達し、インターネットで簡単に「情報」を拡散できるようになると、多くの人が一つの「情報」に同時に接することになり、これが嘘の情報であっても、多数決的に判断すると、それが真実であると判断を誤る可能性もでてきてしまいました。つまり大勢がそう言っているからといって、それが真実とは限らなくなってきたのです。ある一人が実際は嘘のことを「これが真実だ」とつぶやいたことが全世界に瞬く間に広がり、あたかもそれが真実であるかのように伝わってしまうようになってしまいました。今、できる方法としては、できるだけ信頼できるメディア(新聞、テレビなど)を複数調査し、それを総合判断して真実か否かをチェックすることですが、そんな大メディアに扱われないような日常の情報など、ほとんど確認する手段がないのが実情です。
 ネット社会で嘘の情報が増えてしまう一つの要因として、ネットの匿名性を挙げることがあります。確かに人間は匿名でしかもすぐに逃げれる(アカウントを削除する)と思うと、無責任な発言が増えます。また、金銭目当てに、より高く売れる新しい未知の「情報」を作りだすために嘘をついてしまうこともあります。このような無責任が横行すると、インターネットしいてはITの健全な発展に障害がでるようになり、社会はIT活用をためらうようになってしまうかもしれません。それを防ぐためにも、こういったモラル違反は許されません。IT社会も実世界の人間社会と同じように相互の信頼関係の上に成り立っているのです。

 以上、前回と今回で「情報」の様々な性質や特徴についてご説明しました。ITの問題や課題を考える時、この「情報」の特徴は答えを見つけるためのヒントになることが多いので、その都度思い出してみてください。

 

2020年03月22日

その5:情報の特徴

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「情報」の特徴

 これまでのブログで、「IT(Information Technology)(情報技術)」や「情報」についてご説明してきました。これらの内容に関してかなりイメージがつかめたのではないかと思います。そこで、今回は「情報」について、さらに深堀りしていくために、「情報」の性質や特徴についてご説明したいと思います。

 「情報」には様々な性質・特徴があります。以下にそのいくつかをご紹介しますが、これらはそのうちの一部でしかありません。なぜ、「情報」にはこのように多くの性質・特徴があるのかと言えば、「情報」がいろいろな側面で利用される「多面性」を持っているからです。「情報」はすでにご説明したように、私達人類(生物)が生命を維持するために利用されたり、人間が社会を構成するようになると、その社会を維持・発展させるために自ら「情報」を活用するようになりました。また、人類が進化しより良い生活を送るために、クラシック音楽であるとか舞踊のような人工的な情報(コンテンツ)を生み、利用するようになりました。近代においては、電気・電子技術と融合させ、社会のあらゆる側面で機械的に「情報」を活用するようになりました。「IT(情報技術)」を考えていく上で、まずこれらの性質・特徴についてよく知っておく必要があります。以下に特に重要な性質・特徴についてご説明していきたいと思います。

①「情報」は、「物質」、「エネルギー」とならび、現代社会を構成する要素のひとつである:
 三省堂 大辞林 第三版によれば、「情報」の解説の一つとして、「物質・エネルギーとともに、現代社会を構成する要素の一」と解説されています。20世紀に入り、「情報」を扱う情報科学が登場する前は、社会は物質科学とエネルギー科学によって物理法則に還元して説明できるとされてきました。しかし、「物質」と「エネルギー」のみでは、ホワイトボードに黒のマーカーで書かれた「赤」という文字と、「白」という文字の違いを説明できない(この二つは物理法則上ほとんど差がない)のです。また、ホワイトボードに「これから雨が降ります」という文字を描いた時に、人間は、傘を持って行くなど、雨に対する準備をすることができますが、猿がそれを見ても何も感じることができず、雨への準備をすることもできません。このケースでは物理法則上は全く同じですが、それを見た側の反応は明らかに違ってきます。この違いこそ、そこに「情報」が存在している証拠なのです。そこで「情報」は物質科学やエネルギー科学で扱えるものとは別の存在として(物理法則としては扱えない存在として)、情報科学という別の科学で扱うべき存在とされるようになったのです。
 多くの人は「情報」を「物質」、「エネルギー」とならび称されるほどのものとして捉えていないのではないでしょうか。それは「物質」や「エネルギー」は人間と接すると、重さを感じたり、熱を感じたり意識の中に残ることが多いですが、「情報」は、脳の中で無意識の中で処理されていくものも多く、あまり意識の中に残ることがないからかもしれません。しかし「情報」は現代社会を構成する要素のひとつとして非常に重要な存在であり、私達の社会や生活の中に深く関わっているのです。

② 人間は「情報」がないと生きていけない:
 人間が生きていくために必要なものとしてよく挙げられるのは、「地球(土地)」、「空気」、「水」、「衣・食・住」などではないでしょうか。しかし、生物的な生命の維持・安全が確保された前提で考えると、「情報」が一番大切なものと言ってもいいのではないでしょうか。
 「情報」がもしも無かったらどうなるかを考えてみましょう。本ブログ「その4 情報とは」でご紹介した〖「情報」の定義1〗によれば、「情報」とは、「もののごとについて(新しいことを)知らせるもの」と説明しました。したがって「情報」が無い、という状態は、ものごとについて、新しいことを知らせるものが全く無い状態です。すべてのものごとはすでに知っていることだけで、新しい知らせが入ってこない状況になるのです。実際にこの状態を作りだすことはとても難しく、すべての「情報」からその人を隔離する必要があります。まず、全く音を通さない密閉された部屋が必要になります。これにより、耳から入る情報は遮蔽することができます。次に目から入る情報を遮断するために、明かりを消して真っ暗にし。部屋には何も置かないようにします。さらに、温度・湿度も変化しないようにコントロールし、振動などもその部屋に与えないようにします。だいたいこれだけやれば、かなりの「情報」を遮断することができます。さて、この部屋に入った私達人間はどうなるでしょうか。この状態でも、自分が作る「情報」だけは認識することができます。例えば、この部屋に入ってしばらくした時、2時間ぐらい経ったかなと、自分の体内時計を頼りにして時間経過を推測するかもしれません。しかし、それを実証するための時計はありません。お腹が減って「グーグー」と鳴るかもしれません。好きな焼肉を食べたいとか想像するかもしれませんが、何も「情報」は入ってこないのです。自分が勝手に考えたことについてフィードバックする術がないのです。こんな状態で、いったい私達人間はどれぐらいの時間をこの部屋の中で過ごせるのでしょうか。眠っていれば意識はないので、その時間は耐えられます。しかし、脳が覚醒し、意識がある状態でこの「情報」が無い状態に長く置かれたら、精神的に耐えられず、すぐに飛び出したくなってしまうのではないでしょうか。私達人間は多くの「情報」の中で、その「情報」を元に判断し行動して生きています。人間にとって、「情報」は空気のように必要不可欠なものなのです。

