その19:ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その1)

ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分(その1)

 今回のテーマは「ITがもたらす不公平な社会、ITの影の部分」についてです。
 ITを含む科学技術は、うまく活用すれば人類を幸福にしますが、悪用すれば地球をも破壊し人類を滅亡させるような危機にも直面させるといった光と影の二面性を持っています。アルフレッド・ノーベル(A. B. Nobel)は自身が発明したダイナマイトがトンネルを貫通させる作業に大きく貢献した半面、武器として多くの人々の殺戮に利用されたことを悔やみ、技術の平和利用を願ってノーベル賞を作ったと言われています。ITも当然使い方次第で光にも影にもなり得ます。今回から3回にわたり、決して目を背けてはならないITの「影」の部分について説明したいと思います。


(1)IT化による不公平な競争:

 これは「情報格差(ディジタルデバイド)」と呼ばれるもので、ITに長けた人(熟知した人)とそうでない人との間に生まれる格差や、ITやディジタル情報を活用している人とそうでない人との間などに生まれる格差のことです。
 この問題は、地域的にITが普及していないことで発生する地域間格差や、ITの知識・技術がある人と得られなかった人、IT教育を受ける機会が無かったことなどで発生する個人間格差、ITを提供する企業側と消費者間の情報の非対称性により発生する企業側と消費者間の格差などがあります。この内、地域間格差については、国の施策で各国の対策が進んだことや(図1)、スマートフォンやITインフラの低価格化などにより、あまり問題にならなくなってきました。それはそれでよいことですが、従来日本はIT先進国だと思われていましたが、新型コロナウィルスでの行政の対応で、日本は他国に比べてIT化に関してかなり遅れていることが判明してしまいました。そのため、他国ではすぐに給付が受けられたのに対し、日本ではかなり時間がかかることになってしまいました。このような格差を受けるのが地域間格差です。今では日本が克服しなければならない大きな課題となっています。その他の個人間格差と企業側と消費者間の格差については現在も世界各国で問題として残っています。


図1:諸外国の情報通信分野における投資額(2009年)
総務省 ホームページ「平成23年版 情報通信白書」より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h23/html/nc222330.html

 ITの知識・技術がある人とない人、ITを活用している人とそうでない人との間で発生する個人間格差は、いろいろな所で発生しています。ITは部分的には人間を大きく超える能力を持っています。例えば数値演算能力がそれです。四則演算をはじめとする様々な計算をする速度は、人間はITに遠く及びません。以前のブログでもご説明したように、様々な計算をする速度は100円ショップの電卓にすら人間は負けてしまいます。そろばん塾で暗算を鍛えた人以外は電卓に挑戦すべきではないのです。チェスや将棋、囲碁のような高度な知識とスキルを必要とする知的ゲームでも人間は人工知能(AI)にかなわなくなっています。これらの人工知能は人間には不可能な高速演算で、人間では一生かかってもこなせない様な何万局もの対局を人工知能同士で行い、最善の手を見つけてしまうのです。
 また、ITは記憶力が人間に比べてとても優れています。インターネットには世界中の知識が保存・記憶されています。この記憶はネットワークに電力が供給されている限り、いつでも利用することができます。試験にスマートフォンを持ち込んでインターネットで検索すれば、正解を導くことは簡単にできます。スマートフォンを持ち込まず、自分の学習した記憶だけに頼って試験を受けた人はかないません。そんな不正を許してはいけません。人工知能(AI)の一種である「エキスパートシステム」のIBMの「ワトソン」は、インターネットのウィキペディアの情報をもとに知識ベース(ナリッジ)を作成し、テレビのクイズ番組で人間のクイズチャンピオンに勝利しました。コンピューターは故障しない限り記憶を失わないし、間違えないのです。
 ITは人間よりも動作や制御が早いです。人間が目で文字を読む速度は、日本語の場合で一秒に4文字程度と言われています。しかし、郵便番号を読み取る郵便区分機は1秒間に10枚以上(1枚7桁の数字なので、70文字以上)の郵便物の郵便番号を読み取ることができます。とても人間技ではできない目にも止まらぬスピードです。駅の自動改札も切符の情報を瞬時に読み取り、ドアの開閉を制御しています。これらの高速処理はいろいろな所で利用されおり、使われ方により不公平が生じてしまいます。例えば、簡単に勝ち負けを決める方法として使われている「じゃんけん」があります。人間同士が「じゃんけんポン」の掛け声でやる分にはそれほど問題はありません。しかし。人間対コンピューターでこれをやる場合、コンピューター処理の高速性を活かせば、絶対に人間に負けない「じゃんけんロボット」を作ることができてしまうのです。ロボットの目は人間より高速に相手が何を出すかを判断でき、それに対して負けない手を出すことは簡単にできてしまいます。人間に気づかれないようにコンピューターに「後出しじゃんけん」をさせるのです。同じような話が「株の取引き」や「チケットの購入」などでも起こっています。
 現在の株式売買は、コンピューターで1秒間に数千回もの売買を行う「高速取引(HFT:high-frequency trading)」という手法が東京証券取引所の注文件数の約7割を占めるようになっています(図2)。これを主導するのは個人投資家ではなく、ヘッジファンドなどのプロの機関投資家です。株式の人間では捉えられないような微妙な動きを見て、人間には到底追いつかない高速な売買を頻繁に繰り返すことにより、短期の利ざやを稼ぐ手法です。コンピューターは投資家の指示(アルゴリズム)に従って、疲れも知らず、ためらいもなくどんどん売買を続けます。このような取引はこれまでしばしば市場の混乱を招き、個人投資家の息の長い投資などに傷を負わせる場面もありました。「高速取引」は非常に敏感で、ちょっとした潮目の変化にも一斉に反応し、必要以上の売りを浴びせるなど株価変動率を上げると言われています。1987年の「ブラックマンデー」もこの取引が関連したと言われています。また、これらのコンピューターによる取引は、投資判断の意図が分かりにくく、中長期の視点で売買する投資家を困惑させています。これに対し、金融庁は法改正をするなどして健全な市場発展を目指した対策を行っています。