③「情報」は私達の人体(人間の脳)に大きな影響を与える:
 「情報」は私達の人体に大きな影響を与えます。特に人間の脳に刺激を与え、脳はその「情報」を処理して行動したり、知識として記憶したりします。人間の脳は約千数百億個もの「ニューロン(神経細胞)」と呼ばれる神経を構成する基本単位でできています。「ニューロン」は神経細胞体、樹状突起、軸索からなり、一つの神経細胞体からは、長い「軸索」と、木の枝のように複雑に分岐した短い「樹状突起」が伸びています【下図参照】。これらの突起は、別の神経細胞とつながり合い、複雑なニューロンどうしの巨大なネットワークを形成しています。ある「ニューロン」が電気刺激(入力)を受け取り、その電気刺激が一定以上たまると発火(出力)し、次のニューロンや筋肉などの実行器に伝えられます。人間の脳は、五感を通して人間に入力された「情報」を、電気刺激に変換し、それをこの脳神経ネットワークで「ニューロン」から「ニューロン」へと伝えながら処理していくという比較的シンプルな構造で成り立っているのです。さらに脳は「情報」を処理しながら、このネットワーク構成を変化させていき、脳のいろいろな機能を実現しています。残念ながら、このネットワーク構成を変化させる様子は簡単には見られないため、変化しているという実感はありませんが、確実に影響を与えています。最近の脳科学では、いろいろな「情報」を受け付けたあと、脳がそれに応じて活性化するところの映像なども観測できるようになってきているので、そのうち、その様子を見て楽しみながら学習することができるようになるかもしれません。
 現在、「情報」の流通量は爆発的に増えています。「情報」の流通量がこのまま増え続けると、いったい私達の脳はどうなってしまうのでしょうか。「情報」が増えた分、さらに処理能力を上げようとして、脳がさらに大きく、複雑な神経ネットワークに進化していくのでしょうか。私達「新人(ホモ・サピエンス)」の脳の容量は約1,500cc程度であると本ブログ「その4 情報とは」でご紹介しましたが、あと数万年後には、2,000ccとかになってしまうのでしょうか。もしもそれほど脳が大きくなってしまうと、おそらく、頭の形も変わってくるし、そんなに重い頭を支える首の形や太さも変わってしまっていると思われます。このように、「情報」は私達の人体(人間の脳)に大きな影響を与えるのです。


理化学研究所 脳科学総合研究センター ホームページより

④「情報」には形はないが、量(「情報量」)がある:
 「情報」には形がなく(無形物)、私達はそれを直に持ったりすることはできません。しかし、「情報」はメディア(または通信路)に入れることにより他人が認識できるようになり、人へ伝達したり(コミュニケーション)、保存する(記録する)ことができるようになります。
 「情報」には形がないのに量があり、これを「情報量」と呼びます。情報理論では、「情報量」はその「情報」を受け取る前と受け取った後で、どのぐらいその「情報」を受けた人の状態が変わるか(「不確定」であったことを「確定」させたか)で定義しています。本ブログ「その4 情報とは」でご紹介した〖「情報」の定義1〗によれば、「情報」はもののごとについて(新しいことを)知らせるものでした。その「情報」がどれだけ新しいことを知らせてくれたのかは、不確定であった(または全く知らなかった)ことを、どれだけ確定させたかを明らかにすることで、計ることができます。すでに知っていたことを知らせても、何も新たに確定することにはならず、「情報量」はゼロです。ただし、この定義の中では、「情報」の質(ウソか本当か、受け取った人にとって役に立つのか立たないのかなど)は含まれません。この「情報」の質については、現代のITを駆使しても、なかなか分かりません。
 情報理論の「情報量」の定義について、簡単な例で説明します。ある母親が今夜の夕食を「カレー」か「ハンバーグ」にするよ、と息子に言いました。ところが、息子は母親が「カレー」にするか「ハンバーグ」にするか、事前の「情報」は全くなく(全く知らせられていない状態)、どちらが正解か五分五分の状態でした。そこで、母親が、『今夜の夕食は「カレー」にする』という「情報」を息子に与えたら、今まで不確定(二分の一:50%の確率)だった息子の正解率は、今夜の夕食は「カレー」だと100%の正解率(解答が確定した)へアップするので、この「情報」には「情報量」があったことになります。ちなみに、情報理論では、このように確率50%の事象を100%に確定させる「情報量」を1ビットといいます。この母親が息子に与えた『今夜の夕食は「カレー」にする』という「情報」は1ビットの「情報量」を持っていたことになります。
 また、前述したように、この「情報量」には、「情報」の質は考慮されていません。この息子にとって、今夜の夕食が「カレー」であろうが、「ハンバーグ」であろうがどうでもよい無意味な「情報」だったとしても、事前の「情報」が全くない状態で知らせられれば、その「情報量」は1ビットとなるのです。2020年の世界の全ディジタルデータ量は40ZB(ゼタバイト:ゼタは10の21乗)に到達するという予測があるとされていますが、その「情報」がどれだけ私達の生活に役に立つ「情報」かは、別問題なのです。想像したくはないですが、ウソの「情報」、「フェイクニュース」がまん延しているだけかもしれないのです。

と、いうことでいろいろな切り口から「情報」の性質・特徴について説明していますが、まだいくつか残っているので、すみませんが、今回はここで切らせていただいて、他の性質・特徴についてのお話しは次回にさせていただきたいと考えます。

2020年02月24日

その4:情報とは

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「情報」とは

 第1回から第3回のブログでは「IT(Information Technology)(情報技術)」をとりあげました。そこでは「IT(情報技術)」とは、コンピューターや通信など情報を扱う工学およびその社会的応用に関する技術の総称であることをご説明しました。今回のテーマはそのIT(情報技術)で扱う対象となる「情報」についてご説明したいと思います。

 「情報」って何ですか? と改めてと聞かれると、答えるのが結構難しいと思います。当たり前すぎて「情報は情報でしょ・・」なんて回答になってしまう人もいるかもしれません。しかし、これではチコちゃんに叱られちゃいますよね。

 「情報」の定義について辞書で調べてみましょう。一般的な「情報」の定義として、三省堂国語辞典 第七版では次のように定義しています。
①ものごとについて(新しいことを)知らせるもの。
②ディジタル信号として処理される内容。文字・映像・命令など。
③そこから、何かの意味が読み取れるもの。
④「情報」の処理技術について学ぶ、高等学校の教科。となっています。
いずれも正確でしかも端的に「情報」について説明していますが、理解を深めるために、それぞれについて少し補足説明をしたいと思います。

〖「情報」の定義1〗 ものごとについて(新しいことを)知らせるもの:
 これが最も一般的に使われている「情報」の定義だと思います。「情報」は何かを知れせてくれるものですが、特にそれを伝えられた人にとって、新しいことである場合に「情報」と言えるのです。つまり古いこと(すでに知っていること)を知らせても、「情報」とは呼べません。それは役に立たないからです。例えば友だちが「明日は雨らしいよ!」と知らせてくれたとします。それを聞いた人が明日の天気予報を見ておらず、明日が雨になる可能性が高いことを知らなかった場合、この友だちからの知らせは貴重な「情報」となるのです。この人は明日は傘を持って出かけることで濡れずにすむのです。ところが、この人がすでに明日の天気予報を見ていて、明日が雨だという予報をすでに知っていた場合、友だちが「明日は雨らしいよ!」と知らせてくれてもこの人にとって新しいことではないので「情報」とは言えないのです。しかし友だちは親切心で知らせてくれたのでしょうから「もう知ってるよ」なんて冷たい返事をするのではなく、「ありがとう、明日雨なんだよね。私も天気予報見た。」ぐらいのお礼はしておきましょう。
 現代はインターネットの普及などによって「情報」が溢れている「情報社会」です。しかし、その内容をよく確認してみると、本当に新しいことって意外に少なく、世界中の人が、他人をビックリさせるような新しいことに飢えています。そして新しい情報を作りだすことに時には暴走する若者などが増えて社会問題になっているのです。