図2:東証が2010年に導入した新システム「アローヘッド」(超高速取引時代の幕開け)
会社四季報ONLINEより
https://shikiho.jp/news/0/102597

 「チケットの購入」の問題は、人気アーチストのチケットなどをインターネットで高額で転売する行為として発生しています。音楽やスポーツのチケットはインターネットや電話で販売されることが多くなっています。先着順で販売するチケットの場合、発売日の発売時刻に電話やインターネットで申し込もうと思っても、電話回線が混んでいたり、サーバーがアクセス数オーバーでなかなかつながらない経験をされた方も多いと思います。これらが起こる原因として、一部のプロの集団が、コンピューターなどITを使って機械的に申し込みをしているために発生しているケースがあるのです。コンピューターの操作スピードには人間の操作スピードはかなわないため、このコンピューターを使ったプロ集団が多くのチケットを手に入れることができてしまいます。彼らはこの公演を聞きに行く気はなく、ひたすら高く転売することが目的です。数千円のチケットが10万円以上で転売できるケースもある、うまい商売になってしまっているのです。警察も取り締まることを検討していますが、インターネット上で高額の転売を規制する法律がないのが現状です。
 企業側と消費者間の格差の例としては、アップルコンピューターが「iPhone」のオペレーティングシステム(OS:operating system)を更新した際に、旧機種の動作速度をユーザーに告知せず、意図的に抑えたという事例があります。アップルコンピューターの発表では電池が劣化した際に予期しないシャットダウンが発生するという不具合を対策するために動作速度を抑えた、ということですが、事前通告なしで意図的に性能を下げられ、購入時に適切な判断ができなかったと米国では一部の消費者に訴訟を起こされる事態となっています。フランスでは2015年に「計画的な老朽化」を取り締まる法律が制定されており、今回のこの事件がこれにあたるか捜査を開始したとのことです。旧機種の意図的な性能低下により、本来不必要だった新機種への買い替えを促すものと判断されれば、この法に触れることになります。「スマートフォン」をはじめとする最近のIT機器やソフトウェアは機能追加やセキュリティー強化などの名目で、インターネット経由で頻繁なバージョンアップを行っています。これらの中には消費者に十分な説明がされないままに企業側の都合で変更されるケースもあり、残念ながらここには情報格差が存在しています。フランスのようにこうした格差を是正する法の整備が必要と考えられます。


(2)巨大IT企業によるディジタルデータ独占:

 サイバー空間のディジタル情報の多くを、アップル、アルファベット(グーグル)、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、フェイスブックの5社からなる米国のITのビッグ5が支配しています。彼らは世界中で10億人を超すサービスを立ち上げ、それを通じて多くのディジタル情報を自ら生んできました。そしてその動きは留まるどころかますます加速し、新たな10億人サービスを求めてその豊富な資金力を活かして企業買収を繰り広げています。こうした新興企業を中心とする企業買収は、新たなビッグ5が誕生することを阻んでいるとの批判も出ています。グーグルはこれまでにもネット検索、地図情報(グーグルマップ)やGPSによる位置情報など、個人情報に近いところまでディジタル情報を集めてきました。アマゾン・ドット・コムはネット通販、フェイスブックはSNSを、アップルもスマートフォンやアプリケーション購入サイトなどを通して個人レベルのディジタル情報を集めてきました。今後はAIやクラウドコンピューティングサービス、AIスピーカーなどを使ってディジタル情報収集を拡大していく予定です。AIスピーカーでは、これまでディジタル化が遅れていた「音声データ」が大量にディジタル化されることになります。そして、これらの新しいディジタル情報が従来のディジタル情報と融合することにより、新たな付加価値を生むことになります。このようにネットワーク効果が働き、データ収集で先行するビッグ5とそれを追いかける他のIT企業との差は広がり、市場独占化が進んでいるのです。
 世界経済フォーラムが主催する2018年に開催された「ダボス会議」では、このサイバー空間に存在する「ディジタルデータ」の扱いに関して議論が行われました。ドイツのメルケル首相は「ディジタルデータ」は20世紀の経済の原材料であり、それが米国のIT企業に集中していることに異議を唱え、ディジタルデータは公平に共有されるべきだと主張しました。このように欧州ではとりわけこの問題に関する関心が高く、法制度の整備でも先頭に立っています。個人情報やプライバシー保護を人間個人の基本的な権利と位置付けているためです。このような情報が不公平にアクセスされ、情報を提供した対価としても不公平だと考えています。そこで、個人データのEU域外持ち出しや、処理に関する新たなルールである「一般データ保護規則(GDPR)」を2018年5月に施行しました。これにより、一方的に流出していた個人データに歯止めがかかると思われます。
 また、同規則では「データポータビリティ権」というものも認めています(図3)。インターネットの閲覧履歴やネットでの購入履歴などの個人データを生み出すのは個人です。その個人が自分の好みや興味に応じてマウスをクリックしたり、キーボードを叩いた結果です。IT企業側のサービスが生んだわけではありません。しかし、現状では個人が生み出したデータをIT企業側に取得され、しかもそれが何の目的でどのように処理され、どこに保管されているかわからず、そのデータを生み出した個人側に取り戻すことも、削除することもできません。IT企業のサービスを受ける際には、小さい文字で書かれた約款に同意することが求められます。よく読むと、その約款にはこのような個人のデータを企業側が利用することに同意することが求められており、企業側は法的な問題はないと主張します。しかし、サービス利用者はそのサービスを受けるためには同意するしかなく、この力関係においては企業側の主張を飲まざるを得ないのが現状です。公平とは必ずしも言い難い状況なのです。そこで「一般データ保護規則(GDPR)」では自分の個人データを提供したIT企業から扱いやすい形式で取り戻したり、技術的に可能であれば、別のIT企業へ移行させるなど、個人データをネット上で「コントロールする権利」をデータ提供者に認めました。ただし、取り戻せるのは原則として生データ(一次データ)のみであり、そのデータから二次的に作成したデータは含まれません。すでに解析が終わって、他のデータ形式に変わってしまっていれば、それを取り戻すことはできないなどの制約があります。
 さらに、同規則では「プロファイリング」に異議を唱えることができる権利も定めています。「プロファイリング」とは、個人データを集めたIT企業が購入履歴や閲覧履歴などを人工知能(AI)などを使って解析し、個人の行動パターンや趣味、嗜好などの属性を推測する手法であり、IT企業はこの結果を元に、その個人に対するおすすめ商品紹介広告をピンポイントで流すことにより、広告収入を得ています。最近の人工知能(AI)の技術は高度化し、解析性能があがったため、プライバシーの侵害にあたるような属性まで判定するようになってきました。日本経済新聞によると、米小売り大手のターゲット社が顧客の購買履歴から妊娠の可能性や出産予定日を予測し、その個人に関連する広告を送ったことが批判されたと報じています。この問題に対応するため、「一般データ保護規則(GDPR)」ではプロファイリングの透明性を確保するため、事業者側に分析する目的、方法などを明らかにする義務を負わせ、データ提供者にはプロファイリングに対して異議を唱える権利を認めています。「プロファイリング」は人事考課や銀行の融資判断、保険料の査定などで使用される可能性が議論されており、そうなった場合、コンピューター(機械)が決めた査定結果に人間が従い、処遇を受けることが考えられます。同法はこの問題への対応として、企業側にプロファイリングの過程で何らかの「人的な介入」をすること、機械だけに任せないことを求めています。
 このような動きに対し、日本でも個人データに関する議論が高まっており、2017年5月には「改正個人情報保護法」が施行され、IT企業側は個人の身元を特定する情報を隠せば自由に個人情報を扱えるようになりました。さらに日本では、2020年をめどに、個人情報を預けてその運用先を個人が選ぶ「情報銀行」や、預けた個人情報の運用を任せる「情報信託」といったものが検討され、データの取引市場の構想などが議論されています。これにより、現在IT企業に一方的に利用されてしまっている個人情報を資産として運用できるようになる予定です。
 このように、巨大IT企業によるディジタルデータの囲い込みは、さまざまな地域や国の法規制により制約を受けようとしています。それに対し、IT企業側の言い分として、アップルは「iPhoneで集めた個人情報を金(カネ)に換えることはしない」と宣言したり、グーグルは個人情報をいつでも利用者に返還できる機能を追加したと言っています。これらの巨大IT企業のおひざ元である米国も個人情報を扱うことへの規制に関しては欧州と別のスタンスをとっています。米国は消費者の利便性や自由を重要視しています。そして、消費者のこれらのメリットが確保される範囲では、そのサービスを提供する企業へ制約を増やすべきではないとの立場です。この立場からすると、欧州の「一般データ保護規則(GDPR)」はやりすぎであり、消費者のメリットを守るものではないという意見です。この規制により、企業の個人データ活用の気運はそがれ、IT市場の活性化が鈍り、その結果消費者が受けられるサービスも低下するとの主張です。現在、無料で提供されているインターネット上の様々なサービスが受けられなくなるか有償化されてしまうと危惧しているのです。そして個人情報を守るのは現在の企業努力で十分であり、規制を広げるべきではないと主張しています。