〖「情報」の定義2〗 ディジタル信号として処理される内容。文字・映像・命令など:
 これはITで扱う「情報」の定義です。「情報」の一部は、コンピューターなどで「ディジタル信号(ディジタルデータ)」として処理されます。「ディジタル信号(ディジタルデータ)」とは、状態を示す量を量子化・離散化して処理した信号のことです。「ディジタル」の語源は、ラテン語の「指(digitus)」であり、数を指で数えるところから離散的な数を意味するようになりました。逆の言葉として「アナログ信号」という言葉がありますが、これは連続量で処理した信号のことです。
 私たちが使っている文字や映像などはほとんどがアナログ信号でできていますが、それらはすべてディジタル信号に置き換える(変換する)ことができ、これを「ディジタル化」と呼びます。たとえば音楽や人の声をスマートフォンに録音する場合、元の音楽や人の声は空気の振動、つまりアナログ信号で伝わってきますが、これをスマートフォンに録音した瞬間、そのアナログ信号はディジタル信号に変換されスマートフォンに保存されているのです。
 また、この定義の最後に「命令など」とあります。この「命令」とはコンピューターのプログラムのことです。プログラムはコンピューターを動かす「命令」でできており、「命令」もディジタル信号(ディジタルデータ)の「情報」としてコンピューターに保存され、利用されています。

〖「情報」の定義3〗 そこから、何かの意味が読み取れるもの:
 何の意味も読み取れないものや誰にも何の役にも立たないものは「情報」とは呼べません。たとえば昔の地上波アナログ放送時代に受信状態が悪いときなどにときどき見られた砂嵐のような画面(ホワイトノイズ)のようなものです。あの画面からは何の意味も読み取ることはできません。
 IT(情報技術)の最近のキーワードとして、「ビッグデータ」というのがあります。「ビッグデータ」とはIT(情報技術)の進歩により収集可能になった大量のデータであり、IT(情報技術)で分析し、利用するためのものです。この「ビッグデータ」の中身は膨大なデータの羅列で、一見意味が読み取れないものも多いのですが、人工知能(AI:artificial intelligence)などの最新技術を用いて多数のデータを組み合わせて意味を読み取ることにより、「情報」としての価値を創造できるようになってきました。このテクニックを持つ技術者を「データサイエンティスト」と呼び、膨大なデータの中から貴重な「情報」を見つけ出す最先端の職業の一つになっています。


データサイエンティスト協会プレスリリース(2014.12.10)より


〖「情報」の定義4〗 「情報」の処理技術について学ぶ、高等学校の教科:
 50代~60代以上の方には知らない方もおられるかもしれませんが、日本の高等学校教育において2003年度(平成15年度)以降に入学した高校生は、新教科「情報」を全員履修することが定められました。私が大学に入学した時には、専門学科が無かった「情報」という学問が、今や高校で必履修科目として教わることができるようになったのです。この授業では、全員が身に付けるべき「情報」に関する知識やIT(情報技術)の理解を目標としています。このため、今の高校生は高齢者よりもはるかに「情報」に関する正しい知識を身に付けているのです。
 なぜ「情報」という新しい教科が設定されたかと言うと、残念ながら今の日本のIT(情報技術)は欧米や中国などの世界の先頭集団から周回遅れになっている現実があるからです。「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」は米国・中国の巨大IT企業の独占状態になっており、人工知能(AI:artificial intelligence)、第五世代(5G)の「携帯電話通信網」などの先端技術においても日本の存在感は薄いのが現状です。得意とする製造業でもスマートフォン製造ではサムスン、アップル、華為技術(ファーウェイ)などに水を開けられています。これを打破するために、学校教育を見直してIT人材を育成しようとしているのです。
 2020年からはいよいよ小学校で「プログラミング教育」が必修化され、スタートします。このような状況を受け、最近の中高生の将来なりたい職業ランキングで「ITエンジニア・プログラマー」が上位になったという統計が発表されるなど、理系の人気が復活してきており、将来への期待が高まっています。

以上、「情報」の定義について説明をしました。
「情報」の理解が深まったところで、「情報」と人類の関わりの歴史について考えてみたいと思います。その長い歴史の中で、「情報」の内容や量、伝わりかたなどが移り変わってきました。

 私達人類は、いつごろからどのように「情報」と関わってきたのでしょうか?
 人類がこの地球に最初に誕生したのは、約600万年~700万年前とされています。そのころ「猿人」と呼ばれる初の人類が生まれました。途方もなく昔の話です。ふつう、「昔」と言うと、大多数の人は日本で言えば約2,000年前の「弥生時代」、世界で言えばソクラテスやプラトン、アリストテレスなどが活躍した約3,000年前の「古代ギリシャ時代」などを思い浮かべるのではないでしょうか。これらは高々3,000~4,000年前の話です。それに比べて約600万年~700万年前はその千倍以上も昔の話になります。しかし、地球が誕生したのはさらに古く、約45億年前と言われています。地球が誕生してから現在までを1年とすると、人類が誕生した時期はなんと12月31日の午前10時ごろになります。地球の歴史から言えば、人類の誕生というイベントはつい最近起こったものにすぎないのです。
 さて、〖「情報」の定義1〗によれば、「情報」とは「もののごとについて(新しいことを)知らせるもの」だったので、自然界から提供される事象・事実、例えば「夜が明けて朝になった」とか「雨が降ってきた」、「暑くなった」などの自然現象は人類にとっての「情報」と言えます。「夜が明けて朝になった」という事象を「情報」として受け取ることにより、1日の行動を始めようとか、狩りに行こうとか判断をすることができます。つまり、人類の脳が「情報」を処理し、判断するのです。おそらく、その頃の人類にとって、もっと重要な「情報」は自分の身を守るための事象、例えば「ゾウやマンモスが襲ってきた」などの事象だったと思われます。これらは自分の身を危険にさらす可能性のある「情報」であり、生存維持のために大切なため、特に敏感に素早く脳は処理するようになりました。こうした脳の機能は、私達現代人にも引き継がれており、何かが飛んで来たらさっと身をかわすなどのことが自然にできます。人類は、このようにして人類が誕生した約600万年~700万年も前から常に「情報」に接してきたと考えられます。
 もう少し付け加えると、人類は誕生するずっと以前から、人類の祖先(人類の祖先は「猿」だったそうです)を通して「情報」に接していました。人類の脳は、人類の祖先の脳の機能を引き継いで構成されています。したがって、人類が誕生する前に、人類の祖先が「情報」と接した影響は、その脳に刻まれ、人類に引き継がれているのです。人類と「情報」の関係は、こうして長い年月を重ねて作られてきました。そしてその「情報」をどのように処理するかは、長い時間をかけて脳に刻まれてきたのです。

 次に「情報」の内容の変化について考えてみたいと思います。
 人類が誕生した初期の頃の「情報」は、おそらく単純で量も少なかったと思われます。「猿人」は二足歩行をして、石器(道具)も使えましたが、まだ「言葉」は持っていませんでした。生活で利用していた情報は、おそらく自然界や動・植物から提供される自然現象などの事象が中心であり、それほど複雑な「情報」には接していなかったと考えられます。自分たちの種を守るために必要な本能的活動を行うために必要な「情報」のみを取り込み、ほとんど本能的に処理していたと思います。この時点では、人類が処理する「情報」は、他の哺乳類などの動物と、あまり差は無かったのかもしれません。
 しかし、人類はその後「猿人」から「原人」「旧人」、そして現代人の属する「新人(ホモ・サピエンス)」へと、次々と進化を遂げていきました。私達「新人(ホモ・サピエンス)」が誕生したのは、約20万年前と言われています。人類誕生から数百万年の月日を経て進化したのです。人類は、その数百万年の間にいろいろな発明をしました。石器も槍の形にすることで、より強力にし、大型の生物にも対応できるようにした。また、火をおこし、これを利用して料理をしたり、鉄で鋭利な刃物を作ったり、明かりを得たりして活用するようになりました。そして、ついには他人との高度なコミュニケーションを実現する「言葉」も使うようになりました。
 人類の進化の成果の一つとして、脳の容量が大きく、賢くなったことがあります。初期の「猿人」の脳の容量は、300ccほどでした。それが、180万年前ごろに現れた「原人」になると、800ccほどに急激に大きくなり、私達「新人(ホモ・サピエンス)」では1,500cc以上にもなったのです。脳の容量は、200万年前ごろから急激に大きくなりましが、その理由については諸説あります。一説には石器を使うことを覚えたために、タンパク質という上質な栄養を多く摂れるようになったからだという説があります。私が想像するには、大きくなった一つの原因は、「情報」が高度かつ大量になったことで、これに対応するため脳の能力が増強されたためではないかと考えます。「情報」の量が多くなった最も大きな原因は、人類が「言葉」を使い、他の生物には見られないような高度なコミュニケーションを行うようになったことでしょう。それまで、ほとんどが受け身の「情報」ばかりであったのが、人類が自ら情報源となり、大量の「情報」を生み出すようになったのです。「いったい、いつ頃から人類が「言葉」を使うようになったのか」については所説ありますが、少なくとも数十万年前には簡単な「言葉」を使っていたらしいのです。
 人類は、数万年前には「壁画」を残すようになり、6千年前には「文字」を発明し、ついに効率よく「情報」を記録することまでできるようになりました。それまで「情報」は一過性のものであり、蓄積することは難しかったのが、絵や文字で記録することができるようになり、長い期間にわたって、何回でも有効に活用することができるようになりました。こうして、「情報」は自然界が与えるものよりも、人類が自ら作り出す「情報(コンテンツ)」の方が主役になっていったのです。そして現代は、この人類が自ら作り出す「情報」で溢れています。企業の業績データ、法律、経済指標、紙幣、株・・・すべてが人間社会のために人類自らが作りだした「情報」です。ビッグデータで利用される「情報」も、ほとんどが人類自ら作りだした「情報」なのです。



2020年01月13日

その3:続々・IT(情報技術)って、何だ?

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続々・「IT(情報技術)」って、何だ?

 前回、前々回に引き続き、「IT(情報技術)」ってどんなものかについてご説明したいと思います。

 今、ITが生まれてから現代にいたるまでのITの変遷について説明しています。前回までに、1960年代~1970年代後半までの、日本のコンピューター時代が幕開けし、大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)がITの中心にあった時代、またその続きである1970年代後半以降の「パーソナル・コンピューター(PC:personal computer)」がITの中心にあった時代、そして1990年代後半の、IT業界に三つ目の大きなうねりとなる「インターネット(Internet)」がITの中心にあった時代についてご説明しました。ただし、「インターネット」については現在のIT社会に与える影響が特に大きいため、少し詳しくご説明する必要があり、いろいろ説明しているうちに、ウェブ(World Wide Web)が登場した1990年ごろの話で前回は時間切れとなってしまいました。今回は、その続きとしてウェブ(World Wide Web)が登場した後から現代までのITの変遷についてご説明したいと思います。

 前回、「インターネット」が現在のように一般のユーザーに毎日のように使われるようになった転機の一つは、ウェブ(World Wide Web)の登場であることをご説明しました。ウェブにより、画像や動画・音声・文字(テキスト)などから成る、マルチメディアなコンテンツを作り、伝えることができるようになったのです。そして、新しいメディアとして、企業も自社情報を公開するためにホームページを作るなど、活用するようになりました。しかし、現在のように寝ても覚めてもインターネットにどっぷりと浸かるような生活にしたのには、もう一つの大きな影響を与えた転機があります。
 それは、書籍販売会社「オライリーメディア」を設立したことでも知られるティム・オライリーらが2000年中ごろに提唱した「Web2.0」というWebの新しい使い方です。その内容は、それまでのWebは情報の流れが一方向であった(たとえば企業が公開するホームページの情報のほとんどが、企業から顧客への一方向であった)のに対し、情報の流れを双方向にしようという提案です。さらにユーザー参加型のコンテンツにしよう、とか人間が実社会でおこなってきたコミュニケーションをWebで実現し、インターネット上でコミュニティーを作ろうなどというものでした。その結果、2004年ごろからFacebookなどのSNS(Social Networking Service)やWikipediaなどの新しいWebサービスが続々と作られることとなり、現在では若者のコミュニケーションはSNSを中心に行われるようになっています。
 情報の双方向性は、企業と顧客、送信者と受信者などの垣根をなくし、誰もが情報発信者として「インターネット」のコミュニティーに参加可能な環境をもたらしました。その結果、「インターネット」を流れる情報(データ)の量は急激に増えることになっています。その大量のデータは「ビッグデータ」と呼ばれ、その貴重さから、「データ」は現代の石油資源であるとも言われています。そして、その情報(データ)の多くは、米国のIT巨大企業であるGAFA(Google+Amazon+Facebook+Appleの頭文字を取ったもの)と呼ばれる一部のIT企業に握られており、巨額の富を生んでいるのです。彼らはその資金力を活かし、「ビッグデータ」を解析するための人口知能(AI)を開発し、さらに利益を生む体質を強化しようとしています。こんなにもうかるビジネスを、何故日本企業はやっていないのでしょうか?