図3:GDPRにおけるデータポータビリティの権利
総務省(2019)「デジタル経済の将来像に関する調査研究」より
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/r01_04_houkoku.pdf

 このように、現在ディジタル情報の囲い込みに関する問題や個人情報保護の問題はいろいろな角度からいろいろな組織で議論され、検討されている問題です。全体の風向きとしては、やや巨大IT企業への逆風が吹いている状況と思われます。それは、ディジタルデータの囲い込みの問題だけではなく、それによって引き起こされているITのビッグ5に集中する権力や富に対する反感です。米国IT業界は、どの業界よりも世間の反感を買うようになってしまっています。
 一つはこれだけ大きな権力を持つようになったのに、従来の企業が果たしてきたような責任を果たしていない、という指摘です。グーグルやフェイスブックはインターネットを「街の広場のようなもの」と位置づけできました。これらのIT企業は単なる「場」を提供しているだけであり、そこで繰り広げられるいろいろなイベントややり取りされる「情報」の内容については全く関与せず、土管の役割だというものです。グーグルの操業から一貫した使命は「世界中の情報を整理し、すべての人がアクセスできるようにすること」だと主張しています。整理するだけであり、情報を作ったり、編集したりはしないということなのです。「情報」に自分達の意見や意志を入れたりしないと説明しています。しかし、グーグルは提供した買い物検索サイトが不正に自社サービスに有利な情報を掲載したことでEU競争法に違反しているとし、欧州連合(EU)から3千億円を超える制裁金を課されています。また、フェイスブックはロシアの関与が疑われる「不正広告」を掲示したことにより、大統領選挙における民意をゆがめたとして、ネット広告に対する信頼感を失っています。その結果食品・日用品大手の英欄ユニリーバはネット広告の掲載を取りやめる可能性を示唆しています。また、フェイスブックにコンテンツとなるニュースを提供しているメディア界の大物であるルパート・マードックは、フェイスブックは「情報」にただ乗りするのではなく、ニュース掲載料を払うべきだと指摘しています。ブラジル大手紙は広告料の配分が少ないことに抗議し、記事の配信を中止することを発表しています。また、インターネットのインフラである、米通信業界からも反撃ののろしが上がっています。これまで、通信会社には「ネットの中立性」を維持するため、一部の特別なサービスだけに優先で高速のデータ通信を提供したりすることを禁止していましたが、これが廃止されることになりました。これにより、これまでIT企業が動画配信のようなネットワークの帯域を占有してしまうようなサービスにも追加費用を請求することができなかったが、今後は帯域に応じて通信料を変えて請求することが可能となります。これにより、通信会社のインフラ整備にかかる資金の回収もしやすくなると考えられています。

 以上、今回はITの影の部分として「IT化による不公平な競争」と「巨大IT企業によるディジタルデータ独占」の2つについて説明しました。次回はこれに引き続き、「フェイクニュース」、「ディジタル情報統制」、「サイバー攻撃」の問題について解説したいと思います。




 

2021年05月03日