総務省ホームページ 令和元年版情報通信白書のポイントより
(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nb000000.html)

 これらの企業をプラットフォーマーと呼んでいます。情報(データ)を吸い上げる基盤(プラットフォーム)を持っているからです。日本にはプラットフォーマーは存在しないのでしょうか? そんなことはありません。個人情報を吸い上げることが可能なプラットフォームは通信会社であったり、電力会社であったり鉄道会社であったり、大手コンビニエンスストアなど、主に全国的に社会インフラサービスを行っている会社はプラットフォームを持っており、プラットフォーマーと言えます。あとは、これらの情報をうまく利用することができれば、ビジネス的にも成功するものと思われます。ただし、日本ではプラットフォームビジネスを展開しづらい点がいくつかあります。
 その一つは市場規模です。プラットフォームビジネスでは、そのプラットフォームを利用するユーザー数が多いほど有利なため、日本でいくらシェアを増やしてもせいぜい1億人ほどで、世界市場を相手にしているプラットフォーマーにはかないません。日本市場に限定せず、世界的に展開していくビジョンが必要になります。
 もう一つは、日本人は個人情報をオープンにすることに対して保守的だということです。なかなか個人情報を入手するにはガードが固く、諸外国ほど簡単に情報が手に入らない状況にあります。ここらへんの事情から、なかなか日本初のプラットフォーマーが離陸しないのかもしれません。

 「インターネット」からビッグデータとなる大量の情報(データ)を得られるようになった背景として、スマートフォンの普及とITインフラの整備が挙げられます。「インターネット」も1980年代では、機能的には便利でもそれに必要なハードウェアとソフトウェアの値段が高く、つなげるためには電話線経由で接続する必要があり、電話線を借りられる場所が必要なことや通信機材が大きく重いため、持ち運びに不便であったことから、一般のユーザーが使うことはありませんでした。 それが、現在では「スマートフォン」の登場により、いつでも・どこでも・簡単に・安くインターネットに接続し、動画を見れるほど高速なネットワークを使えるのです。特にWifiと呼ばれる無線でインターネットにつながるしくみが、公共施設や乗り物などでも利用可能になったことで、日本の都市部ではほとんどどこでもインターネットを使えるようになりました。今や全世界で40億人もの人が「スマートフォン」を所有し利用することにより、以前とは比べ物にならないぐらいのスピードで大量の情報(データ)が集まるようになったのです。
 そして、「IoT(Internet of Things)」はさらにその情報収集のスピードを加速しようとしています。IoTとは、すべてのモノをインターネットにつなげて、集めたデータを役立つように使うことです。これまでインターネットにつなげるモノは、コンピューターやスマートフォンがメインでしたが、それに加えていろいろなセンサーデバイス、例えば画像を収集する防犯カメラや体温や脈拍を測るセンサーなどを、通信装置を使うことによりインターネットにつながるようにしようというものです。この情報は、これまでの人間が作りだす情報(メールやSNSなどの情報)に比べ、24時間休みなく高頻度で機械的にセンサーから生み出されるため、情報量が格段に多いのです。IoTにより、個人の体調管理や製造工場における生産管理、自動車の完全に機械まかせにできる自動運転システムなど、さまざまな応用が期待されており、これからもIoTを利用したシステムは増え続け、そこから生み出される情報(データ)も増え続けていくと思われます。
 また、「人工知能(AI:artificial intelligence)」も「ビッグデータ」や「IoT」と共に、今注目を集めるIT技術のひとつです。特にディープラーニングと呼ばれる2010年代前半ごろから盛んになってきた技術は、人間の脳の視覚処理のシミュレーションに向いており、その分野での応用が進んでいます。先ほどご説明した監視カメラなどで収集された膨大なビッグデータの中から、特定の特徴を持つ人(例えば不審者など)を見つけ出したり、MRIなどの医療データの中から癌を見つけることを人間の代わりにやって役立っています。とても人間がやっていては時間がかかりすぎる作業も、人工知能が短時間で、しかも見逃すことなく処理してしまうのです。このように人工知能はビッグデータの解析に力を発揮するため、IoT+ビッグデータと並行して、これから益々発達していく技術だと考えられます。

以上、「インターネット」以後のIT技術に関しても説明をしてきましたが、これらの技術はすでにIT業界の四ツ目のうねりの幕開けなのかもしれません。最初と二つ目のうねりが「大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)」と「パーソナル・コンピューター(PC:personal computer)」といったハードウェアを中心としたものであったのに対し、三つ目のうねりでは「インターネット(Internet)」という通信装置、ネットワーク装置といったハードウェアだけでなく、そこで流通する情報(データ)に関わるSNSなどのソフトウェアの技術を中心としたものへと変化しました。IT技術の中心が、ハードウェアからソフトウェアへ移ってきたのです。この流れは、最近さらに加速し「ビッグデータ」、「人工知能」などが現在最も注目されるIT技術はソフトウェア技術になっています。これらの技術はすでに新しい四つ目のうねりなのかもしれません。それほど大きなインパクトを持っています。
 さらに、ITの進化は止まらず、これから注目される技術として拡張現実(AR:Augmented Reality)や次世代の移動通信システムである5G(第五世代移動通信システム)などがあります。拡張現実とは、人間が現実世界から得ている情報を拡張してくれるシステムです。例えば現実世界の町を歩いていると、いろいろな建物が目に入りますが、その建物が何の建物かは看板などの情報からしか得ることはできません。しかし、拡張現実を実現するメガネ(ゴーグル)を着用してその風景を見ると、その建物にはどんな店が入っているか?誰が住んでしるか?などの情報を加えて見せてくれるのです。この実現には多くの情報が必要なため、ビッグデータが欠かせません。5Gは現在主流となっている第四世代の移動通信システムに比べ、通信速度が約20倍に、遅延時間が10分の1になるという次世代移動通信システムです。この性能アップにより、様々な新しいサービスが可能になると期待されています。このようなIT技術がいろいろにからんで四つ目のうねりを作っていくものと思われます。

(まとめ)
 3回にわたって「ITとは何か?」についてご説明してきました。
 「IT(情報技術)」とは、コンピューターや通信など情報を扱う工学およびその社会的応用に関する技術の総称であり、そこに含まれる技術は1つではなく、たくさんあります。
 また、「ITに関連する技術の性能向上のスピードが指数関数的に速い」ことにより、IT技術やIT製品はそう何年も同じ形で存在することができません。そのため、約20年程度のスパンでこれまで3回にわたり、大きな変化を遂げてきました。この変化のことを「うねり」と表現し、説明しました。
 1回目のうねりは1960年代~1970年代後半の時期で、コンピューター時代が幕開けし、「大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)」がITの中心にあった時代です。
 2回目のうねりは1970年代後半の時期からで、「パーソナル・コンピューター(PC:personal computer)」がITの中心になった時代です
 3回目のうねりは1990年代後半の時期からで、「インターネット(Internet)」がITの中心になった時代です。
 そして現在は「IoT(Internet of Things)」、「ビッグデータ」、「人工知能(AI:artificial intelligence)」、拡張現実(AR:Augmented Reality)や次世代の移動通信システムである5G(第五世代移動通信システム)など、次々に新たなIT技術が生まれ、新しいうねりを作ろうとしています。
 このように「IT(情報技術)」はこれらの技術の総称であり、年代とともに形を変え、常に大きく変化し続けているため、「捉えどころがない」と言えます。


2019年12月12日

その2:続・IT(情報技術)って、何だ?

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続・「IT(情報技術)」って、何だ?

 前回に引き続き、「IT(情報技術)」ってどんなものかについてご説明したいと思います。

 「IT(情報技術)」とは、コンピューターや通信など情報を扱う工学およびその社会的応用に関する技術の総称であり、そこに含まれる技術は1つではなく、たくさんある・・・ということ。また、「ITに関連する技術の性能向上のスピードが指数関数的に速い」ことにより、IT技術やIT製品はそう何年も同じ形で存在することができず、年齢層によって、「IT(情報技術)」のイメージに違いが出ることをご説明しました。それを証明するために、ITが生まれてから現代にいたるまでのITの変遷について説明しています。前回は1960年代~1970年代後半までの、日本のコンピューター時代が幕開けし、大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)がITの中心にあった時代についてご説明しました。今回はその続きである1970年代後半以降のITの変遷についてご説明したいと思います。

 1970年代後半になると、IT業界に二つ目の大きなうねりがやってきます。それは「パーソナル・コンピューター(PC:personal computer)」です。半導体技術の進歩により、コンピューターの小型化・低価格化が進み、ついに個人で持てる可能性が出てきたのです。そのうねりの先頭に立ったのが、アップルコンピューターのスティーブ・ジョブスとマイクロソフトのビル・ゲイツです。実はこの二人と私は同世代です。1970年代後半は大学の後半の時期ですが、私はIBMの大型コンピューターを使うことで満足してしまっていたのに対し、彼らは「パーソナル・コンピューター(PC:personal computer)」の新たな可能性に気づき、大学に在籍中から人生の全ての力を注いで製品開発をし、世の中に打って出たのです。
 1976年にはスティーブ・ジョブスらが設立したアップルコンピューターが、世界初の個人向けコンピューター「アップルⅠ」を発売しました。「アップルⅠ」は基板(マザーボード)むき出しでキーボードもディスプレイも付いてなかったため、ユーザーがこれらを別途用意する必要があり、ヘビーユーザー向けでしたが、1977年に発売した「アップルⅡ」ではきれいなケース(筐体)に基板を入れ、キーボ-ド、ディスプレイを付属させユーザーの負担を大きく減らしたことから一般のユーザーにも受け入れられ、200万台を超える大ヒットとなり大成功を納めました。
 一方のビル・ゲイツはソフトウェアの開発でチャンスをものにしました。1981年にその頃のITの巨人であるIBM(International Business Machines Corporation)と、IBMの製造するパーソナル・コンピューター用のオペレーティング・システム(OS:Operating System)と呼ばれるコンピューターの動作を管理・制御するソフトウェアを供給する契約を結ぶことに成功したのです。IBMも大型汎用コンピューター向けのオペレーティング・システムを開発しており、技術力は豊富にありましたが、短期間に低コストで開発をおこなうため、自社での開発を見送ってしまいました(OEM戦略)。そのため、マイクロソフトはその後もIBMが提供する多くのパーソナル・コンピューターに独占的にオペレーティング・システムを提供することとなり、事実上の世界の標準(デファクト・スタンダード)の地位も得ることとなりました。


The IBM Personal Computerr IBMホームページより
(https://www.ibm.com/ibm/history/ibm100/jp/ja/icons/personalcomputer/)

 そしてこの「パーソナル・コンピューター」のうねり、つまりコンピューターをより安く、便利に世界中の人が使えるようにすることへの挑戦は続くことになります。より小さく、より高性能でより安くコンピューターは進化していきました。その結果、机の上に置くデスクトップ型をスタートに、家の中での移動ぐらいならできるノートブック型、さらに出張など外出する時も持ち運べるほとコンパクトで軽量になったモバイル型、そしてキーボードを無くし、タッチペンで操作可能なタブレット型へと進化し、現在一番使われているスマートフォンへ、そしてさらに小さい腕時計型などのウェアラブルコンピューターへと形を変えています。その性能向上もすさまじく、現在のスマートフォンの性能は1970年代前半の大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)1台の性能をも凌ぐと言われています。私が大学時代にやっとの思いで1日に数秒だけ使っていた大型汎用コンピューターに匹敵するコンピューターを、今や地球上の40億人もの人々が日常的かつ個人的に使うことができる時代になったのです。
 この頃の日本市場はどうなっていたかと言うと、米国の状況にそれほど遅れることもなくNECやシャープ、富士通などが日本語処理に独自機能を入れるなどして「パーソナル・コンピューター」を製品化しました。特にNECのPC98シリーズは日本国内で大きなシェアを獲得しました。さらに東芝はダイナブック(DynaBook)という製品名のノートブック型で一世を風靡し、1989年に発売したJ-3100SSは19万8千円という当時では破格の価格を実現したことにより、大ヒットとなりました。デスクトップ型パーソナル・コンピューターは日本企業は日本国内市場でしたシェアを獲得できませんでしたが、ノートブック型ではアメリカを中心とする世界シェアでも存在感を持っていました。それが続いていればに日本企業も「パーソナル・コンピューター」のうねりの先頭集団で、アップルコンピューターと同じようにプラットフォーマーの一角を占め、スマートフォンやウェアラブルコンピューターなどのプラットフォームビジネスをしていたかもしれません。

 以上、ご説明したように、1970年代後半~2000年は、ITの中心がそれまでの大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)」から「パーソナル・コンピューター(PC:personal computer)」に移っていった時代だと言えます。

 1990年代後半になると、IT業界にもう一つの大きなうねりがやってきます。それは「インターネット(Internet)」です。

 「インターネット」はネットワーク型の通信手段の一つです。通信手段とは、「コンピューター」と「コンピューター」をつなぎ、計算を行うために必要なデータなどの情報を伝えるものであり、大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)の時代からいろいろなタイプの物が開発され、使われてきました。一番原始的なものは、コンピューターとコンピューターを1対1で専用の信号線でつなぎ、電気信号で情報を送るものです。しかし、この方法では専用の信号線を敷設する必要があるため、それほど長距離の伝送はできず、コストもかかりました。そのため、長距離の場合は、電話線を利用し、情報を送る方法なども採用されました。いずれにしても、その通信で送る情報は、コンピューターが計算するための技術計算用のデータが主なものでした。通信がない場合、これらのデータは磁気テープなどに記録し、それを運んで使っていました。ちょっとした量のデータを運ぶのも、結構大変な作業でした。
 インターネットの開発が開始されたのは結構古く、1970年代初頭からです。当時、コンピューター同士を通信でつなぐということは技術的に大変な作業でした。まず電気信号が間違いなく伝わる必要があるため、信号線は同じ物理的な特性をもったものにしなければならず、電気的につながったとしても、データを伝えるための手順(プロトコル)を送り手側と受け手側できちんと合わせる必要があります。当時はコンピューターを開発・制作している会社毎にこれらの製品を独自仕様で制作していたため、特に異なる会社のコンピューターを接続するのは大変な作業だったのです。また、接続はコンピューターとコンピューターを1対1だったため、4台の受け手側コンピューターと同時につなぐには4台の送り手側コンピューターか通信装置を用意しないとならないなど、とても非効率的だったのです。そのような状況を打破するため、異なる会社の複数のコンピューターと同時に接続できる通信できる方式が研究されました。その結果生まれたのが「インターネット」であり、異なるコンピューターを接続できるように標準のデータを伝えるための手順(プロトコル)を定義し、複数のコンピューターを同時接続できるように「ネットワーク」という構造を持ち込みました。「インターネット(Internet)」の語源は、英語のinter(相互の)+network(ネットワーク)から来ています。現在の「インターネット」の原型が完成したのは1983年ごろですが、この頃はまだコンピューター技術者や様々な学者・研究者が科学技術データを送ったり、Eメールをやりとりするためのものであり、ごく一部の専門家で利用されているだけでした。
 そんな「インターネット」が現在のように一般のユーザーに使われるようになった転機の一つは、ウェブ(World Wide Web)の登場です。ウェブは欧州原子核研究機構 (CERN)のティム・バーナーズ=リーによって1990年に開発されました。その狙いは、世界中の大学や研究所の科学者・研究者たちが作りだした研究成果(文章:テキスト)を一つに結び付け(リンクする)し、共有することであり、これにより研究効率が上がることを目指していました。このような狙いを実現するシステムとしてハイパーテキストシステムを採用し。これをインターネット上で実現したのがウェブです。ウェブの登場により、インターネットでつながる世界中の研究者の作りだす情報を共有することが可能になったのです。当初のウェブでは文字情報(テキスト)しか扱えませんでしたが、その後改良が加えられ、現在のように画像や動画、音声などいろいろなメディアを扱えるようになり、その利便性はますます高まっていきました。
 ウェブは情報を送る側にはウェブサーバーと呼ばれるコンピューターシステムがあり、そこにホームページなどのウェブ情報は保存されています。そして、そのウェブ情報を見るためにはブラウザを使います。ウェブが開発されたころは、ブラウザを自分のコンピューターに準備するのも専門的な知識を要求されるため、大変でした。ところが大ヒットになったマイクロソフト社のオペレーティング・システム「Windows95」にブラウザが組み込まれて出荷されるようになり、一般ユーザーにもウェブが広がっていきました。多くの人がウェブを使うようになると、企業も新しいメディアとしてウェブを使いはじめ、ホームページからいろいろな情報を発信するようになりました。この時点で、大型汎用コンピューターの時代では計算をすることが主な目的であったコンピューターが、情報を伝達するメディアに変貌したのです。ネットワークを流れる情報も、計算に必要なデータではなく、さまざまなコンテンツを構成する画像や動画、音声などがメインになっていきました。

と、いうことで、ITの変遷で、三つ目のうねりである「インターネット」について説明していますが、まだ書き足りない事が相当あるので、今回はここらで切らせていただいて、次回は「インターネット」の続きからお話しさせていただきたいと考えます。すみませんが、よろしくお願いします。



2019年09月16日

その1:IT(情報技術)って、何だ?

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「IT(情報技術)」って、何だろう?

 初回のテーマは、まずこれにしたいと思います。何を今さら・・・、と思う人も多いと思いますが、これからITを考えていくうえで、まずそのスタートポイントを合わせておきたいと思います。
言葉の定義を考える場合、やはり頼りになるのが「辞書」ですよね。さっそく辞書の代表格である岩波書店の広辞苑で調べると、
【情報技術】(information technology)コンピューターや通信など情報を扱う工学およびその社会的応用に関する技術の総称。IT ・・・岩波書店 広辞苑 第七版より
と、あります。
 思わず、なるほど!と言ってしまうような、簡潔で正確な定義です。つまりITとは技術の総称であって、そこに含まれる技術は1つではなく、たくさんある・・・ということです。

 私はITの説明をする時に、最初によく次のような質問をします。『あなたにとって、もっとも身近な「IT(information technology)=アイティー、情報技術」とは何ですか?』すると、とてもいろいろな答えが返ってきます。「コンピューター(電子計算機)」、「パーソナル・コンピューター」、「銀行のATM」、「テレビゲーム」、「インターネット」、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS:social networking service)」、「スマートフォン」、「クラウド」、「IoT(Internet of Things)」、「人工知能(AI:artificial intelligence)」などなど。ITとはそれだけ幅が広い言葉であって、他人と話しをする時も、「IT」と言っただけでは何を意味しているのか、人それぞれで違うことがあり、誤解の元になることもあるのです。また、この質問に対する答えは、見事に年齢層によって、違いや傾向が出ます。戦後のベビーブーム世代の60代以上の方であれば、「IT」と言われてまず頭に描くのは「コンピューター(電子計算機)」、「パーソナル・コンピューター」、「銀行のATM」といったところではないでしょうか? 10代~30代の若い世代では、「インターネット」、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」、「クラウド」や「スマートフォン」といった回答が多くなります。実はこれらの答えは、「IT」が持つ一つの大きな特徴(性質)を反映しているのです。その特徴とは、「ITに関連する技術の性能向上のスピードが指数関数的に速い」ことです。詳しい話は、また別の回の本ブログでご説明するとして、この性能向上のスピードが速いという、ある意味やっかいな特徴(性質)があるため、IT技術やIT製品はそう何年も同じ形で存在することができません。製品にはライフサイクルがありますが、IT関連製品のライフサイクルはとても短く、数年~10年もすると、製品の形そのものが変わってしまうほど変化したり、消滅してしまったりします。現在、毎年10億台以上も生産されているスマートフォンですが、数年後には別の製品が主流の座を占めてしまっているかもしれません。また、昔は1つの部屋ほどあったコンピューターが、今では腕時計の中に入ったり、イヤフォーンの中に入ってしまったりしているのです。そのため、先ほどご説明したように、年代別に大きく答えが変わってしまうのです。これはIT産業の宿命なのです。よくIT産業と比較される自動車産業においては、ここまで急激な製品の変化はありません。今のところ、現代のクルマもフォードが量産した時の自動車の形と同じように、車輪はだいたい4つで、エンジン駆動で動き、ハンドルで方向を制御する方式の延長線にあるのです。これに対し、「IT(情報技術)」は年代とともに形を変え、常に大きく変化し続けているため捉えどころがないのです。

 私は1955年生まれなので、現在60代を迎えています。そして、私は約40年にわたり(つまり人生のほとんどの時間を)「IT」に関わってきました。私の中でITと出会ってからその関わりがどのように変化していったかをご紹介し、ITの歴史を簡単に振り返り、ITの中身がどのように変わってきたかをご説明したいと思います。

 私が最初にITと出会ったのは(その頃はITなどという言葉はまだ使われておらず、ITとして認識したわけではありませんが・・)、1963年に日本で最初の本格的な連続テレビアニメーション番組として放映開始され、小学生の時に夢中になった手塚治虫の「鉄腕アトム」だと思います。

©TEZUKA PRODUCTIONS 「手塚治虫オフィシャルサイト」より

(https://tezukaosamu.net/jp/manga/291.html)


 私は兄弟とともに、毎週その放映時間になるとテレビにかじりつくようにして観たものでした。まだテレビが全世帯にあるわけでもなく、私の家のテレビもまだ白黒テレビで、テレビが私達子供にとって最先端のハイテク製品だったころの話です。この鉄腕アトムは精巧に作られたヒューマノイド型(人間型)ロボットでした。鉄腕アトムは、ある博士の子どもが交通事故で亡くなってしまい、その悲しみを埋め合わせるために作られた、人間の子供の身代わりロボットだったのです。そして、驚くべき仕掛け(鉄腕アトムの7つの力)がたくさん埋め込まれていました。その一つが電子頭脳(今で言う「人工知能(AI)」)であり、おそらく、この鉄腕アトムの電子頭脳こそ私が初めて「IT」に興味を持った対象だと思います。今から60年近く前の時代に描かれたアニメに、今、話題になっている「人工知能(AI)」のことが描かれていたのです。世界で初めて「人工知能(AI)」の研究が始まったのは、1956年に米国で開催されたダートマス会議(Dartmouth Conference)であると言われています。そんな世界でもまだ議論が始まったばかりの研究テーマが数年後の日本のアニメに載っているのが驚きです。さらにその電子頭脳はアトムがいろいろな経験を積み重ねるたびに進化し、自分の意志を持ち、感情も身に付け、涙を流して泣くことさえできたのです。これらは現代の人工知能研究においても大きなテーマ・課題になっている内容であり、手塚治虫さんの科学者としての知見の深さを改めて感じざるをえません。幼少時にこのような良質のコンテンツに触れることができたことに感謝するしかありません。また、この漫画には、未来都市の絵もでてきました。そこに描かれていたのは、空を飛ぶクルマであるとか、コンピューターなどでした。コンピューターは、いろいろなインジケーターがピカピカ光り、テープレコーダーのようなものがクルクル回っていました。何かよくわからないけど、とにかくすごい物だ、カッコいいと心を躍らせました。そして、将来このような科学技術に関わっていきたいという漠然とした憧れのような気持ちが芽生えたのです。

 さて、そのころ日本のITはどのような状況にあったのでしょうか? コンピューター製品で見てみると、1955年に米国IBMが商用機として初のトランジスタを採用したコンピューターIBM608を発表しています。富士通、日立、日本電気などの日本メーカーもそれから遅れること数年後の1960年までに製品発表をおこなっています。コンピューターを使った社会システムとしては、1960年に日本国有鉄道(現JRグループ)のオンライン座席予約システム(MARS-1)が営業を開始しています。JRグループはいろいろな業務のオンライン化を積極的に進めてきており、世界でもトップクラスの情報システムを作り上げてきています。最初のMARS-1は、一部の特急電車の座席予約をオンライン化したものでしたが、その後機能拡張が継続的に行われ、全ての列車の座席予約をできるようになりました。このシステムができる前は、夏休みの帰省のための列車の切符を購入するのも大変な作業でした。私も母に連れられ、最寄りの渋谷駅までバスで向かい、切符の販売窓口に並びました。帰省予定の客が、それほど多くない切符販売窓口に並ぶのですから、その行列は長いものでした。そして順番がきて希望の列車と必要枚数を窓口の駅員に伝えると、駅員がどこかへ電話で状況を確認し、その結果(座席番号など)を厚紙でできた切符に手描きで書いて渡してくれました。これだけ苦労して買った切符なので、それを手にした時はとても嬉しかったのを覚えています。こんな感じだったので、切符を買うだけで半日もかかってしまうほどでした。1960年には「情報処理学会」も設立されており、この頃は、日本のコンピューター時代の幕開けの時期でした。
 1970年代前半(私の高校生時代)には、高校の授業でも物理の時間の一部で少しだけコンピューター(当時は「電子計算機」と呼んだ)の内容が入っていました。NHKのテレビ講座でも「コンピューター」が取り上げられるようになり、大学では「コンピューター」を学びたいと思うようになったきっかけにもなりました。コンピューターも少しずつ身近な存在になってきたころです。1970年代後半になると、私もいよいよ大学に進むことになりました。しかし、そのころ、私が目指した大学にはまだ「コンピューター」を含め情報系の専門学科がありませんでした。電気工学科と情報通信学科の中に「コンピューター」を学べるコースがあるということで、こちらの学科を選択しました。大学では、基本的な「情報理論」や「アルゴリズム」、「プログラミング言語」などを教えてくれました。大学には、IBMの大型コンピューター(メインフレーム)が導入されており、プログラミングの実習で使うことができました。当時は、プログラムをコンピューターに読ませるためには、紙でできたカードで入力する必要があり、カードパンチャーと呼ばれるタイプライターのような機械でカードを作成しなければなりませんでした。しかも、コンピューターを使えるのは、1日1回と決まっており、間違ったプログラムを作らないように細心の注意をして実行する必要がありました。まだ、コンピューターがとても高価で貴重だった時代なのです。
 大学の生協は時間つぶしには都合のよい場所でした。そこでは小型の「電卓」が売られるようになり、その機能を比較しては、どこの電卓がいいとか悪いとか仲間で評価したものです。しかし、悩みのタネはいつも「いつ、どれを買うか?」でした。機能や性能は毎年のように向上し、当初は四則演算にプラスアルファの機能(10演算程度)しかなかったものが、そのうち三角関数や対数計算などができるようになり、卒業するときには簡単なプログラミングもできる機種まで登場したのです。最新の電卓を購入しても、1年後には別の機種に追い抜かされてしまいました。それほど安い買い物ではなく、1年待てば同じ値段で倍ぐらい機能がある電卓が買えてしまうのです。結局、あるタイミングで最新機種を購入しましたが、その優越感は1年しかもちませんでした。電卓は、実験のレポート作成などで大活躍しましたが、試験の時の持ち込みはほとんどの科目で禁止されていて試験では役に立ちませんでした。電卓は禁止だけれど、アナログな計算機である計算尺なら持ち込み可能という科目もありました。私達の中にも「電卓」のようなIT製品を使いすぎると、頭が悪くなる、という都市伝説まで存在していました。いつの間にか、そんな意識も薄れ、現在も電卓は幅広く使われていますが、四則演算のみの電卓であれば、100円ショップでいつでも買えるようになってしまいました。

以上、ご説明したように、1960年代~1970年代後半は、日本のコンピューター時代が幕開けし、大型汎用コンピューター(メインフレームとも呼ぶ)がITの中心にあった時代だと言えます。これがITの最初の大きなうねりでした。

と、いうことでITの変遷について説明していますが、だいぶ長くなってしまいました。ダラダラ長いと読むのも疲れると思いますので、すみませんが、今回はここで切らせていただいて、1970年代後半以降のお話しは次回にさせていただきたいと考えます。まったく無計画な感じで申し訳けありませんが、ご容赦のほどよろしくお願いいたします。きっとこれからもこんな感じだと思います。

【追記】前回の初回ブログで、ブログタイトルを「ITコンサルタントのITよもやま話」とすると書いていましたが、「よもやま話」というタイトルがすでに多くのサイトで使われているので、あまり被らない方がよいと思い「みんなのIT」ということにします。私のポリシーでもある、「より良い「IT社会」を目指す」ためにみんなで考えていく、という意味をこめてこのタイトルにしました。よろしくお願いします。

2019年08月13日

ブログを始めようと思っています

 せっかく事務所のウェブサイトを開設したので、とりとめもない内容になってしまうかもしれませんが、IT(情報技術)に関するブログをできるだけ早期に始めようと思いっています。 更新頻度は1カ月に1回ぐらいを考えています。 ITに関わって40年以上にもなり、私としてもいろいろな思いもあります。そんな事を徒然なるままに書いていけたら・・・と思っています。ブログタイトルは、「ITコンサルタントのITよもやま話」とします。難しいことも、誰にでも分かりやすく説明するをモットーに作っていきたいと思っています。そのため、多少比喩的な表現が多くなってしまい、学術的に正確性を欠くこともあるかと思いますが、お許しをいただきたいと考えます。 よろしくお願いします。

2019年07月16日